この映画は冤罪(えんざい)事件((犯人でないのに犯人にされてしまう事件)と思われる死刑囚のドキュメンタリー作品東海テレビ放送制作。事件は1961年に起き、映画製作2012年時点では死刑囚奥西勝(おくにしまさる)は86歳になり名古屋拘置所独房に51年いたことになる。死刑囚は執行が行われる拘置所で死刑執行を待つことになり、死刑囚でない者は刑務所に入る。重たい映画ではあるが、奥西の無実のために奮闘する弁護士たちと支援する人たちの姿は、とても希望を与えてくれる映画になっている。監督は齊藤潤一。講演はこの映画のプロヂューサー阿武野 勝彦。『人生フルーツ』や『おかえり ただいま』などをプロヂュースしている。尚、原則敬称は略。
1、事件概要:三重県名張市の山間にある18戸の小さな村の毎年恒例の懇親会男性12人女性20人で男性用に日本酒と女性用にぶどう酒が出され、ぶどう酒を飲んだ女性17人が急性中毒の症状、内5人が死亡した事件。1961年3月28日に起きた。下の画像左は事件が起きた村。会長宅から日本酒とぶどう酒を会場まで運んだ奥西勝(当時35歳)がその間に毒物を混入したとして逮捕。捜査当局は死亡した5人の女性の中に奥西の妻と愛人がいたことから「三角関係を一気に解消しようとした」ことが動機とした。(情報元:映画およびウィキペディア)下画像右は事件直後の現場。
画像出典左:本日の My短歌 [ 病床で無実を叫ぶ老爺には春の扉の固く閉ざされ ] https://ameblo.jp/haiku-de-moemoe/entry-11807417868.html (閲覧2021/6/6) 画像出典右:オカ板で暇つぶし 名張毒ぶどう酒事件http://occult24.blog10.fc2.com/blog-entry-289.html (閲覧2021/6/7)
2,奥西の警察、裁判所に対する認識の誤り:『警察、裁判所は必ず真実を解明してくれる』と思う誤り。自供しても、真実は違うので、裁判で分かってくれると思って、当面は警察官の誘導、強要のままに『自白』しておこうとなる。奥西は『取調室の調書がこんなに重要だとは思ってもいなかった』と後に話している(情報元映画)。『自白』に基づく冤罪事件の多くは、警察、裁判所に対し、奥西と同様の誤った認識を持っていることが多い。警察官も裁判官も官僚組織の圧力の中におり、『必ず真実を解明してくれる』とは限らない。
3,私の事件に対する基本的な見解:サイコパス特性を持つ村人による無差別毒物投与事件の可能性が高い。サイコパスの中には毒物で人が苦しみ、死ぬことを希求するものがおり、従来の動機を探して犯人を見つける手法は通用しない。犯人を捕まえなければならない警察は、動機を無理やり作り出して奥西を捕まえ、犯人に作りあげた。真犯人は近くでじっと様子を見ていたに違いない。サイコパスは都会か田舎かに係らず一定の割合で存在すると考えられる。サイコパスの毒殺については、本ブログの「映画『凶悪』残虐性シリーズ(その4-6)毒殺、女子高生コンクリ詰め殺人事件他」の「3)毒殺」の例7「静岡女子高生母親毒殺未遂事件2005年」。例8「イングランド殺人医師ハロルド・シップマン(Harold Fredrick Shipman)事件1998年逮捕」。例9「マサチューセッツ殺人看護人ジェイン・トッパン(Jane Toppan)事件1901年逮捕。例10「ロンドン毒殺魔グレアム・フレデリック・ヤング(Graham Frederick Young)事件1971年」を参照してください。
4,初期捜査当局の3つの犯罪:この事件を捜査した警察官自身が捜査の中で以下の3つの罪を犯していると思う。サイコパス犯罪を理解していない警察官にはとても手に負える事件ではなかったことが根本にあると私は思う。
(1)自白強要:奥西の子供二人がいじめられるなどを使い、自白に導いた。
(2)虚偽発言強要:発言内容をメモにして指示し、名張警察署の記者会見の席でそのまま話させた。
(3)嘘のストーリーをでっち上げた:ぶどう酒瓶の王冠(ふたの金具)を歯で開け(警察は対応した栓抜きが見つからないためと思われる)、毒物は当時一般に使われていた農薬ニッカリンT(今は使われていない)を混入したというストーリーで奥西に自白させた。後にこのストーリーが成立しないことを弁護団が証明。
下の画像左は取調官のメモ通りに自分がやったと名張警察署で話す記者会見の実際の画像。画像中は警察に連行される実際の画像、中央にこちらを向いているのが奥西、手前でおさげ髪のこどもが奥西の娘と思われる。娘が何かを父親奥西に言っているよう見える。画像右は映画での再現場面。手前に娘役のおさげ髪の少女がおり、中央の奥西役は山本太郎が演じている。
画像出典左:JapaneseClass.jp名張毒ぶどう酒事件https://japaneseclass.jp/trends/about/ 画像出典中:『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』劇場予告編https://www.youtube.com/watch?v=pXBRuN8apHo (閲覧2021/6/7) 画像出典右:映画ナタリー東海テレビ制作、仲代達矢が名張毒ぶどう酒事件の死刑囚演じた「約束」上映会開催https://natalie.mu/eiga/news/371406 (閲覧2021/6/7)
後に弁護側が同型の王冠を工場に依頼して数百(数千だったかもしれない)作り、王冠を瓶に付ける道具も手配して取り付け、弁護士4人が自分で、歯で開け、形状がどうなるか多数行って調べた。この時の費用4百2十万円(映画の私の記憶で不正確)は支援者の寄付で賄った。その結果歯で開けた形状は事件の王冠のような形状にはならず栓抜きで開けた形状であることを実証し、自白は事実を述べていないことを立証した。これは弁護側の素晴らしい成果。ニッカリンTについても実験した。ニッカリンTをぶどう酒に混入すると色が赤く変わるが、当日の参加者の証言から使われたぶどう酒は透明で、ニッカリンT以外の毒物の可能性が高いことが判明し、自白は事実を述べていないことを立証した。捜査当局の作ったストーリーは成り立たなくなった。ウィキペディア「名張毒ぶどう酒事件」によれば2020年にぶどう酒瓶の王冠を覆っていた封かん紙から、製造段階とは違うのりの成分が検出されたとする再鑑定の結果が出た。弁護団は「封かん紙が貼り直されたことが明らかになった。真犯人が偽装工作をした可能性を示している」と主張している。
5,真犯人の私の見解、毒物混入の機会があった人物:酒屋が会長宅へ酒とぶどう酒を持て行ったのが映画によれば13:30頃(14:30だったかもしれない)。奥西が会長宅から懇親会会場へ運んだのが17:00頃、この間2時間半から3時間半は会長宅に置いてあった。会長宅には複数の人がおり、出入りもあり、奥西以外にも毒物混入の機会はあったことになる。真犯人は毒物と栓抜きを持ち、ぶどう酒瓶の封かん紙を再び糊付けすることができる人で、酒とぶどう酒が会長宅に一時置かれることを知っている人物になる。真犯人は会長周辺の人物に絞られる。映画の中で実際の会長から取材陣が話を聞こうとする記録場面で、激しく取材陣を追い返す姿に、何かがあると感じさせる。
6,捜査当局の動機「三角関係を一気に解消しようとした」は無理筋。私の見解:奥村が犯人とした場合、奥村には誰がぶどう酒を飲み、死亡するかを予見できない矛盾がある。実際女性20人のうち17人が飲み、そのうち12名は苦しんだが死亡していない。死亡した5人に妻と愛人が含まれたのは偶然で、逆に妻と愛人は生き残り他の多くの人が死亡する可能性もあったので、この二人を殺すことを狙ったというのは無理がある。すなわち捜査当局の「三角関係を一気に解消しようと」妻と愛人の殺害を目的に毒物を混入し、他の人は巻き込まれたとする動機説明は論理的に成り立たない。私には、サイコパス特性を持つ真犯人による、毒を飲ませて苦しみ悶えて死ぬ様子を希求する無差別毒物投与事件とするのが妥当と思える。この場合でも健常者から見れば、そんなつまらない理由で人を殺すのかと思えるような、どうでもいいような理由(サイコのカラ理由)はありうる。サイコパス特性がある会長周辺の人物に絞って捜査をすべきだった。
7,捜査当局のさらに重要な問題点:1審は犯行時刻や、証拠とされるぶどう酒の王冠の状況などと奥西の自白との間に矛盾を認め無罪、釈放。検察庁は不服として控訴し、その5年後の2審(上田孝造裁判長)では一転死刑判決になった。これは主に、酒屋の関係者がぶどう酒を会長宅へもっていったのは17:00頃かもしれないと13:30頃とのそれまでの言葉を翻させた点がさらに重要な問題点である。これで会長宅にぶどう酒が置かれていた時間がわずかになり、何者かによる会長宅での毒物混入可能性が排除され、奥西以外に毒物を入れることができないという論理だてになった。奥西が無罪となれば誤認逮捕の汚名が警察にかかるばかりでなく、真犯人を探さなければならなくなる。なにがなんでも奥西を犯人にしなければならないという捜査当局の強い意図が感じられる。捜査当局の強い意図の背景となった人物は誰か?どうやって酒屋関係者の前言を翻させたのだろうか?解明すべきキーポイントと私は思う。酒屋がぶどう酒を会長宅へ運んだ時間は映画でのものを私が記憶していたもので、記憶違いが多少あるかもしれない。
8,再審を認めた決定(2005年名古屋高裁小出錞一裁判長)は1年余りで取消された(2006年名古屋高裁門野博裁判長):2005年再審が認められ死刑執行停止の仮処分が出て、無罪の可能性が見えたが、約1年後門野博裁判長によって再審が取消された。
森友問題での公文書改ざんを指示した財務官僚佐川理財局長当時が安倍晋三総理当時に森友問題の火の粉が飛ばないようにした「功績」の結果と思われる国税庁長官に出世したように、本事件の再審決定取消をし、警察の誤認逮捕冤罪とはならないようもみ消したとも考えられる門野博裁判長は、その「功績」の結果と思われる最高裁へと出世している。司法の世界も人事が絡む極めて泥臭い面があると認識すべきと思う。再審を認めた小出裁判長は再審決定後10か月で依願退官し、その退官した半年後に門野裁判長が小出裁判長の再審決定を取消した。情報元は映画の内容とウィキペディア「名張毒ぶどう酒事件」(閲覧2021/6/7)
下の画像は、死刑囚奥西役の仲代達矢、拘置所の部屋の外に人が来る気配があり、死刑のために呼びに来たのではないかと恐れおののいて聞き耳を立てる場面。死刑は朝突然呼び出されて執行されるのを何人も見ているので自分に来たのではないかと思う場面。仲代達矢撮影時80歳の渾身の演技。「半世紀近く拘置所に閉じ込められている奥西さんの心境は計り知れません。私がこの状況に追い込まれたらどうなるか、そういう気持ちで演じました。60年俳優をやってきた中で、私にとって記念碑的な作品です。仲代達矢」(パンフレットから)
画像出典:【Interview】『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』 齊藤潤一監督インタビュー『約束』©東海テレビ放送 http://webneo.org/archives/7565 (閲覧2021/6/7)
9、プロヂューサー阿武野 勝彦氏の講演:お話は興味深い多くの内容がありましたが、ここでは樹木希林の話で映画に直接関係ある部分で印象的な部分のみ記します。
(1)弁護士が訪ねてくる場面で、生活が苦しいのに山盛りのみかんはおかしいと言い。映画では一つだけ、神棚に供えてあった傷のある古そうなみかんを弁護士に渡し、弁護士がそれを食べる場面になっている。
(2)方言の指導は、中村かなえという樹木希林の知り合いの女優を指名している。
下の画像左は奥西の母親タツノ役を演じている樹木希林。右は樹木希林が再審を訴える記事。北陸中日新聞2013/9/11付。樹木希林の向こうに見えるのは弁護団長の鈴木泉弁護士。
画像出典左:「えっ、あの人は・・・やっぱりそうだよな」と映画『約束』を見てビックリしました?https://katsu.blog/juris/2019/09/28/12465/ (閲覧2021/6/7) 画像出典右:アジアと小松『名張毒ぶどう酒事件死刑囚の半世紀』https://blog.goo.ne.jp/aehshinnya3/e/2346451d4194398a29756f8af7977f9f (閲覧2021/6/7)
10、映画製作2012年以後の奥西
2013年5月肺炎で危篤。6月にふたたび危篤。八王子医療刑務所に移送され、人工呼吸器を装着して、寝たきりに。2015/10/4死亡、89歳。獄中死になる。
下の画像は2013年に八王子医療刑務所で面会した弁護人が、写真が許されていないのでスケッチしたもの。とても痩せてしまっていたとのこと。
画像出典:虹とモンスーン 名張毒ぶどう酒事件、奥西勝元死刑囚 無念の死去http://monsoon.doorblog.jp/archives/54525799.html (閲覧2021/6/7)
11、映画の題名『約束』と現在の再審請求の動き
下の画像左は、奥西(仲代達矢)の無罪を確信した人権派弁護士川村富左吉(天野鎮雄)が「ここから出て外で握手をしましょう」と奥西を励ます場面。この外での握手が約束という映画の題名なのではないかと、私は勝手に推測している。下の画像中は2021/3/30に「名張毒ぶどう酒事件」弁護団が全証拠の開示を求める意見書を名古屋高裁に提出したことを報道へ説明しているもの。奥西勝さん死後は、妹の岡美代子さんが裁判のやり直しを求めている。画像右は2020/9/11に名古屋高裁の前で再審を求める支援者たち。奥西勝さんの死後も無罪を求める動きは止まらず、事件は終わっていない。
画像出典左:映画ナタリー東海テレビ制作、仲代達矢が名張毒ぶどう酒事件の死刑囚演じた「約束」上映会開催https://natalie.mu/eiga/news/371406 (閲覧2021/6/7) 画像出典中:中京テレビNewsWEB「名張毒ぶどう酒事件」弁護団が全証拠の開示意見書、 名古屋高裁に提出 https://www.ctv.co.jp/news/articles/v1b3fyk22rj6dy40.html (閲覧2021/6/7) 画像出典右:信毎web名張再審、高裁が再鑑定を許可 ぶどう酒の封かん紙の紙片https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2020112201664 (閲覧2021/6/7)
以上、S.Tでした。
真犯人は、冤罪で苦しむ奥西さんの姿も楽しんでいたのでしょうか。
「真犯人は、冤罪で苦しむ奥西さんの姿も楽しんでいたのでしょうか。」
私はそう思いますが、真犯人はさらに奥西さんの子供がイジメられることや、村人たちが互いにイガミ合うようになることを見て「楽しんでいた」かもしれません。