永子の窓

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蜻蛉日記を読んできて(85)の4

2015年12月12日 | Weblog
蜻蛉日記  中卷  (85)の4 2015.12.12

「さて車かけてその埼にさしいたり。車ひきかへて祓へしにゆくままに見れば、風うち吹きつつ波たかくなる。ゆきかふ舟ども帆ひき上げつつ行く。浜づらに男どもあつまり居て、『歌つかうまつりてまかれ』と言へば、いふかひなき声ひき出でて、うたひて行く。祓へのほどにけ怠になりぬべくながら来る。」
◆◆再び車に牛をつけて出発し、唐崎に着き、車の向きを変えて、お祓いをしに行きながら見ると、琵琶湖には風が出て波が高くなっています。行き交う舟は帆を高く上げながらゆく。浜辺に下男たちが集まって腰をおろしていたが、従者が、「歌をお聞かせして行け」というと、なんともひどい声を張り上げて、歌って行く。祓への時刻に遅れそうになりながら到着しました。◆◆



「いとほど狭き埼にて、下のかたは水際に車立てたり。網おろしたれば、頻波に寄せて、なごりにはなしと言ひ古したる貝もありけり。後なる人々は落ちぬばかり覗きて、うちあらはすほどに、天下見えぬものども取り上げまぜてさわぐめり。」
◆◆とても幅の狭い埼で、下手の方は水際すれすれに車を止めています。網を下ろしたところ、波がしきりに打ち寄せるそのあとには、無いと言い古されてしる貝もあったよ。ここに来た甲斐があったというもの。車の後ろに乗っている人たちは、車から落ちそうになるまで身を乗り出して覗き込んでいると、漁師たちが、世にも珍しい魚や貝を取り上げて騒いでいる様子です。◆◆


「若き男も、ほどさしはなれて並みゐて、『ささなみや、滋賀の唐崎」など、例のかみこゑふり出だしたるも、いとくをかし聞こえたり。風はいみじう吹けども、木陰なければいと暑し。いつしか清水にと思ふ。未のをはりばかり、果てぬれば帰る。』
◆◆若い男たちも少し離れたことろに並んで座り、「ささなみや滋賀の唐橋」などと、例の神楽声を張り上げて歌っているのも、とてもおもしろく聞こえました。風はひどく吹いているけれども、木陰がないので、とても暑い。はやくあの清水に行きたいと思いました。未(ひつじ=午後一時~3時)の時刻の終わりごろにお払へが終わったので、帰途につきました。◆◆


■け怠に=遅れそうになりながら。

■なごりにはなしと言ひ古したる貝もありけり=淡水ゆえに琵琶湖の浜には無いといわれてきた貝。

■かみこゑ=神楽歌の調子。一説には上声(甲高い声)

■写真は琵琶湖