礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

ナチスを引き合いに、戦中に八時間労働制を主張

2015-01-11 07:33:19 | コラムと名言

◎ナチスを引き合いに、戦中に八時間労働制を主張

 本日も鶴田三千夫の『技術と社会政策』(光書房、一九四一)から。昨日は、同書の「はしがき」を紹介した。そこにおいて鶴田は、日本もナチス・ドイツにならって、労働者の生活向上を保証せよという旨を主張していたが、もちろん、本文にも、それに対応する記述がある。本日は、それを紹介してみよう。引用は、同書一一六~一一九ページから。

 さて以上に述べてきた諸点を要約すれば、労働時間の短いほど災害・疾病率が減退し、大体において八時間労働以上になるとこれが急増する傾向にあること、また生産能率も八時間制の方がより以上の労働時間に比して甚だ大であること、あきらかである。したがつて、一応労働時間の限度は八時間をもつて最大とすべきであるといふことができよう。しかも、このさい注意せねばならぬことは、さきに述べた労働の強度の問題である。いつたいに強度が増大すれば、それだけに疲労も大であり、したがつてこれが回復のための時間も多く要るのであるから、労働時間はこれに照応して短縮せられねばならぬことは見やすきところであるが、重作業においてはとりわけこの点に注意し、標準労働時間も八時間以下に切り下げられねばならないこといふまでもあるまい。鮎澤巖氏か『労働時間問題の再検討』において詳細に述べられた世界各国の労働時間が、ほとんどすべて八時間制ないしそれ以下であるのも、まさに右のゆゑにほかならないのであらう。(もつとも、これ以外に、労働時問の短縮が失業問題とも結びつけて考慮せられてゐる点も忘れてはならないが。)
 最近になつて、とみに「労働における倫理」がやかましく論議せられてゐる。すなはち、「勤労精神の振作」これである。まことに総力戦体系においてもつとも重要なる要素は労働力であり、しかもその労働力たるや、個別経営に隷属してあくせくと働くところの労働力ではなく、日本民族の精神と使命とを自覚し、国家のため・国民のため・さらに広くいへば大アジア民族興隆のために、全身全霊を打ちこんで生産に従事するところの、明朗にして溌剌たる労働力でなければならない。
 しかしなから、ここに注意すべきは、ひとは、かかる崇高にして高潔なる勤労精神を勤労者に求むるに余りに急であつて、かくのごとき精神を培養するところの、物質的側面を忘れてばならぬといふ一事である。実にかかる高度の倫理性を把持するところの労働力は、平素にあつて徹底せる社会政策諸立法や社会保険と幾多の厚生・福利施設とによつてその順当なる再生産が保護せられてゐるときにのみ、はじめて存在するといふも過言ではないのである。しかして、労働時聞の合理的制限こそは、これがための最初の、もつとも重要なる条件であること、言をまつまでもないところである。
 今次の欧洲大戦において赫々〈カッカク〉の戦果ををさめつつある盟邦ナチス・ドイツが、その背後に全世界を驚倒するほどの生産力を■持しつつあるのは、実にナチス政権が実施してゐるところの徹底せる社会政策と、K・D・F〔KdF〕の名のもとに人口に膾炙〈カイシャ〉されてゐる「歓喜力行団」によつて実施せられてゐるところの厚生施設とにより、労働力の順当なる再生産が維持・培養せられてゐるからに、ほかならない。さればこそ、ナチス・ドイツは、第二次欧洲大戦勃発の直前、すなはち一九三九年〔昭和一四〕九月一日に「労働法関係諸規程の修正並に補完令」を発布し、一八歳以上の成年男子労働者の労働時間に関する制限を一応撤廃し、婦人並に青少年労働者の標準労働時間を延長しうることとしたにもかかはらず、わづかに四箇月後の同年二一月二一日には「労働保護令」を制定し、一九四〇年〔昭和一五〕一月一日以降、従前の一日八時間労働制を根本的に維持しつつ、やむをえざる場合の労働時間を一〇時間とし、また婦人・青少年労働者の夜業を平時と同様禁止したばかりでなく、さらに有給休暇制をも承認してゐるのであつて、かくしてはじめてドイツの労働力はその再生産の基礎が保証せられ、したがつてまた、かの民族精神の昂揚と歓喜と情熱に富める勤労精神の振作とが、よく行はれえたのである。まことに、勤労精神の振作は、その物質的裏づけが十分に保証せられてのみ、はじめてその全きをうるといふことができるであらう。

 文中、「■持」は原文のまま、「保持」あるいは「維持」とあるべきところか。
 著者の鶴田三千夫は、ナチス・ドイツを引き合いに出しながら、「勤労精神の振作」を言うのであれば、まず、その物質的基礎を整えよ、と主張した。ここでは、労働力の再生産を保証するための労働時間制限、具体的には「一日八時間労働制」を主張しているのである。

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コメント (1)
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