永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1060)

2012年01月27日 | Weblog
2012. 1/27     1060

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(31)

中の君は、薫が内々に浮舟を所望されたことを、それとなく北の方に仄めかされます。

「思ひそめつること、執念きまで軽々しからずものし給ふめるを、げにただ今のありさまなどを思へば、わづらはしき心地すべけれど、かの世を背きても、など思ひ寄り給ふらむも、同じことに思ひなして、こころみ給へかし」
――薫という御方は、一旦思い初めたことは、執念深いほどで、軽率ではいらっしゃらないようです。ただ実のところ、帝の婿君という今のご身分を思いますと、なるほど面倒なお気持もなさいますでしょうが、尼にでもさせようかとまで考えておいでならば、いっそ同じことと思って試しに差し上げてごらんなさいな――

 とおっしゃいますと、北の方は、

「つらき目見せず、人にあなづられじ、の心にてこそ、鳥の音きこえざらむ住ひまで、思ひ給へおきつれ。げに人の御ありさまけはひを、見たてまつり思ひ給ふるは、下仕への程などにても、かかる人の御あたりに、馴れきこえむはかひありぬべし」
――浮舟には苦労をかけず、世の人に侮られぬようにとの親心からこそ、鳥の音も聞こえないような山深い住いまでもと考えてみたのです。まことに薫の君のご様子や感じを拝して思いますのには、たとえ下仕えの身分にせよ、あのようなお方のお側近くに親しくお仕え申し上げましたならば、どんなにか甲斐あることでございましょう――

 つづけて、

「まいて若き人は、心つけたてまつりぬべく侍るめれど、数ならぬ身に、物思ひの種をやいとど蒔かせて見侍らむ。高きも短きも、女といふものはかかる筋にてこそ、この世、後の世まで、苦しき身になり侍るなれ、と、思ひ給へ侍ればなむ、いとほしく思ひ給へ侍る。それもただ御心になむ。ともかくも、おぼし棄てずものせさせ給へ」
――まして若い娘はどれほど心ひかれますことか。数ならぬ娘の身に物思いの種をいっそう増すことになりましょうが、身分は高くても低くても、女というものは、こうした類の男女関係のことで、この世はもとより、あの世までも苦しみ抜くものかと思いますと、浮舟を可哀そうに思います。しかしそれもあなたさまのお心次第でございます。ともかくお見棄てなくお世話くださいまし――

 とひたすらお頼り申し上げますので、中の君はすこし面倒にもお思いになって、

「『いさや、来し方の心深さにうちとけて、行く先のありさまは知りがたきを』と、うち歎きで、ことに物ものたまはずなりぬ」
――「さあどうでしょう、今までの薫のご親切に心を許して、このご縁組をおすすめするのですが、将来のことは分かりませんもの」と溜息をついて、それきり何もおっしゃらなくなりました――

では1/29に。