私のつれづれ草子

書き手はいささかネガティブです。
夢や希望、癒し、活力を求められる方の深入りはお薦めしません。

副振動

2009-02-27 | 6悩む
長崎や鹿児島で、海面が急上昇する「副振動」なる現象が起きているらしい。

東シナ海での気圧が原因となっているようだが、いわゆる高潮被害が懸念される訳で、ニュースで海に注ぐ川を下流から上流に遡る津波のようなものを見て、デルタに住む自分もいささか恐怖を覚えた。

到底あがらえない自然の力も恐ろしいが、世界為替のレート変動の激しさにも怖さを感じる。

サブプライムショック以降、急激に各国通貨が円高に振れていたのに、ここ一週間であれよあれよと円は安くなって行っている。

傷が浅いと思われていた我が国経済の想定以上の悪化と、無残な政治が円売りを促進しただろうか。

波は、必ず一定のリズムを刻むとは限らない。
大きな波に限って、通常のリズムを外してくる。

定まらないリズムを予測するのは、とても難しい。
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建築家 安藤忠雄

2009-02-26 | 雑観
建築家の安藤忠雄氏が、ちょっとしたマイブームである。

先々週だったか、BS朝日の「一期一問」とかいうインタビュー番組で、安藤氏の語りを聞き、すっかり心奪われたのだ。

自叙伝を出されたと聞き、早速取り寄せる。
歯切れの良い、さっぱりとした文章に益々惹かれる。

もう少し低価格であれば、何冊か取り寄せて友人に配り、布教?したいような気分でさえある。

氏は、こよなく日本を愛していらっしゃる。
100年に一度の厳しい経済状況下で、一流の建築家であっても楽ではない経営をなさっているだろうが、このまま危機に呑まれることなく、這い上がることのできる勤勉さと根気強さを持つ日本人の復活を信じていらっしゃるのだろう。

一昨年亡くなった黒川紀章氏も、晩年は日本の政治を憂えて政界に打って出ようとなさっていた。

勤勉で大人しく、共産国以上にある種平等な社会を形づくっていた戦後の日本人が、すっかり変貌してしまったことに危機感を覚えていらっしゃったに違いない。

歴史に耐えて長く残る建築物をつくる、一流の建築家ならではの視点があるような気がする。

昨日は、そんなことを考えながらNHKラジオの「ラジオ深夜便」に出演されたインタビューを聞いた。
一昨日も安藤氏のインタビューだったらしい。
聞き逃したことが残念だ。

4~5年もののミニコンポに初めてラジオアンテナをつなぎ、録音の準備をした。
ラジオはとんと聞かなくなってしまったが、言葉がすべてであるから、NHKラジオの日本語のクオリティはまだまだ高い。

昨日は「ラジオ深夜便」の宣伝をするも、ことごとく「今、我が家にラジオはない」という返答が返って来て、少なからずショックを受けた。

地震がきたらどうするの?
情報源はラジオでしょう!

…というのも、もう古いのだろうか?

ここしばらく、我が家を訪問する人は、ほぼ強制的に安藤忠雄氏のインタビュー録画や録音を聞かされ、本は貸せないが素晴らしい!と講釈する私の布教にあうことになるだろう。
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鬱の時代

2009-02-23 | 雑観
昨日、NHKスペシャルを見た。
鬱で苦しむ人100万人時代だそうである。

びっくりしたのだが、精神科の専門的臨床研究をしなくても、医師であればメンタルクリニックの開業ができるのだそうだ。

…という訳で、外科や整形外科、内科などと違い、机と免許があれば少ない資本金で開業できるメンタルクリニックを始めるDr.が増えているとか。

結果が明確に現れにくい分野だけに、適切な対応をされないDr.にあたってしまうと、人生狂ってしまう可能性さえあるわけだ。
怖いなぁ。
医療の世界はミスの許されない世界であるからして、Dr.は高い見識の人々であって欲しいと願うが、ますます人間に対する愛情なくして、損得勘定では渡れない時代になっているのかもしれない。

自殺大国ニッポンの大量鬱時代の到来が、メンタルクリニックの開院ラッシュを後押しをしているのは事実。

しかし、社会を挙げて、我が国は鬱状態に陥っているような気がする。

ニュースを見れば、目を覆いたくなるような無残な政界、財界。
庶民は総じて生活を格下げし、ちぢみ志向の国民性で、せっせと節約モードに走る。

自分のお金ではない税金を差配する国は、相変わらず上手い使い方をしているとも感じられない。

政策のありかたも、お金の使い方も、あらまほしき姿は「繊細かつ大胆に!」だと思うのだが、そう考えるのは決して私だけではあるまい。
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尊ぶこと、誇るべきこと

2009-02-21 | 雑観
「全然勉強していなかったけど、受かったんだよね」
などという言い方で、入学、入社、各種資格試験の結果について語る人がいる。

センスがある。
あるいは自分は受験技術に秀でている。
もしくは、要領がいい…といったことを尊び、それが自分に備わっていることを暗に誇示しているのかもしれない。

しかし、それは愚かなことなのだとこの歳になって漸く認識している。

私も「一生懸命やった訳でもないのだが、なぜか受かってしまった」などと気のない合格を語り、仕事に就いたり、入学の権利を得たり、資格や免許を受けたことはある。

だが、それは所詮そこがゴールであって、それ以上の何の向上にもつながっていない。

尊ぶべきは、情熱をもって努力を積み重ねた上に、自分の人生を成立させ続けていることだ。
その場合、合格はスタートラインであり、その分野での成長と進歩が限りなく継続される。
努力の積み重ねの結果としての合格こそを誇るべきであり、如何に情熱を傾けて努力し続けることができるかどうかが人生の価値なのではないか。

なんてことを考えたりしているのは、建築家、安藤忠雄というひとの自叙伝をいたく感動しつつ読んでいるためである。

決してチャンスに恵まれていた訳ではない安藤忠雄氏が、エネルギッシュに並々ならぬ努力を重ねて、日本を代表する建築家になられたという事実に感銘をうけている。

と同時に、薄っぺらな自分を歯がゆく恥ずかしく感じるのである。
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片付けると見えてくるもの

2009-02-16 | 10住む・暮らす
外は春の嵐だ。
昨日までの暖かさとはうって代わって、冷たい風が吹き荒れている。

春一番は既に吹いたらしいが、本当の春が訪れる前の、名残の寒とでも言ってしまおうか。
寒波は、今週いっぱい存在を誇示しそうだ。

さて、私はというと、春本番を前にせっせと掃除に励んでいる。

整理しないまま、ボックスに保管しておいた書類。
購入したまま積み上げられた本。
居場所を定めぬまま、我が家の中で流浪の民となってしまっている雑貨。

埃を払い、居場所をつくり、整然と並べる。
あるいはしまい込む。

少しずつ姿を見せ始めた本来の住まいは、無駄のない機能的な構成で、なかなか住みよいではないか…と今更認識する。

若いころから、ブランドショップやデパートのジュエリーコーナーを訪れるより、家具店や雑貨屋をハシゴする方が楽しかった。

気分転換は、部屋の模様替えであったし、購入する家具については珍しく我を押し通した。

飽きのこない、丈夫でシンプルなインテリアが好き…という自分の好みを思い出したりする。

一方で、部屋が片付くに従い、何かしら不安な思いが首をもたげる。

こんな雑然としたところに、よく客人を迎えたよね…とか。
随分、効率の悪い住まい方をしていた…とか。

今まで目をふさぎ、意識しないようにしてきた、好ましくない現実が、顕わになる。
これでは、いささか心もとない。

「見ざる聞かざる言わざる」を、ここ数年来、生活全般でやってきたのだ。
その事実は、認めねばならないらしいのだ。

すっきりと片付けば片付くほど、恐ろしく冷たく厳しい風が吹き込んでくる。
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生産者名

2009-02-14 | 1食べる
先日立ち寄った道の駅で、産直品である地野菜をいくつか購入して帰った。

里芋にフキノトウ、自然薯に人参。
見た目はいま一つだが、どれもとれたてホヤホヤ、新鮮な野菜に見えた。

地元の御老人が、ほうれん草を5~6束両手で抱えて
「ほうれん草を持って来ました」
なんて言って現れる。

取り扱い量はわずかだが、数人の生産者がいるようで、生産者ごとに旬の野菜が並べてある。
同種の野菜もあり、みなビニール袋に入れられて、100円~200円の値札が生産者の名前と共につけてあるのだ。

生産者の名前の感じや、その筆跡、ゴム印の押し具合なども選択の手がかりになるのだが、小さな小さな道の駅、決して拡販の目的で生産者名が示してあるわけではなかった。

それらは、あくまでも生産者に売買代金を支払うための事務的確証、売上伝票としてつけられていたのだ。

レジを通す際、その生産者名の入った値札は、すべて取り去られてしまうのだから。

案の定、家に帰って野菜の皮をむき、調理していると、とれたて野菜のはずが2~3割で皮の下から変色した姿が現れたりした。

生産者名があれば、もうその生産者のものは選択しないのだろうが、そういう趣旨でつけられた値札ではなく、また道の駅自体、リピーターをあまり想定していないのかもしれない。

残念だなぁ…と思いつつ、いかにも不揃いな手作りの野菜たちをほおばるのだった。
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黄砂の煙幕

2009-02-11 | 14楽しむ
建国記念日の今日、随分久しぶりで、日本海に面した山陰の城下町、萩を訪れた。

吉田松陰の松下村塾から、数多く維新の志士を生み出した町。

人口わずかに5~6万といったところのようだが、人々は誇り高く、地域全体が博物館のような町である。

日本が近代国家として産声をあげた明治維新から、150年しか経っていないのだ。
つい先々代の萩の人たちが、我が国を変革した、気鋭の人材を幾人も輩出している。

気がつけば、平成の我が国は混沌とし、ジレンマの中にある。

真の改革を成し遂げる人材が、日本のどこかに育ちつつあるだろうか。

松下村塾跡に近く、広大な敷地に財を投じた観光ホテルで温泉を楽しみ、モノレールで急勾配の180mを上りきると、萩市と日本海、遠くは大陸を望む展望台にたどり着く。
楽しみに行ったのだが、今年は早くも数日前から黄砂が中国大陸から吹き寄せて、町は煙幕をはったよう。

オリンピックを成功させたかの国の砂漠化は、留まることなく一層進んでいるのか、例年になく早い黄砂到来とか。

どこかで歯止めをかけ、すっきりと視界が良好になるのはいつのことだろう。

白黒はっきりさせぬまま、ぬらりくらりと温存しつつ手を加える文化は、我が国の奥ゆかしき良さを形づくって来ただろうが、近年はそれもこれも、どうにもまどろっこしくてたまらなくなっているような。

この国のどこかで、歴史をつくる志士達が育ちつつあることに希託する一日だった。
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お好みかりんと

2009-02-10 | 1食べる
岡山県は津山という山間の城下町に、「やまは製菓」というお菓子メーカがある。

もう10年以上前、多分融資元の銀行か何かの関係で、そこの「お好みかりんと」という製品をもらい、初めてかりん糖を美味しいお菓子だと思ったのだ。

「お好み」という製品名がつけてあるように、黒糖かりん糖や渦巻きかりん糖、中心にナッツのあるちょっと飴のようなかりん糖まで、いろいろ入っていて飽きない。

当時、仕事仲間の間でちょっとしたブームになり、その時代には珍しく、通信販売での取り寄せを案内されていた関係で、一度大量に購入したところ、年に一度か二度、サービスで詰め合わせを送ってきて下さっていた。

のどかな時代の、大盤振る舞いだったような気がするが、その内、そんな販売促進の恩恵にあずかることもなくなり、すっかり忘れていたのだが、先日、某大手スーパーのお菓子売場で、その「お好みかりんと」を見つけた。

200円足らずで、決して高価ではない。
「こんなに安かったっけ?」と懐かしく手に取ると、パッケージは多分昔のまま。

たまらず一袋購入。

十数年ぶりで口にしたような気がするが
「そう、かりん糖って美味しいんだよね」と、またまたその美味しさが新鮮で、どうやら再びはまってしまいそうだ。

昔よりバターの風味を強く感じるのは、メーカーの方で現代風にアレンジされたのか、はたまた私の味覚が変化したのか。

かりん糖って和菓子の筈だけど、何だかとっても西洋の香りがする…。
起源はいつだろう。
揚げ菓子だから、結構高カロリー…と警戒しつつ、ちょっと距離のあるその某大手スーパーに「今度はいつ行こうか」と仕入の算段をしている。
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ちぢみほうれんそう

2009-02-08 | 1食べる
季節感がほとんどなくなってしまっている現代日本の食材だが、時折とびきり美味しい、季節感のある食材に出会うことがある。

時期の限られるものであって、一年のうち、手にすることのできるのはわずかな期間。
スーパーで見かけると購入せずにはいられない。

このちぢみほうれん草、大寒の頃、おっかなびっくり購入したのだが、驚くほどに甘いほうれんそうである。

葉はちぢみ、ボコボコで不揃い。
泥が根元ばかりでなく、茎にも葉にもついている。
しかし、力のある緑をしている。

おひたしにするのに、一度茹でて調理するが、茹で汁からも甘い香りが漂う。

葉はしっかりと肉厚で、茎ものぶとい。
でも、このほうれん草を用いると、実に美味しいおひたしが出来るのだ。

季節限定と思われる。
姿はこの上なく無骨なのだが、試してみて損はない。
おひたしを度々作りたくなるほどの、魅力を持っている。
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叫ぶ父

2009-02-06 | 3老いる
父は左脳の梗塞を何度かやって、今や右半身がほぼ動かない。

左脳の言葉を発する機能をつかさどる部分(ブローカ野という)もダメージを受けていて、相手の話していることはわかっても、自身の思いを言葉にして発語することは困難だ。

頑固で、昔から気の合わない父だったのだが、老いてもその気質は変わらない。

やさしい老人施設の職員の方達に見守られ、認知状態の低下している時は、可愛らしい、端正な御老人でいるが、意識がクリアな時、言葉が出ないストレスもあって彼の表情は苦々しい様子だ。

そして、自分の意に反した行為がなされるとき、あるいは拒否したいとき、40kgに満たない体重で、どこからそんな声が出るのかと驚くばかりの声量で、彼は叫ぶのである。

「もういい、わかった!」
「うるさい、それ以上言うな!」
「そこは触ってくれるな!」
おそらくそういった思いを伝えるべく、彼は腹式呼吸で思いっきり叫ぶ。
「あ、あ、あーぁあっ!!」と。

その大声は、フロア中に響きわたるが、そんなことお構いなしだ。
とにかく、表現方法はそれしかないのだから。

その大いなるエネルギーを見せつけられ、私はただしらじらと冷めてゆく。
相変わらず、父は自分のことしか考えていない。

温かい周りの人たちの手を借りなくては、一日たりとも過ごすことが出来ない状態にありながら、いつもいつも一番の高みにいて、必ず他者を見下ろしていた彼の姿は健在なのだ。

父のその生命力を称える気持ちがない訳ではない。
親子の情愛が全く枯れてしまった訳でもない。

しかし、強烈な父の声を聞く度、心は冷え冷えとし、情愛は凍りついてしまいそうだ。

看護や介護を専門とするスタッフは、夫々に癖のある御老人達を、穏やかに淡々と受け止めていらっしゃる。
家族としての記憶や歴史がないから出来ることか。
もっと具体的に言えば、個人的な恨みつらみがないから、長く生きてきた、一つ一つの尊い命として接することができるのかもしれない。

プロたちの見事な対応を見るにつけ、割り切ることができず、いつまでも子供としての葛藤を抱え続ける自分を哀しく感じるばかりだ。
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