天児都さんが所有する、中国・上海にあった慰安所の写真。撮影者である父・麻生徹男氏がつくったアルバム集の一枚。
麻生徹男氏が中国で使用したカメラとアルバム集を持つ二女の天児都さん。
額に飾られた麻生徹男氏の写真。
「父が撮影した写真は、慰安婦が『性奴隷』だったことを証明する写真ではありませんし、無断で使われています」――。
福岡市在住の産婦人科医、天児都さん(80歳)は、そう語気を強めた。
天児さんが指摘するのは、中国が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に登録申請している「従軍慰安婦」に関する写真だ。
中国は「南京大虐殺」に関する資料も申請しているが、それは「虐殺」があったことを示していない、偽りの内容であることは本誌5月号で紹介した。
今回明らかになったのは、中国が「従軍慰安婦」の資料として、何の問題もない写真を「強制連行」と「性奴隷」の証拠であるかのように提出・申請している事実。さらに、所有者に無断で使っている事実だ。
天児さんの父・麻生徹男氏(故人)は、日中戦争から大東亜戦争にかけて軍医として勤務。性病対策のために置かれた慰安所で慰安婦の検診を担った。もちろんそうした慰安所は、当時世界中にあり、合法的な商売であった。
麻生氏は空いた時間に、趣味のカメラでさまざまな風景や人物を撮影。そのうちの1枚が、今回中国に勝手に使われていることが分かった。
その写真は、日本兵と女性が慰安所の建物の前で立っているもの(右ページ写真)。麻生氏と天児さんの共著『慰安婦と医療の係わりについて』などに掲載され、「撮影日時は1938年2月7日」と説明されている。
中国は「著作権がある」と虚偽申告している
中国はこの写真を、「慰安婦は日本軍の性奴隷だった」ことを示すものだとしてユネスコに提出。申請書には「写真の現物と著作権は、中央档案館(注)にある」と記している。 だが実際は、この写真フィルムは天児さんが所有している。
「写真は1989年に、ノンフィクション作家に盗まれて以降、さまざまなところで使われ、写真の説明文も事実とは異なるものが付けられてきました。おそらく中国が持つ写真もどこかの複製でしょう。もちろん、中央档案館が著作権を持っているわけがありません」(天児さん)
中国は、所有者が許可していない写真を無断で申請しており、著作権を持っていると虚偽申告しているわけだ。
ユネスコは記憶遺産ガイドラインで、登録の選考基準として「資料の来歴は確実に分かっているか否か」「複製品や模造品、偽造品などが本物と誤解される可能性があるか否か」などを規定し、倫理基準でも「法の支配の尊重」などを定めている。
つまり、中国の申請は、ユネスコの規定に確信犯的に違反している。
(注)中国は中央档案館(日本の国立公文書館に相当)や、吉林省や上海省などの地方の公文書館から「従軍慰安婦」に関連する資料を提出している。
中国は申請資料の公開を拒否
今回の取材を通じて、中国側がユネスコに申請している資料を、外部に公開していないという問題も明らかになった。
資料の一部を入手した本誌取材班は、全ての資料を入手しようと、ユネスコ記憶遺産事務局に問い合わせた。すると、「ユネスコからは出せない。申請者に直接問い合わせてほしい」と返答。そこで、中国の中央档案館に問い合わせたところ、担当者はこう言い放った。
「外国人向けの資料ではないので、答える義務はない。中国人の場合でも、(中国の)外務省レベルの政府機関の紹介状を取得して来館しなければ対応しない」
記憶遺産に申請しているのに、外国人向けの資料ではないという回答は理解に苦しむ。さすがに日本政府は資料を持っているだろうと問い合わせた。だが、文部科学省の日本ユネスコ国内委員会事務局の返答は信じ難いものだった。
「外交ルートを通じて中国側に資料の開示を請求したが、応じてもらえない」
つまり、正式な外交ルートを通じて要請した日本政府にさえ、中国は今回申請した資料を渡すことを拒否しているのだ。先に紹介した記憶遺産ガイドラインの登録選考基準では、第三者の誰でも「申請資料が入手可能であること」も要求している。中国はこの基準にも確信犯的に違反している。
記憶遺産の登録プロセス
ユネスコ記憶遺産は、(1)地域の諮問委員会、(2)各国の政府機関、(3)自治体・団体・個人等からの申請が可能である。現在、アジア太平洋地域委員会(MOWCAP)の李明華議長は、中国の中央档案館の副館長。任期は、2014年~18年の4年間。また、アジア太平洋の諮問委員会のメンバーは10人だが、現在半数を中国4人と韓国1人が占め、影響力を行使している。
反論の機会がない「暗黒裁判」
こうしたことからも分かるように、問題はユネスコ記憶遺産の登録のプロセスがフェアな形で行われていないということだ。
すでに登録されているマグナ・カルタやグーテンベルグ聖書など、誰からも評価される資料はさておき、今回のように主張が政治的に対立している資料は、反論の機会が不可欠だ。
登録について審議を担うのは、国際諮問委員会と、その下部組織である登録小委員会であり、この中でのやり取りはすべて非公開。ユネスコ事務局長の登録についての可否が下った後も、詳細な議事録は公開されない(上図)。
天児さんの持つ写真以外にも、中国の申請資料には出所や来歴が疑わしいものが数多くある。だが、公開されていないので、23人の委員は資料の真贋や正当性を十分に判断できないまま審議を進めることになる。これでは結果的に「密室裁判」「暗黒裁判」と言われてもやむを得ないだろう。
反論の機会が与えられないような前近代的な手続を受け入れるわけにはいかない。日本人に濡れ衣を着せるための、中国による「歴史ねつ造」を許してはならない。
中国がルールに則って申請した資料を公開し、日本政府や資料の関係者、歴史研究家に反論の機会を設けた上で記憶遺産登録の可否を判断するのでなければ、ユネスコは歴史に重大な汚点を遺すことになる。
ユネスコに"外交戦"を仕掛ける中国
会合後、会見を開いた楊館長ら(ユネスコHPより)。
日本を貶める「南京大虐殺」「従軍慰安婦」の資料を、ユネスコ記憶遺産に登録申請したのは、中国の公文書館である中央档案館(館長・楊冬権)だ。
3月下旬、同館は蘇州市でさまざまな資料を国・地域レベルのユネスコ記憶遺産に登録しやすくすることを目指した会合を開いた。楊館長は開会の挨拶で、希少な文書の登録に中国が本気で取り組むことを強調。記憶遺産の目的の推進に向けてより積極的な役割を果たしていくことを表明した。
会合にはユネスコ記憶遺産事務局のイスクラ・パネブスカ氏も招かれていたことからも、中国が「記憶遺産」に対して、積極的な"外交戦"を展開していることが分かる。
そもそも同館は、中国共産党の下部組織だ。本誌が資料の開示を求めた際も、同館の担当者は冷たくあしらったが、中国共産党の一組織と考えれば、その対応もうなずける。
また中国は、ユネスコ地域記憶遺産のアジア太平洋地域委員会(MOWCAP)議長国だが、このMOWCAPの議長は、中央档案館の李明華副館長である(右ページ図)。
議長の任期は2018年までだが、中国は、少なくともそれまでの間、記憶遺産に対する影響力を強めるために、今回のような会合を開いて関係者を取り込んでいくつもりだろう。
日本は、中国のプロパガンダに対抗するために、早急に戦略を練る必要がある。