はちみつと青い花 No.2

飛び去っていく毎日の記録。

「安倍政権の7年8か月」

2020年09月03日 | 政治

2020/09/03

 

内田樹氏が8月29日にアップした「内田樹の部屋」からの引用です。

 

〈安倍政権7年8カ月をどう総括するかと問われたら、私は「知性と倫理性を著しく欠いた首相が長期にわたって政権の座にあったせいで、国力が著しく衰微した」という評価を下す。

これだけの「国力」がありながら誰も日本にリーダーシップを求めていない。そのことに、われわれはもっと驚くべきだと思う。

どうして国際社会は日本にリーダーシップを求めないのか?
 それは日本人が「倫理的インテグリティ(廉直、誠実、高潔)」というものに価値を見出さない国民だと思われているからである。

国民の多くが「私の個人的努力の目標は自己利益の増大であり、私の個人的努力が国力増大に資するような直接的な回路は存在しない」という白けた気分でいるときに、国全体のパフォーマンスは下がる。日本はいまそういう国になった。なぜか、「国家主義」を標榜する安倍政権下で日本国民が失ったのは「私」と「国」との一体感だったのである。

 7年8カ月の安倍政権を眺めて来た国民が知ったのは、政治家であれ、官僚であれ、財界人であれ、メディアのトップであれ、彼らの行動は「国民全体の福利」をめざすものではないということであった。彼らは自分の党派、自分の支持者、自分の縁故者、自分自身のためにその権力を活用する。そのことを私たちは知らされ、受け入れてきた。

「権力を自己利益のために使うことができるということが、『権力を持っている』ということである」というシニカルな事大主義をいま人々は「リアリズム」と呼んでいる。

実際に安倍政権が通した重要法案の多くは安保法制も、特定秘密保護法も、テロ等準備罪も、世論調査では国民の過半は「今国会で強行採決すべきではない」という意思表示をした。だが、政権はこれを強行し、支持率はいったんは落ちたものの、すぐに回復した。つまり、有権者たちは「この政権は私たちが反対しても何の影響も受けないほどに強大な権力を有している。そうである以上、服従すべきだ」という腰砕けな推論をし、それをして「リアリズム」と呼んできたのである。

しかし、この政治的リアリズムは新型コロナ・ウィルスによるパンデミックという「リアル」にはまったく通用しなかった。〉

 

全文はこちら ↓

http://blog.tatsuru.com/2020/08/29_1014.html

あとはサイトでお読みください。

 

安倍総理が持病で職を辞した直後、このような総括をすることは非情なようだけれど、私はそのとおりだと思いました。

安倍総理は政権を長く維持することに長けていました。祖父の代からの政治家一家で、そのあたりのノウハウはわかっていたと思われます。しかし、国民を愛し、国民全体の利益のために最善を尽くすという政治家の基本的理念はなかったように思います。

今、次の首相を誰にするか話題が持ちきりですが、安倍首相をそっくり継承する菅官房長官が最有力とは・・・・多くの公文書改ざんや破棄、もりかけも、桜も、改めて検証されることなく埋もれて消えていってしまうのでしょうか。

 

 

 

コメント
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