路地の向こうに、先輩の姿が見えた。
雪は心の中で「ああもう!」と叫びながら、路肩に停めてあった車の陰に身を潜める。
なんで?!どうしてまだここにいるの?!
アイスクリームはそっちじゃないよ!
雪が差し入れをリクエストしたアイスクリーム屋は、繁華街の方にある。
この辺りは細い路地が迷路のように入り組んでいるから‥
あ‥道が分かんないのか
多分そういうことなのだろう。
雪はこの後どうするべきか、彼の後ろ姿をじっと見つめながら考えた。
う~~~~ん‥
キョロキョロと辺りを見回す。
河村’sはもう居ないよね?
だったら話は早い。
自分も先輩と一緒に行き、河村’sの居ない方へ誘導すれば良いのだ。
「せんぱ‥」
すると雪が口を開いた途端、後方から再び彼女が現れた。
「あーもう何なのこの辺?」
「全部似たような道じゃんよ、クソッ」
雪は自分の口元を手で覆いながら、咄嗟に壁の陰へと身を隠した。
目を白黒させながら、先ほど先輩が歩いていた辺りへと視線を送る。
そこに先輩の姿は既に無かった。
雪は胸を撫で下ろしながら、壁に凭れて息を吐く。
「う‥」
ズルズル‥
力が抜けて、そのままその場にへたり込んでしまった。
あーもう‥マジビックリ‥心臓もたない‥
冷や汗がしっとりと背中を濡らし、心臓が未だ早い鼓動を刻む。
するとどこからか、小さな物音が聞こえた。
タッ
「?」
振り返ると、薄汚れたコンテナや打ち捨てられたゴミなどが目に入った。
何か居るのだろうか?
猫か鼠か、それとも‥
しん‥
しかしそれきり、何の音も聞こえなかった。静香が近づいてくる気配も感じない。
雪は辺りを窺いながら、ソロソロと立ち上がる。
行ったかな?
その時だった。
ガンッ!!!
突然目の前の壁に何かがぶつかり、大きな音を立てて地面に落ちた。
思わず叫びそうになったが、咄嗟に口元を抑える。
地面に転がって回転しているそれは、どうやらコンディショナーの容器のようだった。
それを投げた当事者の河村静香は、ギリギリと歯噛みしながら毒を吐く。
「ネズミ野郎が‥。さっきからずっとカサカサ音立てやがって。ムカツクんだよ‥」
静香はそう言いながら、雪の居る辺りまで近づいてくる。
な、なんなの?!また戻って来たの?!
息を飲む雪
コツコツと大きくなる足音
「早くこの辛気臭いトンネル抜け出さないと‥」
雪は辺りを必死に見回した。
えっ?えっ?
彼女の足音が、近づいてくる。
「マンションに住めたらどんなにか良いか‥」
静香はそう言いながら、持っているカゴの中のボトルに手を伸ばした。
「風呂一つ簡単に見つけられないこんな町に、どうしてあたしが‥」
路地の迷路に迷い込んだ彼女の、苛立ちが徐々に募って行く。
一方雪は、身を隠せそうな場所を必死に探していた。
は、反対側に‥
今すぐ走って向こう側の壁に隠れれば、なんとか見つからずに済むかもしれない。
しかし立ち上がろうとしたその時、何かが雪を止めた。
突然心のどこかが、スッと冷めるような感覚。
雪は片膝をついた体勢のまま、今の自分の状況を省みた。
‥てか、私一体何やってるんだろ。
悪いことしたわけでもないのに、どうして隠れてんのよ?
あの人達と先輩が会ったからって何?こんな風に私がウダウダ悩む必要ある?
足元に、静香が投げたボトルが転がっている。
雪はそのボトルを見つめながら、「河村静香」という人間について考えた。
あの人、いつもは堂々としてるけど、
イライラするとあちこちでその苛立ちを発散させる
‥ていうか、どうして私は
何の躊躇いもなく感情を表に出す静香と、路地裏に隠れて逃げ回っている自分。
考えれば考える程、違和感は強くなる。
心の中に、強い思いが湧き上がってくるのを感じた。
そうだよ!隠れる必要なんてない!
雪はすっくと立ち上がり、壁に手を掛けたー‥。
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<逃げまわる兎(1)>でした。
コンディショナー投げる静香‥ひぃぃ‥怖い‥
本家の今回の題名が「兎」なので、記事のタイトルにも「兎」を入れました。
以前「アリス」という題名の話もあったので、雪がアリスに出てくる兎のように走り回ってるからかもしれませんね。
次回は<逃げまわる兎(2)>です。
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