後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

貴方を愛してくれた人は必ず あの世で待っています

2009年12月07日 | 日記・エッセイ・コラム

しだいに年を重ねてくると、自分を大切にしてくれた人、親切にしてくれた人、愛してくれた人達が一人一人と死んで行きます。周りが急に淋しくなり寂寥感が襲ってきます。皆様はそのような経験をお持ちではありませんか?

いつ頃からは忘れましたが、私は自分を愛してくれた人は天国で、あの世で私を必ず待っていてくれると信じるようになりました。天国と書くとキリスト教に関係があるので、もっと一般的には「あの世」で待っていてくれる、と書いた方が私の気持ちにピッタリくるようです。

そうです貴方を愛してくれた人は先に旅立っても必ず待っていてくれるのです。それが「永遠の愛」というものなのです。親しい人を失って悲しんでいる人へ言ってはいけない台詞があります。「私は無宗教だからあの世なんて信じていませんよ」という台詞です。悲しんでいる人を一層悲しませるからです。

天国やあの世で待っていてくれると信じていても悲しみは消えません。しかしホンの少しだけ寂寥感が和らぐのです。この「少し」が非常に大切なのです。少しだけですが、希望が持てるのです。生きる元気が出て来ます。そのような事を考えるとあの世の存在を信じることが如何に重要かがお分かり頂けたと思います。

貴方を愛してくれた人はいますか?必ず一人や二人は居るものです。普通は数人の名をすぐに挙げられるものでしょう。父母、祖父母、夫や妻、子供や孫達。そして先生、血縁が無いのに社会的に常に引き立ててくれた恩人、常に変わらない友情を持っていてくれた昔からの友人たち。これらの中の幾人かはきっと貴方を本当に愛してくれたと思います。肉親が居なくて孤独な人でも必ず愛してくれた人は居る筈です。

高齢になったら宗教に関係なく、「あの世」を信じましょう。そして信じられない人は他人へあの世なんて無いよ、と言ってはいけません。信じる人を一層悲しませ、傷つけるだけですから。このことは世界中何処に行っても普遍的に通用す重要な生き方です。

060

今日も皆様のご健康と平和をお祈り致します。藤山杜人


1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
藤山杜人さま、こんばんわ。 (ちひろ)
2009-12-07 19:12:12
藤山杜人さま、こんばんわ。
少し冬めいた寒い日になりました。
色鮮やかなチュウリップ素晴らしいですね。
気分がパッと晴れやかになります。
現世が終われば新たなる来世があると信じております。
唯すぐに来世に繋がっているのか、何年も待たなければいけないのかは判りませんが、肉体は土に帰っても命は永遠だと思います。出来ればもう一度人間として出生したいと望んでおります。
先日東光寺にて極楽橋も渡らせていただきました。
もうそんな事を考える年代になりました。
寒くなりそうです、どうぞご自愛くださいませ。
         ちひろ 拝
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。