永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1059)

2012年01月25日 | Weblog
2012. 1/25     1059
五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(30)

 垣間見ていた北の方は、

「『いとめでたく、思ふやうなる様かな』とめでて、乳母ゆくりかに思ひよりて、たびたび言ひしことを、あるまじきことに言ひしかど、この御ありさまを見るには、天の川を渡りても、かかる彦星のひかりをこれ待ちつけさせめ、わがむすめは、なのめならむ人に見せむは惜しげなる様を、夷めきたる人をのみ見ならひて、少将をかしきものに思ひけるを、くやしきまで思ひなりにけり。」
――「本当に申し分のない、素晴らしいお方ですこと」とすっかり感心して、かつて乳母が思いつきのように薫を婿にするようにと度々言っていたことに、自分はとんでもないように言ったことなどを思い出して、この君のご様子をお見上げしたについては、七夕のように年に一度でもよいから、こういうご立派な婿を通わせたいものだ。自分のむすめとはいえ、浮舟は平凡な男にやるのは勿体ない容姿なのに、田舎者めいた人ばかり見馴れてきていて、あんな少将を立派な人と思っていたのが、今では口惜しいようにさえ思うのでした――

「寄り居給へりつる真木柱も茵も名残りにほへる移り香、いへばいとことさらめきたるまでありがたし。時々見たてまつる人だに、たびごとにめできこゆ」
――(薫が)寄りかかっておいでになった真木柱(まきばしら)や、お茵(しとね)に残って匂う移り香は、口にしてはわざとらしく思われるまでに芳しく、折り折にお目にかかる女房たちでさえ、その都度薫大将をお賛め申し上げるのでした――

 女房の中には

「経などを読みて功徳のすぐれたることあめるにも、香のかうばしきをやむごとなきことに、仏ののたまひ置きけるもことわりなりや。薬王品などに、取りわきてのたまへる、牛頭栴檀とかや、おどろおどろしき物の名なれど、先づかの殿の近くふるまひ給へば、仏はまことし給ひけり、とこそおぶゆれ。幼くおはしけるより、行ひもいみじくし給ひければよ」
――お経などを読んでみますと、功徳のすぐれたことが書いてあります中で、香りの芳しいのを尊いものとして、仏がお説きになっていらっしゃるのも尤もなことです。薬王品(やくようぼん)などに特に取り上げて説いておありになるのは、牛頭栴檀(ごずせんだん)とかいうそうで、名前は恐ろしいようですが、まずあの薫大将殿が身近で身じろぎなさいますと、その香りで仏様は本当の事をおっしゃったのだと思いますよ。幼い頃から勤行も熱心になさったからですよ――

 と、言う者もおり、また、

「『前の世こそゆかしき御ありさまなれ』など、口ぐちめづることどもを、すずろに笑みて聞き居たり」
――「前世にどんな善業をお積みになったのか知りたい程のご立派さですこと」などと、口々に褒めていますのを、この北の方は、おのずと顔をほころばせて聞いているのでした――

◆薬王品(やくようぼん)=法華経第二十三章

◆牛頭栴檀(ごずせんだん)=牛頭山に生える栴檀

では1/27に。