永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1058)

2012年01月23日 | Weblog
2012. 1/23     1058

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(29)

(薫の歌)「見し人のかたしろならば見にそへて恋しき瀬々のなでものにせむ」
――浮舟がかつて見た大君の身代わりならば、いつも側に置いて、恋しい時の撫で物にしよう――

 と、いつもの戯れ言のようにして、中の君へ寄せる本心を紛らわしておしましになります。
中の君が、

「みそぎ河瀬々にいださむなでものを身に添ふかげとたれかたのまむ。引く手あまたに、とかや。いとほしくぞ侍るや」
――禊ぎ河の瀬々に流し出す「なでもの」ですもの、浮舟を一生お側に置いてくださるなどと、誰が信用いたしますものか。あなたは引く手あまたでいらっしゃるとか。余計なことですが、それでは浮舟が可哀そうでございます――

 と、おっしゃいますと、薫はすかさず、

「『つひに寄る瀬は、さらなりや。いとうれたきやうなる水の泡にもあらそひ侍るかな。掻き流さるる「なでもの」は、いでまことぞかし。いかでなぐさむべきことぞ』など言ひつつ、暗うなるもうるさければ、かりそめにものしたる人も、あやしく、と思ふらむもつつましきを、『今宵はなほとく帰り給ひね』と、こしらへやり給ふ」
――「つひに寄る瀬は、の歌のとおり、私が結局落ち着くところは、もちろんあなたですよ。それなのに、お慕いしても突き放されるこの身のはかなさは、水の泡といずれ劣らぬ、まったくいまいましいような私の恋心ですからやりきれない。私こそ川に捨てられた撫で物ですよ。この胸のうちは、どうして人形(ひとがた)などでなぐさめられましょう」などと、かき口説いているうちに日は早くも傾いてきて、中の君は、女房たちの手前も厄介であり、またこちらに旅宿りしている人たちも妙に思うことであろうと、「今夜はやはり早くお帰りなさいませ」と、薫を程良くなだめ、つくろっておっしゃいます―― 

 薫は、

「さらばその客人に、かかる心の願ひ年経ぬるを、うちつけに、など、浅う思ひなすまじう、のたまはせ知らせ給ひて、はしたなげなるまじうばこそ。いとうひうひしうならひにて侍る身は、何ごともをこがましきまでなむ」
――では、そのお客人に、長年こういう願いを心に秘めていたことで、だしぬけになどと、浅い風に解しないように、ご説明ください。私が物笑いにならぬようでしたら、よろしくお取り成しいただきたいと存じます。ほんとうにこのような恋の道にはもの馴れない身ですから、何かにつけて、愚かしいほど気後れがいたしまして――

 などと言い残してお帰りになったのでした。

◆なでもの(撫で物)=禊ぎのとき、身を撫でて、罪穢を移す人形(ひとがた)のこと

◆つひに寄る瀬は…=伊勢物語「大幣と名にこそ立てれ流れてもつひに寄る瀬はありといふものを」

◆はしたなげなるまじうばこそ=はしたなげなる・まじう・ば・こそ=わたしが極まり悪いことにならないようでしたら(お願いします)

では1/25に。