「河村亮さんでしたっけ?」 「はい‥」

道に倒れていた遠藤の第一発見者である河村亮は、病院にて刑事から取り調べを受けていた。
犯人が確定していない現時点では亮も不審人物としての候補に上がっており、
あの事件から一晩経っても、亮は家に帰してもらえずにいた。
「被害者とは面識がないと?」 「へ~へ~」

騒動の中で一睡もしてない亮は疲れていた。加えて何人もの刑事から同じ質問ばかりされ、この状況に辟易さえしていた。
もう何度目かの刑事からの尋問に曖昧な返答をすると、今度は刑事が少し踏み込んだ問いかけをする。
「それではどうしてあの場所に居たのですか?」

「は?」

思わず亮は顔を上げた。
「変な奴がレンガ持って歩いてたから‥」と答えたが、刑事は尋問を続けた。
あなたの住まいはあそこではないはずだがどうしてあの場に居たのか、と尚も踏み込んでくる。
「それは‥。ダ‥じゃねーや、知り合いの女の子があそこに住んでるから‥」

たどたどしく答えた亮に、刑事は単刀直入に「彼女ですか?」と聞いた。
亮は幾分動揺しながら否定する。

結局知り合いの女の子は”友人”ということで話は締めくくられた。
変に意識して叩き返すようなリアクションになってしまった自分自身を、亮は決まり悪く思った。

刑事は表情を変えぬまま、今一度亮の国籍を確認した。
何度も外国人と誤解され腹の立っていた亮が、国籍は自国だと声を荒げると、ようやく刑事はその質問を取り下げた。

続いて質問は亮の家族のことへと移った。
亮は自分は被害者を助けた人間なのに、と不満を漏らしたが、刑事は「ご理解下さい」と言うだけで亮の返答を待ち続けている。
溜息を吐きながら、再び亮は口を開いた。
「姉がいます、姉が」

「お姉さんですか?ご両親は居られないと?」

はい、と亮は答えたが、何か言い知れぬ感情が心に芽生えていくのを感じた。
それは刑事の質問が進むにしたがい、徐々に大きくなって亮の心を揺らす。
「それと現在XX寮にお住まいでしたね、お仕事は?」

亮は自分の仕事が何なのかを少しの間考え、「英語塾の講師です」と答えた。
その声は消え入りそうに小さかったため、刑事はその言葉を反復し聞き返した。
「はい?英語塾ですか?」

その意外そうな口ぶりに、思わず亮はカッとなって言い返した。
外国人じゃなきゃ講師をやってはいけないのかと、噛み付くように反抗する。

しかし刑事は冷静だ。そんなことを言った覚えはありません、と言うと、亮の顔を見て言葉を続けた。
「英語がお上手なんでしょうね?」

「‥‥‥‥」

亮はマズイ、と思った。ここで英語を喋ってみろとでも言われたら、嘘をついたように思われてしまう。
亮は一つ息を吐くと、英語塾での業務内容を正直に口にした。
「まぁ‥というより補助的な役割っつーか‥色々なことを全部やる、みたいな‥」

「そういう感じの‥」

そう言って仰ぎ見た刑事は、何も言わずにただ亮の方を見ていた。
亮はそれ以上言葉を続けられず、そのまま押し黙った。
両親不在 雑用係 外国人?

亮の返答を受けて、刑事のペンが動く。
しかしそこに書かれた彼の情報は、何一つとしてハッキリとしたものが無かった。
すると刑事の携帯電話が鳴り、亮への尋問はそこで中断する。

亮は俯きながら、刑事が何を書き留めたかが分かるような気がしていた。
そりゃ疑うよな。オレでも疑うわ

ハッキリとした身元を証明するものもなく、仕事も説明し辛く、容姿だって外国人なのかそうでないか曖昧で‥。
言い返す言葉が見つからねぇ‥

亮は改めて思い知らされた自分を、曖昧な自分自身を、俯きながら煩悶した。
そう望んでここまで歩んできたものの、あまりに不安定な自分の状況に愕然とする‥。

一方、先ほど品川さんから知らせを受けた雪は、病院内を駆けていた。
昨晩起こった暴行事件の被害者が遠藤さんだったことは、雪を動揺させるに十分だった。
なんでうちの近所なんかに‥?

雪の家の近辺は住宅街で、遠藤さんがそこに住んでいるなんてことは聞いたことがなかった。
疑問が頭をもたげる中、ふと通りがかった通路に見慣れた姿があった。

雪が目を疑っていると、彼の方も雪に気がついた。
大きな声で名前を呼ぶ。
「あ!ダメージヘアー!!」

いきなり呼び止められ、雪は目を丸くした。
「河‥!」

亮の名を言い終わらない内に、彼は大きな仕草で手招きをすると雪を呼び寄せた。
隣の刑事に向かって、必死に説明を始める。
「この子があの近所に住んでる子です!オレの知り合い!
おいどうした?!さっさと来やがれっつーの!」

証言してくれ、と亮は雪に向かって言った。
突然の成り行きに、雪は頭がついていかない‥。


なんとか雪の証言も取れ、刑事は亮に慰労の言葉を掛けるとそのまま去って行った。
亮は腹を立てながら、雪はペコペコと頭を下げながら、刑事の後ろ姿を見送った。

たまに良いことをやってもこれだ‥と愚痴る亮に、雪がなんとも言えない表情を向ける。
亮はそんな雪の表情に気が付き、二人の間には微妙な空気が流れた。

雪にとっては寝耳に水なことばかりだが、幾らか落ち着いて来たので
「大丈夫なんですか?」と聞いてみた。問題ないんですよね?とも。

「被害者でもねーのにどうしたもこうしたもあるかよ」

そう言った亮に、雪は事情を説明し出した。
河村氏が発見した人は雪の大学の学科の助手さんなんだと。それで自分はお見舞いに来たんだと‥。

しかし亮は「興味ねーし」と言ってそっぽを向いている。
「‥‥‥‥」

雪はそれ以上説明することは止めたが、素朴な疑問が口を吐いて出た。
「あの、でもうちの近所にはどうして‥」

「あああ疲れたぁぁ体がこってしょうがねぇな!!」
オーバーリアクションで体をねじる亮に、雪は訝しげな視線を送る。
亮は咳払いを一つした後、呟くようにこう言った。
「見たんだよ‥あのイタチ野郎‥」

雪は亮が何を言っているのか分からず聞き返すと、
亮は決まり悪さのあまり大声で説明し始めた。
「この前お前のこといじめてたあの小せぇ野郎だよ!そいつだと思ったんだよ!」

「そいつがレンガでお前の頭をぶん殴りでもするんじゃねーかって‥!」

そこまで言うと、雪が目を丸くした。
二人は暫し向かい合ったまま、互いに顔を見合わせる‥。

とにかくそういうことだ、と亮は言うと雪に背を向けて歩き出した。
「疲れたから帰る!」

雪は突然の亮の告白に固まっていたが、
咄嗟に「ありがとうございます」とその後姿に声を掛けた。

亮は後ろ手に手を振りながら、今度メシでもおごれと言って去って行った。
雪はまだ何が起こったのか詳細には理解し得なかったが、彼の行動を知って心が温まるのを感じた。

彼の姿が見えなくなるまで雪はその背中を見送り、
後に遠藤の病室まで小走りで駆けて行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<曖昧な自身>でした。
亮のシャツはどうなってしまったのか‥あのヘビロテ薄青のシャツ‥。
そして亮の誤魔化し方がオーバーでいじらしい!

体ねじりすぎですね(笑)
次回は<問題発生>です。
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道に倒れていた遠藤の第一発見者である河村亮は、病院にて刑事から取り調べを受けていた。
犯人が確定していない現時点では亮も不審人物としての候補に上がっており、
あの事件から一晩経っても、亮は家に帰してもらえずにいた。
「被害者とは面識がないと?」 「へ~へ~」

騒動の中で一睡もしてない亮は疲れていた。加えて何人もの刑事から同じ質問ばかりされ、この状況に辟易さえしていた。
もう何度目かの刑事からの尋問に曖昧な返答をすると、今度は刑事が少し踏み込んだ問いかけをする。
「それではどうしてあの場所に居たのですか?」

「は?」

思わず亮は顔を上げた。
「変な奴がレンガ持って歩いてたから‥」と答えたが、刑事は尋問を続けた。
あなたの住まいはあそこではないはずだがどうしてあの場に居たのか、と尚も踏み込んでくる。
「それは‥。ダ‥じゃねーや、知り合いの女の子があそこに住んでるから‥」

たどたどしく答えた亮に、刑事は単刀直入に「彼女ですか?」と聞いた。
亮は幾分動揺しながら否定する。

結局知り合いの女の子は”友人”ということで話は締めくくられた。
変に意識して叩き返すようなリアクションになってしまった自分自身を、亮は決まり悪く思った。

刑事は表情を変えぬまま、今一度亮の国籍を確認した。
何度も外国人と誤解され腹の立っていた亮が、国籍は自国だと声を荒げると、ようやく刑事はその質問を取り下げた。

続いて質問は亮の家族のことへと移った。
亮は自分は被害者を助けた人間なのに、と不満を漏らしたが、刑事は「ご理解下さい」と言うだけで亮の返答を待ち続けている。
溜息を吐きながら、再び亮は口を開いた。
「姉がいます、姉が」

「お姉さんですか?ご両親は居られないと?」

はい、と亮は答えたが、何か言い知れぬ感情が心に芽生えていくのを感じた。
それは刑事の質問が進むにしたがい、徐々に大きくなって亮の心を揺らす。
「それと現在XX寮にお住まいでしたね、お仕事は?」

亮は自分の仕事が何なのかを少しの間考え、「英語塾の講師です」と答えた。
その声は消え入りそうに小さかったため、刑事はその言葉を反復し聞き返した。
「はい?英語塾ですか?」

その意外そうな口ぶりに、思わず亮はカッとなって言い返した。
外国人じゃなきゃ講師をやってはいけないのかと、噛み付くように反抗する。

しかし刑事は冷静だ。そんなことを言った覚えはありません、と言うと、亮の顔を見て言葉を続けた。
「英語がお上手なんでしょうね?」

「‥‥‥‥」

亮はマズイ、と思った。ここで英語を喋ってみろとでも言われたら、嘘をついたように思われてしまう。
亮は一つ息を吐くと、英語塾での業務内容を正直に口にした。
「まぁ‥というより補助的な役割っつーか‥色々なことを全部やる、みたいな‥」

「そういう感じの‥」

そう言って仰ぎ見た刑事は、何も言わずにただ亮の方を見ていた。
亮はそれ以上言葉を続けられず、そのまま押し黙った。
両親不在 雑用係 外国人?

亮の返答を受けて、刑事のペンが動く。
しかしそこに書かれた彼の情報は、何一つとしてハッキリとしたものが無かった。
すると刑事の携帯電話が鳴り、亮への尋問はそこで中断する。

亮は俯きながら、刑事が何を書き留めたかが分かるような気がしていた。
そりゃ疑うよな。オレでも疑うわ

ハッキリとした身元を証明するものもなく、仕事も説明し辛く、容姿だって外国人なのかそうでないか曖昧で‥。
言い返す言葉が見つからねぇ‥

亮は改めて思い知らされた自分を、曖昧な自分自身を、俯きながら煩悶した。
そう望んでここまで歩んできたものの、あまりに不安定な自分の状況に愕然とする‥。

一方、先ほど品川さんから知らせを受けた雪は、病院内を駆けていた。
昨晩起こった暴行事件の被害者が遠藤さんだったことは、雪を動揺させるに十分だった。
なんでうちの近所なんかに‥?

雪の家の近辺は住宅街で、遠藤さんがそこに住んでいるなんてことは聞いたことがなかった。
疑問が頭をもたげる中、ふと通りがかった通路に見慣れた姿があった。

雪が目を疑っていると、彼の方も雪に気がついた。
大きな声で名前を呼ぶ。
「あ!ダメージヘアー!!」

いきなり呼び止められ、雪は目を丸くした。
「河‥!」

亮の名を言い終わらない内に、彼は大きな仕草で手招きをすると雪を呼び寄せた。
隣の刑事に向かって、必死に説明を始める。
「この子があの近所に住んでる子です!オレの知り合い!
おいどうした?!さっさと来やがれっつーの!」

証言してくれ、と亮は雪に向かって言った。
突然の成り行きに、雪は頭がついていかない‥。


なんとか雪の証言も取れ、刑事は亮に慰労の言葉を掛けるとそのまま去って行った。
亮は腹を立てながら、雪はペコペコと頭を下げながら、刑事の後ろ姿を見送った。

たまに良いことをやってもこれだ‥と愚痴る亮に、雪がなんとも言えない表情を向ける。
亮はそんな雪の表情に気が付き、二人の間には微妙な空気が流れた。

雪にとっては寝耳に水なことばかりだが、幾らか落ち着いて来たので
「大丈夫なんですか?」と聞いてみた。問題ないんですよね?とも。

「被害者でもねーのにどうしたもこうしたもあるかよ」

そう言った亮に、雪は事情を説明し出した。
河村氏が発見した人は雪の大学の学科の助手さんなんだと。それで自分はお見舞いに来たんだと‥。

しかし亮は「興味ねーし」と言ってそっぽを向いている。
「‥‥‥‥」

雪はそれ以上説明することは止めたが、素朴な疑問が口を吐いて出た。
「あの、でもうちの近所にはどうして‥」

「あああ疲れたぁぁ体がこってしょうがねぇな!!」
オーバーリアクションで体をねじる亮に、雪は訝しげな視線を送る。
亮は咳払いを一つした後、呟くようにこう言った。
「見たんだよ‥あのイタチ野郎‥」

雪は亮が何を言っているのか分からず聞き返すと、
亮は決まり悪さのあまり大声で説明し始めた。
「この前お前のこといじめてたあの小せぇ野郎だよ!そいつだと思ったんだよ!」

「そいつがレンガでお前の頭をぶん殴りでもするんじゃねーかって‥!」

そこまで言うと、雪が目を丸くした。
二人は暫し向かい合ったまま、互いに顔を見合わせる‥。

とにかくそういうことだ、と亮は言うと雪に背を向けて歩き出した。
「疲れたから帰る!」

雪は突然の亮の告白に固まっていたが、
咄嗟に「ありがとうございます」とその後姿に声を掛けた。

亮は後ろ手に手を振りながら、今度メシでもおごれと言って去って行った。
雪はまだ何が起こったのか詳細には理解し得なかったが、彼の行動を知って心が温まるのを感じた。

彼の姿が見えなくなるまで雪はその背中を見送り、
後に遠藤の病室まで小走りで駆けて行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<曖昧な自身>でした。
亮のシャツはどうなってしまったのか‥あのヘビロテ薄青のシャツ‥。
そして亮の誤魔化し方がオーバーでいじらしい!

体ねじりすぎですね(笑)
次回は<問題発生>です。
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