京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

糸桜は満開だった!

2009年03月22日 05時01分40秒 | 風景


京都御苑の北側、今出川御門から入ってすぐのところに近衛邸跡があります。
ここの桜は、枝垂れ桜。
おそらく京都で一番早い部類の桜ね。
一昨日に行った時は、もう満開だった。







立て札によると
・近衛邸跡(このえていあと)
このあたりが近衛家の屋敷のあったところです。近衛家は、五摂家(ごせっけ)の一つで、
江戸時代末までに多くの人が摂政(せっしょう)や関白(かんぱく)になっています。
かつては、この庭園の池の西側に大きな屋敷があり、御所炎上の際には仮の皇居にもなりまいた。
池のほとりは、昔から糸桜の名所で、孝明(こうめい)天皇も次の歌を詠まれています。
「昔より名にはきけども今日みれば むへめかれせぬ 糸さくらかな」
※五摂家/摂家(せっけ)とは、鎌倉時代に成立した藤原氏嫡流で公家の家格の頂点に立った5家のこと。
大納言・右大臣・左大臣を経て摂政・関白、太政大臣に昇任できた。
近衛家、鷹司家、九条家、二条家、一条家のこと。







ちなみに関白就任を目論んだ羽柴秀吉は、天正13年(1585)に近衛前久の猶子(ゆうし)となり、
藤原朝臣として関白就任を果たした。
猶子とは、養子とは違い、契約関係によって成立し、
子供の姓は変わらないなど親子関係の結びつきが弱く擬制的な側面が強い。
猶子の目的としては
1.官位などの昇進上の便宜
2.婚姻上の便宜
3.他の氏族との関係強化









写真と内容があまりあってませんね。(笑)
ともかく京都人もあまり知らない桜でした。
コメント (6)
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