
A大学経営学科の授業の中には、成績が個人評価で付かないものもある。
今回の国際マーケティングの授業も然り、グループワークでの発表が成績の対象となる。
グループメンバーは教授側が無作為に決定し、学生たちはそれに従うしかないのである。

雪は、同じグループのメンバーを見て愕然としていた。
柳先輩が、嬉しそうに口を開く。
「俺らラッキーだよなぁ!青田と赤山と同じグループなんてな~!」


一瞬注がれた彼の眼差しに、
雪はビクリと身体を揺らした。

しかし彼はすぐに視線を戻すと、
何事も無かったかのようにプリントに目を落とす。

なにこのデジャヴ‥

自主ゼミの時の不穏な空気を思い出す。
雪の心配をよそに、グループワークでのミーティングが始まった。
会議は青田先輩の主導で始まった。皆口々に意見を出し合う。
「国内企業のグローバルマーケティングだろう?まずは皆で意見を出し合ってみよう」

「A企業の電化製品はどう?」
「そこは資料が膨大で、事例を分類するのがちょっと難しそうなんだ。他のグループとかぶるかもしれないし」
「大手だもんな。そもそも課題に合ったグローバル企業を探すこと自体に時間がかかるんじゃね?」
「それなら最初から中小企業をターゲットにして探します?」

会議は早くも難航した。
しかし次の瞬間、雪の頭に良案が浮かぶ。
「それじゃあB‥」
「じゃあB企業はどうでしょうか?」

実際は青田先輩の意見を遮る形になったのだが、それに気づく者は居なかった。
雪すらも気が付かず、思いついたその案を皆に説明する。
「B企業はAほど有名ではないですが、代表商品にクリームパイがあるでしょう?
クリームパイは国内で20年間も販売され続けてますし、国内認知度も高いですよね。
世界進出を謳った広告もしてるじゃないですか」

雪の意見に、皆それはいいねと同意した。

「それじゃあ‥雪ちゃんの言う通り、クリームパイのグローバルマーケティング事例を扱うことにしよう」

最後には青田先輩の合意で、課題の調査対象が決まった。
「以前B企業のCEOのエッセーを読んだんだけど、B企業はすでに中国では成功しているし、
次はロシア市場を狙うと書いてあったよ。その事例を辿って探してみればー」

青田先輩の意見に、柳先輩が「お前そんなのも読むのかよ~!」と称賛の声を上げた。
そのまま青田先輩の意見の方向性で会議は進むかと思われたが、
雪の発言でそれは180度変わることになる。
「あの‥それはすでに失敗したって‥」

えっ?

場の空気が一瞬固まる。
雪はその発言の根拠を説明し始めた。
「青田先輩が話していたエッセーは私もこの前読んだんですけど、
最近B企業はロシア政府側と衝突があって、進出が失敗に終わったんです。
私、これとマーケティング原論を一緒に聞いているんですが、
B企業のクリームパイのSWOT分析をその授業で先週したとこなんです。
そしてたまたまこの間、その記事を読んだもんで‥」

柳先輩が両手を上げて喜んだ。
資料がかぶってることに対して、そして雪の優秀さに対して。

すると青田先輩が、雪に向かって提案した。
「そうか。それじゃあ雪ちゃんが持ってる資料を土台にすれば良いね」

えっ?と雪が困惑している間に、事態は既に進んでいた。
「君が持つB企業の資料の中で、グローバルマーケティング事例を種類別に選定出来ないかな?
そうしてくれると時間も短縮出来て助かるんだけど」

青田先輩の一声に、皆も口々に賛成し、資料を探す手間が省けたと雪に感謝の意を述べた。
「やってくれるよね?」

雪はもう断ることは出来なかった。
最新資料まであるとはさすが熱心だねと、青田先輩は微笑んだ。

先輩の笑顔には、有無を言わせない力があった。
人々を主導して、NOと言わせない無言の圧力。
「資料だけ整理すれば、レポートを書くのに多いに役に立つよ。ありがとな」

「い、いいえ‥私も同じ班のメンバーですから当然です‥」

雪はその空気に逆らえなかった。当然の流れに、押し流されるようにYESと言っていた。
「よっしゃー!これで俺らの班は終わったも同然だぜぇ~!」

柳先輩が立ち上がってそう言うと、雪と青田先輩の肩に手を置き、二人共素晴らしいと褒めると、
後は団結の時間だと騒いだ。
「会議で脳を酷使したあとはアルコールっしょ~!」

「行こうぜ~!!」
果たして一行は、連れ立って飲み屋へと移動したのであった。
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グループワーク(1)でした。
うわ〜青田先輩のあの笑顔‥。
結果出しぬかれた形になっちゃって、めちゃ怒ってますね。。
次回はグループワーク(2)です!
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