その日の夜。
雪はメールにて、今日の出来事を聡美と太一に報告した。
横山の奴、結局うちの近所にまで現れた。
聡美からすぐに返信があり、続けて雪は状況説明をする。
ゲッアイツ超ヤバイ。マジで？
でも、とにかくそのおかげで録音出来たよ。このファイルと今までの写真を見せれば、
アイツもこれ以上は手出し出来ないでしょ
続けられる聡美の返信。太一からも返事が来た。
マジ？！いよいよ決着！？おっしゃー！
雪さん本当にお疲れ様でした。これでもう勉強に専念出来ますネ
あースッキリしたぁ！！
雪を称える二人からの返信。雪は冷静に続きを書いた。
私がスレをアップしたのが問題になるかもだけど、
けどそれはアイツにとっても致命傷だから。とにかく弱点を握ったから、まぁ及第点かな。
すると少し時間を置いてから、太一から返信があった。
ストーキングしたのも、スレをあげたのも、横山先輩が先に始めたことじゃないスか。
雪さんが通報すれば、横山先輩の方が失うものは多いし、多分大丈夫だと思いまスよ。
太一からの言葉に胸を撫で下ろしつつ、雪はやり取りの終わった携帯をじっと見つめた。
先輩には、このことを報告するべきだろうか‥。
雪は口をへの字に曲げると、そのままベッドに寝転がった。
いいや‥どうせ送っても読まないだろうし、仕事が忙しいからって連絡も無いような人になんて‥
そのまま雪は、ベッドに突っ伏した。
瞼の裏には、狡猾な笑みを浮かべる彼の姿が映る。
彼は依然として自分の前に姿を現さない。
今彼が何を考えているのか、瞼の裏のその彼は、何も語ってはくれない‥。
パッと電気が点いて、暗かった室内は昼間のように明るくなった。
仕事から帰宅した青田淳が、入り口の所で佇んでいる。
整然とした室内は、朝出社した時の状態となんら変わりはない。
見慣れたいつもの風景だ。
淳は深く息を吐きながら、瞼を伏して室内を進んで行った。
蓄積する仕事の疲れが、体も心も蝕んで行く。
淳はコートを脱ぎながら、ふと本棚に目をやった。
ずらりと並んだ本の中の一冊が、少し飛び出している。それによって、整理された秩序が綻びている。
淳は手を伸ばし、飛び出たその一冊の本を押し込んだ。
秩序の綻びはそれによって絶たれ、また本棚には平穏が訪れる。
コートをハンガーに掛けると同時に、ポケットの中の携帯電話が震えた。
それを取り出し、淳は送られてきたメッセージに目を通す。
淳は無言で、それに目を落とした。
長い前髪のせいで、その表情は窺えない‥。
室内着に着替えた淳は、ノートPCを開き持ち帰った仕事を始めた。
体も心も疲労を感じていたが、目の前の”やるべきこと”を、淡々と彼は遂行する。
けれど先ほど送られてきたメールが、彼の気を散らせていた。
そして淳は幾分乱暴に、書類をバサッと机の上に投げ捨てる。
淳はそのまま席を立ち、コーヒーを片手に窓の外を眺めた。
瞳に映る無数の夜景が、揺れる心の表面を滑って行く。
淳は腕時計を見た。
そしてそのまま歩いて行く。
淳は机の方へ向かった。
沢山の時計が入っているケースの上に、先ほどはめていた腕時計を外して置く。
ケースの中の全ての時計が、十時十分を指して止まっている。
この時刻が長針と短針をシンメトリーに分け、最も時計を美しく見せると言う。
淳は改めてその時計を眺めた。秩序のある無数の時計の上に置かれた、一つの無秩序を。
淳の脳裏に、この時計を貰った時の情景が思い浮かんだ。
夏の終わりの日、照れながら自分の腕にそれをはめた雪。その吐息を感じるほど、二人の距離が近づいた‥。
ほんの数ヶ月前のことなのに、やけに遠い昔のことのように感じられた。
淳はぼんやりとした眼差しをしながら、その時計をじっと眺めている。
やがて淳は時計に手を伸ばし、少し傾いで置かれていたそれを真っ直ぐに置き直した。
整然と並んだ沢山の時計が、その後方に透けて見える。
秩序と無秩序、美しさと混沌が交じり合っている。
彼女からもらった時計だけが、自分が所持しているそれらとはどこか違うー‥。
しかし淳は何も語らぬまま、ただじっとそれを見つめ続けていた‥。
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＜語らぬ彼＞でした。
次回は＜一筋の光＞です。
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このシーン、最初は悪感情で時計見てたのかと思っていたのですが、最後の淳君のアップでわからなくなりました。笑
けっこう台詞ないとこはサーッと流し読みしている節がありますが、後からこの記事であぁ、こうだったのか…と２度美味しい発見ができて嬉しいです。
本家、ほんとにそろそろ追い付きますね。ああ～寂しい～けど楽しみ～！
落ち着いて寝れるまであと三回本家飛んできます。
びゅーん
時計の腕の形が笑顔っぽいから・・・って。
この時計シーンはどの国のfandomも意見が様々ですよ。
意味はとにかく、時間が違う理由は「雪ちゃんからの時計が壊れた」が多いですが・・・
なるほど、青田collectionは止まってるという考えもできますね。
確かに淳なら止まっておきそうです。よりによって10:10ですし。
そしてそう考えるともっと意味がピッタリになる気もします。
青田と比べて雪の人間らしさ(？)を見せるシーンのように。
解釈と翻訳がすごくわかりやすいです
無料連載アプリがきっかけでチーズインザトラップを好きになったのですが週1更新でしたので、このサイトを見つけたときは声をあげて喜びました(*^^*)
語らぬ彼…謎の描写を師匠お見事！
マイルールの守られた規則正しい部屋、本棚、腕時計…
腕時計のコレクションたちを針を揃えて、しかも1番キレイに見える時刻で保管している、という先輩の性格になぞらえた捉え方、なるほどでした…！
本当のところどんな意図なのか答え（笑）楽しみですね。
先輩、何も語ってくれないから、師匠はきっと悩まれたでしょうけど（笑）こっちとしては2度も楽しめます。ありがとうございます～！
そろそろ横山とケリが付きそうですね！(^o^)丿
ここにいつか、散らかった服やら本やらがあって、淳の部屋なのに雪ちゃんの存在感があって・・・。
そうしていつかここが、淳が笑って居られるような温かくて柔らかい空間になったらいいなと思いました。
先の展開が明かされていないから描写のみだと師匠は仰いますが、それでも美しく語られる場面に想像が膨らみます！！ 雪からもらった、10時15分の時計が語るものは・・・！？ 雪の時計を見ながら淳は何を考える？
師匠の解釈、楽しみです！(^^♪
そして本家っ！ もーう、泣きたいほど嬉しいけれど、直前までケンアクそうだったのに、どんな会話がされたのでしょうかっ！？ それもあともう少しで、師匠の文章で読めるのですね！楽しみ～！(^^)♪
でも、チートラが終わってしまいそうで、それは寂しい・・・。
深夜の怒涛コメ、ありがとうございますｗ
よっぽどキュンキュンが止まらなかったのでしょうね‥！私もですよ‥！
記事、もうちょっとで追いついちゃいますよー！
早くも今日本家最新の記事を一つ書き終えたところです。早く皆様に読んで頂いて、一緒に萌えたいです‥！
CitTさん
ほほー！このシーンはやはりみなさんよく分からず、ということですね‥！（安心‥）
というか雪からもらった時計が何時なのかイマイチ分からないという‥＾＾；
画面もヒビが入ってるのかただ単に反射しているのか‥謎です‥。
小百合さん
はじめまして！コメントありがとうございます＾＾
週一更新、もどかしいですよね‥！本家の先がかなりある分、絵を見て悶絶する日々‥。私もそんな日々でした‥＾＾；
楽しんで頂けているみたいで嬉しいです。
これからも頑張ります～＾＾
りんごさん
ありがとうッス！
この謎の時計の描写に「秩序と無秩序」を見いだせたのは、直前の「飛び出た本を直す」という描写が鍵でした。りんごさんのおっしゃるとおり「マイルール」に囲まれたその中で唯一、雪から貰った時計＝雪の存在がそれに綻びを加えている、という描写なのかと解釈した次第でありますっ！
でも‥でも‥何か語ってくれ～淳～！
ニーモさん
ちょっ‥！全裸待機‥？！ｗ
いや～本家最新はぶったまげましたね。
早く記事にて皆様に知って欲しい‥！！
どんぐりさん
確かに淳の部屋、オフィスみたいですね。。
うあはん‥もとい家政婦さんのお掃除が行き届きすぎ‥！
雪の気配が残る部屋、とても良いですね‥！ベッドに残った長い髪の毛に白目になるうあはんもご愛嬌‥！
今朝少し時間があったので、本家最新版の最後の先輩のセリフだけ久々に訳してみたら、んんん？？？
あま～いセリフを期待していたのに、最後の二言はいったい…それまでの会話の流れがわからないので何とも言えませんが、不安でざわざわして胃が痛い(-_-;)
すみません、あまりに気になって落ち着かないので、こちらでぼやかせていただきました…
この部屋のように無機質で冷たいけれど波風の立たない整った彼の世界。その予想から外れない退屈な日常に一石を投じる存在。美しく静止した時計の中で生きて動くこの時計は、唯一彼の心を揺さぶる雪ちゃんの象徴なんですね。
何度も読み返してようやくわかる、読み返しに堪えうるこのチートラのブレない緻密さにも驚きますが、
この時点で正確にそれを読み取っていらっしゃるyukkanen様の解釈も本当にすごいと思います！
そしてこの辺りの描写が現在の「変数」の辺りに繋がるんですねぇ。やはり定期的に読み返さないといけませんね！ありがとうございます！