礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

生産力の拡充がかへつて生産力の破壊的現象を生ずる

2015-01-17 09:03:30 | コラムと名言

◎生産力の拡充がかへつて生産力の破壊的現象を生ずる

 本日は、話題を変えようと思ったが、ここ数日、当ブログへのアクセスが妙に高いので、もう少し、戦中の労働状況に関する話を続けてみる。
 鶴田三千夫の『技術と社会政策』(光書房)が発刊されたのは、一九四一年(昭和一六)八月のことであった。
 この段階では、「工場就業時間制限令」(一九三九~一九四三)が、一応、有効な法令として存在していた。鶴田三千夫は、同書において、当然この法令にも言及している。本日は、そのあたりのところ(第二章第五節)を引用してみよう。

 五 労働時間に関する社会政策の拡充と技術の発展
 以上において、われわれは、かなり詳細にわが国黎明期における労働時間問題を分析し、労働時間の社会政策的制限が、過長労働時間の存在によつて労働力の早期磨損を結果することより〔結果せぬよう〕その順当な再生産を保護し、これによつて資本制経済そのものの再生産機構を維持・発展せしめるとともに、他面、生産過程の技術的高度他をもたらし、したがつてまた資本制経済の高度化を促進することを指摘してきたのであるが、かかる生産過程の技術的高度化は、それに昭応するところの質的に高められた労働力を必要とすること当然であり、しかもかかる労働力は、労働時間の制限によつて自らの再生産を確保せられるときにはじめて、かつては過長労働のために生産過程より解放せられるや疲労・困憊のために「生ける屍」となつて陋屋〈ロウオク〉に眠らざるをえなかつたほどの状態より、一日の労働の疲労を回復し明日の労働のためのエネルギーを蓄積し、さらに技術的知識を獲得し教養を高め技術的手段を駆使して一国生産力の増進に積極的に参加しうることか可能になるのであつて、生産過程の技術的高度化は、かかる高度な労働力と技術的諸手段との結合によつてのみ行はれうるのである。
 したがつて、一国技術の発展を所期するに当つては、まづもつてかかる労働力を確保することが重要なのであつて、それがための第一の要件は労働時間の制限を、これか確保のために労働科学が提供するところの基準にまて拡充せられねばならないのである。しかるにわが国の社会政策諸立法は、上来述べきたつたごとき産業構成の特質や経済機構の特徴のゆゑにいちじるしく貧困であり、大正一二年〔一九二三〕三月二九日改正工場法が制定せられ、適用範囲の拡張(常時使用職工一〇人以上および事業の性質危険なるもの、またば衛生上有害の虞〈オソレ〉あるもの)・深夜業の禁止・保護職工年齢の引上(一六歳未満)・就業時間の短縮(一日一一時間)・罰則の改正等が行はれ、また工業労働者最低年齢法の制定を行つて一四歳以上に引き上げたのであるが、依然として一六歳以上の一般成年男手労働者にたいしてはなんの規定も行はず、今次支那事変の勃発〔一九三七年七月〕後生産力の拡充が成年男子労働力の労働時間延長によつて強行せられ、その結果いちじるしい工場災害・疾病の激発となり、生産力の拡充がかへつて生産力の破壊的現象を生ずるにおよんで、工場法の改正によらずに国家総動員法第六条の規定よつて昭和一四年〔一九三九〕三月三十一日勅令第一二七号をもつて『工場就業時間制限令』を制定し、工場法の適用を受ける工場で厚生大臣の指定する業務を営むものに、はじめて一六歳以上の男子職工の労働時間を一日につき一二時間に制限することになつたのである。このやうにして、わが国の一般青年男子労動力は、平時にあつては、労働時間に関してなんらの保証も与へられることなく、久しい間資本の要求に順応せしめられ、その順当な再生産基底を培養せられることがなかつたのであるが、このことは、また、その質的側面たる技能をも一般的な低位におしとどめざるをえなかつたのであつた。

 いくつか、重要な情報が含まれているが、今日の私たちが、まず注目すべきことは、職工の労働時間の制限は、平時においては実現せず、戦時において初めて実現したということである。また、こうした制限は、「工場法の改正によらずに」、勅令によって定められたという事実である。
 この背景について、著者の鶴田は、「生産力の拡充が成年男子労働力の労働時間延長によつて強行せられ、その結果いちじるしい工場災害・疾病の激発となり、生産力の拡充がかへつて生産力の破壊的現象を生ずる」という事態があったと説明している。
 くどいようだが、こういった事態は、何も戦中に特有のものではない。二一世紀の今日においても、「販売力の拡充が成年男子労働力の労働時間延長によって強行せられ、その結果いちじるしい過労・疾病・欠勤・退職の激発となり、販売力の拡充がかえって販売力の破壊的現象を生ずる」ことになった外食チェーンが、少なくともふたつは思い浮かぶではないか。

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