goo blog サービス終了のお知らせ 

Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

<亮と静香>高校時代(6)ー嫉妬と敵意ー

2014-07-16 01:00:00 | 河村姉弟1<幼少期~本当の家族>


亮は練習室にて、女連れで自由にピアノを弾いていた。

コンクールの為の練習とは違い、演奏は好き勝手に飛んで跳ねて、音は煌めきながら空間に溶けて行く。



そんな亮の様子を見ていた講師が言った。「演奏も本人のように陽気で良いじゃないか」と。

周りで見ている学生達も、思わずその演奏に感嘆の息を吐く‥。







演奏の終わった亮は、女と連れ立って楽しげに歩いていた。

するとそんな二人の元に、一人の男子生徒が声を掛けて来たのだった。

「あの!」



目の前に立つその男が誰なのか、亮には分かりかねた。

顔を見てよく考えても、彼の名前は出て来ない。

「何だ?‥えっと‥後輩だよな」



確か同じピアノ科の後輩、というところまでは思い出せた。

そして声を掛けて来た彼の横には、同じくピアノ科の学生二人が亮の方を睨んでいる。

「亮先輩、ちょっと独占しすぎじゃないっすか?練習室のことです」



後輩はやにわにそう口にし、先ほど亮が演奏していたグランドピアノが置いてある部屋を指差した。

隣に居る学生が、「そうだよ。皆で順番決めてるはずだろ」と言って後輩を援護射撃する。

すると亮は頭を掻きながら、軽い調子で言い返した。

「あ、聞いてなかった?オレ許可もらってんの。コンクールの準備でよ。

ゴメンな~?静香がピアノ壊しちまってさぁ」




大きな口を開けてHAHAHAと笑う亮に、ピアノ科の彼等の反応は冷ややかだった。

それはお前個人の事情だ、と言ってまるで理解は示さない。

「練習室ならもう一つあんだろーが」と言い返す亮の言葉にも、

そっちの部屋だって順番が決まっているんだと言って彼等は憤慨する。



しかも亮はコンクールの準備と言ったが、先ほど女の子を隣に置いて弾いていたのはただの遊びだった。

そんなところも彼等を苛立たせていたのだった。

「はぁ?!どーしてこんなに責めんだ?今んなこといちいちツッコむ必要あっかよ?

ちょっと指慣らししてただけだろーが!」




げんなりしながらそう口にする亮に、後輩はキッパリと言った。

「コンクールの準備をしてるのは、先輩だけじゃないんです!」と。



亮はそこでピンと来た。

彼等の抗議の一番奥にある、自分への嫉妬と悪感情を。亮は目を見開きながら呟く。

「あ~‥だから今オレに出てけって言ってるわけね」



そしてまだ亮が黙って聞いているのを良いことに、彼等は小言を続けた。

「グランドピアノがあるのはここだけじゃないだろ?ピアノの塾なり家なり行けよ」

「じゃあテメーが行けよ」



亮がそう言い返すと、眼鏡を掛けた男子はその形相の恐ろしさに身を竦めた。

亮は舌打ちをしながら、自分が今置かれている状況に閉口する。



亮はウンザリしながらも、彼等に向かって口を開いた。

「お前らよぉ、ピアノの修理なんて何日もかかんねーってのに、なに睨み利かせて来てんだよ。

ちょっとヒドイんじゃねーか?オイ」




そう言って鋭い視線で睨む亮は、彼等より頭一つ分背も高く、威圧感があった。

彼等はその雰囲気に幾分怯んだが、やはり胸につかえている不満はおさまらないようだ。

亮がこのように”特例”で練習室を使うのは今年に限ったことではないのだ。去年もその問題児の姉のせいで、同じ様な問題で揉めたのだった。

もっと姉の素行を改めさせろと言う彼等に、亮は反論して鋭く睨む。その目つきは恐ろしい程だ。

しかし後輩の男の子は怯まず、キッと亮を見上げると、キッパリと自分の意見を口に出した。

「先輩は特別扱いされんのを当然視しすぎじゃないですか?

俺らだって、同じピアノ科の学生ですからね!」




すると亮の隣に居た女が、プッと小さく吹き出して口を開く。

「はー?ウケるー。あんたら”河村亮”だからこんなに責めるんでしょ~?

責めるなら今しかないって、ここぞとばかりにさぁ」




「はい?違いますよ!」

彼等をバカにしたような態度の女に、後輩は大きな声で反論した。

亮は一つ深く息を吐くと、後輩の肩に自身の腕を凭れかけながら彼に話し掛ける。

「は~‥なーんかオレ悲しくなっちまうなぁ~。後輩君、オレが何か寂しい思いでもさせたか?

お前をパシらせたかよ?シメでもしたかよ?何もしてねーだろーが」




少し絡むようにそう口にする亮に、後輩は声を上げて口を開いた。

「む、無関心じゃないっすか!俺の名前は知ってます?!」と。



その言葉を受けて、亮は口を噤んだ。後輩の言葉通り、亮は彼等の名前を誰一人として覚えていなかったのだ。

そしてそれこそが彼等が憤っている原因だった。

自分達のことなど歯牙にも掛けないその態度が、彼等は何よりも気に食わないのだ。

「ん?どーした?」



「何かあったんか?」



すると階段の方から、一人の男が亮達に声を掛けて来た。

その男の方を見て、後輩君が小さく呟く。

「兄ちゃん‥」



声を掛けて来た男と亮は、顔見知りだった。二人は軽く手を上げて挨拶を交わす。

よぉ、亮~ よぉ、泰士~



男の名は岡村泰士といった。割りと素行の悪い生徒で、その辺りの事情で亮とは知り合いだったのだった。

そしてどうやら彼は、今亮に談判して来た後輩の兄であるようだ。

「んで、二人何かあったん?」

「いやそれが、亮先輩がずっと練習室を占領してて‥」



弟は兄に事情の説明をし始めた。亮は事の成り行きが面倒な方向へ行こうとするのを見越し、

その場で早々にホールドアップした。

「あ~もうやめやめ。ギブアップだ。お前が弾けよ。オレの負けだ」



亮はそう口にすると、「ごめんな~?」と言いながら後輩の肩に手を置いた。

わざとらしく負けを認めるその態度に、思わず彼は顔を引き攣らす。



そのまま彼等に背を向ける亮に、泰士は弟の無礼を軽く詫び、弟に少々の説教をした。

グランドピアノなら塾で弾けるのに、敢えて先輩に突っかかる必要無いだろうと。



弟はそんな兄に反論しようとしたがその前に、亮が彼に向かって捨て台詞を吐いた。

「特別扱いにはぜ~んぶ理由があるもんだせ?後・輩・君?」



亮が浮かべた嘲笑うかのようなその表情に、後輩はギッと歯を食い縛って屈辱に耐えた。

高慢な態度を見せても、それが”河村亮”であれば許されるという彼の驕りに、腹が立ってしょうがない‥。



そのまま女と共にその場を後にする亮の後ろ姿を、彼等は苛立ちを抱えながらじっと睨んでいた。

その中で事情をよく知らない岡村泰士が、弟に諭すように口を開く。

「どーしたんだよお前ら。

俺の知り合いのピアノ科のやつ、あいつガチで上手いって超騒いでたぜ。仲良くしろよな~。

全国大会でもアイツが一人勝ちだって噂だし‥見習えよな」




弟は兄に対して憤慨した。あっちの肩を持つなら口出ししないでよ、と。

けれど泰士が亮の肩を持つのには理由があった。その理由とは‥

「いやまぁ‥静香の弟だからな‥」



泰士はそう言って顔を赤らめた。どうやら彼は亮の姉に熱を上げているらしかった‥。


天才、河村亮を取り巻く世界はこのように混沌としていた。

彼に当たる光が強ければ強いほど、周りに伸びる影は色濃く長くなって行く‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<亮と静香>高校時代(6)ー嫉妬と敵意ー でした。

この本家3部51話、52話は、以前CitTさんが訳して下さった文を参考にして記事を執筆させて頂きました^^

快く参照を許可して頂き、どうもありがとうございました~!


さ~まだまだ過去編続きます。

次回は<亮と静香>高校時代(7)ー見えない壁ー です。高校時代シリーズ長くなりそうですね‥。


*2015,2,23追記*

日本語版にて、亮と知り合いの男子学生の名前が「岡村泰士」となりましたので、
当ブログにて名づけてあった「神田岬」を「岡村泰士」に変更致しました。
コメ欄には「神田岬」と残りますので、本日以降コメ欄をご覧になった方々が混乱されぬよう、
ここに記載しておきます。




人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ

引き続きキャラ人気投票も行っています~!


<亮と静香>高校時代(5)ー壊れたピアノー

2014-07-15 01:00:00 | 河村姉弟1<幼少期~本当の家族>
高校時代の河村亮は、飛ぶ鳥を落とす勢いで数々の賞を総嘗めにしていた。

神童と呼ばれた彼が演奏を終えると、豪雨のような音で拍手が彼に降り注ぐ。

それは天才と呼ばれた彼の”当然”だった。



本人はボウタイを結ぶのは窮屈で嫌だと言っていたが、異国の顔立ちをした彼にそれはとても良く似合っていた。

器量も良く身長も高い彼は、ビジュアルだけでも人々の関心を誘った。

それに加えて神がかった演奏をするとなると、誰も彼を放っておかなかった。


亮は、ステージ上で拍手を浴びる自分を見て嬉しそうに手を叩く青田会長にも、



いつも世話になっている恩師に報いることが出来たことにも、誇りを持っていた。

手にしたグランプリのトロフィーは、もう何個目になるかすら分からない程だった。



学校に出てくれば皆が亮に羨望の眼差しを送り、ピアノ野郎がジットリとした視線で睨んで来る。

これが高校時代の亮の日常だった。

 

自分は大勢の中から選ばれた特別な存在であると、当然のようにそう思っていた。

高慢な態度を見せても、それが”河村亮”なら、全てが許されていたー‥。





「よーく聞け。

全ての芸術にはなぁ、この二つが無ければなんねーんだ。一つは金。そしてもう一つはー‥」




「才能だ」



目の前の弟がそう口にするのを、河村静香は腕組みをしたまま眺めていた。

先ほど大暴れしたせいか、まだ弟の話を聞く余裕があった。



亮は眉を寄せた表情のまま、静香にゆっくりと近付いて行く。彼女が黙っているのを良いことに、亮は喋り続けた。

「金?金ならあるよな。オレら個人の金じゃねーけど。

じゃあ才能?オレは持ってるけど、お前は生まれ変わっても持ち得ねーなぁ」




仏頂面の静香に、亮は更に小言を続けた。

少し方向を変えればいくらでも道があるのに、なぜお前は美術だけに執着するのかと。



自分に合ったものを探せ、と亮は言った。彼女は美術で何の成果も得られないまま卒業も出来ず、気づけば二十歳を迎えていた。

亮は、大仰な身振りで静香に説教を続けた。才能ある自分にとって、”当然”である現実を彼女に諭す。

「オレに対してガキみてぇな嫉妬をする時間も、お前が絵を描く時間も、

お前に掛かってる金も、全部ムダ!ムダ!」




「ムダなんだよ!」



振り返って目にしたピアノは、見るも無残な姿になってしまっていた。無論、静香の仕業だった。

「あの牛乳もムダ、楽譜もムダ、修理費もムダ‥。人生もムダにしてーのか?」



そう言って舌打ちをする亮に、静香は低い声で口を出した。

「いい加減にしな。あたしを馬鹿にして‥また何するか分かんないわよ‥」



しかし亮には彼女の言い分など耳に入らなかった。”当然”の現実を味方につけ、人差し指を刺して彼女に真実を突き付ける。

「まだ言わせんのか?才能ねーんだ。テメーはよ」



亮は気がついて居なかった。

才能ある者が無い者にその真実を突き付けることが、どんなに残酷で酷い仕打ちなのかをー‥。





結局、その後亮は静香にボコボコにされた。

傷と絆創膏だらけの顔で学校に出てきた亮を見て、

青田淳は「どうして度々ちょっかい出すの」と言って溜息を吐く。



亮は、全部”静香の為”だと声を荒げて主張した。自分なりに彼女を正しい方向に導いてやろうとしているのに、

姉は自分を苛立たせ、遂にはピアノまで壊したんだと。

「一体いつまで”血沸く青春”を地で行ってんだ」と往年のドラマに掛けて文句を言う亮に、

淳は冷静に言葉を返す。

「いくら静香の為でも、そう何度も傷つけるようなことを言ったらダメだよ」



そんな淳の優等生的回答に、亮はハッと吐き捨てるように息を吐いて言い返した。

「なーに言ってんだよ!それじゃあ才能のねぇ美術するっつって、

勉強もせず遊んでんのを放っとけって?」




淳も更に言い返す。

「静香に才能があるかどうか、お前がどうやって見極める?

お前はピアノ専門で、美術は畑違いだろ?」




その淳の物言いに亮は焦れた。

「お前さも正しい的なこと言うけどよ、静香に才能が無いのは明らかじゃねーか」と。

それでも淳は続ける。

「美術と言っても色々あるだろ。それに自分の姉貴なんだから、

もう少し上手く話せるだろ」




亮はその淳の言葉を受け入れ、そして皮肉を込めてこう言った。

「へ~へ~。じゃあお前がしっかり言い聞かせてくれよ。

なにとぞお諦めあそばせ~ってな!」




二人はまるで兄弟のように会話を重ねた。問題児の姉に手を焼く弟同士の、気安い会話だ。

「アイツはお前の話だけは聞くんだからよ」「してみたよ。俺の話も別に聞かないよ」

「アイツを手に負えんのはお前だけだからな~。後でキッチリ責任取れよ?」「何言ってるんだよ」



すると談笑している二人の元に、一人の男子生徒が話し掛けて来た。

「あの‥は‥班長」



彼の顔を見て「あ!」と淳は小さく声を上げた。彼はたどたどしく淳に話し掛ける。

「旧館倉庫の鍵、返却して来たよ‥」



班長である淳の仕事を、彼が請け負っていたのだった。ありがとうと礼を言う淳に、彼は頭を掻きながら首を横に振る。

「い、いいんだ‥どうせ教務室の方へ行く所だったし‥」



するとそんな彼に、淳の隣に座る亮がヘラヘラと手を振った。

よ~ピアノ~       「‥‥‥」



ピアノ君は亮を無視して、再び淳に話し掛けた。

「あ、あの班長。もし他に仕事あったらまた僕が手伝うから‥」



オドオドしながらそう口にするピアノ君を見て、亮は呆れたように口を開いた。

「ったく‥毎日”班長~班長~”‥お前は淳の追っかけか?

後でピアノ室の掃除でも一緒にしねぇ?同じピアノ科同士よぉ」




ニヤッと笑いながらそう口にする亮の言葉に、隣に居た友人が吹き出した。

「亮、それ誰得ww 淳から援助受けてる奴が、お前に用があるわけねーだろ」



その男子生徒が口にした言葉に、周りの学生も小さく笑いを漏らし、そしてピアノ君は図星だけに真っ青になった。

彼がピアノを続けて行けるのは青田会長のお陰であり、その息子と仲良くするようにと母から強く言われているのだった。



亮は頬杖を付きながら「あ、そゆこと?」と言った。

ピアノ君が青田家から援助を受けているのは知っていたが、それが原因で淳にヘコヘコするとは思っていなかったのだ。



その場で立ち尽くすピアノ君の心中などお構いなしに、彼等は会話を重ねて行く。

淳が周りの学友達に、青田家が行う援助の説明をしていた。

「いや、ただ奨学金のようなものだよ」「とにかく良きに計らうべき人間は、亮じゃなくてここに居るってわけよ」

「良きにはからうなんて‥そんな必要無いよ」 「‥‥‥」



すると淳と友人のやり取りと、立ち尽くすピアノ君を見て亮が口を開いた。

”特別”な彼が思う、”当然”の価値観を元に、彼に対して思うところを。

「おいピアノ!お前世渡りに精を出すのもいーけど、さっきも音楽の先生に叱られてたじゃねーか。

こんなことしてるヒマがあったら、もっとピアノの練習したらどーなん?」




青田家から援助を受けていることで、淳にヘコヘコしている彼を見かねた亮の発言だった。

すると周りの友人達は、クスクス笑いながらピアノ君の方をチラチラと見た。彼は真っ青になって立ち尽くしている。

うーわ直球すぎ。 亮~偉そうにこの野郎ww



更に亮は続けた。「成功したいなら、そっちのがマシだと思うけど」と。

ピアノ君が固く握り締めた拳が、小さく震える‥。



すると急にピアノ君は亮達に背を向け、そのまま走り去ってしまった。

亮と淳はその場でポカンとしながら、小さくなる後ろ姿をただ目で追うのみだ。



ピアノ君が居なくなった後で、淳が亮に「お前って奴は‥」と息を吐いて咎めたが、

亮はまるで悪びれることなく、自分が先ほど彼に向かって言った言葉の根拠を話し始めた。

「アイツ見てっとイラつくんだよ。てかアレの演奏聞いてみたけど、

あのままじゃこれからも見込みねーぞ。オレもアイツも上手く行く方がいーじゃん。会長にも報いれるし。

‥にしても、援助してもらってるだけじゃんよ。何であんなにヘコヘコしてんだか‥。

ああいう態度取るから見くびられんだろーが、バカが」




そう口にして舌打ちをした亮を、淳は少し厳しい口調で叱った。

「口を慎め。明るみになって良いことなんて何も無いんだから」



自分の家が特定の生徒を援助するということー‥。それはその生徒のプライドを考えると難しいところだ。

幼い頃から援助する側の立場に置かれて来た淳には、亮の態度は間違っていると思えた。

しかし亮はニヤリと笑いながら、幾分ふざけた調子で言葉を返す。

「へ~ぇ心配までしてくれるなんてなぁ。

お前まさかオレにまで「青田淳様~班長様~」って言って欲しいわけじゃねーだろーな?」




亮がガラでもないことを言うので、淳は顔を顰めて「それはヤダ」と言った。

亮は「まぁアイツとオレは違うからな。あのショパン好きな奴とは」と言って首を横に振ると、

淳は少し考えるように黙った後、こう口を開いた。

「でも俺もショパンの方が好きだけどな。

シューベルトはお前がシューベルト好きだから聞いてるってだけで」




そう口にした淳に、亮は少しズッコケながら言葉を返した。「お前はシューベルトの真価が分かってねぇ!」と。

すると淳は視線を空に上げると、思い出すような表情でこう言った。

「あ、でもあれだけは良かったよ。即興の瞬間、だっけ‥」



「NO.3?」と亮が聞き返すと、淳は頷いた。

亮は淳の方へ身を乗り出すと、ニッコリと笑ってこう言った。

「オレも好きだぜ、あれ!」



その笑顔は、まだ少年の面影を残していた。

神童と呼ばれた彼が見せる、まだあどけないその一片‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<亮と静香>高校時代(5)ー壊れたピアノーでした。

再び高校時代の思い出編でございますね。

久しぶりの<河村姉弟>カテの記事でもあります。

しかし亮、調子乗ってるな~^^; ただでさえ高い鼻が天狗の如く伸びてますな‥。


さて亮が口にした「血沸く青春」ですが、内容は1982年を舞台にしてるらしいですが、今年リメイクされてます。

血沸く青春  動画 変身熱演映像 


面白そうですね~!見てみたい‥。



さてどちらかと言えばショパンが好きな淳が、唯一シューベルトで好きな楽曲‥。

F. Schubert - Moment Musical Op.94 (D.780) No.3 in F Minor - Alfred Brendel


これですね。今でも運転中に聞いてたりするんでしょうか、先輩‥。


次回も過去編です。

<亮と静香>高校時代(6)ー嫉妬と敵意ー へ‥。

人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ

引き続きキャラ人気投票も行っています~!

<亮と静香>高校時代(4)ー足掻く日々ー

2013-07-14 01:00:00 | 河村姉弟1<幼少期~本当の家族>
亮と静香は青田家に呼ばれた。

寝転んで漫画を読んでいる亮に、静香は今お父さんと面談中だと淳は告げた。



面談なんてヌルいと言って、亮が呆れ混じりの溜息を吐く。

静香にはもっと厳しくしないと、と言って亮は焦れた。



しかし今日はいつものお説教とは少し違う。

なぜならば、静香がもう美術部を辞めることになったからだった。





亮は淳からその事実を聞かされても、別段驚くわけでも無かった。

そのままゴロンと寝転んで、「それじゃあ塾に行くんじゃね」と言い捨てた。



ポーズだとしても心配するフリくらいしろよ、と淳は亮の背中を軽く蹴りながら言ったが、

亮は静香が嫌いだからそれさえも嫌だと言った。

淳は寝転んだ亮に向かって、少し諭すような口調で口を開く。

「悔しかったと思うよ。上手くなりたくても、思い通りに行かなくて」



その言葉を聞いた亮は、心底不思議そうな顔をした。

「てか、お前もそういう気持ちになることってあんの?」



淳は何でも出来る。それこそ勉強もスポーツも、そこそこ楽器だって。そして皆が羨むほどに何でも持っている。

そんな彼が劣等生の静香の気持ちを代弁するかのようなことを言ったことに、亮は驚きを隠せなかった。

そしていつも感じていた疑問を率直にぶつけてみた。

「お前って何でも出来るけど、勉強の他に得意なことってあんの?でなけりゃ、したいこととかさ」




亮の質問に、淳は目を見開いた。





考えたことないと言う淳に、亮はそれもそうかと再び寝転んだ。

あれだけ勉強が出来るんだから、そんなことはどうでもいいのだ。

「しっかし静香の奴は勉強も出来ねぇのにどーする気だろ。あいつにはマジ心配が尽きねぇよ」



先が見えないトンネルへ向かう姉のことを、亮はなんだかんだ言って心配していた。

淳はそんな亮の背中を見ながら、夕食を食べて行ってと言い残して去って行った。





静香はそれ以来筆を持つことは無かった。



ぶちまけられた絵の具が、流れて行く血のように見えた。





静香とは対照的に、亮はますますその才能が世間に認められていった。

先生は雑誌のインタビューでも亮のことを「ただ一人の特別な弟子」だと豪語した。



眠そうな亮はその態度こそ良くなかったが、実力がある分それさえも容認されていた。

コンクールもきっと良い結果が出る、先生は亮の才能を信じている‥。



笑顔で亮の背中を押す先生に、亮は自信たっぷりに心配しないで下さいと言った。



その指は鍵盤に吸い付くように音楽を奏でる。

亮はピアノを弾くことに困難を覚えたことが、正直一度も無かった。

「チョロいぜ」









亮が出場するコンクール用の衣装が、青田会長から届けられた。

それは蝶ネクタイ付きのタキシードで、こんなもの着れるかと亮はボウタイを放り投げた。



しかし静香はそれを拾うと、彼に向かって乱暴に投げた。



そして亮がボロ布を着てコンクールに出ようがタキシードを着ようがどうでもいいが、

会長が買ってくれたものだから黙って着ろと静香は言った。

「あんたに選択権なんてないんだよ」



贅沢言いやがって、と吐き捨てるように言って静香は出て行った。

苦い記憶が脳裏を掠める。



まだおばさんの家で養ってもらっていた頃、彼女の叔父は静香に言った。



そろそろ絵を辞めたらどうだと。

どうしていつも自分にだけそう言うのかと問う静香に、叔父は亮の才能について言及した。

「亮に比べて、お前には特に優れた才能は無いと、塾の先生も言っていたよ」



この家からは、二人共に投資する余裕は無いと叔父は言った。

キャンバスを抱えた手の、指の先から血の気が引いていく。

静香の脳裏に、天才と褒めそやされニヤニヤとした笑みを浮かべた弟の顔が浮かんだ。


選択権を奪われた彼女は、あの美術を辞めた日以来ずっと苛立っていた。

夢という光を失くしたトンネルの中で、闇雲にただ足掻く日々が続く。

弟の光が強くなるほど、彼女の影は濃くなっていく‥。





亮はぶつぶつ言いながら蝶ネクタイを手に取ると、鏡を見てそれを付けた。





容姿端麗で独特の雰囲気を持つ彼は、ピアノの才能に関しては天才と謳われていた。

今回のコンクールでも良い成績を治めることは確実視されており、先生や会長からの期待も大きかった。




亮には自信があった。

これから先の未来に対して、そして自分自身に対しても。

輝かしい将来が待っているのだと、その十本の指が未来を切り開いて行くんだと。













それから先の出来事は、切れ切れにしかまだ分かっていない。


コンクールを控えた亮だったが、ある日大きな喧騒に巻き込まれて手を負傷してしまう。



輝かしい未来を奏でただろうその十本の指は、その日以来動かなくなった。



目の前は真っ暗になり、悔恨の咆哮を上げても上げても消せない、そして拭えない絶望感が亮を支配した。




そしてその事件を、亮は淳の仕業だと考えていた。



自分の手を汚さず目的を達する彼の、残した証拠は何一つ無かったけれど。




そして彼は姿を消す。

残りの学校生活も、ただ一人の姉も、そしてリハビリを望む恩師も振り切って。

数年の間、亮は遠く離れた場所で一人暮らしていた。

動かない手を抱えながら、その絶望を背負いながら。






静香は高校を卒業すると、何をするでもないニートになった。

会長から生活費を貰い、その容貌に寄ってくる男に寄生して、その日暮らしで日々を送った。

亮からの便りは無かったが、淳には時折電話した。

淳は高校を卒業した後、一流大学のA大に受かった。

兵役を終えて復学した彼にかけた電話口からは、飲み会の賑やかな声が聞こえていたりした。

静香は将来に対する展望は何もなく、エステにネイルに買い物と、目の前の快楽に身を委ねる暮らしを長いこと続けていた。

心が満たされたことは、ただの一度も無かった。





そして物語は、次の年からもう一度動き出す。

彼らの抱えた絶望が、その出口を探す新しいステージへと。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<亮と静香>高校時代(4)でした。

とりあえず亮と静香の過去の話はここで一区切りおきます。

肝心の亮が手をケガする事件がまだ明らかになっていないので、

それ以前の所までを記事にしたところでの一区切りとなりました。

また本家版で過去が明らかになれば折を見て記事を書きますので、ご了承下さいませ。


さて、次回からはいよいよ雪が3年生、淳が4年生の年度の話になります。

新章もまた変わらずお付き合い頂ければ嬉しいです~☆


人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ

<亮と静香>高校時代(3)ーピアノ君の心情ー

2013-07-13 01:00:00 | 河村姉弟1<幼少期~本当の家族>
淳と静香は中庭のベンチに並んで座っていた。



静かな所で穏やかに、淳は静香の進路についての話をした。

「とにかく静香も自分の人生とか将来のこと、真剣に考えてごらん。亮ともケンカせずに、

あいつの話も聞いてやって」




静香は少し考えた後、淳はどうしたらいいと思うかと聞いてきた。

君の進路は君が決めるべきだと淳はハッキリ言った。

青田家が静香を支援するにしても、その方向性は静香が決めなければならないことだからだ。

「静香の人生に関する問題なんだよ。自分で決めなくちゃ。な?」



その真剣な眼差しに、静香は笑みが溢れた。

「淳に時々こうやって冷たく言われるの大好き!変に同情しないんだもん」



その不幸な境遇から、周りの人々から哀れまれ、同情されることが常だった彼女にとって、

淳は色眼鏡無しで見てくれる大事な存在だった。そんな静香に向かって、淳は優しく言葉を紡ぐ。

「静香のそういうとこ、面白いと思ってるよ。気に入ってる」



静香は淳に自分の腕を絡ませながらハートを飛ばす。

「え~他のとこも気に入ってよぉ」 「はは‥それはどうかな」



静香は上目遣いをしながら、淳の顔を見つめて言葉を続けた。

「正直なとこさぁ、あたしらのこと‥ウザいと思ってんでしょ?

居候のくせに問題は起こすわ態度は大きいわ‥」




淳はゆるゆると静香の腕を解きながら、笑顔を浮かべてこう言う。

「二人のそういうところが気に入ってるよ」



そして淳は付け加えた。

「今のところは、」



と。



亮と淳もまた特別な間柄だった。



いつも孤高な淳に唯一気安く接する亮は、他とは一線を画した存在に見えた。

なんだかんだ言っても静香の心配をする亮と淳は、傍から見ると家族のようでもあった。



教室では今日も淳が人々に囲まれている。



その群れから少し離れた所で、ピアノ科専攻の男子生徒がその様子を見ていた。



彼は、昨日母親から言われたことを思い出していた。


そうだよ、青田会長だ。今回その方がお前を支援して下さるんだ。これでピアノを続ける事が出来るよ。



この恩は決して忘れちゃいけないよ。いつも感謝して努力し続けなさいね。

学校では青田会長の息子さんとも仲良くするんだよ。


彼は淳を中心に集っている群衆を見て、サバンナの動物のようだと感じていた。



孤高なライオンの周りを、様々な動物が囲んでいる。

彼はハイエナの群れを押しのけてでも、ライオンに話しかけようと意を決して声を出した。



淳は一瞬彼の方を向いたが、次の瞬間、男子学生は後ろから強い力で引っ張られた。

振り返ると、河村亮だった。



そのまま亮は彼を引きずって行った。売店に行くぞと言いながら。




買ったパンを持って非常階段に座ると、亮は彼と話を始めた。

高校3年になってもピアノ専攻をしている男子生徒は、亮と彼くらいだった。

しかし彼らは今まで一度もこうして話をしたことが無かったのだ。



仲良くなったところでライバルではあるが、改めてよろしくと亮は言った。

彼が名前を言わないので、亮は彼を「ピアノ」と呼び続けていたが。


ピアノ君は無邪気にパンに齧り付く亮を、じっとりとした視線で睨んだ。



いつも脚光を浴びている奴は、自分に当たる光が強すぎて周りが見えない。

こうして彼をずっと見ていたのに、おそらく亮はまるで気が付かなかったのだろう。


ピアノ君は目を伏せたが、気になることがあって亮に話しかけた。

「‥君はどうやって、青田君と親しくなったの?」



それを聞いた亮は、青筋を立てながらウンザリして言った。

「マジかよ!お前までそれ聞くのか?!気になってんなら自分で話かけろよ!」



亮はいつも自分を苛つかせる質問に対して、冷たく突き放した。

ピアノ君は目を丸くしている。

「普通に!」



「ただ普通に話しかけりゃいーんだよ!難しくなんてねーだろ?」



亮は他者を冷たく突き放す。話しかけたくても話しかけられないその葛藤を知ろうともせずに。

手に持った牛乳パックが、その圧力でへこんで行く‥。





ピアノ科の練習室では、ピアノ君がショパンのノクターンを弾いているところだった。



すると後ろから女連れの河村亮が話しかけて来た。

ショパンのノクターンはつまらないと言いながら。



シューベルトの方が良いと亮が言うと、後ろにいる女がどっちも同じに聞こえると言った。

「違ぇよ? 聴いてみて」



亮が鍵盤を叩くと、急に世界に色がついたようになった。

色鮮やかに響くシューベルト。

粗野に見える彼が奏でる音色は、不思議なほど繊細だった。




ピアノ君は席を立った。突然の彼の行動に亮は首を捻ったが、続けてされた女の子からの質問に、気安く答えた。

「ねぇ亮、聞きたいんだけど」

「何?」



「なんでそんなに上手にピアノが弾けるの?」

「え?質問ってそれ?」

亮は笑っていた。そして軽く答えた。

「普通に弾きゃあいいんだよ。普通に弾きゃあ」



何も躊躇わず、何の苦労も感じさせない表情で。

「普通」というフレーズが、耳に障る。



歪んだ牛乳パックは、高く振り上げられた。



場所は非常階段。

再び亮が彼を誘ってここに来たのだ。

亮の後ろで、彼がその歪んだ気持ちを今にもぶつけようとしていた。



それに気が付かない亮は、ぶつぶつと淳について周りから聞かれることについてまた文句を言っていた。

仲間同士つるんで固まって学校生活を送ることに辟易していた亮は、

同じ芸術家同士として、ピアノ君を振り返ってその是非を問うた。



振り上げられた手は、もう元に戻されていた。

青田淳の名前が、彼の衝動を止めた。


ピアノ君は何も言わなかったが、亮はいつも一人で居る彼を嫌ってはいなかった。



そしていつも人に囲まれる淳のことを、疲れる生き方だと言った。

常にヘラヘラ笑ってるマヌケ、とも。

「まぁなんだかんだ言っても、淳も俺と居る時が一番気楽なんじゃね」



そう言って笑う亮に、ピアノ君は何も言わなかった。

しかし淀んだ気持ちが、その瞳の中を揺蕩っていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<亮と静香>高校時代(3)でした。

ピアノ君が弾いていたショパンのノクターンはこれかな?
辻井伸行 / ノクターン 第8番 変ニ長調 作品27の2


亮が弾いていたシューベルトはピアノソナタかな?
彼が弾くと空気が色付くみたいなので、ピアノソナタ「幻想」より。

シューベルト/ピアノ・ソナタ第18番「幻想」 第1楽章,D894,Op.78/今井顕


漫画に音楽が付くとまた違った印象を持てて、個人的にはとても好きです。
以前の「テンボル」も然り‥(笑)


<亮と静香>高校時代(4)へと続きます。


人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ


<亮と静香>高校時代(2)ー天才と凡人ー

2013-07-12 01:00:00 | 河村姉弟1<幼少期~本当の家族>
その指が鍵盤の上に置かれると、世界は色を変えた。




その世界に没頭していくように、彼は音階の中へと沈み込んで行く。



ピアノそのものがオーケストラである、という言葉がある。

彼がピアノを弾くと多彩な音が満ち、聴衆はその音色に心を惹き付けられた。




ピアノ専攻の男子生徒が、亮の後ろで譜面を指でなぞっている。



河村亮を天才と崇める声が、どこからともなく聞こえてくる中で。




滑らかに続く音の洪水。

その鮮やかな指の動きに、男子生徒は拳をきつく握り締めた。




亮は、練習室の外に先生が来ていることに気がついた。



亮の先生は年配でメガネを掛けている方だが、今日は一人客を連れていた。

彼は亮のピアノを聞いて、その才能に舌を巻いた。先生の亮に対する意欲に、頼もしさを感じながら。



亮は二人に挨拶を済ませると、ピアノ科の男子生徒が座っている椅子を、彼をどかせて二人の為に用意した。



周りの生徒達が、先生が連れてきた客はTVに出てた有名な先生だとヒソヒソ話すのが聞こえる。



男子生徒は、その様子をじっと見つめていた。

さすが河村亮、というその賛辞を聞きながら。







その頃美術室では、新入生たちがお喋りをしながら部屋の掃除をしていた。



一人が落ちている絵を踏んでしまい、それを拾い上げた。



失敗作だろうから捨てとこうか、と二人が絵を見て言っていると、

その後ろから河村静香が声を掛けた。



静香はなぜ絵を捨てるのかと聞いた。

新入生たちは今日は焼却日ですからと答える。



もう一度静香は聞く。なぜその絵を捨てるのかと。

新入生の一人は、失敗作だろうから捨てようかと思ったと答えた。

静香は新入生から絵を取ると、それを彼女達の目の前にかざした。

「それじゃ、この絵のどこがダメなのか教えてくれる?」



新入生たちは最初こそおずおずと静香の表情を窺っていたが、彼女が笑顔を浮かべると忌憚のない意見を述べ始めた。

「うーん、どこって‥。一箇所だけ指摘出来ないよね」

「これって新入生の絵だよね?」



「新入生でもないでしょ、中学生とか小学生の絵みたいだもん」

彼女らは無邪気に笑った。

その絵を描いた作者が目の前に居るとも知らずに。









亮が職員室へと走って行くと、静香が頬を抑えて泣く新入生の前で正座させられていた。

彼女がこういった暴力事件を起こすことは珍しくないらしく、

周りの教員達は、また河村静香かと溜息を吐きながらその様子を見ていた。






悪びれる様子の無い静香は、下校時間になっても亮からの小言を延々聞かされた。

「お前は一体何やってんだよ?!一年入学遅らせて入ったと思えば事件ばっかり起こしやがって!

青田会長にはまた何て弁解すりゃいいんだよ!」




これまでの素行不良から、静香はもう一度呼び出しをくらえば停学という所まで来ていた。

亮は年子の姉に対して、こんなことじゃオレの方が早く卒業するかもなとガミガミ言った。



静香は亮と同じトーンで言い返そうとしたが、隣に居る淳を気にして甘える口調で言い訳する。

「だ~ってあの子たちが先にヒドイこと言ったんだもん!会長が支援してくれるから頑張って描いてるのに、

あんなこと言われてさぁ。マジ傷ついたよ~」




静香は淳の腕に自分のそれを絡め、鼻にかかる声で泣き事を言った。

「周りの子達もマジでムカつくし、絵とかもう色々全部辞めたいよぉ」



淳が見ている横で、静香は溜息を吐いた。

しかし次の瞬間亮は、その甘え事をバッサリ斬った。

「それじゃもう辞めちまえ」



その言葉に、静香は息を飲んだ。

「良い成績を取れるわけでもなし、毎日非難される、事件は起こす。奨学金も一度も受けられない」



オレがお前だったらとっくに辞めてると亮は言った。なぜストレスを溜めてまで続けているんだと。

後から後から出てくる不満を、亮は述べ続けた。途中淳が彼を止めようとしたが、鬱憤の溜まっていた亮の小言は続いた。

「お前が騒ぎを起こす度に、どれだけオレの練習の妨げになってると思ってんの?

会長もお前見てんの恥ずかしいと思うぜ。お前はそれでいいわけ?」




静香はさすがに言い返した。

「あたしだって好きで事件ばっかり起こしてるわけじゃない!

あの絵をあたしがどれだけ頑張って描いたか知ってんの?!」




静香はチラッと淳を見ると、その大きな黒い瞳と目が合った。

頬を染めて目を逸らした静香を、亮が見て合点がいったという顔をした。

「‥はいはいはい、そういうこと?家に閉じこもって何を熱心に描いてるかと思ったら‥」



「あれ淳の絵?」

赤くなり俯いた静香に、亮は笑いを堪えきれなかった。

あのピカソみたいな絵が淳だって?!とゲラゲラ笑いながら嘲った。



般若のような顔で亮を睨む静香に気付いた淳は彼を止めようとしたが、

亮の笑いは止まらなかった。



そしてまだ笑いを引きずりながら、淳にある質問をした。

「この際だから聞くけど、お前はぶっちゃけどうよ?静香に絵の才能があると思うか?」



淳は目を丸くし、静香はたじろいだ。

しかし淳はにこやかに答えた。

「‥俺は絵のことはよく分からないけど、上手いと思うよ?」



その答えを聞いて、亮は呆れた口調で言った。

「あ~あ、またお世辞かよ!」



亮の言葉に、淳は虚を突かれた顔をした。

「俺が気付かないとでも思ったか?お前とどんだけ一緒に過ごしてきたと思ってんだよ。

お前よく人を褒めっけど、口先ばっかのくせに」




「じゃあなんで最初っから言わねーんだよ?静香の絵は上手いって。

”絵のことはよく分からない”なんて前置きナシでよ」


淳は言い返せなかった。

遠慮無く要点を突いてくる亮の言葉は鋭く、そして本質を突いていた。

褒めるとつけあがるから、ほどほどにしてくれと淳を諌めた後、その矛先をやはり静香に向けた。


「どう見ても才能ねーよ。なのに留学するだの個展を開くだのデカイことばっか言いやがってよぉ」



「もうちょっと現実ってもんを見て‥」

そこまで言ったところで、亮の後頭部に衝撃が走った。







そのまま静香は亮の背中を蹴り、激しく転んだ亮の頬を殴った。

止めようとする淳の腕を振り払って、馬乗りになって亮の胸ぐらを掴んだ。

「ふざけんじゃねーよ。いつかあんたがピアノ弾いてる時、

いきなり蓋を閉じてその指全部折っちゃうかもしれないわよ」




静香は瞬きもせずに弟の目を見つめて言った。



そして手を離すと、踵を返して去って行った。

残された亮は、あっけに取られながらも彼女を罵倒した。淳は溜息を吐きながらも亮に手を貸しその身を起こすと、

彼の発言の酷さを指摘した。静香は優しく言い聞かせれば聞く子だよと。

しかし殴られた悔しさも相まって、亮の怒りは治まらない。



「あいつが1番取るくらい実力がありゃこんなこと言わねーよ!

もう高3なのに、金かけてもかけてもあんなレベルじゃどうしようもねーだろ!」




亮は殴られた頬を撫でながら、淳とそのまま帰路を歩いた。

容貌の優れた二人が並んで歩く様子は絵になり、仲睦まじくも見えた。


その様子をピアノ科の男子学生が、窓からじっと見ていた。





この後彼は亮と目が合ったが、お互いすぐに逸らした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<亮と静香>高校時代(3)へ続きます。



人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ