永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1050)

2012年01月07日 | Weblog
2012. 1/7     1050

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(21)

「帳の内に入り給ひぬれば、若君は、若き人乳母などもてあそびきこゆ。人々参りあつまれど、なやまし、とて、おほとのごもり暮らしつ。御台こなたにまゐる。よろづのことけだかく、心ことに見ゆれば、わがいみじきことをつくすと見思へど、なほなほしき人のあたりはくちをしかりけり、と思ひなりぬれば…」
――(匂宮と中の君が)帳台の中にお入りになりましたので、若君は若い女房や乳母たちがお相手をされています。人々が参上してきますが、匂宮はご気分が悪いとおっしゃって、一日中お寝すみになっていらっしゃいました。お食事もこちらへお調えします。何から何まですべてが気高く、並みはずれてご立派に見えますので、北の方は、自分たちが出来る限りの善美をつくしたつもりでも、平凡な身の上で出来る事は、たかが知れていると悟らされるのでした。それにしても…――

「わが女もかやうにてさしならべたらむには、かたはならじかし、勢ひを頼みて、父ぬしの、后にもなしてむと思ひたる人々、おなじわが子ながら、けはひこよなきを思ふも、なほ今よりのちも心は高くつかふべかりけり、と、夜一夜あらましがたり思ひつづけらる」
――自分の娘(浮舟)も、このようにして宮様に連れ添わせても、見苦しくはありますまい。裕福を頼みにして、父の常陸の介が后にもしてやりたいと思う娘たちの、同じわが娘ではありながら、様子がまるで劣っていると思いますにつけても、ますます浮舟については、志を高く持つべきであると、夜ひと夜、行く末を夢に思い続けるのでした――

「宮、日たけて起き給ひて、『后の宮、例の、なやましくし給へば、参るべし』とて、御装束などし給ひておはす。ゆかしうおぼえてのぞけば、うるはしく引きつくろひ給へるはた、似るものなく、けだかく愛敬づききよらにて、若君をえ見すて給はで、あそびおはす」
――匂宮は、日が高くなってから起きて来られて、「后の宮(御母の明石中宮)が、いつものように、お具合が悪いそうなので、お見舞いに参内しなければ」とおっしゃって、御装束などをお着けになっていらっしゃいます。北の方は好奇心にかられて覗いてみますと、正装にお整えになった匂宮の晴れ晴れしいお姿は、またとなく清らげに気高く、愛嬌が溢れていらっしゃる。そのままのお姿で若君を手放しかねて、しきりにあやしていらっしゃいます――

「御粥強飯など参りてぞ、こなたより出で給ふ。今朝より参りて、侍の方にやすらひける人々、今ぞ参りて物などきこゆる中に、きよげだちて、なでふことなき人のすさまじき顔したる、直衣着て太刀佩きたるあり」
――お粥や強飯(こわいい)などを召しあがってから、中の君の所からこちらへお出でになります。今朝から参上して侍所(さむらいどころ)に控えていた供人たちが、今しも参上して、ものを申し上げるその中に、いくらか小奇麗には見えるものの、格別取り柄もないつまらぬ顔立ちをした者が、直衣を着て、太刀を佩いているのが見えます――

 匂宮の御前では、一向目にもつかないのを、女房たちが、

「かれぞ、この常陸の守の婿の少将な。はじめはこの御方にとさだめけるを、守の女を得てこそいたはられめ、など言ひて、かじけたる女の童をえたるなり」
――ほら、あの人が常陸の守の婿君の少将ですって。はじめはこちらの御方(浮舟)の婿にと定めましたのを、常陸の介の娘を貰って、それで大事にされようなどと言って、まだひねこびた小娘を貰ったのだそうですよ――

◆かたはならじかし=片端・ならじ・かし=決して見劣りしない

◆夜一夜あらましがたり思ひつづけらる=他の本では「あらましごとを思ひつづく」=将来あって欲しいことを思い続けるのでした

◆いたはられめ=労られめ=大事にしてもらおう

◆かじけたる女の童(かじけたる・めのわらわ)=貧相な小娘

では1/9に。