
夏の夜の街は、どこか浮ついて落ち着かない。
雪は先輩との待ち合わせ場所へと向かいながら、最近の河村亮との関係について考えていた。

彼との関係がこじれ出したのは、やはりあの夜からだ。
雪の家の前で、先輩と鉢合わせしたあの夜。

雪は中座したので何を話していたのか、河村氏が先輩から何を言われたのかは分からなかったが、
その険しい表情から、何か気の悪いことをうんと言われたのだと推測出来た。

だからあんな風に嫌味や皮肉で雪に接して来たのだろう。
雪は、彼のそういった言動に幾らか納得いくような気がしていた。

けれど、彼の出した結論は予想以上に雪の心を揺るがした。
じゃあこれからはお互い知らん顔して過ごそうぜ

時に無遠慮に、時に強引に雪を振り回した河村氏は、あまりにも潔く身を引いた。
差し伸べていた手を急に引くようなその態度に、雪は動揺したのだ。


いっそこれで良かったと、そう思ってもみた。
ただでさえ悩み事や考えるべき事は山積している。一つ面倒な関係が消えたと思えばそれでいいじゃないか‥。

そう思って彼との関係にピリオドを打とうとしても、何度も心のどこかでピリオドはコンマに変わる。
頭の中に、気安そうに笑う河村氏の姿が浮かんでくる。
それでも‥大学の外で新しく出会った数少ない知り合いだったのに‥。
それなりに上手くやってたのに‥。こんな風になっちゃうなんて、なんかちょっと残念だな‥

知らず知らずの内に、雪は彼のことを信頼していたし、無意識に頼ってもいた。
粗野なイメージとは裏腹に、誠実な面や温かな面が見える度、彼の印象は変わっていった。


だからこそ手のひらを返したようなその態度に、雪はショックを受けていた。
なんだか裏切られたような気分になり、鉛を飲んだように心がゆっくりと沈んでいく‥。


夜の海を回遊する魚のように、街は様々な人が色々な思いを抱えて往来する。
雪はその雑踏に溶けこむように、街の中を歩いた。
心の中が様々な思いで波立ち、頭の中は騒がしい。

意外な相手と突然親しくなったり、争うことなんて絶対に無いと思っていた人と大喧嘩したり、
ひょんな事から知り合って、またひょんな事で別れたり‥。




関係というものは、とうてい予測できないものだ。
そう雪は感じていた。
運命という大きなものに操られて、この小さな日常を暮らしている中で、
様々な人、それぞれの環境、色々な感情が行き来する。

明日何があるのかなんて、どんな出会いがあるのかなんて、誰にも分からないのだ。
だから今を一生懸命生きるしかない。
ゆらゆらと揺れる水面のように不安定で予測のつかない毎日を、ただがむしゃらに生きていくしか。

雪が顔を上げると、流れ行く人波の間に彼が立っているのが見えた。
彼は雪に気がつくと、ニッコリと笑って片手を上げる。
「あ、雪ちゃん。こっち」

二人は二言三言会話をした後、連れ立って歩いた。雪も先輩も、互いに笑顔で顔を見合わせる。
なんといっても今日は、ついに先輩と夕食を共にする日なのだ。
場所は結局、どこにでもあるファミリーレストラン

二人は中に入ると、テーブルに就いてメニュー表を広げた。雪はいつになく饒舌だ。
「とにかくコンビニや学食に比べたら100倍いいと思いません?涼しいし!座り心地も快適!」

そう言い訳のように語る雪に、先輩は「俺だってファミレスは来たことあるよ」と言葉を返す。
雪の脳裏に、あの夢の中の風景が浮かんだ。

「うぅ‥だって先輩って”美女と野獣”に出てくるああいう食卓じゃなきゃ‥」

そう呟く雪に、先輩は「‥それって完璧偏見だと思うけど?」と言って首を傾げる。
そして先輩は、雪の持っているメニュー表を手に取って言った。
「そんな負担に思わないでよ。一緒に食べるってことが大事なんだから」

その通りだ、と雪は思う。

負担や目的に囚われなければ、共に食事をするのはこんなにも容易いことだったんだ

あの夢の中の食卓とは違い、二人の距離は近かった。
それは物理的な距離の話でもあり、心の距離の話でもある。
あの夢の中で彼が浮かべた皮肉な笑みと、彼女が浮かべた強張った表情は、


今の二人には微塵も感じさせない。雪と淳は笑い合っていた。

コンビニも、学食も、互いの誤解も、偶然の不運も、口論も、そして和解も、






全てを乗り越えて今二人はここに居る。
誰が今の二人を想像出来ただろうか?
運命だけが知っている、この予測出来ない関係を。
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<共にディナーを>でした。
今回は過去の画像オンパレードしてみました。思い出が蘇りますね~。
雪のモノローグはこの物語の核になりながらも、一般論としても心に染みるものがあります。
”予測出来ないもの”というのがチーズインザトラップの核‥?
とにかく”大学生のドキドキ・ラブコメ”でないことだけは確かです‥(^^;)
次回は<解けていく誤解>です。
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