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Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

続いていく関係

2013-11-23 01:00:00 | 雪3年2部(聡美父病院後~遠藤負傷)
「チキショー!」



再び横山は去って行った。殴られた頬を抑えながら。

「ったくよぉ!」



路地裏では、大声を出した亮が怒りのあまり肩で息をしながら、その後姿を見送っていた。

そして亮は雪の方へ振り返ると、彼女に向かって問いかけた。

「おいダメージヘアー、さっきの何の話だ?」



亮の質問に、雪は俯きながら「何でもありません」と答えた。

しかし当然亮は納得出来ない。淳の名前が出たので尚更だ。



「何でもねぇのになんでアイツに絡まれんだよ?もしやアレか?ストーカーってやつか?」

「もう過ぎたことですから‥」

「過ぎたことだったら、何で今さらこんな目にあってんだよ!」

「淳のせいで絡まれてんだろ?」 



雪は亮のその言葉を、咄嗟に否定出来なかった。

「別に‥深く関わってるわけじゃないですから‥」と、言葉を濁すのがせいぜいだった。



亮はそんな彼女の様子を見ていると、心の中に靄がかかっていくような気分になった。

頭の中に幾つもの疑問が浮かび上がる。

淳の奴、今回はマジみてぇだったけど‥。

まさかアイツ、ダメージヘアーのこと本気で好きなワケじゃなかったのか?




先ほどの男は雪に向かって、どうせ青田に泣かされて終わる、というようなことを言っていた。

亮はその意味が分からず、なぜそうなるのか理解出来ず、彼女に向かって訝しげな表情を浮かべた。



その視線に、雪はますます俯いてしまう。

そんな彼女を見て、亮は言葉にならないところを推測した。

おそらく自分の知らないところで、淳と雪の間には”何か”があったのだ。



その”何か”が綻びを作り出し、先ほどの男のような厄介なものを生んだ。そう考えるのが正しいだろう。

そして亮は、先ほど雪が言った言葉が引っかかっていた。

深く関わっているわけじゃないですから‥



亮の脳裏に、大勢の人の中に紛れる青田淳のイメージが浮かび上がった。

その中心にいるようで、いつもスルリと姿を消す彼の姿が。

そうだろうな。あいつは常に自分の姿は現さない‥



闇に紛れる狐のように、彼は自らの証拠は残さず目的を達成する。

うやむやになった自分の過去が、その傷が、置いてけぼりになっていつまでも疼く‥。







「はぁ‥。一体何をやらかしたのか知らねぇけど」



亮は溜息を吐くと、そう前置きをして言葉を続けた。

「とにかく、マジで気をつけた方がいい」



「今は仲良くやってるかもしんねぇけど、目に見えるものが全てじゃねぇ」

雪は亮が口にする言葉を、その真意が飲み込めないままただ聞いていた。



しかし亮はそんな雪の反応には構わず静かに、そして慎重に言葉を選んで続けた。

「オレが言ったこと忘れんなよ。お前を特別扱いするほど気をつけろって言ったよな」



それと、と亮は逃げて行った横山のことを口にした。

左手の親指を彼の走り去って行った方向へ向け、言葉を続ける。

「ああいう被害妄想の塊にも気をつけるんだな。まさにああいう奴らこそが、淳のエサになるんだ」



「奴らを思い通りに動かすくらい、淳にとっては朝飯前だ」



亮の中の”青田淳”が、黒い服を着て佇んでいる。

自らの手を下さず、扱い易い人間を操り、事を成す。

その隠された本性に気をつけろと、亮は雪に警告したのだ。




ふと、左の手の甲が痛んだ。亮は血の滲んだ拳に気がつくと、雪に見えないように下に降ろした。

「とにかく、そういうことだ!」



雪の心の中には、複雑な想いが渦巻いていた。

脳裏に浮かぶのは、普段着で優しく微笑む青田先輩の姿だった。



先輩との関係は、雪なりに色々考えて考えて折り合いをつけたのが、今の状態だった。

横山と亮から投げかけられた彼への不信に、雪の心がさざめき始める。




雪が少し俯くと、ふと亮の左手が目に入った。

手の甲に、少し血が滲んでいる。

  

亮はそんな雪の視線に気がつくと、明後日の方向を見ながら咳払いをし、左手をポケットに入れた。



雪はポリポリと頭を掻いた後、少し決まり悪そうに口を開いた。

バンソコウを買いに行きましょう、と。



ぎこちなく言葉を続ける雪に、亮が目を丸くする。



「だからその‥手‥。私のせいで怪我させちゃったし、

正直、ちょっとスッキリさせてもらったし‥。

とにかく‥」




「助けてくれて、ありがとうございました」








コトン、と亮の心の中で音がした。

それは彼女との関係の末尾に置かれたピリオドが、転がってコンマに変わる音だった。

白紙だったその先に、再び五線譜が続いていく。




照れくさそうに笑う雪の前で、亮は暫し固まった。



しかし彼女が亮を窺い見ると、次の瞬間亮はニヤッと笑った。

「おいおいダメージヘア~!オレはそんな気なかったのに、何でいつもオレを借金取りにさせるかな~?」



しまった、と思ったが時既に遅し‥。

ウリウリと亮が雪に向かって近寄り、雪は早足で路地裏を出る。

「一体何回メシをおごってもらえばいいんだろーな?すっかり返済するまでは長くかかりそうだなぁ?」



またもやメシおごれ隊、亮隊長のお出ましだ。

亮隊長は、恩は受けただけ返すのが人としての努めだと力説する。

それでこそ来世でまた人間として生まれ出ることが出来ると、輪廻転生の教えを解いて下さった‥。



亮隊長は、横山から実際訴えられた時はきちんと証言するように、と釘を刺すのも忘れなかった。

雪はハイハイと返事をしながら、塾への道を急いで歩いた。

二人はそうして続いていく道を、並んで歩いて行った。



「お前歩くの早くね?」 「わざとです!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<続いていく関係>でした。

以前2部20話で亮が「サイの角のように独り歩め」と言っていたこと↓と、



今回の輪廻転生を説くところを見ると、どうやら亮は仏教徒のようですね。

なかなか学のある男です、河村亮。


次回は<Sympathy>です。

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彼、再び退場

2013-11-22 01:00:00 | 雪3年2部(聡美父病院後~遠藤負傷)


突然現れた亮を見て、雪は息を飲んだ。

怒りと恐怖でガチガチになった心が、彼の顔を見て綻ぶ。

亮は先程から、雪に絡んでいる男が彼女を罵倒するのを聞いて、苛立っていた。

しかしそれと同等に、そんな男と関わっている雪にも腹が立っていた。



付き合ってる奴‥青田淳は狐野郎だし、目の前に倒れこんだ男は胡散臭い。

おかしな奴とばかり付き合うなと言う亮に、ようやく起き上がった横山が食って掛かる。

「てんめぇ!」



しかし顔を上げた横山はギョッとした。

相手はデカイ外国人で、しかも凄まじい形相をして横山を睨んでいる‥。



その強面度の高さに、思わず雪も冷や汗をかいて黙り込む。

亮を前にして幾分怯んだ横山だが、それでも弱々しく彼を非難し始めた。

「なんだお前‥いきなり人の背中に蹴り入れやがって‥」



ブツブツと言葉を続ける横山に、亮は溜息を吐いてみせる。

目の前の男は見るからに弱々しい。亮には余裕があった。

「そういうテメーは道端で女引き止めてピーピーピーピー。見るからに姑息そ~。

このダサ男をどうしましょっかね~」




亮は軽い調子で、横山に向かって片目を瞑る。

そのちゃらけた態度に、横山は逆上した。

「んだと?!この卑怯ヤンキー野郎が!」そう彼は声を荒げ、拳を握った。



しかし亮は冷静だった。

喧嘩の場数を踏んできている亮は、この先に起こる出来事を予測し、自分がどう振る舞うのが一番良いか計算していた。

殴られてやるか?避けるか? 怪我したフリして十万くらい騙し取ってやるか‥



しかしふと心が反応し、隣に居る雪の姿が目に入った。

このまま殴られることに、本能的な躊躇いを感じる。



結局考えがまとまる前に、横山の拳が亮に向かって振るわれた。

亮は咄嗟に手が動き、彼の拳を振り払う。



横山にとって、思わぬ出来事だった。

横山は痛みに顔を歪めながら、そのままたたらを踏んで壁に叩きつけられた。

亮の予想外の強さに、思わず顔が青ざめる。



亮は全く話にならない、とばかりに溜息を吐き、ポケットに手を突っ込んだ。

「細身のくせにどんだけ鈍いんだよ。わざと殴られてやろうとも考えたけど、ムカついてな」



呆れたように横山を見下ろす亮の隣で、

彼を睨む雪の姿があった。



その目つき(それはまるで虫を見るような目つきだった)に、横山の苛立ちが爆発する。

「全く大した女だぜ。福井に青田に‥次は外国人までそそのかしやがって」



雪が、そして亮が制止しようとするも、もう横山の口は止まらなかった。

罵詈雑言が炸裂する。

「知れば知るほど汚ぇ女だぜ。オレが色んな女に言い寄ってるだの何だのって、

くだらない説教してたくせによぉ!お前こそあっちこっち尻尾降りやがって、この尻軽‥」




そこまで言ったところで、亮の堪忍袋の緒が切れた。

ガシッと後ろから横山の首根っこを掴み引き寄せると、左手で力いっぱい殴りつける。



横山はそのまま地面に転がり、暫く蹲ったまま震えていた。

雪は両手を組み合わせたまま、顔面蒼白で事の成り行きを静観している。



しかしこれだけでは終わらなかった。

亮は再び横山を引っ張り上げると、首を持ったまま壁に押し付けた。絞り出すような低い声を発する。

「てめぇこの野郎‥お前みたいな野郎、よ~く知ってるぜ」



亮の脳裏に、暗く沈んだ記憶が蘇ってくる。

その忌々しい記憶を噛みしめるように、亮は一言一言に憎しみを込めて言った。

「エゴイズムの塊で、自分が世界で一番可哀想だと思っていて」



「自分には何一つ非は無く、全て他人のせいだ‥!」




絶望の淵で見上げた”ピアノ君”は嗤っていた。あのニヤついた口元‥。

目の前の横山に、彼の面影が重なる。

首元を掴んだ手に力が入り、亮の手の甲に血管が浮き出た。

「そうだよ、てめぇみてぇな野郎のことだよ!人生思い通りにいかねーからって、

女とっ捕まえて言い掛かりつけてるてめぇみてぇな奴は、言葉じゃ通じねぇ」




「痛い目見ねぇと分かんねぇか」



瞳の奥に、憎しみの炎が揺れる。

そのままもう一度亮は拳を振り上げ、横山が恐ろしさに息を飲んだ。



雪が止めに入ろうとしたが、亮の拳は横山に向かって振るわれた。

否、横山の顔面15センチ横の壁に、その拳はめり込んだ。



怯えて肩を震わせる横山に、亮がクックックと可笑しそうに笑う。

雪は終始戸惑いっぱなしだ。



亮が「ビビってやんの」と馬鹿にしたように言うと、

横山はカッと赤面した。未だ腰が抜けているのか、咄嗟に立ち上がることも出来ない。

  

さっさと失せろ、と言って亮が横山を軽く蹴る。

横山は屈辱的な表情をしたまま、その場から駆け出そうとした。



しかし雪の方を振り返ると、最後に捨て台詞と言わんばかりに声を荒げた。

「今度こそ訴えてやるからな!示談もクソも無ぇと思いやがれ!」



横山の口から「訴える」という言葉が出て来たことで、亮が若干ギクリとして冷や汗をかいた。



しかし雪の方はというと、その呆れた物言いにとうとう堪忍袋の緒が切れた。

溢れんばかりの怒りに、亮も目を丸くする。

「やれるもんならやってみなさいよ!こっちだって黙っちゃいないんだから!

録音機!信じようが信じまいが、勝手にすればいいわ!」




雪の怒気とその言葉に、若干横山は怯んだ。

しかし続けて「あの録音機はオレが既に‥」と居直りを口にしかけたところで、

雪が畳み掛けるように口を開く。

「あと、訴えるですって? もし二人が警察署に行くなら、私が証言するから」



この脅しが通用するかどうかは分からないが、雪は表情を緩めず強い口調で彼を責め続けた。

「もしそんなことしたらあんたが去年ストーカーしたことも、

この期に及んで脅迫までしたことも全部証言するから!それとこの状況が正当防衛だってこともね!」




そして雪は、とどめの一撃を食らわせた。

「どっちの言い分が正しいか知りたいなら、一度試してみればいいわ」





  

キリキリとした緊張の糸が、二人の間に張り詰められた。

横山は信じるだろうか? 雪のハッタリに近い先ほどの話を。

祈るような気持ちで、雪は彼の出方を見た。お願いだから、騙されてくれ‥!







「あーあーそうかよ!せいぜい今を楽しむんだな!」



やった、と雪は思った。

先ほどの話が通用したのだ。表情には出さないように、雪は心の中でガッツポーズを決めた。



無礼にも人差し指で雪の方を指しながら、尚も横山は言葉を続けた。

「どうせすぐに青田の野郎に泣かされて終わるんだ!アレが本気なワケねーだろ!

去年オレにお前を勧めたんだぜ?!」




横山の言葉に、亮の顔色が変わる。

淳の名前と穏やかではない事情の断片が言及されたことで、亮は訝しげな表情を浮かべた。



そして実は雪も、横山の言葉に反応していた。

去年拭っても消えなかった先輩への不信が、再び顔を出す‥。



横山は狡そうな表情をしながら、言葉を続けた。

「健太先輩だって、前みたいにお前をかわいがってくれると思うか?

新学期が始まるのが楽しみだなぁ?ああ?」




ネチネチとまだ続けようとする横山に、亮が耐え切れずに声を荒げた。

「失せるならさっさと失せやがれ!野郎のくせにしつけーんだよ!!」



「どうせ通報されんならこの際全身ギッタギタにしてやってもいいんだぞ?!おととい来やがれ!!」

そう言って腕まくりをしながら近寄る亮に、恐れおののいて横山は路地裏から走り出た。



チキショウ、と言い捨てて走り去って行く横山の後ろ姿を、

SKK学院塾に通う男子学生たちが目撃し、ニヤニヤと嗤いながら噂話に興じた。

  



そうして再び横山は去って行った。

雪の心に不穏な影を残しつつ、来学期に降りかかる災難を匂わせて‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<彼、再び退場>でした。

亮の場慣れ感が頼もしい!又斗内との時はわざと殴られて慰謝料を請求したのに、

今回は雪を守る意識が働いて戦った亮!ブラボー!


次回は<続いていく関係>です。

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彼、再び登場

2013-11-21 01:00:00 | 雪3年2部(聡美父病院後~遠藤負傷)


学院塾へと向かう道すがら、雪はコンビニにて買い物をしていた。

頭の中では、昨日露店にて先輩が欲しがっていた腕時計のことが浮かぶ。



んー‥あの時計六千円くらいだったよな‥



雪は時計収集が趣味だという先輩に、あの腕時計を贈ることに決めた。

値段もプレゼントとしてはちょうど良いし、何より先輩が欲しがっていたし。




雪はその後ドリンク類が置いてある棚を見やって、カフェラテを探した。

棚に乗っているそれは最後の一個だったのだが、雪がそれを手に取ろうと近寄ると、僅差で他の人に取られてしまった。



雪は残念な気持ちでカフェラテを取ったその人の後ろ姿を眺めた。

するとその姿が、記憶の中の彼の姿に重なった。







横山翔‥。


雪は全身に鳥肌が立つのを感じて、思わず棚の後ろに隠れた。

その咄嗟の動きが目の端に映ったのか、横山がパッと後ろを振り向いた。



横山は、壁上方に掛かったミラー越しに蹲った彼女を見た。

しかし気づかぬフリをして、会計を済ませると何食わぬ顔で店を出る。



雪は彼が店を出るまで、その場に蹲ったまま動けずに居た。

なぜ横山がここにいるのだろう、その思いで頭の中はパニックだ。



チリン、とドアが閉まる音を聞いてから、雪はコソコソと棚の後ろから出て窓の外を窺った。

姿が見えないのを確認すると店を出て、辺りを見回しながら小走りする。

なんで横山がここに‥。まさかこの近所の塾に通ってるとか?どの塾?



偶然鉢合わせしたらどうしようと、雪の心はザワザワした。

とりあえず裏道から回ろう、と路地裏に入った時だった。

「赤山?」



彼は雪が人気の無い道に入るのを確認して、声を掛けた。

おそるおそる振り向く彼女に、笑顔を向ける。

「さっき鏡に映ってんの見て、そうじゃないかと思ってたんだよ。あったり~」



固まる雪に、横山はじわりじわりと近寄った。

この辺の塾にでも行ってんのか?と推測を口にしながら。

「マジ?オレもなんだよ。すっげー偶然じゃね?」



変に勘の鋭い横山が、図星な点を突いて来る。

雪は咄嗟の出来事に戸惑うばかりで、何も言えずに固まってしまう。

ニヤニヤと笑いながら近づく横山に、雪が一歩二歩と後ずさりする。



気楽に話せよ、と軽い口調で言う横山に、雪はそっぽを向いて言い捨てた。

「あんたと話すことなんて無いし!」



雪の冷たい態度に、横山は目を丸くした。

しかし「ったく相変わらずお堅い女だな~。ほどほどにしろよな~寂しいだろ~」と言って、

相変わらず雪に近寄ろうとする。



すると横山の後ろを、SKK学院塾の外国人講師ご一行が通りかかった。

講師の一人が雪に気づく。

「Hey,Thomas! Your friend! アナタノトモダチ、アソコ、アナタノトモダチ」



亮が講師の指し示す方向を見ると、赤山雪が男と二人で居るのが見えた。

知らない男だ。

「‥‥‥‥」



後方で講師たちが、亮が雪にフラれたらしいとクスクス笑いながら噂しているのだが、亮の耳には入らなかった。
(耳に入っても何を言っているのか分からなかっただろうが)

なぜなら雪の様子がおかしかったからだ。



明らかに嫌がっているように見える。

亮は心に引っかかるものを感じたが、やがて「知らねー」と言って背を向け、そのまま歩いて行った。



赤山雪のことは、もう自分とは関係ない。

互いに知らんふりをすると、そう決めたからだ‥。



亮が去ってからも、横山は雪に話しかけ続けていた。

「てかお前最近、青田先輩と仲良いらしーじゃん。先学期ずっと一緒にツルんでたんだって?」



もしかして付き合ってんのか、と横山が続ける。

雪はギクッと身を揺らした。彼はやはり変なところで勘が鋭い。



横山は大げさな身振りで雪に近づく。やれやれ、と首を横に振りながら。

「お前のためを思って言うけど、目を覚ませよな~。顔がいいからって何騙されてんだよ」



「オレもお前もあいつに散々やられたじゃんか。今さら何仲良くなんてなっちゃってんの?

あの先輩、マジイッちゃってるってのによぉ」




横山の言葉の真意が、雪にはよく飲み込めなかった。

彼への不信も相まって、先輩の悪口を言われたってとてもじゃないが信じられない。



しかし横山はそんな雪の表情にも怯まず、彼女に向かって手を伸ばした。

「なぁ、どっかカフェにでも入ってゆっくり‥」



スッと差し出された手に、雪は思わず怖気立った。

パシッとその手を振り払うと、彼に向かって声を荒げる。

「あんた頭大丈夫? どうして私に向かってカフェでも行こうなんて言葉が出てくるわけ?!

マジで気が知れない!」




雪の怒気に、横山は虚を突かれたような表情をしていた。

しかしやがて合点がいったのか、ポンと手を叩いて言った。

「ああ!この前のことまだ根に持ってんのか?もうそろそろ忘れろよな~。気の小せーヤツ!」



「大丈夫大丈夫!」そう言って横山はニヤニヤと笑う。

お前のことはもう何とも思ってないからお前も忘れろよ、と続ける。雪は開いた口が塞がらない‥。



横山はもう自分は来期から復学することだし、仲良くしようぜと図々しくも言った。

同情するような目つきで雪のことを見る。

「オレはお前が気の毒でしょーがねーんだよ。だから少しでもオレが力になれればと思ってよぉ」



「お前って奴はどうしてよりによって福井みたいな暴力男や、青田みたいな狐野郎とばっか‥。

男を見る目が無いなんてこの先が思いやられるぜ」




いけしゃあしゃあと言葉を続ける横山に、

雪は「いい加減にして!」と声を荒げた。しかし横山は怯まない。

「お前がマジで青田先輩と付き合ってるとしても、奴が本気だとは到底思えないね」



「去年のオレみたいに、色々そそのかされて煽られて終わりだっつーの。

お前、オレの二の舞いを演じるつもり?」




横山が意地悪く笑いながら、雪ににじり寄る。

「青田に特別扱いされて、まんまと騙されたんだろ?オレが女でも、最高に気分良いだろーな」



「でもあれが本気に見えるか?お前みたいな女のどこが良くて?こんな突然?

変だと思わなかったのか?」




酷い言葉の羅列、気持ちの悪い口調と態度。雪の体に鳥肌が立つ。

しかし咄嗟には言い返せず、あっちへ言ってと感情的に言うしか出来なかった。

なぜなら横山の言った言葉は、雪もまた心の底でいつも疑問に思っていたことだったからだ‥。






雪が鋭い目つきで横山を睨む。

彼への嫌悪感と去年植え付けられた恐怖感が、雪の全身を総毛立たせる。



その目つきに横山は苛立ち、人が忠告してやってるのに、と雪に詰め寄る。

しかし雪も負けていない。



そんなこと誰が頼んだのよ、と横山に食って掛かる。

「あんたの意見なんて聞きたくもなければ、あんたと話したくもない」と大声を出すと、

その勢いに気圧されたのか、横山は周りを気にする素振りを見せた。

「おいおいバカみたいに喚くなよ。誰かに見られたらどーすんだよ」



とにかく落ち着け、と横山は雪をなだめにかかった。

雪は相変わらずの横山の話の聞かなさ加減に辟易していたが、ここでキッパリ終わらせなければまた同じようなことが起こると思った。

「いい加減にして」と大声で言った後、一呼吸置いて言葉を続けた。

「学校始まってからも私の言うことを無視してデタラメ言ったら、録音したやつ全部バラすから!」



その台詞は、雪にとっての切り札だった。横山が口を開けて唖然としている。

しかし暫し二人の間に落ちた沈黙は、横山の高笑いによって吹き飛んだ。

「くははは!マジウケる。録音したやつ?あのふっるい音楽プレイヤーのこと?

オレ実際人に借りて録音してみたけど、何言ってんのか一つも聞き取れなかったぜ?」




ギクッとした。

雪の顔色が変わる。



横山の言っていることは正しかった。去年録音したあの音声は、実はまともに録れていないのだ‥。

「‥てか、お前マジうぜーんだけど。誰に向かって脅迫めいたことしてんの?」



今度は横山が雪を睨み、低い声ですごんできた。

雪が一歩二歩と後ずさりする。

「また福井の野郎でも呼んで殴らせるつもりかよ?やってみろよ。今度はオレだって黙ってねーぞ」



「オレもオレだよな、お前みたいなのに引っかかるなんてよ。大学生活が台無しだっつーの!

お前はツイてていーよなぁ。アイツをどうやってそそのかしたわけ?」




「大学通ってる時は男子とつるむことも出来ねーでダッサい‥」

ニヤつく横山が続けた雪への誹謗中傷は、中途半端なところで途切れた。

なぜなら後方から、彼は思わぬ衝撃を食らったからだった。



長い脚が、横山の背中を蹴った。

その衝撃に、横山が思い切り転ける。



雪が顔を上げると、凄い形相で彼を睨む男が居た。

「あ~‥ムカつく」



「耳が腐るぜ!」



それは雪の元へ舞い戻ってきた、河村亮だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<彼、再び登場>でした。

去年の横山と青田先輩とのやりとりを知って読むのと、知らないで読むのと印象の変わる回ですね。

しかし亮は、結構な距離を引き返して来たんでしょうね~!行こうか行かまいかモンモンとする亮、見たかった(^^)


次回は<彼、再び退場>です。笑

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手をつないで

2013-11-20 01:00:00 | 雪3年2部(聡美父病院後~遠藤負傷)


カフェを出てからも、先輩はまだご立腹だ。

老女ホームレス事件の翌日、彼なりに彼女を気遣ってした行動の意味が伝わっていなかった上に誤解されていたと、

先輩は雪に向かって愚痴るように言った。

「これからはもっと分かりやすく行動しなくちゃな。これじゃあ自分だけ損を見る」



「雪ちゃんは分かりやすい男が好きなんだね。よ~く分かったよ」

小さな子どものように拗ねる先輩に、雪は思わず白目だ。



フン、と口を尖らせて、彼が雪の方を見る。



ハハ、とその気まずさを紛らわすように、雪が彼に向かって笑いかける。



そして雪は、自分から彼に向かって手を伸ばした。

指先が触れて、手のひらが触れる。

  

手のひらと手のひらが重なったら、自然と互いにぎゅっと握り合った。

言葉は届かなくとも、体温が溶け合う。



彼が雪の方を見ると、

彼女は「ゴホン!」と咳払いをして上を向いた。



そのまま目を閉じてすましている彼女の横顔を見て、

先輩は思わず吹き出した。

「ぷははは!」



人目も気にせず大口を開けて笑う彼。

雪はそんな彼に、「どーぞ存分に笑って下さい」と若干やけっぱちで言った。

そんな彼女の姿に、先輩は目を細める。



「こんな可愛い面があったとはね」

「そう思うなら許して下さい」



「どうしようかな」

「またそうやってすぐ拗ねる」

「ええ?」


二人は手を繋ぎながら、あてもなく夜の街を歩調を合わせ歩いた。

途中、露店で売られているアクセサリを雪が手に取り、二人してふざけ合ったりした。



彼女が手に取ったマゼンタのカチューシャは、雪の柔らかく色素の薄い髪によく似合っていた。

先輩はそれをプレゼントし、彼女が嬉しそうに微笑む。



先輩はこういった露店を見るのは初めてなのか、終始物珍しそうに見て回っていた。

その中でとある腕時計が気に入ったのだが、店が現金のみの取り扱いだったため、彼はそれを買うことが出来なかった。







帰り道、二人はもう一度手を繋いで歩いた。

雪は先ほど露店で彼が興味深そうに腕時計を見て回っていたことを思い出して、質問した。

「時計集めが趣味なんですか?でもどうしていつも同じ物ばかり付けてるんですか?」



いつも彼の左腕に光る、ブルガリの腕時計。

先輩は時計を雪に見えるようにかざしながら、「母が初めて買ってくれた物なんだ」と言った。



先輩の話では、彼の母親は仕事で長く海外に滞在しているということだった。

だから尚の事よく身につけるようになった、という彼の言葉に、雪は納得して頷いた。

「大切な時計なんですね」   「まぁ、そうだね」

 

夏の夜の街を、二人は手を繋いで歩いた。

淳の左手には母親から贈られた大切な時計が、

そして彼の右手には、特別な存在の温かな手が握られていた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<手をつないで>でした。少し短い記事ですいません~~。


先輩の腕時計は、ブルガリ ソロテンポST35Sというモデルだそうです。



20万円くらいだとか。

雪ちゃんには手が届かない‥(T T)


次回は<彼、再び登場>です。

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解けていく誤解

2013-11-19 01:00:00 | 雪3年2部(聡美父病院後~遠藤負傷)
雪と淳は夕食を共にした後、カフェに移動した。

蒸し暑い夏の夜、アイスコーヒーの氷が溶けていく。



「だから、どちらかと言うと気まずい方なんで、河村氏のことはあまり気にしないで下さい‥」



雪は河村亮との関係について、先輩に報告しているところだった。

先輩は頷くと、その他に塾で何か困ったことはないかと続けて聞いた。



雪は少し考えた後、近藤みゆきのことを話し始めた。

「友達が一人出来たんですけど‥すごくいい子なんです。いい子なんですが、服装が独特というか‥」



「何を着ようと個人の自由なのに、周りの陰口が酷いんです‥」

その雪の話に、先輩が具体的にどういうことかと聞いた。

「例えば、」



そう言って、雪は一般論としての話を交えてみゆきのことを話した。

「露出の多い服装をしている女性=遊んでいる」という風に大抵の人が考えるように、

みゆきも塾の大多数の学生からそう思われている。それが雪は気になっているのだった。

「何も知らないのに見た目のせいであれこれ言われていて、

その子はもう慣れっこだって平然としているのも、どこかもどかしくて」




「実際に話してみたらすごくいい子なのに、皆が軽い気持ちで‥」

そう言って顔を上げた雪だが、目の前の先輩が何か含みのある表情をしているのが気になった。

ふぅん、と頬杖をつきながら相槌を打つ。



「どうかしましたか?」と雪が問うと、先輩は意味ありげに少し笑って言った。

「いやただ‥雪ちゃんとこういった話をするのって、少し不思議だなと思って」



ハハ、と笑う彼を前に、雪は頭に疑問符を浮かべた。

何だ? 何がおかしいんだろ?

皆がみゆきちゃんのことを勝手に判断してる状況が嫌だってことだけなのに‥




ふと、記憶の断片にその思いが突き刺さった。

勝手に判断して



嘲笑って‥

陰口を囁くみゆきの周りの人達と、同じ表情をしている自分が記憶の中にいた。

そして記憶の中の自分が偏見を持って見つめた相手は、他でもない目の前に居る先輩なのだ‥。



雪はそれ以上何も言えず俯いた。

そんな彼女を見て、先輩は口元を緩める。



彼はテーブルに置かれた雪の手を握った。

大丈夫、と静かに言いながら。

「そんな気にすることないよ。何も心配しなくていい」



「何もね」



雑念の多い雪の頭の中を見透かすように、彼はそう言って幾分強く手を握る。

雪はその彼の言動に幾らか落ち着かない気分になったが、続けてされた質問の方が大きく心を揺らした。

「それより聞きたいことがあるんだ。

この前ボランティアに行った日、雪ちゃんの態度がどこかおかしかったように感じたんだけど‥何かあった?」




気になって、と続ける先輩に、雪は口を開きかける。

「あ‥」



雪は迷った。

過ぎ去ったことを言及するのは止めにしようと、もう全て忘れようと決めたものの、

やはり自覚した寂しさを消し去ることは出来ない。こんな気持ちを溜め込んでおくよりは、吐き出した方がいいのかもしれない‥。

「実は‥」



先輩から言い出してくれたのは、いいチャンスなのかもしれない。

雪は、先日事務室に平井和美が訪ねて来たことを口にした。






彼女の告白‥去年起こった老女ホームレス事件について、雪は恐る恐る口にした。

黙って話を聞いている先輩の顔を、怖怖と見つめながら。

「和美が‥先輩にホームレスが侵入したって知らせたのにも関わらず、

そのまま行っちゃったって‥聞いて‥」




雪は実際その場面を見たわけではない。

しかしその冷淡な横顔も、無下に背けられる背中も、容易に想像出来るような気がした。

雪は、思わず俯いてしまう‥。



先輩は冷静に、「平井がそう言ってたの?」と彼女に確認した。

雪は肯定する。



しかし彼女は顔を上げ、若干焦りながらの弁解を始めた。

勿論先輩を恨んでいるということではないし、結局は和美が引き起こした事件だから先輩は関係ないですから、と。



でも、と雪は言葉を続ける。

過去のことはしょうがないが、現在のことはやはり捨て置けない。

「でも‥今は付き合ってる仲だし、そういう話聞くと変に寂しくなっちゃって‥」



そう言って俯く雪を、淳は目を丸くして見つめていた。

そしてもう一度顔を上げて弁解しようとする彼女に、淳は真実を告げた。

 「俺が警備員を呼んだんだ」




へっ



今度は雪が目を丸くする番だった。

突然告白された真実に、口を開けたまま固まる。





先輩は一つ息を吐くと、彼が体験した事の顛末を詳細に話し始めた。

平井和美からホームレスをけしかけた旨を聞いた後、警備員を呼んで駆けつけるよう頼んだこと。

他の学生にも被害が及ばぬよう、自分は他の階も見て回ったこと‥。

「その次の日‥」




そして彼は、翌日の自販機の前で雪と会話した時の話も始めた。

「ひょっとしてあの事件のことで傷ついていないか心配になって声を掛けたけど、」



「雪ちゃんはツナ缶で切ったって答えた‥」

変な噂が流れても困るからわざと隠しているのだと思った、と彼は言った。

だから雪のその嘘に、騙されてやることにしたんだと。



彼の大きな手が、雪の傷ついた手のひらを撫でる。

雪は事の真相を知って、幾分戸惑っていた。脳裏に自販機の前での会話が蘇ってくる。


雪ちゃん‥転ぶわ手ぇ切るわ‥

 

あの時、雪は彼の表情を見てこう思ったはずだ。

あれのどこが心配してる顔なのよ‥。むしろ嬉しそうなんですけど



去年感じたあの感情と、今先輩が話した事の顛末。

それぞれが同じ絵を構成している、パズルのピースのようだった。

しかし二つのピースは噛み合わない。完成された一枚の絵にはならない‥。

その違和感が、雪の心に疑いの芽を息吹かせる。





しかし雪はそこで自らの頬を両手で叩いた。

疑心が不信に変わるその前に、自らの手でその芽を摘み取る。

ダメ!疑っちゃダメ!素直に受け止めろ‥!



すると先輩が、雪に向かって疑うような眼差しをし始めた。

「でも雪ちゃんさぁ、平井の言葉を鵜呑みにしたんだ?」



先輩はそう言って、大きな溜息を吐いた。握っていたその手を、大仰な仕草で放しながら。

「なんか‥却って俺の方が寂しいんだけど」  「あ‥」



雪の顔色が、みるみる青くなっていく。

にじり寄ってくる先輩とは反対に、雪は彼と目を合わせられず、キョロキョロと視線を漂わす。

「平井の言葉は素直に信じて、俺には事実確認もせずに責任を押し付けるわけだね、傷ついたあの時の‥」



ふ~~~ん‥。



えも言われぬプレッシャーに、雪は思わず「私が間違ってましたぁぁ!!」と叫んだ。

その叫びはカフェの壁も通り抜けて、夏の夜空に吸い込まれていく‥。




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<解けていく誤解>でした。

少し胸に残るものはありますが、二人の間にあったしこりが少し解消されたような‥回でした。

記事に入れられなかったんですが、この先輩のアングルいいですね↓



実際見たらさぞイケメンだろうと思います。


次回は<手をつないで>です。


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