駅から家へ帰る道すがら、雪は悩みながら歩いていた。
このまま家に‥う~ん‥
帰ってしまえば楽だが、店のことが気がかりだ。
なんとなく胸が騒いだので、雪はやはり店へと向かうことにした。
店内へ入ってみると、案の定多くのお客さんで賑わっている。
「すいませーん」「はい!今すぐ」
「さっきから呼んでるんだけど」
「あ‥申し訳ありません」
やっぱりな、 と思いながら、雪はすぐにエプロンを手に取った。
「あなた!こっち!」「はい!」「お?雪、来たのか」「私やるよ」
雪はそう言うと、すぐに料理を運んだ。
そして髪を結いながら、カウンターに居る母に話し掛ける。
「今日って河村氏来る日じゃなかった?」
「そうなんだけど‥連絡つかないのよ。何かあったのかしらね」
河村氏は連絡無しに欠勤‥。人出は明らかに足りていない。
「じゃあ蓮は?他のバイトさん‥は今日出勤日じゃないか」
「蓮も今日は帰らせたのよ。毎日働かせるのもねぇ。
もうちょっとで閉店だし、もうお客さんも増えないでしょ」
母はそう言って厨房へと戻って行くが、あまりの客の多さに閉店を一時間延長した先日の例もある。
雪はポケットから携帯を取り出して、”河村氏”の発信ボタンを押そうと指を伸ばした。
けれど雪は、結局そのボタンを押せなかった。
暫く画面をじっと見た後、やがてそれをポケットに仕舞い直す。
すると近くで働いていた父が、腰を押さえながら低く声を出した。
「いてて‥」
雪は思わず駆け寄る。
「大丈夫?」「ずっと立ちっぱなしだからな」
そう言って父はゆっくりと歩いて行った。
ふとした時に感じる、両親の老い。
雪の心はずっとソワソワと落ち着かないまま、亮の姿を探して外を窺っている‥。
その頃河村亮は、麺屋赤山に向かって全力疾走中だった。
「あー!くそったれッ!」
頭の中に、先程受けた志村教授のレッスンの模様が思い浮かぶ。
「指、完全に戻ったな?それじゃ最初から最後まで通して弾いてみなさい!」
その結果こんな時間だ。
亮は後悔のあまり、頭を押さえながら走る。
「テンション上がって仕事のこと忘れてたじゃねーか!ガッデム!!」
客沢山いるんじゃねーだろーな‥
店のことを心配しながら駆ける亮。
すると突然、後方から聞き慣れた声が掛かった。
「あー!My bro~!」
亮は思わず目を丸くし、立ち止まった。
声のする方へと身体を向け、二三歩後退る。
「何だ?静香か?」
「ちぃーす」
すると暗い路地の方から、静香がフラフラと歩き出て来た。
「今帰りィ~?」「は?」「どこ行ってたんだよぉ~店には居ないしぃ~」「またやんのか?コラ」
顔を掴んで来た姉に、また喧嘩をふっかけられているのかと一瞬亮は思ったが、すぐにそれは違うと思い直した。
静香は笑いながらフラフラしている。どう見てもただの酔っ払いだ‥。
静香は上機嫌で亮に話し掛けた。
「ピアノ弾いて来たのぉ~?あ~よく出来た弟だことぉ」
「完全に酔っ払ってんな。おい!」
亮はグニャグニャと身体を揺らす静香の姿勢を正そうと、姉の肩に手を伸ばした。
その、希望の左手を。
「しっかり‥」
すると静香は、その左手に自身の指をグッと絡ませ、こう聞いた。
「治ったわけ?」
赤く鋭い爪が手に食い込む。
見開いた目に気圧されるように、亮はその場から動けない。
酔っぱらっているとは思えない程の強い力が、手に込められていた。
「なんなんだよ?離せって!」
「全部治ったらぁ‥」
「また逃げるんでしょ?」
「あたしを捨てて‥」
グググ、と指に力が加えられる。
静香は恨むような目つきで亮を見据えながら、呂律の回らない舌でこう続けた。
「アンタ一人で暮らして‥最初から存在すらしなかった人間みたいに‥あたし一人残してぇ‥」
吐露される姉の本音。
しかしそれは亮にとっては、心外以外の何者でも無かった。
「んだよ!」
亮はバッと手を振りほどくと、静香の肩を掴みながら声を荒げる。
「連絡入れようと思って電話しても、一度も取んなかったじゃねーかよ!
一緒に逃げようっつっても、はぐらかし続けてたのはどこのどいつだよ?!」
「あ~‥そういうさぁ~しょぼいのはマジ勘弁なんだって‥」
鬼のような形相の亮を前にしても、静香はニヤニヤ笑うのを止めなかった。
揺れながら、亮のキャップへと手を伸ばす。
「しょっぼ」
続けて着古したジャンパーにも。
「しょっぼ~い」
「アンタが行ってた所も、アンタが今居る場所も全部‥しょぼいんだよぉ」
ヒック、としゃっくりをしながら、静香は亮へとしなだれかかった。
「それでもさぁ‥」
「あたしン所にぃ‥残ってんのはアンタだけみたいだよ‥」
「アンタだけ‥」「あ?おい!」
静香はそう言ったきり、
亮の腕の中で眠り込んでしまった。
いつもは毒しか吐かない姉の漏らした、心の声。
その気弱な側面を、亮は困惑の淵で受け止めている。
顔を上げると数メートル先に、雪の姿が見えた。
店から出てきた彼女は軽く身体を伸ばした後、眠たそうにアクビをしている。
亮は暫し彼女の姿を見ていたが、やがて大きく一息吐いた。
腕の中でぐったりしている静香が、言葉にならない声を出している。
「おい、しっかりしろよ」
「帰んぞ、家に‥」
そして亮は静香を引き摺ったまま、家へと歩いて行った。
一歩一歩進むごとに、だんだんと雪が遠くなる。
雪は寒そうに身を縮めながら、未だ現れない亮のことを気に掛けていた。
しかし二人は出会うことなく、背中と背中がだんだんと離れて行く‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<姉の本音>でした。
いつもは強気の静香の本音‥ですかね。亮に対しての気持ちが少し知ることが出来たような。
静香にとって亮は、愛憎相半ばする存在という感じでしょうか。
そして最後の亮さんのセリフ↓
「帰んぞ、家に‥」
は、2部50話のこのセリフと繋がっていますね。
形ある家は無いけれど、結局戻って行くのは家族の元というか‥。
亮も静香も自分からは認めようとしなかったそんな意識が、浮き彫りになって来たような感じがします。
次回は<自信の裏付け>です。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は化けてしまうor文章が途中で切れてしまうので、
極力使われないようお願いします!
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このまま家に‥う~ん‥
帰ってしまえば楽だが、店のことが気がかりだ。
なんとなく胸が騒いだので、雪はやはり店へと向かうことにした。
店内へ入ってみると、案の定多くのお客さんで賑わっている。
「すいませーん」「はい!今すぐ」
「さっきから呼んでるんだけど」
「あ‥申し訳ありません」
やっぱりな、 と思いながら、雪はすぐにエプロンを手に取った。
「あなた!こっち!」「はい!」「お?雪、来たのか」「私やるよ」
雪はそう言うと、すぐに料理を運んだ。
そして髪を結いながら、カウンターに居る母に話し掛ける。
「今日って河村氏来る日じゃなかった?」
「そうなんだけど‥連絡つかないのよ。何かあったのかしらね」
河村氏は連絡無しに欠勤‥。人出は明らかに足りていない。
「じゃあ蓮は?他のバイトさん‥は今日出勤日じゃないか」
「蓮も今日は帰らせたのよ。毎日働かせるのもねぇ。
もうちょっとで閉店だし、もうお客さんも増えないでしょ」
母はそう言って厨房へと戻って行くが、あまりの客の多さに閉店を一時間延長した先日の例もある。
雪はポケットから携帯を取り出して、”河村氏”の発信ボタンを押そうと指を伸ばした。
けれど雪は、結局そのボタンを押せなかった。
暫く画面をじっと見た後、やがてそれをポケットに仕舞い直す。
すると近くで働いていた父が、腰を押さえながら低く声を出した。
「いてて‥」
雪は思わず駆け寄る。
「大丈夫?」「ずっと立ちっぱなしだからな」
そう言って父はゆっくりと歩いて行った。
ふとした時に感じる、両親の老い。
雪の心はずっとソワソワと落ち着かないまま、亮の姿を探して外を窺っている‥。
その頃河村亮は、麺屋赤山に向かって全力疾走中だった。
「あー!くそったれッ!」
頭の中に、先程受けた志村教授のレッスンの模様が思い浮かぶ。
「指、完全に戻ったな?それじゃ最初から最後まで通して弾いてみなさい!」
その結果こんな時間だ。
亮は後悔のあまり、頭を押さえながら走る。
「テンション上がって仕事のこと忘れてたじゃねーか!ガッデム!!」
客沢山いるんじゃねーだろーな‥
店のことを心配しながら駆ける亮。
すると突然、後方から聞き慣れた声が掛かった。
「あー!My bro~!」
亮は思わず目を丸くし、立ち止まった。
声のする方へと身体を向け、二三歩後退る。
「何だ?静香か?」
「ちぃーす」
すると暗い路地の方から、静香がフラフラと歩き出て来た。
「今帰りィ~?」「は?」「どこ行ってたんだよぉ~店には居ないしぃ~」「またやんのか?コラ」
顔を掴んで来た姉に、また喧嘩をふっかけられているのかと一瞬亮は思ったが、すぐにそれは違うと思い直した。
静香は笑いながらフラフラしている。どう見てもただの酔っ払いだ‥。
静香は上機嫌で亮に話し掛けた。
「ピアノ弾いて来たのぉ~?あ~よく出来た弟だことぉ」
「完全に酔っ払ってんな。おい!」
亮はグニャグニャと身体を揺らす静香の姿勢を正そうと、姉の肩に手を伸ばした。
その、希望の左手を。
「しっかり‥」
すると静香は、その左手に自身の指をグッと絡ませ、こう聞いた。
「治ったわけ?」
赤く鋭い爪が手に食い込む。
見開いた目に気圧されるように、亮はその場から動けない。
酔っぱらっているとは思えない程の強い力が、手に込められていた。
「なんなんだよ?離せって!」
「全部治ったらぁ‥」
「また逃げるんでしょ?」
「あたしを捨てて‥」
グググ、と指に力が加えられる。
静香は恨むような目つきで亮を見据えながら、呂律の回らない舌でこう続けた。
「アンタ一人で暮らして‥最初から存在すらしなかった人間みたいに‥あたし一人残してぇ‥」
吐露される姉の本音。
しかしそれは亮にとっては、心外以外の何者でも無かった。
「んだよ!」
亮はバッと手を振りほどくと、静香の肩を掴みながら声を荒げる。
「連絡入れようと思って電話しても、一度も取んなかったじゃねーかよ!
一緒に逃げようっつっても、はぐらかし続けてたのはどこのどいつだよ?!」
「あ~‥そういうさぁ~しょぼいのはマジ勘弁なんだって‥」
鬼のような形相の亮を前にしても、静香はニヤニヤ笑うのを止めなかった。
揺れながら、亮のキャップへと手を伸ばす。
「しょっぼ」
続けて着古したジャンパーにも。
「しょっぼ~い」
「アンタが行ってた所も、アンタが今居る場所も全部‥しょぼいんだよぉ」
ヒック、としゃっくりをしながら、静香は亮へとしなだれかかった。
「それでもさぁ‥」
「あたしン所にぃ‥残ってんのはアンタだけみたいだよ‥」
「アンタだけ‥」「あ?おい!」
静香はそう言ったきり、
亮の腕の中で眠り込んでしまった。
いつもは毒しか吐かない姉の漏らした、心の声。
その気弱な側面を、亮は困惑の淵で受け止めている。
顔を上げると数メートル先に、雪の姿が見えた。
店から出てきた彼女は軽く身体を伸ばした後、眠たそうにアクビをしている。
亮は暫し彼女の姿を見ていたが、やがて大きく一息吐いた。
腕の中でぐったりしている静香が、言葉にならない声を出している。
「おい、しっかりしろよ」
「帰んぞ、家に‥」
そして亮は静香を引き摺ったまま、家へと歩いて行った。
一歩一歩進むごとに、だんだんと雪が遠くなる。
雪は寒そうに身を縮めながら、未だ現れない亮のことを気に掛けていた。
しかし二人は出会うことなく、背中と背中がだんだんと離れて行く‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<姉の本音>でした。
いつもは強気の静香の本音‥ですかね。亮に対しての気持ちが少し知ることが出来たような。
静香にとって亮は、愛憎相半ばする存在という感じでしょうか。
そして最後の亮さんのセリフ↓
「帰んぞ、家に‥」
は、2部50話のこのセリフと繋がっていますね。
形ある家は無いけれど、結局戻って行くのは家族の元というか‥。
亮も静香も自分からは認めようとしなかったそんな意識が、浮き彫りになって来たような感じがします。
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