淳の目の前に、あの後輩が立っている。
夏休みが明けて今日から新学期、
健太先輩と歩いているところに、赤山雪は威勢の良い挨拶をしてきた。
強い眼差しで、唇を真一文字に結び、笑顔は顔に張り付いているようだった。
やがて赤山は言う。
意を込めて、おそらく準備してきたであろう台詞を、ハッキリと。
「先輩が、私が横山に気があるって言ったってあいつから聞いたんですけど、本当ですか?」
淳の脳裏に、様々な記憶が浮かび上がってきた。
それは夏休みに入る前、横山の記憶から始めることにする。
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「先輩、先輩、せんぱ~~い!」
あの球技大会以降、何かと横山がヘラヘラと笑いながら挨拶してくるようになった。
もう球技大会でのことは気にしていないと何度も言っているが、
酒でも一杯奢らせてくれ、でないと自分の気が済まないと横山は譲らなかった。
「せっかく許してもらったことですし、仲良くして下さいよ~」
そう言って頭を掻く横山は、周りをチラチラ見て、周りから白い目で見られたくないという一心だった。
その日も、授業が終わって皆と連れ立って歩いていると、
横山はまた姿を現し、あの時はスミマセンでしたと謝ってきた。
淳はうんざりし、「許すよ。無かったことにしてやるから」と言って溜息を吐く。
それじゃあ、と言って淳が背を向けようとすると、横山は不満気な表情で言葉を返してきた。
「オレの気持ちも分かって下さいよ!ちょっとミスったからってこんなに肩身が狭くなるなんて悔しすぎますよ。
オレのこと心配してくれる人もいないし、自分で自分のこと守るしかどうしようもないじゃないですか」
淳は、先ほど窓の外で見たものを思い出した。
淳の心に、チラと炎が刺す。
「‥さっき、雪ちゃんがお前のこと心配して気遣ってやってたの見たけど、あまり人に迷惑かけるなよな」
わざと”雪ちゃん”と彼女の名を呼ぶと、計算通り平井和美は反応し、顔をしかめた。
横山はそれには気づかず、やっぱり先輩も赤山が自分を気遣ってくれてるように見えましたかと、
嬉しそうに言った。
「オレに話しかけるなんて勇気が要るだろうに‥もしかして‥」
意味あり気に笑う横山に対し、淳は「ただ優しいだけだろう」と言ったのだが、
平井和美の声でそれは遮られた。
「気があるんじゃない?だから見てみぬフリ出来なかったのよ!」
二人ともとってもお似合いだわと言う平井の言葉に、横山はだんだんと気分を良くしていった。
淳は心底どうでもよかった。
隣で飲み会にしつこく誘ってくる健太先輩にも嫌気が差していた。
「先輩はどう思いますか?!」という横山の嬉々とした質問も、
もうどうでもよかったのだ。
「そうだな、お似合いかもな。それじゃあな」
適当にそう言って、その場を後にした。
横山が一人、その場でニヤニヤ笑いながら何か考えこんでいた。
夏休みに入る直前に催された、飲み会の記憶もある。
横山は平井と言い争ったり、他の先輩に絡んだりと常々騒がしかった。
赤山との恋愛相談のアドバイスをしてほしいと皆に言って周る横山を避けようと、
席を立ったところを呼び止められた。
「青田先輩、ひょっとしてまだオレにムカついてます?
わざと避けてるんじゃないっすか?オレがメール送っても無視して‥」
淳は横山を自分の元に呼んだ。新しい携帯番号を教えるからと。
横山は喜んで携帯電話を差し出した。
淳はにこやかに横山に声を掛けた。
「本当にこれ以上謝罪はしなくても大丈夫だよ。もう休みに入るけど、楽しんでな。
挨拶とか相談事とかあればいつでもメール送ってくれていいから」
横山は喜んで返事をした。
夏休みに入ると、横山は事あるごとにメールを送ってきた。
社交辞令で言った言葉の意味も読まず、不躾にそして鈍感に送られてくる恋愛相談のメール。
淳は辟易していた。
”そうかな?雪ちゃんは翔のこと好きみたいだけど”
こうメールを送ってから、淳は本心が顔に現れていた。
煩わしい時に彼が見せる、その表情が。
「‥‥‥‥」
幼馴染みの河村静香は、そんな彼の変化を読み取って声を掛けた。
「なーに? 誰? 女?」
「どんな子?」と続けて聞く静香に、淳はポツリと答えた。
「‥ウザい奴」
”奴”と言った淳の言葉で、静香はそのメール先が男なのだと分かった。
淳ちゃんを煩わせているのはどんな奴かと言って、メールの履歴を見始める。
あらかたの流れを読んだ静香は、メールの送信者(横山翔のことだ)がイタイ奴だと言って嘆いた。
ターゲットになっている女の子が可哀想だと言って。
すると淳は静香に向かって、「同じだよ」とまたポツリと言った。
「同じだよ。そのメール送って来てる奴も、その相手の女も‥」
淳は雑誌に目を通しながら、幼馴染みに本心を語った。そんな彼の裏の顔を見た静香は、面白そうにニヤリと笑う。
「ふーん‥そーなんだ。まーた淳ちゃんの気に障る奴が出てきたんだ?」
そう言って静香はメールフォルダを開いて新規メールを作成し始めた。
あたしが代わりに片をつけてあげる、と言って。
そんな静香の行動に「何言ってんだよ」と顔を顰めていた淳だが、静香はお構いなしにメールを書いていく。
「”それじゃあ、家にプレゼントを‥”淳ちゃんぽい口調で‥と」
今にも送信しそうな静香に、淳は止めさせようと口を開いた。
しかし思うところがあり、そのまま口を噤む。
もうこのまま静香に、この件は丸投げでも良いかもしれない。
煩わしいやり取りが終わると思えばいいじゃないか。この先に何があっても、自分には関係ないことだ。
「‥好きにしろよ」
そう言ってそれきりメールを見ることもなく、雑誌に目を通し続けた。
そのメールが引き起こす災難など知りもしないという様に、
カフェには静香の小狡い笑い声と、淳が紙を捲るパラパラという音だけが響いていた。
<正直に告白するのが、やっぱり一番良いんじゃないかな>
<告白が難しいなら、ぬいぐるみやアクセサリーを送ってみたら?>
<そうか、夏休みだと会うこと自体大変だろうね。同じ塾に通って、一緒に勉強してみたら良いんじゃない>
一見恋愛相談に対する、ごく平凡なメール。
しかしこれは数々の思惑を孕んだ、厄を呼ぶ不吉な標。
夏休みが終わる頃、
横山から淳のせいで赤山と上手くいかなかったと怒りの着信があった。
言う通りにしていたのに、赤山は横山をストーカー呼ばわりし、レコーダーをも取り出して、告訴するとまで言ったと。
淳は球技大会前、まだ横山が伊吹聡美に言い寄って居た頃の記憶を遡った。
福井太一と教室に入ろうとした時、横山は伊吹聡美のノートを漁っていた。
横山の核(コア)にある、粘着質なその性質。
淳は見越していたつもりだった。
しかし彼は行きすぎてしまった。
程度を超えた彼に、淳は彼から受けた侮辱と同じ台詞でこの関係を終わらせた。
あんな見せかけ野郎のどこが良いんだと言った彼への、それは報復だった。
「君は見せかけかそうじゃないかもまともに区別出来ないくせに、文句が多いね」
その台詞をそっくりそのまま君にお返しするよ、と淳は言って電話を切った。
そんな彼の冷淡な会話を、静香は偶然耳にしていた。
静香は小狡そうに笑いながら、そのウザい奴とのやり取りが終わったのかと淳に聞いた。
ちょっと面白かったのに、と言って惜しんだりもした。
そして静香はいつも暗鬱そうに見える幼馴染みに対する感想を、軽く口にした。
「思ったより大学ってのも大変みたいね~。淳ちゃんいっつもつまんなそうなんだもん」
いつも彼を取り囲む、凡庸、疲弊、退屈‥。
その暗い瞳を見て感じる闇を、静香は率直に口に出した。
しかし淳はそれに対しては返事をせず、静香に向かって持っていた携帯電話を軽く投げた。
「これあげる」
携帯を受け取った静香は、「どーゆーこと?」とそれを受け取りながら彼に問うた。
しかし淳は質問に答えることなく、狡知な表情でこう言っただけだった。
「要らないの?」
貢がれグセのある、静香の特性を良く知った彼の行動だった。
彼の読み通り、何も疑うことなく彼女は携帯電話を受け取った。
偶然の悪戯を含めても計算通りに、彼はその携帯電話とそれにまつわる厄介事を手放した。
そして、これ以来横山からはメールも電話もかかってこず、
新学期が始まっても、依然として大学には現れなかった。
彼の計算通りに動く、愚かで凡庸な人間。
しかし今彼の目の前に立ちはだかる彼女だけが、なぜかいつも彼の想像の範疇を超える‥。
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<淳>その回想、でした。
球技大会の時、横山が淳に言った台詞は日本語版だと「青田先輩はナルシストだ!」だったのですが、
どうやら本家版だと「見せかけ」「飾り」という意味だったので、
淳の表の顔という意味と、社交辞令という意味を掛けての「見せかけ」と解釈し、
恐縮ながらそう修正しました。
次回は雪と淳のその後です。
2014.1.2追記
本家版で淳→横山へのメールの詳細が描かれていたので追記しました。
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こんにちは!
りんごさんはまだこの漫画を知ってから1ヶ月なんですね!なのにハングルの勉強を始められたとかすごいです~!私なんて1ヶ月目は韓国語版すら見つけられなかったですよ。
これから先が楽しみですね☆
この漫画、もう最終回まで全部話が考えてあるらしく、全話で150話前後らしいです。なので本家版が終わるのが来年1月くらいで、日本語版が終わるのが更にその1年半後くらいみたいですよ。
まだまだ楽しめますね!
作者さんの所にドラマ化の話もチラホラあるらしいので、もしそうなったらまた楽しめますよね~!
楽しみですね!
本家版のコメント欄、結構面白いですよ。
漫画のところはコピペ出来ないですが、コメント欄はコピペできるので、一括選択で翻訳ソフトに訳してもらってますw
結構深い解釈している人とかもいて、楽しめますよー☆
なんかマニアックすぎてすみません‥。。
また遊びに来て下さいね~☆☆
説明をしてくださりありがとうございます!
わからない箇所があれば…とのお言葉に、すかさず、つらつらと書いてしまいました
こんなに丁寧に説明してくださり感激です
横山とのくださり、分かりました!
お、恐るべし青田淳…!
仕返しのセリフを言っておきながら、しらばっくれるなんて、ほんとに無理ありますよね^_^;そこもわたしが混乱した原因のひとつかもしれません
韓国のコメントも読んでらっしゃるのですね!さすがです
わたし、このマンガ知ったの先月なんですよ
だからここ最近なんです、更新を待つ生活が始まったのは…!
Yukkanen さんからしたら
まだまだひよっこです
一話ずつで物足りないですが、最低でもあと一年半は楽しめると思うと、充実した毎日が送れそうです!笑
Yukkanen さんも、いつも楽しませてもらってありがとうございます☆
毎回楽しみに見てます
早速ご質問にお答えしますね!
私も3部17話のコメント欄を翻訳して理解出来たので、そこの文を丸々載せますね↓
整理すると、淳は二つ携帯を持っていた。携帯A(末尾4580)と携帯B(末尾4508)である。
携帯Aは青田淳の携帯番号として、すべての後輩が知っている。
だが、横山がウザくなった淳は横山からのメールを無視し出して、横山ががなぜ無視するのかと問うと、携帯番号を変えたんだと言い、携帯Bの番号を知らせた。
携帯Bを利用して、横山を慰めた赤山雪に対して、横山のストーカー気質を利用してメールで横山の行動を操作する。(あの3部17話に出てきた3通のメールですね)そして横山との最後の通話後、携帯Bを河村静香に譲った。
復学後、淳に復讐しようとしていた横山は友人の携帯アドレスに載っている淳の携帯Aの番号を見て、携帯Bの番号と同じだと錯覚して(末尾が違うだけで番号自体が似ているから間違えたのだ。)、復讐を決心する。 そして友人の携帯を使い携帯Aにメールを送り、淳を空き教室に呼び出して脅迫した。
すなわち真実は、淳は携帯Bを利用して雪と横山を陥れた事実、そして緻密に証拠隠滅したということである。
ということです!分かりましたでしょうか?!3部17話で横山が青田先輩の携帯にかけると、違う人が出ましたよね。それが河村静香だったわけです。
何かと静香は「携帯を2台持っている」ということが話に出てきますよね。ここの伏線だったのかー!とビックリしました。
でもいくら今携帯Bは静香が持っているからといって、あのメールや最後の通話(君は見せかけかそうじゃないかも区別できないくせに‥の台詞で復讐を完遂したときの通話)はしらばっくれ不可能だと思うんですけどね‥。それでも3部17話で青田先輩は横山の携帯に残ってる3通のメールを見て、「俺はそんなメール送ったことない」とか完璧知らんぷりしてたので、万が一皆にバラされた時、自分と横山とどっちの言葉を信じてもらえるか、という所まで計算してるんでしょうね。
コミックの説明がわかりづらくてすみません!
コミックは全て韓国語です。私の言う”日本語版”というのは日本語で出てるWebtoonsのことです。
今度出るコミックス収録分の本家版webtoons と、日本語版webtoonsの絵柄修正は、webで見る限り無いんですね。だから、もしコミックで修正されたり加筆されたりいしたら、もう日本語版webtoonsでは掲載されている箇所なので、コミックを買わない限りそれを確認することが出来ない、という意味でした。。というか、まだ分かりづらいですね‥すいません!!
またお待ちしてま~す!
さっそくですが!
代償のところ
横山がメールで相談してた相手は、
実は青田先輩ではなかったですか?
代償の原因でYukkanenさんが、通話主といっているのは青田先輩ですよね?
あれ?ごちゃごちゃです…!
韓国版の3章17話で、横山が青田先輩に電話したけど、ほかの人につながってたと思いますが、あってますか?
(わたしが確実に読めるハングルは、雪ちゃん、先輩、青田淳、あ、うん、あれ、それくらいで…気になるところを訳してる状態です)
わたし、理解力足りないですね>_<
かおりちゃんのようだ´д` ;
それにしても、Yukkanenさん詳しすぎます!あたらしくでるのって、日本語のでるんですか?!
聞いてばかりですみません
感想ありがとうございます~!でもやっぱり分かりにくいですよね‥。良かったら分からない箇所など教えてもらえると今後のためにも嬉しいです!
本家版も、横山に青田先輩が偽の携帯番号を教えるくだり(末尾が4580ではなく4508だった件)とかこんがらがりますよね!
コミック、持ってないんですよ~。高いですよね。。でも新しく出るやつは買おうかな~と考えてます。
豆知識ですが、本家版の青田先輩と日本語版の青田先輩は、1部最初の方は全然顔が違うんですよ!作者さんが単行本を出すにあたって修正したらしく、日本語版の方が数倍かっこいいという‥(笑)
今度出る単行本に収録されてる話はすでに日本語版になって出てしまっているので、加筆修正があったら単行本でしか見れないな~というマニア心で相当欲しいんですよね‥(笑)
長々と失礼しました!
明日は日本語版ですねー!ディナーショウ第二幕、楽しみましょう!
また遊びに来て下さいね♪
たびたび、おじゃまします
代償編よかったです
ありがとうございます
そうゆうことだったのか…と思うとともに、
わたしまだちゃんと理解出来てない…(*_*)
とやや混乱ぎみで…汗
んー…深いですね!
Yukkanenさんは、コミックも買われてますか?
わたしは持ってませんが、とても気になってます(全部揃えると高くて…。)
雪と淳その後も 楽しみです
熟読します…!
では失礼します…☆