夜の公園に、打ち上げ花火が上がる音が響いていた。
ヒュルルル‥と高い音が鳴ったかと思うと、花火はパッとその光の花を咲かせる。
公園の片隅で、亮と静香は花火に興じていた。淳は少し離れた場所に座って、そんな二人を眺めている。
喧嘩の後の高揚した気持ちが、彼等をいつもより少し陽気にさせていた。
しこたま買い込んだ花火が入った袋を見ながら、亮が「他のもやってみよーぜ」と違う種類の物を手に取る。
静香はクスクスと笑いながら、心からその時を楽しんでいるようだった。
淳はその中に入りはしなかったが、微かな笑みを浮かべてそんな二人の様子を見ていた。
殴られた頬はまだヒリヒリと痛んだが、どこか心地良い気怠さがあった。
亮はそんな淳の表情を見て、いつもの見せかけの笑顔ではないそれを認め、ふと笑顔になる。
互いに言葉は交わさなかったが、ある種の連帯感のようなものが、その時の三人にはあったのだった。
そのまま暫し亮と静香は花火を楽しんでいたが、とうとう淳が注意を口にした。
「こんなことしてたら警察来るぞ?音が小さいのにしろよ‥。
喧嘩までして、これが父さんの耳に入れば‥」
淳が口にしたのは、彼等のお守り役としての、いつもの小言だった。
言葉を続けようとした淳だったが、不意に亮が彼に向かって花火とライターを投げて寄越す。
目を丸くして淳はそれを受け取った。そしてそんな淳に対し、亮はこう言ったのだった。
「今まで沢山溜まってたんだろ?お前」
「全部スッキリ燃やしちまえよ」
そう言って、悪戯小僧のような表情で、亮は笑った。
淳はキョトンと目を丸くし、暫し亮の顔を見つめていた。
何も言えない淳の前で、亮と静香は花火を続ける。
三ついっぺんに火をつけようとする静香に、亮が笑いながら舌を出す。
淳は、亮から寄越されたその花火を、目を丸くしたままじっと見つめていた。
心に着込んでいた重い鎧が、カランと音を立てて不意に外れる。
「ぷはは!」
突然聞こえたその笑い声に、亮は目を剥いて振り返った。静香も目を丸くしている。
そこには、少年のように大きな口を開けて笑う、淳の姿があった。
「ははは!」
「はははは!」
淳の笑いは止まらなかった。
その笑顔は、心から愉しんで笑っているように見えた。
そんな淳を見て静香は、心の中に花が咲くような気持ちになる‥。
そして淳は、ライターで花火に火を点けた。
小さな心の声を漏らしながら。
「お前達が、本当に羨ましい」
「本当に‥」
淳が火を点けた花火は、チリチリと音を立てて小さく燃え始めた。
淳の吐露が、一筋上がる煙に混じり、空気に溶けて行く。
後ろでは静香が、騒がしい花火をやっていた。けれど亮は、小さなその淳の呟きの方が、心に強く響く気がした。
「そう‥どうだっていいんだよな」
「俺はなぜ足掻いて、肩肘張って‥。一体何のために‥」
パチパチと花火は燃えた。その一瞬の生命を全うするかのように、刹那の光の花を咲かせて。
淳はそんな眩い光を見つめながら、一人虚しそうに、笑った。
「はは‥」
花火の光に照らされた淳の横顔は、今にも消えてしまいそうに儚く、そしてどこか哀しかった。
亮は幼馴染みのそんな表情を、初めて目にした気がしていた。
それきり淳は何も言わず、ただ花火が燃えて光を撒き散らすのを眺めていた。
そして美しかったその光の花はいつしか燃え尽きて無くなり、
亮の記憶に残っていたその淡い記憶も、フィルムが途切れるように、プツンと切れて暗転した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<亮と静香>高校時代(10)ー花火ーでした。
切ない回でした‥(T T)
思い切り笑う淳の笑顔、花火に照らされる儚げなその横顔。
淳が抱えた闇と重荷を感じますね。
そして淳に対して以前は「ヘラヘラ笑ってばっか」という印象しか持っていなかった亮も、
この時からまた違う印象を持ったんじゃないでしょうか。
なかなか明かされない彼等の過去の中で、眩くも刹那的なエピソードでしたね‥。
さて次回からまた現代に話は戻ります。
<守りたいものは>です。
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
引き続きキャラ人気投票も行っています~!
今回良いですねえ~!なんか好きだなあ!
3人が特別な関係だっていうのがよく分かります。
でも、だからこそ今の彼らと比べると切ないですね。
淳さん、笑った顔やっぱり可愛い(笑)
ほんと、君たちに何があったのだと問いたい。
先輩の、"家"を捨てたいけど捨てられない、やめたいけどやめられない的な葛藤が痛々しい。
裏目氏が恨めしい…!
ただ青田淳の場合、見せかけの比率が普通より高いです。
夕版の時「票返せ」の親しげな殴り合いも、息子を心配する父への見せ掛けかも?
(親の期待に応えたくない子供はないですから)
でも、感情労働も労働です。普通の人にとっての感情労働とは、
嫌なクレーマーに笑顔で向かったり、心にもないほめ言葉を言ったり位ですが、
この子にとっては親友関係もその感情労働なんです。
これはこれは、友情への愛着が涼と静香より薄いのも当たり前ですよ。
だって、疲れるから。自分を疲れさせる人を好きになるのは難しいです。
うーん、日本語じゃ説明が難しいですが・・・(私何が言いたかったっけ?)
とにかく、努力は多くて果は少ない高校生活の淳君って話です。
3人だけの静かな公園で、燃えて消える花火。
あの頃にはたしかにあった連帯感に友情に・・・。
お互いがお互いなりに相手を思いやっていたはずなのに、歯車はどうして狂ってしまったのか・・・。
そして今回も、Yukkanen師匠の深くて静かで素敵な語りに引き込まれました。
栄光の記憶から引き出された花火に興じた淡い記憶・・・。うう・・・
>それきり淳は何も言わず、ただ花火が燃えて光を撒き散らすのを眺めていた。
>そして美しかったその光の花はいつしか燃え尽きて無くなり、
>亮の記憶に残っていたその淡い記憶も、フィルムが途切れるように、プツンと切れて暗転した。
なんかもう、感動して切なくて、言葉が追いつきません―! (ToT)~~
「壊れたピアノ」から始まり『The・喧嘩!』を経て「Across the line」、そして「花火」・・・
どれもこれも美しくて刹那で危うくて、とても好きです。
そして亮が記憶の世界からプツンと戻る、この最後の描写!
何というか、もう過ぎてしまった取り戻せない過去なんだと思わせてくれるというか・・・。 う―、スミマセン。的確に言えません! とにかく、美しいです!感動しました!(ToT)/
そしてCitTさんの仰る感情労働。
そうですね。淳は誰にも心を開いていない。
淳の自嘲的な笑いの奥にある思いを、大人になった亮ならばわかってやれると思うのですけど・・・。
私もそう思います・・・。というか、きっとホントは心の奥底でわかってるんだと思うんですよね。だからこそ、明日のお話だと思いますがピアノを弾きながらこのシーンを思い出してやるせなくなってるんだと。またピアノを弾き始めたことで、鍵を閉めて閉じ込めたはずの思い出がよみがえって、大人になった今ならわかる、という状態になってるんじゃないでしょうか・・・。
だからと言って亮からすれば手のことがあるし、今は雪ちゃんも絡んできて、いっそう素直になれないという状態ですかね?亮の手のことが誤解であれば良いと願わずにはいられませんが・・・。どうなんですかね、どんぐりさん~TT
どんぐりさんのコメに痛いほど共感しました!師匠の語りが切なくて悲しくて美しすぎる・・・いろんな気持ちが混ざりあいます。
先輩の重荷や闇が「スッキリ燃やせて」しまえるような単純なものではない、深い闇の深淵を垣間見たのかもしれませんが、先輩にそう言ってあげられたのは、亮さんだけなのかな…心を開いていないことを知っている先輩が感情を晒している姿を見て、きっと静香嬢嬉しかったんだろうな…ちょっと不器用だけどまだ純粋さもある感じが、今から見るとなお切なくなります。
3人共がお互いを理解しあっているわけではないけれど、そこには誰の悪意もなく、感情の結びつきもあったはずなのに、もう二度とこの瞬間は戻ってこないんですね。
ほんと、泣けてしまいそうな回でした。
いいですよね
じんわりきますね
もう二度とこの瞬間は戻ってこないんですね。
て、とらまるさんのコメが切なさに追い打ちをかけるのですーーT^T
最後の花火の儚さ、上手く文章に出来てるか不安でしたが、気に入って頂けたみたいで本当に嬉しいです!
今週いっぱいは里帰りしていて携帯からしかコメも返せませんが、皆様のコメは全部ありがたく拝見してますので~(^o^)