はちみつと青い花 No.2

飛び去っていく毎日の記録。

太田啓子著『これからの男の子たちへ』

2021年10月31日 | 
2021/10/31
 
しばらく前から読んでいた本をご紹介します。
太田啓子さんが書いた『これからの男の子たちへ』です。
 
太田啓子さんは弁護士で、依頼者の7、8割が女性で離婚問題、ハラスメントや性暴力にあった被害者です。
ご自身は小学生の2人の男の子の母親で、シングルマザーです。
 
 
この本を書いたきっかけについて、こう書いています。
 
「これまで弁護士として関わってきたDV離婚事案やハラスメント事案での男性の言動、報道される性暴力事件の加害者の行動を見ると、自分の行動を反省するどころか、開き直って被害者を非難するような態度を見ることがあまりに多いと感じます。」(P.8)
 
「彼らを反面教師として、これから成人する男の子たちがそうならないためには、どういうことに気をつけて子育てする必要があるのかと考えるようになりました。
これから大人になっていく男の子たち自身が、性差別や性暴力の問題に、自分が当事者としてどうかかわっていくかを考える入り口にもなればとてもうれしいです。」(p.9)
 
 
 
本書から抜き書き、要約をさせていただきます。
 
 
有害な男らしさ〉(Toxic Masculinity)という言葉があります。1980年代にアメリカの心理学者が提唱した言葉です。
 
「社会の中で〈男らしさ〉として当然視、賞賛され、男性が無自覚のうちにそうなるように仕向けられる特性の中に、暴力や性差別的な言動につながったり、自分自身を大切にできなくさせたりする有害(Toxic)な性質が埋め込まれている、という指摘を表現しています。」(p.21)
 
この〈有害な男らしさ〉という概念は、この本の中ではキーワードになっていて、論が展開されています。
 
 
『男らしさの終焉』(グレイソン/ペリー著:小磯洋光訳 フィルムアート社)という本が紹介されています。
 
この本はターナー賞アーティストであり異性装者(トランスヴェスタイト)としても知られるグレイソン・ペリーが、新しい時代のジェンダーとしなやかな男性のあり方を模索する本だそうです。
この本もおもしろそうで、読んでみたいと思っています。
 
 
 
さて、この本に紹介されている、社会心理学者による「男性性の4要素」は、
  • 意気地なしはダメ
  • 大物感
  • 動じない強さ
  • ぶちのめせ
です。(p.22)
 
これだけではちょっとわかりにくいのですが、長くなるので説明しませんが、本書をお読みください。
 
「社会で男らしい「要素」とされるものがすべて有害な行動に結びつくとは限らず、向上心や克己心の源になることもありますし、社会的に成功することも勇敢に行動することも非難されることではありません。
 
でも、良い面ばかりではなくネガティブな面もあるのではないかということへの着目が少なすぎたことへの弊害、男性の問題行動の遠因にあるのではないでしょうか。」
 
「男らしさを良しとする価値観をインストールされた結果、競争の勝ち負けの結果でしか自分を肯定できなかったり、女性に対して「上」のポジションでいることにこだわり過ぎて対等な関係性を築くことに失敗してしまったり、自分のなかの不安や弱さを否定して心身の限界を超えて仕事に打ち込んでしまったり・・・ということが男性にはしばしば起こっているのではないか」
 
「〈有害な男らしさ〉が自分にも無自覚にインストールされてしまっていることを意識し、その悪影響から脱却することが男性には必要ではないでしょうか。」(p.23)
 
 
男の子の子育てで引っかかる3大問題、として、「男子ってバカだよね」問題があるそうです。
 
 
私は「男子ってバカだよね」問題などという問題があることは知らなかったのですが、ネットではけっこう人気だそうで、『#アホ男子母死亡かるた』という単行本が出ているそうです。
 
 
 
 
 
本の紹介文によれば、“愛と脱力感あふれる言葉”で描かれた意味不明でマヌケですばらしいアホ男子の姿をセレクション! 無意味にムダだらけの愛すべきアホ男子、総勢300人登場!  
女のコはそんなことしない、本当の男子あるある、だそうです。
 
 
太田啓子さんの本からの要約です。
 
 
〇「カンチョ―放置」問題 
 
男子あるあるの中に他者への暴力の萌芽があるかもしれない、という問題提起の中で念頭にあったことの一つに「カンチョー」があります。これが軽視・放置されていることがとても気になります。
 
私は「おもしろい悪ふざけ」と認知させたくないのです。肛門への物理的接触、あれは性暴力だとしか思えません。性暴力をやんちゃ、笑いをとるネタにしてはいけません。
 
人の体の傷つきやすい部分を粗暴に扱うことを「悪ふざけ」としておもしろがる行いは、他者の体と人格を尊重する感覚とは遠く離れたものとして、大人が介入して教えていくべきだと思います。
 
スカートめくりは、カンチョー以上に性的な意味がはっきりした、明らかな性暴力の一種です。
男の子のやんちゃないたずらではすまされない。
テレビで、タレントが幼稚園の頃スカートめくりをしていたことを面白おかしく取り上げていたが、性暴力を「笑いを取るネタ」として扱うことは、性暴力を軽視する意識を与えます。(p.30~33)
 
 
〇「男の子の意地悪は好意の裏返し」問題
 
男の子が女の子になにか意地悪をして泣かせた場合、「そんなことをするなんてあの子のことが好きなんでしょう」とからかったり、女の子に「あなたのことが好きなのよ、許してあげて」と言ってなだめようとすること。
 
表現方法が未熟だからするとしても、結果的に相手をいやな気分にさせてしまう。好意の表現として相手が嫌がることをするのは、間違っていると真面目に諭す必要がある。
 
仲よくしたいなら、嫌がることをしてはいけない。そんなことをしても相手に気持ちは伝わらないと教えること。
 
「男子って、好きな女子に意地悪しちゃうんだよね~」は大人は気をつけなければならない言葉。男の子の気づきを妨げかねない言説。女の子にしても、それに対して怒ったり、抗議したい気持ちをそいでしまう発想を内面化させる。
 
太田さんは、離婚事案でDV加害者の「好きだから、殴るんだ、好きだから、わかってほしかった」と通じるものがある、と言います。
相手への尊重を欠く態度を「好きだから」で正当化しようとする場面を少なからず見るそうです。 (P.33~35)
 
 
 
また次の機会にも内容を紹介したいと思っています。
今日はここまで。
 
 
 
 
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ブログの更新を少し減らすかも

2021年10月30日 | 日々の出来事

2021/10/30

 

眼が悪くなってってきているので、疲れさせないためにも、ブログの更新を少し減らすかもしれません。

先日のショパンコンクールのときに、いつもより画面を見ている時間が長く、私としては珍しく1日3回も更新したりしていました。

それで眼に負担をかけてしまっていたようなのです。

ある朝、メールをチェックしようとパソコン画面を見ると、白い不規則な円がいくつも見えて、その部分は文字が見えないのでした。こんなことは初めてでびっくりしました。瞬間的に消えるものでもないのです。

でも数十秒もかからず消えました。それ以後は現れていません。

でもちょっとショックでした。

 

ほぼ毎日更新しているブログですが、1回の更新に費やす時間は短くて1時間。

日々の雑事を整理して言葉に置き換える作業をしていると、2~3時間はあっという間にたってしまいます。

その間、画面を見つめっぱなしで、座りっぱなし。

あまり健康にいいことではないと気づいたのです。

だいたいが自己満足のブログで生活記録です。

今までは毎日更新しているのだから、これを続けようと思っていました.

記録の意味もあり更新が精神衛生にはよくても、肉体的にはあまりよくないことと気づきました。

ほどほどでいいかなあと思います。

でも、元々書くことは好きでしたし、生活の一部になっているので、気が向けばいつでも更新しようと思っています。

 

 

 

 

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小さい頃からすごかったんだねえ

2021年10月29日 | ピアノ
2021/10/29


かてぃん、角野隼斗さんが小学4年のときの演奏動画をアップしていました。

1日で14万回も再生ってすごいですね。

そして演奏がまたすごい。4年生でスケルツォを弾いていたのね!
ショパンコンクールでも弾いていましたね。

小4のときはまだ粗削りですが、指のまわり方はすごい。

ショパンコンクールのときには、もう15年も弾いていた曲だったとは。曲は弾けば弾くほど身についてきて、余裕が出てきますね。大人になってからの演奏は円熟味が感じられます。



そして、小林愛実さんも小さい頃から神童でしたね。
11歳のとき、2006年12月24日にモスクワのスヴェトラーノフホール(モスクワ国際音楽院)で演奏した動画です。

海外のオーケストラの前でも、臆せず堂々と演奏しているのがすごい。
小林さんも指の動きがやわらかく巧みですが、もうこの頃からそういう指の動きですね。
アンコールのショパンもすごくうまいです。

「すごい」ばかりで、私の語彙力の乏しさ。

モーツァルトピアノ協奏曲第1番 26「戴冠式」
ウラディーミルスピバコフ:指揮
Mozart Piano Concerto 26. Aimi Kobayashi  


今、すごい人は、やっぱり小さいときからすごかったのね。
楽器は小さいときから習い始めるのがいいですね。

こうなると反田さんの子どもの頃の動画も欲しいところですが、反田さんはサッカー少年だったため、本格的にピアノを始めたのが12歳と遅めだそうです。
そのせいかまだ見つかっていないのですよ。

でも4歳から音楽教室で習っていたそうで、コンクールには出ないものの小さい頃から上手だったんでしょうね。










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美容院に行ったら

2021年10月28日 | 日々の出来事

2021/10/28

 

今日は比較的暖かで、いい日でしたね。

もうそろそろ髪を切らなくてはいけないと、ネットのホットペッパービューティから、行きつけの美容院に予約をしました。

今までは電話で予約をしていましたが、ホットペッパービューティからだとポイントがついてお得だと分かったので、前回からネット予約にしたのです。

その時間に行くと美容師さんがびっくりしたような顔をして、予約はいただいておりません、と。

どうやら予約はできていなかったようです。

30分後なら大丈夫とのことで、一旦家に戻りました。近いので行き来は大変ではありません。

どうして予約できなかったのだろうと考えて、思い当たりました。

ネットで予約時間を選択してクリックし、ログインするとポイントがかなり溜まっていると出てきて、pontaカードにポイントが移行できるようになっていたのです。

pontaカードはかなり前に作ってあったのですが、使ったことはほぼありません。

そのカードの登録とポイント移行を先にやっていて、店の予約完了までたどり着いていなかったのです。

ポイントの登録完了の受信メールが来たのを、それを美容院の予約完了と勘違いしてしまいました。

30分後に美容院に行って、そのいきさつを説明して、髪を切ってもらいました。

いつもの方はお休みで、初めての中年の男性美容師さんでした。

その人がよくしゃべるんです。

ときどき髪を切る手を止めて(話に夢中になって)、自分がこの店に来たいきさつとか、前にいた若い人が突然やめたとか、客からのクレームの話とか…(笑)。

内心、「手を止めるな、切ってくれ」(すみません、言葉使い)と思いながらも、店の内情、美容師という職業のプロ意識など、それはそれで興味深いものだと思いながら聴いていました。

コーセーのシャンプーは髪にハリやコシが出るというので、そのシャンプーで洗ってもらいました。羽生君がコーセーの雪肌精の宣伝をしているね、と話すと、そこから、またいろいろ話が弾んでしまいました。

 

その美容師さん、とてもカットの上手な人で仕事も丁寧でした。

帰るときに、その美容師さんが「しゃべりすぎてしまいました。すみません。どうして、こんなにしゃべってしまったんだろう。フンフンと聴いてくれたから、ついしゃべってしまいました」と言われました。

でも、私にとっても異業種の人の話は新鮮。いつもの当たり障りのない話ばかりだったらおもしろくない。おもしろいから聴いていたのです。

実は、私はちょっと心配なことがあって、ここ数日体調もよくなかったのです。

ですが、おしゃべりをしていたら、すっかり気分が直ってしまっていたのです。

コーセーのシャンプー、ニューヨークのスティーブン・ノルというもの(サロン専売品)をお試しに買ってみました。成分が植物由来のものだそうで、柑橘、グリーン系の爽やかな香りがします。

 

 

午後はヨガとフラに行って、体調を整え、心配ごともお友だちと話して、自分の心の整理もいくぶんできました。

やはり情報交換と、最低限の体調を整えるための運動は欠かせないなと思います。

 

 

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眞子さん、小室さんの結婚会見 まずお祝いしたい

2021年10月26日 | 雑感

2021/10/26

 

今日のトピックスはなんといっても、お二人の結婚会見でしょうね。

私はちょうど家に帰ってきて、テレビで見たのですが、眞子さん(もう今日から眞子様ではないのね)の強い決意に満ちたまなざしに打たれたのです。

お二人が出てきて、記者たちの前に立った時、どうしてこの人たちがこんなに誹謗中傷に合わなくてはいけないのか、何か悪いことでもしたというのだろうか、誰かに迷惑をかけたというのだろうかと思ったのです。

どんな思いで婚約発表以後暮らしてきたのだろうと、かわいそうという言葉も適切ではないかもしれないけれど、かわいそうだと思ったのでした。

国民の税金を使っている、ということを言う人もいますが、皇族たちはそれを自分で望んだのではないのです。皇室に生まれたのも、自分で選んで生まれてきたのではないでしょう。

ヒゲの殿下=三笠宮寬仁親王の例にあるように、皇室を離脱して自由な職業に就きたいといっても許されるものではないのです。

眞子さんのまなざしの中には、「自分の生き方は自分で決める」といった強い決意を見ました。

結婚会見でありながら、笑顔のない会見でしたね。

普通だったら、「どんな家庭を作りたいか」とか、「お子様は何人?」「お互いに何と呼び合っているのか?」というような仲の良さを問う質問もなく、記者からの「おめでとうございます」の発声もなく短時間で終わりました。

小室さんはときに相好を崩しそうな、笑顔になりそうな気配があって、この人は普段は眞子さんにとっては気の置けない、気の休まる人なんだろうなと思いました。

私の推測ですが、主導権は眞子さんにあるように感じました。

小室さんが司法試験に受かっているか、就職して結果を出せるかはまだ未定ですが、努力はしてきたのではないかと思います。

というより、彼は上昇志向のすごく強い人かもしれない。

二人で働いて生活していくというのは、今どきの夫婦らしいですね。

まずはお祝いを申し上げたいと思います。

心穏やかに暮らしていただきたいです。

 

〈追記〉

北原みのりさんは

眞子さん結婚会見は「プリンセスの亡命宣言」だと書いています。

亡命宣言、という強い言葉に驚きましたが、読んでなるほどなあと思いました。

「若い二人が生きていけないと思った日本の社会や皇室という制度のあり方を、私たちは考えていかなければならない」

そのとおりですね。







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