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Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

こじれゆく真実

2014-05-28 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)


清水香織は重い足取りで、構内の廊下を歩いていた。

もう少しで教室に着いてしまう‥。



ギュッと鞄の持ち手を握り締めながら、香織は気まずい思いを持て余していた。

そして暫し入り口前で佇んでいたが、やがて意を決してドアを開けた。

「おはよ」



香織の声に、教室に居た女子達が振り返った。

香織は笑顔を浮かべて手を挙げる。



香織の挨拶に対して直美は好意的だったが、

他の女子達は互いに顔を見合わせ、沈黙した。



先日彼女がやらかしたレポート盗作事件が、未だに尾を引いているのだ。

女子達は香織に軽い挨拶を返したきり、違う話題を口にしてそれきり香織の方を向くことは無かった。



香織は再び、鞄の持ち手を握り締めながら俯いた。

オドオドと視線を彷徨わせ、同期達の冷たい態度を前にして途方に暮れる。




頭の中に、呆れたような目で自分を眺める横山翔の姿が浮かんだ。


あ~あ。なーんでそんなことしちゃったかなぁ?



あのレポート盗作事件の後、香織は横山翔のところへ行って泣きついたのだ。

すると彼は顔を顰めながら、こんな風にアドバイスをした。

その状況ならその場ですぐ間違いをしーっかり認めて、堂々と振る舞うべきだったじゃない。

お前がそういう風にオロオロしてたら、赤山は”やったー上手くいったー”っつってもっと無視されてコテンパにされんのがオチよ?




香織は首を横に振った。とてもじゃないが、そんな振る舞いは出来そうに無いと。

すると横山は意地悪そうな笑みを湛えながら、香織に向かって言い捨てた。

何?出来ないって? それじゃあずっと今のままだねぇ~








ゴクリ、と香織は唾を飲み込んだ。

また人目を気にしてオロオロするのは、また昔の冴えない自分に戻るのは、御免だった。


「あの‥」と香織は近くに居た同期に声を掛けた。



気まずい気持ちを押して、香織は口を開き始める。

「ゆ‥雪ちゃんってどこに居るか知ってるかな‥?見た人いない‥?」



香織の質問を受けて、同期達は首を横に振った。その口調は冷たい。

「雪?さぁ?何で探してんの?」



訝しげな視線を送って来る彼女らに、香織は手のひらを見せながら弁解した。

「い‥いやそのただ‥。あの時‥私パニクってそのまま逃げちゃったから‥。

遅いかもだけど、謝りたくて‥。雪ちゃんが販売サイトに上げたレポ‥

その是非はともかく、私そのまま出しちゃったから‥」




香織の告白を受けて、同期達はウンウンと頷いた。

あんたやりすぎよ、と言って。



香織は頷きながら、尚も話を続けた。

「うん‥。わ、私はただ売ってたから買ったんだけど‥。

あまりにも時間が無かったらそのまま出しちゃったんだよね‥。確かに私のミスだけど、授業中皆の前で責められて‥」




香織はしおらしく俯きながら、それとなく情状酌量の余地を図る。

「でもじっくり考えたら、なんか雪ちゃんが凄い誤解してて‥。

私と雪ちゃんって好みとかテイストが似てるみたいなんだけど‥それで‥雪ちゃん気分悪くしちゃったのかなって‥。

それで‥その誤解も絶対解きたくて‥」




香織の話を受けて、「確かにそれはあの子が大げさなのよ」と直美が援護射撃する。

しかし髪の長い同期は「そんなことまでうちらに話さなくていいから」とピシャリと言う。



香織はオドオドを必死で隠しながら頷いて、尚もしおらしく言葉を続けた。

「とにかく‥雪ちゃんに会ったら伝えておいてくれる?

私からの電話、出てくれなくて‥。ぜ‥絶対に‥謝りたいから‥」




同期の女子達は香織の告白を受けて、暫し顔を見合わせた。

しでかした事の是非はともかく、彼女は今深く反省しているようだ‥。



やがて皆息を吐くと、笑顔を浮かべて香織を許した。

「よく考えたね」 「ん、絶対謝って誤解解いたがいいよ」



彼女らの表情が和らいだのを見て、香織はホッと胸を撫で下ろした。

まずこの子達は‥



彼女らが持っていた、自分に対する悪感情はとりあえず解けた‥。

香織は達成感を感じながらその場に佇んでいたが、不意に直美が近づいて来て口を開く。

「そうだ!そういえばアンタの彼氏、最近どうなの?!」



その突然言及された話題に、香織はついていけなかった。

自分に彼氏はいないはずだが‥。



そこでハッと思い出した。

以前大学の構内で会ったあの男の子の写真を、直美に見られたことを。

そしてその男の子を、彼氏だと言ってしまったことを‥。



直美の一言によって、同期の女の子達はワッと沸いた。

直美が誇らしそうに香織の肩を抱く。

「香織ってば最近超可愛くなったでしょ?そういうワケよ!」



直美は得意そうに”香織の彼氏”について話し始めた。

「この子の彼氏、ハンパなくカワイイんだから~。年下よ年下。でしょ?」



同期達は驚きの声を上げながら、香織と直美を取り囲んだ。どんどん話が大きくなっていく。

そんな場の雰囲気に飲まれ、香織は否定出来ないまま曖昧に頷いた。

「う、うん‥」



写真無いの? という同期達の質問に、「あるよ」と香織に変わって直美が答える。

直美は香織の携帯を手に取ると、あの男の子の写真を表示した。ワッ、と皆が沸く。

「おお~!いいんじゃな~い?!」

「この子が香織ちゃんの彼氏なの~?どう見ても年下だ~」



カワイイ、と皆が口にして、直美が誇らしげに頷く。

うちの学科でも”年下の彼”が流行るんじゃない、と言って彼女らは笑った。

直美は「翔もそうだしー」と言って惚気ける。



香織は皆のテンションに圧倒されながら、今の状況に甘んじていた。

今まで地味な人生を送ってきた彼女にとってそれは、晴天の霹靂に等しい。

「どんな子?」



同期の子が、微笑みながらそう尋ねて来た。

香織は心地良い今の状況に、もう否定しようとはしなかった。

「や‥優しくて‥すごいおもしろくて‥」



注目を浴びる心地良さに、彼女は嘘を重ねて行く。

真実の在処はこじれ行き、やがてほどけない鎖となって彼女を縛る‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<こじれゆく真実>でした。

何気に一番イラっときたのは、手書きされた直美のこの台詞でした‥。

「翔もそうだしー」



羨ましくないっちゅーねん!!

前、ミュージカルのチケットを取ってくれた云々も何気にノロケ入ってましたし、

どんどん直美がイラついてくる始末‥。ふーふー‥(深呼吸)


さて内容ですが‥香織、横山に操られてますねぇ。


最後のあの影は横山でしょうか?↓



自分というものを持ってないから、こういう小狡い人間に利用されちゃうんですよねぇ。

この、「横山に利用される香織」は「横山を完全無視してる雪」と、対になっている気がします。



次回は<翳した切り札>です。

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伊吹聡美の心の内

2014-05-27 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)
福井太一は、大学のPCルームで一人PCと向き合っていた。

何をしているかは分からないが、とても真剣に。



隣に座っていた同じ科の女学生が、PCルームに居た同期達に声を掛ける。

「ルームカフェ一緒に行く人~?」



彼女の呼びかけに、何人かの手が挙がった。そのまま連れ立って席を立つ彼等であったが、

ルームカフェを言い出した女学生は、隣の席に座っている太一に気づいて声を掛ける。

「あ‥太一君も一緒に行く?」



しかし太一は首を横に振った。太一のそっけない仕草と端的な言葉に、

同期の男子学生は「そっか、課題頑張ってな」と声を掛けて背を向ける。


しかし太一に聞こえないように彼は、声を潜めて同期にこぼした。

「アイツ最近ちょっとおかしいよな‥何か怖ぇよ。授業中に暴力振るうし‥」



同期達は「しばらく放っとこ」とヒソヒソ話し、教室を後にした。

彼等の横で横山翔は、携帯と睨めっこをしながら浮かない表情だ。

「直美さんとメール?」 



友人の冷やかしにも、横山は曖昧な返答をする。メールの送信先は直美ではなく、赤山雪だった。

何度メールを打っても、無視されるのだが‥。



横山は憤りを抱えながら、先に行くわと言って彼等の群れから離れようとした。

直美さんと勉強するのか、という友人からの質問に頷く。

「俺ら図書館行くわ」 「席予約した?」 「おお」



そんな彼等の会話を、太一は振り返らずに耳をそばだてて聞いていた。

彼等の喧騒が去ってから、観察するようにそちらを向く。その視線は厳しかった。



虎視眈々と、太一は来るべき時の為に息を潜めていた。

一人PCに向かいながら、着々と何かを手に入れる‥。









一方、ここは聡美の父親が入院している病院である。

伊吹聡美は父親の見舞いの為にここを訪れ、今りんごを剥いているところだ。



大学のこと、友達のこと、聡美は面白おかしく父親に近況を報告した。

しかし父親は危なっかしい娘の手つきと、どんどん小さくなっていくりんごが気がかりだ。



最終的に手渡されたりんごは、その大きさの半分くらいになってしまっていた。

ありゃりゃと口に出しながら、父はりんごを受け取る。

「太一は男の子だが、すげぇ綺麗に剥いてくれたけどなぁ」



太一の名が父の口から出たことに、聡美はピクリと反応した。

「ったくアイツは‥また授業サボってここに‥」



何度もここを訪れているという太一を思い、溜息を吐く聡美。

父はりんごを食べ終わると、娘に向かって一つ質問をした。

「太一とは何で付き合わねぇんだ?俺はあいつのことかなり気に入ってっけどなぁ」



父は聡美に向かって話を続ける。

「姉ちゃんもアメリカ戻ったし、お前も大学があるし、親戚らも皆忙しいだろ。

もうヘルパーさんくらいしか俺の世話してくれる人はいねぇけど、太一の奴はよくここに来て俺のリハビリも手伝ってくれたよ。

それ以外にも沢山手助けしてくれてんだぜ?お前それ知ってっか?」




知ってる、と聡美は口を尖らせながら小さく答えた。父は尚も話を続ける。

「図体はデケェが気が良くて、話もすごく上手で面白いしな。まだ若いのに考え方もしっかりしてる」



父が語る太一は、聡美が良く知っている太一そのものだった。聡美は俯きながら、小さく言葉を口に出す。

「分かってるよ‥」



俯いた娘を見て、父親は優しく声を掛けた。

「うちの娘のお眼鏡には敵わねぇか?だけど人間ってぇのは見てくれだけが全てじゃ‥」

「そうじゃないの」



聡美の強い否定に、父親は不思議そうな顔をした。

そのまま聡美は、あまり話したことのないことを父親に向かって口に出す。

「あの子が良い子だってことは、あたしも分かってる。

正直‥あの子があたしの事を好きだって思ってくれるのも、他の子がそうだった時より嫌じゃないし‥」




じゃあ何でだ、と父が問うと、聡美は小さな声で答えた。

今まで友達として過ごして来た相手と、交際を始めたらどうなるか不安なこと。

これから行くであろう軍役の二年間、果たして自分は待てるだろうかということ。

「それに‥」



聡美はチラッと、父の姿に視線を移した。倒れてから少し痩せた、年を感じるその姿に。

ママも去って行った‥。お姉ちゃんも行ってしまった‥。



大好きな人達が、皆背を向けて去って行く。

聡美の心の中に言い様のない寂しさが募り、そのまま黙って俯いた。

「‥‥‥‥」



父親が声を掛けると聡美は顔を上げたが、それでも尚気持ちは沈んでいた。

目を逸らしながら、手持ち無沙汰に肩の辺りを触る。



そのまま暫し沈黙していた聡美だが、やがてポツリポツリと語り始めた。

それを聞く父親は、真っ直ぐに娘を見つめている。



「パパ、あたし今まで何人か付き合ったけどさ、どの人とも長く続かなかったんだよね。

あの子と付き合ったら、あの子ともそんな風に終わっちゃうんじゃないかな?

そんな風に終わっちゃったら、二度と顔も見れなくなっちゃう。そうでしょ?」




心の扉から、寂しさが言葉となって零れ落ちる。

父は何も口にすることなく、静かに娘の吐露を聞いていた。



「あの子は‥太一は‥、本当に本当に良い子で、本当に本当に大切な友達なの。

あの子と一生仲良くしていたい。本当よ‥」




聡美の願いはそれだけだった。

太一を失いたくない、ただそれだけなのだ‥。



俯いた娘の背中を、父は優しく撫でてくれた。温かな体温が伝わってくる。

傍にいることのありがたさと温かさが、聡美の心を落ち着かせる‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<伊吹聡美の心の内>でした。

冒頭に出てくる「ルームカフェ」とは‥



こんな風に個室部屋になっているカフェだそうですね。くつろげそうですね~。

行ったことの有る方、レポお待ちしてますヨ~^^


そして今回の聡美の心の内‥。

何だか切なくなっちゃいましたね。大切な人が去って行くことに、すごく恐怖感がある聡美。

太一と結婚しちゃえばいいのに‥と思いました^^ この二人は良い夫婦になりそうだけどなぁ~^^


好きな人のお父さんのお見舞いに何度も顔を出し、リハビリもお手伝いする太一にホロリ‥。

間違いなくこの漫画の中で一番いい男ですよね、太一‥。


次回は<こじれゆく真実>です。


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Maybe

2014-05-26 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)
およそ十年前、彼の指が鍵盤の上に置かれると、世界は色を変えた。

滑らかに続く音の洪水。聽く者を惹きつけずにはいられない、鮮やかな音の魅力ー‥。








あれから十年経った今も、彼の奏でる音には魅力が溢れていた。

隣に座る雪は目を丸くして、その音に聞き入っている。



亮は満足そうな表情で、短い曲を弾き終えた。

軽やかに鍵盤を離れる十本の指に、音の余韻がついてくるみたいだ。



雪は目をキラキラと輝かせながら、思わず身を乗り出した。

「うわっうわっ?!今の何ですか?!河村氏、今何弾いたんですかぁ?!」

「ただの即興だよ、即興」



驚く雪に対して、亮は冷静だ。自身の手を見ながらコンディションを確認する。

大丈夫、まだ自分の手は死んでいない。

「すっごい不思議‥」



雪はそう言いながら、今は沈黙している鍵盤を眺めて言った。

このピアノから先ほどのような音が紡ぎ出されるなんて、まるで魔法のようじゃないか。



一方亮は雪の賞賛を受けながらも、冷静に自分の手の状態を把握する。今日は調子が良さそうだ。

亮は雪の方に向き直り、優しい口調で彼女に話し掛けた。

「ハノンだけじゃなくて、ぼちぼち他の曲も練習してんだ」



それを聞いた雪は、何を弾いているのかと亮に尋ねた。

亮は少しもったいぶるような仕草で、「弾いてやろうか?」と彼女に問う。



目を丸くした雪に、亮は「今日暗譜が終わった楽譜があるんだ」と言った。

何ですか、と続けて問う雪に亮は、とっておきの微笑みを見せてこう言った。

「お前 "Maybe" 好きだって言ってたろ」



彼には、異国の血が入った独特の雰囲気がある。亮は、自分がモテることを自覚していた。

だから”こんな風に微笑めば女はイチコロ”、亮はそう心得ていたのだ。



加えて二人の距離は近く、それは肩が触れ合うほどだった。

至近距離での亮のイケメン攻撃を、雪は間近で食らっているのだ。



あ‥と雪が言葉に詰まった。

赤面するか俯いて照れるか‥亮はそう予測してみたが、次の瞬間雪はパアッと笑顔を浮かべた。

「ホントですか?!」



その表情はどう見ても、ただ無邪気に”Maybe”を喜んでいる顔だった。

亮は目を見開きながら、自分のイケメン攻撃が効かない相手を前にする。



そのまま暫し彼女をじっと見つめてみたが、



雪の表情は変わらない。イケメン攻撃、あえなく撃沈である。



ダメだコリャ‥。







やがて亮は、"Maybe"を弾き始めた。

いつの間にか被っていたキャップを外した雪は、彼の隣でじっと座っていた。

滑らかに動くその十本の指を見ながら、鮮やかに響くその旋律に引き込まれる。



ここが暗く埃っぽい倉庫だということを、忘れる程だった。

空間を震わせるような音の洪水を、亮の隣で雪は今、全身で感じている。



ふと彼の顔を見上げると、その表情は真剣そのものだった。

響き渡る音に包まれた彼は、いつもとはまるで別人だ。



雪は亮の姿を眺めながら、昔神童と言われたというその空気を感じ取る。

きっと高校の時もこんな風に、鮮やかな音を奏で続けて来たのだろうと。








キラキラした音の粒が、美しい旋律の上を飛ぶように跳ねている。

その音色を聴く内に、あれだけ蓄積していた疲れも取れていた。

‥いいね。素敵な週末の朝だ‥



爽やかなメロディーに、心や身体の疲れが洗い流されて行くようだった。

嬉しそうに微笑む雪の隣で、亮はその音色と空気を楽しむように弾いている。



このままずっとこんな時間が続けばいいと、そう思った時だった。

ピクッ‥!



突然、流れていた音が止まった。

いきなりの出来事に、雪は何が起こったのか分からず目を見開く。



しかし驚いているのは雪だけではなかった。

亮本人でさえ全くの予想外の出来事だったのか、そのままピアノの前で固まっている。



やがて亮はゆっくりと自身の左手を眺めた。

小さく震えている。



自分の手であって自分の手でないような、そんな自身の一部。

不自由が生じた時はいつも、自分はもう以前のような天才では無いのだと改めて思い知らされる。



亮が、小さく掠れた声を漏らした。

頬を伝う一滴の汗が、スローモーションのようにゆっくりと流れて行った。



雪の頬にも、一滴の汗が流れていた。

音の余韻にこぼれた彼の絶望が、雪にも伝わって来ているのだ。



やがて亮は、「この続きはまだ覚えてない」と言って鍵盤から手を離した。

絶望を隠しながら、ぎくしゃくした動作で首の辺りを触る。



左手の不自由さを隠すための嘘だということが、雪にはすぐ分かった。

”Maybe”は同じメロディーの繰り返しであり、新しい旋律はこの先に無いはずだから‥。



けれどそんなことを、わざわざ口に出したりはしなかった。

雪は彼の横顔を眺めながら、亮が今抱えている気持ちを慮って沈黙する。


「その後はこうですよ」



やがて雪は、そう口にしながら亮の前に身を乗り出してピアノを弾いた。

決して下手ではない腕前は、昔とったきねづかだ。

「私も高校生の時覚えたんですよ」



そう言いながら、雪は亮が詰まった先のメロディーを弾く。

「こうですよ、こう」



キャップを被っていたせいで彼女の前髪は乱れ、いつもは見えない額が見えた。

亮は「あっそ‥」と言いながら、そんなことにばかり気を取られる自分を知る。



今や、二人の腕はくっついていた。雪が身を乗り出してピアノを弾いているせいだった。

亮は自身の心が騒ぐのを感じて、自然な流れでその腕を離す。

「下手菌うつりそー」 「何ですってぇ?!」



そして二人は、すっかりいつもの雰囲気に戻った。

「それじゃあ”お箸のマーチ”は覚えてますか?一緒に弾いちゃダメですかね?」

「ったくガキくせーことしてんじゃねーよ!」

 

声を荒げながらふざけ合う二人の後ろ姿を、叔父さんは微笑ましそうに見守っていた。

いつか無料ライブを開催するのも夢じゃないかもしれない‥。






 

その後二人は、手のことには一切触れず、他愛のない話をしながらふざけ合った。

キラキラ星が弾けると言う雪と、そんな彼女に真剣さが足りないと諭す亮‥。




雪は思う。


誰しも皆、自分だけの理想郷を持っている。

時にはそこから追い出されたり、時にはそこから抜け出さないようにもがいたり。





同じ頃、清水香織は自室で一人、膝を抱えてうずくまっていた。

階下では、家族が騒々しく騒いでいる。母親の食事を知らせる声もする。

けれど香織は返事もせずに、ただひたすら同じことを何度も考えていた。

何で私が赤山雪の真似を‥?ダサいし、性格も悪いじゃない‥!



盲目的な理想郷の中に、香織はうずくまっていた。

後ろを振り返ったら全て終わってしまうと無意識の内に気付き、恐れているのだ。

もがいてももがいても、沈んで行くだけとは知らずに‥。



そして時に、今一度そこに向かって足を踏み出したりもする。




倉庫を出て行く亮の後ろ姿は、

あの夏の始まりの頃、項垂れていた彼とは随分違って見えた。



過去をなぞり、現実と向き合っている彼を見て、雪は色々と考えさせられる。


それならば、今は?





特大サイズのコーヒーを持って、勉強に向かう。

自分の進む先がこれで合っているかどうかなんて、多分到着してみないとその正否は分からない。

そんな”Maybe”を引き連れて、雪は一人前へ進む‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<Maybe>でした。

もう一度貼ります、「Maybe」




こんな素敵な曲を亮さんが‥!雪ちゃんもナイスチョイス!


そして雪ちゃんが言っていた「お箸のマーチ」



小学生くらいの時に聞いたことありますね^^

いつか二人で弾いてみてほしいw




次回は<伊吹聡美の心の内>です。

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ピアノの前で

2014-05-25 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)
「おっ、雪。来たのかい?」



叔父の経営するカフェは午後4時オープンだが、彼は快く雪を迎えてくれた。

「叔父さん‥コーヒーを特大サイズで下さいな‥。濃い~のを沢山‥」



そう口にする雪を見て、叔父は心配そうな表情を浮かべた。

「なんか疲れてるね~。試験期間でも、そんなに沢山飲んじゃダメだよ~。

カフェインの多量摂取は体に良くないよ?」




叔父はそう言いながらも、大きな保温器にコーヒーを沢山入れてくれた。

雪が受け取ろうとすると、叔父は続けて口を開く。

「あ、亮君来てるよ」  「えっ?」



以前雪は叔父に「ピアノを捨てないで」と頼んでいた。叔父は姪の言う通りピアノをそのままにしておいたわけだが、

それからというもの亮は何度も倉庫に足を運び、ピアノの練習をしているそうだ。掃除もしてくれるんだと言って、叔父は喜んでいた。

「昔は有名だったそうだけど、上手く弾けそうならいつか無料ライブでもさせないとな。

これも全部それなりの投資ってもんだ。ふふふ‥」




隣の倉庫で、河村氏がピアノの練習をしている‥。

雪の心が、好奇心でウズウズする。




そして雪はこっそりと、倉庫に足を運んだ。

少し埃っぽい室内はそんなに広くもなく、すぐに彼の姿を見つけた。



亮はピアノの前に座っていた。

鍵盤に向き合う彼の横顔は、いつもの亮とは少し違って見える。



今にも何かを弾き出しそうな彼を見て、雪の心は躍った。

キラキラと目を輝かせながら、元天才ピアニストを前にする。



そんな好奇心ウズウズオーラを出しながら、雪は一人テンションが上がった。

気‥気になる!話には聞いてたけど、あの人が実際ピアノを弾くの見たことないもん‥!

正直想像すらしたことなかった‥。叩き壊す姿ならいざ知らず‥




そんなオーラを背後に感じ、亮は振り返らずに彼女に声を掛けた。

「ダメージヘアー、何見てやがる」



雪はヒィッと息を飲んだが、亮に向かって「見ちゃダメですか?」と恐る恐る言った。

暫し考えていた亮だが、やがて雪に向かって微笑みかける。

「フン‥見てけよ」



亮からお許しが出たので、雪は椅子を持って来て亮の隣に並んで座った。帽子のツバが当たらぬよう、後ろ向きにかぶり直す。

そんな雪の様子を、亮はじっと見つめていた。

「あ、そういえば」



ふと思いついて雪が口を開いた。亮は雪の実家の麺屋でもこの倉庫でも仕事をしているみたいだが、時間は大丈夫なのかと。

「ぜ~んぶコントロールしています



亮は自慢気に、幾分慇懃な態度で雪に接した。

雪はふぅん、と息を吐いたが、好奇心の方が勝り、亮に質問を続ける。

「あっそうだ河村氏!最近うちの大学に通ってるでしょ?!」



雪からの質問に、亮は曖昧に頷いた。オレもA大生みたいなもんよと自慢気だ。

「やっぱり!あの時のあの教授にもう一度ピアノを習うんですか?!わぁ~!

「はいはい、わ~わ~

「‥‥‥‥



どこか冷静な亮の態度に雪は膨れたが、それ以上に彼がピアノを始めたことが嬉しかった。

夏の始め頃はあんなにも、未来を悲観していた彼が‥。




雪は矢継ぎ早に質問を繰り出した。

「もうどれくらい習いました?あ、習うことなんて無いのかな?

教授はどうやって教えて下さるんですか?」




雪の質問に、亮は冷静に返答する。小さく指を動かしながら。

「まぁ‥ほとんどまだトレーニング。指定された病院通いながら‥」



亮の方を見て相槌を打っていた雪であったが、次の瞬間亮がギロリと彼女を睨んだ。

「お前がくれたハノンも弾いてんよ」



亮は以前、雪が昔使っていたハノン教本をくれたことをまだ根に持っていた。

けれど実際今のレッスンは延々ハノンということで、亮は雪に恨み節を続ける。

「お陰でと~っても上手く弾けてるぜぇ?指が容赦なく潰れそうで‥」



雪は思わず顔を青くした。てっきりベートーベンやシューベルトを弾いてるとばかり思っていたからだ。

雪は頭を掻きながら、決まり悪そうに弁解した。

「い、いやそれは私のせいじゃ‥わざとそうしたわけでも‥」



そんな雪の様子を見て、亮が意地悪そうに笑う。

申し訳ないと思うんなら社長に掛けあって給料上げてくれよ、と冗談を口にして。



雪は彼のことを見ながら、内心ビクビクしていた。

昔は上手くいってた人だろうに、今は基礎練だけなんて‥。

あの性格だし、かなりプライド傷つけられてるハズだよね‥。




雪がハノン教本を持って来ただけでこうもグチグチ言われるのだ。

その心の内はいくばくだろうかと、雪は彼を慮る。

ついついピアノ弾く所を見たいなんて言って来ちゃったけど‥



軽いノリで来てしまったことを後悔しつつ、雪は亮と肩を並べて座っていた。


しかしそんな思いも、次の瞬間吹っ飛ぶことになる。


元天才ピアニストが、遂にピアノを弾いたのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<ピアノの前で>でした。

先輩には遠回しの要求しかしない雪ちゃんの、無邪気な質問攻めの可愛さよ‥。

姉様が以前「帽子のツバを後ろに回したのは亮と雪の距離が縮まっていることの象徴」という解釈をしてらっしゃったかな?

二人の親しさが表れた回でしたよね~。

そして倉庫‥キレイになりましたね。亮さん、お掃除もお疲れ様です!


次回は<Maybe>です。



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ふとした寂しさ

2014-05-24 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)
はっと気がついた時、雪は床で眠っていた。いつの間にか転がり落ちてしまったらしい。



起き上がろうとするも、身体中ギシギシだった。

うぅ‥こ‥腰が‥



何とかベッドの上に這い上がると、携帯を手探りで探し当て画面を見る。

それじゃ おやすみ^^



知らない内に先輩からそんなメールが届いていた。

雪は彼と自分の日課である電話も忘れて、眠りこけていたのだ‥。



寝ぼけ眼でヨダレを垂らしながら、雪は大あくびをした。

窓の外はすでに明るかったが、疲労が蓄積した身体は鉛のように重かった。





週末の始まりの朝、雪は外へ出て一人街を歩いた。

しかしその表情は暗く、床で眠ってしまったせいで身体が痛い‥。



重い身体を引き摺るようにして歩きながら、

雪はぼんやりと彼のことを考えていた。


あの後もいつも通り先輩と連絡を取り合ったけど、

結局私が聞きたい言葉は聞けなかった。話す内容はいつも近況や世間話で‥。




連絡といっても、メールや電話だけだ。その電話すら、長い時間は出来なかった。

あまり顔を合わせることも出来ないし、ほんの数日前のことなのにまるで夢の中のことみたいだ‥。



雪の頭の中に、先日彼が浮かべた笑顔が思い浮かんだ。

小さなことでもくだらないことでも、何でも話して下さいと言った時、彼は微笑んで頷いたのに‥。


けれどそれが本当に彼の為であるかということを考えた時、雪はこう思った。

私に悩みを打ち明けろと、最後まで彼に強要したくはない



”悩みを打ち明けること”が彼の望むことかどうか、雪には分かりかねた。

そして彼が”悩みを持っている”かどうかも、雪には分からなかった。

どう見ても先輩は会社や家の事などで私よりも忙しいだろうに、そんな素振りを全く見せない。

それに引き換え私は清水香織のことなんかにむずがったりして‥




脳裏に、雪が愚痴を言った時の先輩の様子が思い浮かんだ。

大変?すごく大変?どのくらい大変? ス、スイマセン‥



なんか比較すると情けなくなるというか‥。相談事自体が煩わしく感じているように見えたり‥。

人の許容量というものは、当然人によって違う。

自分がキャパオーバーだと思う容量が、彼にとってはそうでないことも然りだ。



それでも所々で、彼がストレスを感じている場面を目にしたのだ。だから雪は手を差し伸べたのだが‥。

先輩も全て話して下さいよ‥。そういうの、全部‥



けれど彼はまだ彼女の手を掴もうとせず、ただニコニコと微笑みを浮かべているだけなのだ。

彼の心の扉はほんの少ししか開いていなくて、中に居る彼に手が届かない‥。



彼は忙しく、週末だというのに会うことが出来ない。更に試験期間中で、雪も暇では無かった。

ふとした寂しさが、雪の心を襲う‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<ふとした寂しさ>でした。

区切り上かなり短い記事になってしまいすいません~~。


しかし雪ちゃん‥もうちょっと踏み込んでもいいんじゃないかな~~。

多分先輩は雪ちゃんの言葉の額面通りしか受け取ってない気がしますよ‥?

本当このカップルは見ていてもどかしいですね。思わず仲介したくなります(笑)


次回は<ピアノの前で>です。



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