永子の窓

趣味の世界

蜻蛉日記を読んできて(104)

2016年03月02日 | Weblog
蜻蛉日記  中卷  (104) 2016.3.2

「今は三月つごもりになりにけり。いとつれづれなるを、忌みも違へがてらしばしほかにと思ひて、県ありきの所にわたる。思ひ障りしことも平らかになりにしかば、長き精進はじめんと思ひたちて、物などとりしたためなどするほどに、『勘事はなほや重からん。許されあらば、暮れにいかが』とあり。」
◆◆今はもう三月の末になってしまいました。とても所在無いので、忌み違えかたがた、しばらく他所へと思って、地方官歴任の父倫寧の家(留守宅か)に出かけました。案じていた(妹の)お産も無事に済んだので、いよいよ長い精進をはじめようと思い立って、身の回りのものなどを整理しているときに、あの人から『ご勘当はまだやはり解けませんか。お許しいただければ、今夜伺いますが、ご都合はいかがでしょうか』と言って来ました。◆◆


「これかれ見ききて『かくのみあくがらし果つるは、いと悪しきわざなり。なほこたみだに御かへり、やむごとなきにも』とさわげば、ただ『月も見なくに、あやしく』とばかり物しつ。よにあらじと思へば、急ぎ渡りぬ。つれなさは、そこに夜うちふけて見えたり。例の沸きたぎることもおほかれど、ほど狭く人さわがしき所にて、息もえせず胸に手をおきたらんやうにて明かしつ。」
◆◆侍女たちの誰彼が見聞きしては「このようにいつまでも遠ざけていらっしゃるのは良くないことです。ぜひとも今度だけでもご返事を。ほおっておくことはできないことですから」と、やかましく言いますので、ただ一言「月も、いえ幾月もお出でにならないのに、どうしたことか」とだけ返事をしました。まさか本当に来るとは思えないので、急いでそのまま父の家に行きました。なんと無頓着なあの人は、忌み違えの為に行った父の家に来たのでした。いつものように胸の煮え返ることも多いけれど、家が狭く人がひしめき合っているところなので、息もできず、胸に手を置いたようなくるしい態で一晩を過ごしたのでした。◆◆



「つとめて、『そのことかのこと、物すべかりければ』とていそぎぬ。なほしもあるべき心を、また今日や今日やと思ふに、音なくて四月になりぬ。
□もいと近きところなるを、『御門にて車立てり。こちやおはしまさむずらん』などやすくもあらず言ふ人さへあるぞ、いと苦しき。ありしよりもまして心を切り砕く心地す。返ごとをも『なほせよ、なほせよ』と言ひし人さへ、憂くつらし」
◆◆翌朝、あの人は「あれやこれや用事を片付けねばならないから」と言って急いで出て行きました。そんなことを気にしないでいればいいものを、また今夜か今夜かと心待ちにしていましたが、結局音沙汰無く四月になったのでした。□(兼家邸か)もごく近いところなので、「御門前に車がとまっております。こちらへお越しでしょうか」などと、気になるようなことをいう者がいるのは、まったく辛い。今まで以上に心を砕くような気がする。返事をやはり「お出しください。おだしください」と勧めた人まで、恨めしくいとわしくなってしまった。◆◆


■勘事(かうじ)=咎め。勘当。

■□=文字の空白。兼家邸のことか。

■あくがらし果つる=いつまでも遠ざけるのは