2012. 8/15 1143
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その51
「君、あやしと思して、『その返りごとは、いかやうにしてか出だしつる』『それは見給へず。異かたより出だし侍りにける。下人の申し侍りつるは、赤き色紙の、いときよらなる、たなむ申し侍りつる』と聞ゆ。思し合はするに、たがふことなし。さまで見せつらむを、かどかどしと思せど、人々近ければ、くはしくものたまはず」
――(薫の君は)不思議に思われて、「その返事の文は、どのようにして渡したのか」「それは見ませんでした。私の居たところとは違う方から渡しておりました。下人が申しますには、紅い色の紙の、大そう綺麗なものだった由でございます」と申し上げます。薫は思い合わされると、先刻匂宮が見ておられた文に間違いがない。随身がそこまでも見届けたとは、よく機転が利いているとお思いになりますが、人々が近くにいますので、詳しくはおっしゃらない――
「道すがら、なほいとおそろしく、隈なくおはする宮なりや、いかなりけむついでに、さる人ありと聞き給ひけむ、いかで言ひ寄り給ひけむ、田舎びたるあたりにて、かうやうの筋のまぎれは、えしもあらじ、と思ひけるこそ幼けれ」
――(薫は)お帰りの道すがら、やはりあの匂宮は恐ろしく素早くて、抜け目のないお方だ、一体どんな機会に、浮舟のような人がいると耳にされたのだろう、どんな風に言い寄られたのだろう、宇治は田舎のことであるから、このような間違いは、まさか起こるまいと思っていたのは、全く浅はかなことだった――
「さても、知らぬあたりにこそ、さるすきごとをものたまはめ、昔より隔てなくて、あやしきまでしるべして、率てありきたてまつりし身にしも、うしろめたく思し寄るべしや、と思ふに、いと心づきなし」
――それにしても匂宮は、全然私の知らない女であったなら、そうした恋をしかけても構わないが、私との間は昔から親密であって、傍目にはおかしい程の、中の君への手引きまでしてお連れして回った、その私に対して、そのような後ろ暗い事を思いつかれるとは、とお考えになりますと、不愉快でならないのでした――
では8/17に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その51
「君、あやしと思して、『その返りごとは、いかやうにしてか出だしつる』『それは見給へず。異かたより出だし侍りにける。下人の申し侍りつるは、赤き色紙の、いときよらなる、たなむ申し侍りつる』と聞ゆ。思し合はするに、たがふことなし。さまで見せつらむを、かどかどしと思せど、人々近ければ、くはしくものたまはず」
――(薫の君は)不思議に思われて、「その返事の文は、どのようにして渡したのか」「それは見ませんでした。私の居たところとは違う方から渡しておりました。下人が申しますには、紅い色の紙の、大そう綺麗なものだった由でございます」と申し上げます。薫は思い合わされると、先刻匂宮が見ておられた文に間違いがない。随身がそこまでも見届けたとは、よく機転が利いているとお思いになりますが、人々が近くにいますので、詳しくはおっしゃらない――
「道すがら、なほいとおそろしく、隈なくおはする宮なりや、いかなりけむついでに、さる人ありと聞き給ひけむ、いかで言ひ寄り給ひけむ、田舎びたるあたりにて、かうやうの筋のまぎれは、えしもあらじ、と思ひけるこそ幼けれ」
――(薫は)お帰りの道すがら、やはりあの匂宮は恐ろしく素早くて、抜け目のないお方だ、一体どんな機会に、浮舟のような人がいると耳にされたのだろう、どんな風に言い寄られたのだろう、宇治は田舎のことであるから、このような間違いは、まさか起こるまいと思っていたのは、全く浅はかなことだった――
「さても、知らぬあたりにこそ、さるすきごとをものたまはめ、昔より隔てなくて、あやしきまでしるべして、率てありきたてまつりし身にしも、うしろめたく思し寄るべしや、と思ふに、いと心づきなし」
――それにしても匂宮は、全然私の知らない女であったなら、そうした恋をしかけても構わないが、私との間は昔から親密であって、傍目にはおかしい程の、中の君への手引きまでしてお連れして回った、その私に対して、そのような後ろ暗い事を思いつかれるとは、とお考えになりますと、不愉快でならないのでした――
では8/17に。