目をつむれば
もうそこは実相世界であり、
如来が横たわっている
世界であります。
「神想観」とは
神を想う観法であるから、
ここがこのまま神の国であると思いつつ、
「南無実相円満完全大調和」と念じながら、、
ここが実相世界であると
想うようにいたします。
そして
ここが神の国であることを「認める」気持ちになるのです。
さらにその神の国に「全托する」気持ちになるのです。
これが私が現在やっている神想観です。
雅春先生の神想観のCDは利用しますが、
はじめと最後は使っても、
中身は
上のお題目一つでやっています。
もうそこは実相世界であり、
如来が横たわっている
世界であります。
「神想観」とは
神を想う観法であるから、
ここがこのまま神の国であると思いつつ、
「南無実相円満完全大調和」と念じながら、、
ここが実相世界であると
想うようにいたします。
そして
ここが神の国であることを「認める」気持ちになるのです。
さらにその神の国に「全托する」気持ちになるのです。
これが私が現在やっている神想観です。
雅春先生の神想観のCDは利用しますが、
はじめと最後は使っても、
中身は
上のお題目一つでやっています。