怒りのブログ

憤りを言葉にせずになんとしようか。

特色ある教育

2005-03-13 02:31:42 | 教育
asahi.comの教育ニュース
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200503110511.html
小学生の英語、親の7割「必修に」 教員は5割が反対
をネタにしてみたい。

「特色ある教育」という言葉を見たり聞いたりした人はどの程度いるのだろう。
一般的には品川区を皮切りに越境でなく、学校選択制を導入する自治体は増えている。
本来、そういった競争意識は不似合いな公教育なのだが、流行りの「企業の論理」なのだろうか、「競争原理」の利用なのだろうか、そういった方向をよしとする論が強調されているように思う。
まあ、いつものことで、根拠なしか根拠ねつ造、よくて根拠不足の状態の改革の一環だと考えている。

そんな中で「特色ある学校」「特色ある教育」である。

例えば、最近よくありがちなのが、「基礎基本の充実を、朝自習や宿題の増強ではかる」とか、「朝読書推進で読む力と落ち着いた学校生活」とか、いや、調べたわけではないが、あるのじゃないかなと疑ってしまう。
(まあ、実際、私の知るいくつかの学校がこれだったするのはホントなのだが・・・)

一方、来年度下火化しそうな総合的な学習の時間(うらみがましく、正式名でいつもいってしまう)のパソコン教育とか、環境教育とか、福祉・ボランティア教育などは、その学校の一時期特色としてとらえられ、喧伝されたと思う。
流行りすたりがあるていどあるのが現行教育システムでもある。

が、である。
「小学校の英語教育」はどうだろうか。

>保護者の7割が小学校での英語の必修化を望んでいるのに対し、
>教員の半数以上が必修化すべきでない
>必修にすべきだと答えた保護者がその理由として挙げたのは、
>「早くから英語に親しませておいた方が抵抗感がなくなる」が最も多く、83.6%いた。

保護者の希望は凄まじいと表現したい。
学校を地域の英会話学校として利用したいということだろうか・・・。
早くから親しませるということは、どの程度の英語教育を求めているのだろうか。
ましてや、中学校に入ってから、何か有利に働くとでも思っているとしたら、自分達の受けて来た英語教育や日本の進学における英語テストの状況を思い出して欲しいものだと思う。
私は他の多くの教員と同じで、小学校の英語教育のシステム化や導入は反対である。
ましてや、総合的な学習の時間でかじる程度の英語や英会話学校にまるなげの英語教育は現在の学校教育をゆくゆくは崩壊するきっかけにもなりうると思っている。
(そんなもの今の先生には手に負えないということを明らかにしてしまうことであるからだ。=もちろん隠すなんて意味はもうとうないが。)
今の小学校の先生に英語教育なんて手に負えないし、親もそれはのぞまないのでは?
(すぐにネイティブを!とかいいだすんじゃない?)
邪推云々は抜きにしても、現行教育にはめ込むにはハードルはいくつもあることは見えるだろう。

>一方、必修とすべきでない理由で最も多く挙がったのは保護者、教員とも
>「他の教科をしっかり学ぶべきだ」で、いずれも7割近い人が指摘した。

一方で基礎基本をうたいながら、新規異種であるか発展的内容にあたる英語教育や国際理解教育を保護者の要望(流行り)だけで安易に導入した時、目に見える先にすでに崩壊があると思う。
ましてや文科省がやれば、また現場へ丸投げってことになり、また真面目な教員が過労死するのだ。

以前いた学校で、わが校の「特色ある教育」として、将来なんにもならない環境や福祉教育でなく、親受けもいい国際理解教育に切り替えて、予算をもらって英語教育をやろうなんて話がでた。
その学校では、真面目にやっていたが、総合的な学習の時間は決して素晴らしい回転をしていたわけでなく、環境も福祉も実績はそこそこいえる程度だった。
さらに、一番の特色は総合的な学習の時間ではなく、特別活動だった(少なくとも私はそう思った)。
しかし、それでは予算をとれないことはわかりきっていたし、親受け的には地味な印象を与えるだけとの判断から強調されることはなかった。(直接当時の校長とこの話をして、そう考えたので、根拠がないわけではない)
救いは、当時、学校内で研究していたことは適度にアピールできる背景をもった内容だったので、そのことも含めて学校の特色とした。
(もちろん学校の特色はそれだけではないが、他校との差別化としての意味である)
周囲は障害児学級新設や英語教育などを取り入れていく中、そこはそんなことに目をやる余裕はなかった。
地道さの必要な地域だったし、そういう学校であることを必要とされる学校だったと思う。
学校選択制になれば、立地条件と歴史・伝統にたよるしかないようにも思えた。
目新しいことをいろいろ言う人はいるが、教育を本当に大事にするという視点は、全ての学校にOnly OneでないNo.1の特色を期待する中ではどうかと考えてしまう。
公立は地域に下支えしてもらうことで特色を持ち、生かせるようなシステムになることは理想でしかないのだろうか。
そんなやりきれない気持ちにもなる。

>文科省の調査では、何らかの形で英語活動を行う公立小学校は、約9割にのぼっている。
>しかし、授業時間や内容は学校ごとに大きなばらつきがあるのが現状だ。

「ばらつき」が当然で、限界である。
そこを予算的にてこ入れしたとしたら・・・。

チューンナップに耐えられる車と耐えられない車。

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2 コメント

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私も小学校の英語教育には大反対。 (ルー)
2005-03-29 22:01:32
うちの子たちの学校は、年に数回、外国人の先生と歌を歌ったり、ゲームをしたりして、

英語の響きやガイコクジンに親しむというよりは、恐怖感を覚えないように、という程度です。

充分でしょう。

個人的にはパソコン教育にも反対なんです。

そんなん、やる気になりゃオトナになれば数週間で身に付きますがな(汗

マウスでお絵かきしたりカレンダーを作ることがそんなに大事かい、と。

ま、これもパソコン恐怖症にさせないための云々かんぬんなら、英語と同じですか・・・。

担任の先生がPCの機動もできず、音楽の先生がPC教えてます。先生もわからないこと授業でやって、先生に恥かかしてるだけじゃん、となんか納得いきません。
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私もパソ教育反対 (yo)
2005-03-30 19:35:58
ルーさん。コメントありがとうございます。

まさに私と同意見だと思います。

導入にあたっては、いくつかの研究校による成功例の紹介

(失敗校なんて例にあがるわけがないが)とともに、

内容、程度を考えずに導入がはかられるであろう英語教育。

もう、すでにパソコン教育でわかっているだろうにね。

パソコンの専門家を入れずに導入と同様。

百害に目をつぶり、だれかのいい出世ネタになるのだろう。

また教師不信をよぶかな。

児童中心でスタートしていないところが問題なのに、世間・大衆はなにを見ているのだろう。



因みに私はパソコンを利用した授業は多い人です。

(その人間がいっているのにねぇ)

ちょっといいずぎかな?
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