一人の髪の毛の長い、背の高い細身の女性が机に座り、ノートパソコンを叩いています。
彼女の名はレイカ(31)・・・とある雑誌の取材記者です。
「えー、それでは、タケルさん、夜の日本学「対決、山本七平編」・・・お願いします。今日はどんな内容について語ってくれるんですか?」
と、レイカはノートパソコンを叩きながら、赤縁のメガネを手で直し、こちらを見つめます。
「うん。そうだな・・・」
と、タケルはテキストとしている「谷沢永一著 山本七平の知恵」という本をパラパラとめくります。
この本自体は、1996年12月に出版されています。
ただし、正しい「知恵」は時代を越えると僕は考えているので、その時代性の評価も一緒に話していくことになりそうです。
「んじゃ、この内容について話すか・・・「「武家」という存在」だそうだ。ま、相変わらず笑かしてくれそうだ」
と、タケルは笑顔になりながら、話し始めます。
今日の「夜の日本学」はじまり、はじまりー・・・・。
「まずは、山本七平氏の主張するところを抜書きしてみようか。それが無いとちょっと説明が出来ないからね」
と、タケルは笑うと彼の用意した紙の資料をレイカに渡す。
「えーと、これね。僕が相当意訳してるけど・・・」
と、タケルが説明すると、レイカはタケルの資料をゆっくり読み始める。
「「武家」とは何なのか。「武家」は天皇制国家の正規軍ではない。「平安朝」においてはなにしろ、正規軍が無かった。実質的に廃止されていたのだ」
「こういう国は非常に稀であり、歴史的にも奇妙な国家だったと言わざるを得ない」
「では「武家」とは何か?その元を辿れば地主と小作人で構成する自警団であり、それから分化した荘園の警備保障会社のようなモノである」
「それが「連合」し、中央の政争に介入していき、全国的な権力を作り上げたのだ。それが幕府そのものなのだから、日本の政治は他国と違う」
「非常にユニークなカタチと言わざるを得ないだろう」
「これ、かなりいい感じに意訳しちゃったけど、まあ、だいたいこういう事を言いたいようだ・・・」
と、タケルは説明する。
「これ、先に谷沢永一氏の文章も提示しちゃおう・・・その方が話は早そうだ・・・」
と、タケル。
「その自警団がだんだん強くなり、相互連帯して、派閥を作りながら中央の政局に流れ込んで行ったのが平家の時代である」
「その次が面白くて「武家」は絶対にそれ以上になろうとしない。「平家」は土地から離れ「公家化」しようとしたから、大失敗した」
「そのダメさを日本全国に教えて回ったが「琵琶法師」による「平家物語」語りである。それ以後「武家」は土地に地盤を置き、土地に執着した」
「すると自警団同士の連帯や敵対が始まり、自然と武家階級が出来ていくのである」
「それで武家階級は、中央政局の根本を取ることが出来ない。だから、中央に認知される事を求める」
「そういう武士達だから、天下を握っても上から支配するという気持ちが無い。自分たちの隣組申し合わせの文書を作って、それを皆に回覧して」
「「文句ないでしょうか?」と確認して、それが広まって・・・御成敗式目になった、ということになる」
「まあ、これも意訳したけど・・・だいたいこういう事を言いたいようだ。にしても、どうして谷沢永一はいつも上から目線なんだ?」
「ほんと「知識者」の「俺偉い病」は偉ぶることしか考えていないな・・・本文はかなりアレな文章でこれでも、かなり意訳してるんだけどね・・・」
と、タケル。
「まあ、いい。今回は対決色はかなぐり捨てて・・・「武家」という日本文化について、言葉にしたいと思う。この二つの文章から」
「日本文化をさらに深く見つめていこうと思う・・・どうなることやら・・・ま、がんばっていこう・・・」
と、タケル。
「がんばってくださいね。楽しみにしてますから」
と、レイカ。
「おう。行くぞー」
と、タケル。
「まず、最初の文章で「平安朝には軍隊が無かった」という言葉があったけど、じゃあ、なぜ軍隊が無かったかと言うと「和を以て貴しとなす」が最高正義の国だから」
「公式には内乱は無いわけ・・・というか、ここは「言霊」の話になるんだけど、「戦いは無いから軍隊を置かない」と言葉にし、文章化すると」
「その言霊のおかげで、日本に戦いは無くなる・・・そういう話なんだよね、これ。ちょっと笑っちゃうけど、明らかに「言霊」なわけよ」
と、タケル。
「太宰府近辺の防人はいたんですよね?さすがに」
と、レイカ。
「そう。それはいた・・・他の国には日本の「言霊」は作用しないからね。というか、要は「常設軍を置く」と命令書を書くと、戦乱そのものを呼ぶとして」
「嫌がられたんだろうね、公家達に・・・。いわゆる公家たちにとって「忌み言葉」だったんだよ、常設軍構想は・・・」
と、タケル。
「今でも結婚式などでは、結婚式は「終わる」モノではなく「お開き」になるモノですからね。今の時代でも「忌み言葉」はあるんだから」
「その中にどっぷり浸かっていた公家の時代では・・・だから「常設軍」が無かったんですね・・・」
と、レイカ。
「その結果、地方地方で、独自に自警団が出来ていった・・・これが「武家」そのものであって、要は「自分たちの暮らしは自分たちで守る」の意識なんだよ」
と、タケル。
「公家がどこか他人事で「他者依存」な政治を行ってきたのに対して、武家は「自分たちの暮らしは自分たちで守る」意識が基本になる」
「さらに言えば、武家は「皆でしあわせになって行こう」の意識なんだ。だから、武家は連帯出来るんだね」
と、タケル。
「公家はどこまでも「自分の家だけを守る」意識でしたものね・・・そうか、公家化した平家が没落したのも「平家のみの繁栄」ばかりを模索していたから・・・」
と、レイカ。
「まあ、そういうことだ・・・神戸遷都は「知恵者」平清盛による貿易立国構想だったけど、それを読み取れる人間はほとんどいなかった」
「人はあれを「平家の為だけに遷都するなど、もっての外。天皇さんが可愛そうだ」と見た・・・」
「天皇さんの気持ちを患わしたら・・・日本最強の負のエネルギーになっちゃうから・・・結果的に西海の藻屑となった平家・・・という話になる」
と、タケル。
「ま、平家はわかりやすい「俺偉い病」を発症していたから、消えたのさ・・・」
と、タケル。
「この国ではどこまでも「自分勝手」は許されないんですね」
と、レイカ。
「そういうことだ。「皆でしあわせになっていこう!」が日本のお約束の意識になるんだね」
と、タケル。
「で・・・そういう存在なのが「自分たちの暮らしは自分たちの手で守る」武家の意識になるんだ・・・」
と、タケル。
「谷沢永一氏の文章にあるように、武家は土地に執着した。で、結果的に武家の諸問題の大部分は土地の相続だったり、土地の取り合いだったり・・・」
「とにかく土地に関する諸問題が武家や農民達を悩ますことになるわけ。で、前回、御成敗式目の話のところでもやったけど」
「北条泰時さん自ら裁判所で「道理」を元にそういう諸問題の調停をやるわけ・・・つまり、日本における政治とは、利害関係の調整・・・いわゆる調停こそ」
「日本の政治の基本中の基本になるわけだ・・・」
と、タケル。
「そうか。「自分たちの暮らしは自分たちの手で守る」意識の「武家」だからこそ、そして、その武家の中でも、一番偉いはずの人間こそが「知恵者」だからこそ」
「農民や武家たちの調停に直接、乗り出してくるんですね」
と、レイカ。
「そう。だから、「事件は会議室で起こるんじゃない。現場で起きているんだ」って言う有名な映画のセリフがあるけど」
「日本の政治って、まさにそれで、一番偉い「知恵者」が現場に乗り込んで行って、直接利害の調整をするのが、日本の政治のあり方になるんだよ・・・」
と、タケル。
「それが出来なくなった時・・・為政者が「俺偉い病」や「逃げ込み者」になった時・・・政権は失われる、と前回勉強しました」
と、レイカ。
「まさにそういうことなんだ。総理大臣が現場に乗り込んで来て利害調整している間は政治は機能するけど、官邸に逃げ込んだまま、現場に出なくなったら」
「政治が機能しなくなっているから、その政権は危うい・・・そう見た方がいい」
と、タケル。
「結局、「公家」って政治的な中国文化なんだよ。皇帝がひとり居て・・・その下に何人も部下がいて、その末端の部下が国民に対応している」
「「公家」ってそういう政治の仕方をしていた。しかし、「武家」は一番の「知恵者」が国民に向き合って現場で対応する・・・これが武家文化的政治手法だからね」
「非常に特異な日本文化だ」
と、タケル。
「だから、その一番の「知恵者」の信頼が揺らぐと・・・誰もその人間の為に働かなくなるから・・・政治が全く動かなくなり、その首相の政治生命は終りを迎える」
「・・・そういうことですか?」
と、レイカ。
「そういうこと・・・だから、日本人は政治にシビアだし、常にトップの資質を見極めているから、失言なんかがあると、一気に信頼感が無くなり、政治が行き詰まり」
「トップの交代が必要になってしまう・・・なにしろ日本人は「一時は万事」ということを知っているからね・・・」
と、タケル。
「だから、政治家としての資質に信用のおける人間であれば、長期政権が可能だし、逆に資質に疑問符のつく人間達だと、すぐにトップが入れ替わる事態になるんだ」
と、タケル。
「日本人の首相が一年ごとに交代している頃・・・日本人は政治が下手みたいに言うリベラル側の人間がいましたけど、その物言いは間違っていたんですね」
と、レイカ。
「彼らは単に自民党を攻撃するためにそういう物言いをしていたに過ぎないよ。民主党なんて屑の集まりだからね。自民党に遠く及ばない嘘つき政権だったから」
「いつの間にか、どこかに消えちゃったじゃん・・・」
と、タケル。
「まあ、いい・・・話を戻そう」
と、タケル。
「もう一点・・・谷沢永一氏が「武家階級は、中央政局の根本を取ることが出来ない。だから、中央に認知される事を求める」」
「「そういう武士達だから、天下を握っても上から支配するという気持ちが無い」としているが、これは明らかな間違いだ・・・」
と、タケル。
「ここまで、見てくれば、武家の現場意識はわかるだろう。つまり、彼らは現場で直接利益の調整をする事を求めているから、上から支配する意味など無いわけ」
「だから、中央から認知されて、征夷大将軍というお墨付きさえ貰えれば十分なんだよ。谷沢永一氏は武家の現場意識という知恵にたどり着いていないから」
「こういう間違った事を書いちゃうんだよ。どこまでも頭の悪いおっさんなわけさ。それで上から目線で武家をバカにしているんだから」
「どっちが糞か、明快だろ?」
と、タケル。
「そうですね。口にするのも、嫌ですけど」
と、レイカ。
「さらに言おう。谷沢永一氏は「自分たちの隣組申し合わせの文書を作って、それを皆に回覧して「文句ないでしょうか?」と確認して、それが広まって」」
「「・・・御成敗式目になった、ということになる」としているが・・・これも明らかに「武家」をバカにしている文章だけど・・・まあいい・・・」
と、タケル。
「要は武家は現場で「道理」を元にした、皆が納得出来る申し合わせ文書を作って「これでいいよな」と皆で納得した文章を作った」
「つまり、「和を以て貴しとなす」を実現する申し合わせを、現場主義の人間達同士で作って、現場主義同士の人間でお互い納得出来たわけだから」
「それって「尊い知恵」なんだよね。だからこそ、「御成敗式目」が明治憲法が発布されるまで効力を持っていたんだよ。それは非常に「ミラクルな知恵」だと僕は思うね」
と、タケル。
「紛争の当事者がお互い納得出来る、申し合わせ・・・それが「御成敗式目」なんですね」
「・・・というか、日本人は納得出来る事が大事なんですね・・・」
と、レイカ。
「そ。人生だって、納得するから、次のステージへ行けるんじゃない?」
と、タケル。
「そうですね。納得するから、結婚も出来るし、赤ちゃんも産める・・・納得するから、子供の進路も応援してあげられる・・・」
と、レイカ。
「日本人はすべてにおいて、納得が必要な民族なのさ・・・」
と、タケルは言葉にした。
「皆を納得させられる尊い「知恵」の文章・・・それが御成敗式目だったんですね・・・」
と、レイカは結論的に言葉にした。
「それが結論になるかな・・・ま、結論が出たところ、飲みにでも行こうや、レイカちゃん」
と、机の上を片付けだすタケルでした。
「はい。今日も楽しみましょう!」
と、レイカはメガネを取り、髪を解いた。
(おしまい)
日本の政治とはどこまでも現場主義なんですね。
現場で利害の調整を図る・・・それが政治の基本になるんですね。
そして、日本の為政者は現場で国民と直接語り合うこと。
これが最も求められることなんですね。日本の為政者に・・・。
ま、日本に生まれてよかったって感じですかねー。
さ、今日も楽しく飲みに行きましょう!
ではでは。