私のつれづれ草子

書き手はいささかネガティブです。
夢や希望、癒し、活力を求められる方の深入りはお薦めしません。

伝説のおやじさん

2011-03-25 | 1食べる
「○ちゃん」と、伝説のおやじさんの愛称が店名になっていた店。

当地では知る人ぞ知る名店だった。

戦後のバラックそのままのカウンターに、ゴキちゃんがチョロチョロするのは当たり前。
バブルの頃は、ピンクの新品タオルを何枚も使い捨て布巾としていたお店だった。

時がたち、ピンクの新品タオルは姿を消し、おやじさんもいくらか筋肉がおちて、ウーロン茶と軽い咳が調理のおともになっていた。

それでも、出てくる料理はどれも絶品で、年に何回かその店を訪れ、おやじさんの健在を確認しつつその料理に舌鼓を打っていたのだった。

傾いたバラックが、小奇麗に改装され、路上に客があふれることの無いように店舗面積も広くなったと聞いたのは去年の夏のことだった。

一度様子を見に行ってみなくては…と言いながら日を送り、先日久しぶりにその名店を訪れたのだが、様変わりした現実を見ると同時に、おやじさんの死を知ることとなった。

癌で亡くなったということで、覚悟をして店を譲る準備をされていたのだと思う。

メニューは一緒だったが、おそらく供されるものは以前のそれとは全く別物だった。

昔堅気のおやじさんだったので、細かなレシピがあるわけではないらしい。

ちょっとしたコツや、欠かせない塩梅を引き継ぐには時間が足りなかったことだろう。

若さ溢れるスタッフを見ながら、あれもこれも無くなってしまった現実だけをかみしめることになった。
引き継ぐには時間が必要なのだ。
それが、十分でなかったことを知る。
どれくらい時間を費やせば、伝説のおやじさんの域にこの店が近付くことが出来るだろうか。

また一つ、大切なものを失った悲しみが襲ってくる。

備えよう。
築きあげられたものがあるのだとしたら、それが正当に受け継がれるように。
時間と心を尽くして。

良きものを失うことは辛く悲しい。
コメント
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