後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

「カトリック」と「プロテスタント」の違いの明解な説明

2024年07月11日 | うんちく・小ネタ
「カトリック」と「プロテスタント」の違いの明解な説明を見つけましました。感動したので転写致します。
上馬キリスト教会ツイッター、https://diamond.jp/articles/-/305015 よりの転写です。
 
「カトリック」と「プロテスタント」の違い
「キリスト教」には、じつに多くの「教派」があります。
 最も多くの方が知っている教派は、何といっても「プロテスタント」と「カトリック」でしょう(もう一つ、日本ではあまり知られていませんが「正教会」という大きな教派もあります)。
 
「教派」はこうして分かれていった
 始まりは、イエス様とその弟子たちがつくった「キリスト教」です。
 後にキリスト教はローマ帝国の国教になりましたが、このローマ帝国が東西に分裂。そのため、教会も東西に分かれることになりました。
 やがて東西の教会は別々の教義を持つようになり、1054年にそれぞれの教会のトップがお互いに「君らはキリスト教じゃない」とケンカ(相互破門)して、「東方教会」と「西方教会」に決定的に分裂しました。
 この「東方教会」が今の「正教会」で、ロシア正教・ギリシア正教などの「◯◯正教」と呼ばれる教派です。
「西方教会」はその後、有名なマルティン・ルターさんの宗教改革により、「カトリック」から「プロテスタント」が分かれました。
 まとめれば「東が正教会、西がさらに分かれてカトリックとプロテスタント」ということです。
「カトリック」と「プロテスタント」の違い
 まず大きな違いがローマ教皇の扱いです。
 カトリックではローマ教皇を教会のトップであり、特別な存在であると扱いますが、プロテスタントでは「人間は神様以外みんな同じ」と考えるのでローマ教皇を特別な存在として扱うことはありません。
 イエスの母マリアについても、同じ理由でプロテスタントでは「イエス様を産んだとはいえ、一人の人間でしかない」と捉えるのに対し、カトリックでは「聖母マリア」という特別な存在として捉えます。ですから教会に行ってみて、マリア像があったらカトリックの教会、なかったらプロテスタントの教会と判断することもできます。
 しかし、両者の最も簡単な判別方法は、聖職者の呼び方です。カトリックでは「神父」とか「司祭」と呼ぶのに対し、プロテスタントでは「牧師」と呼びます。
 また日曜日にカトリックでは「ミサ」を行いますが、プロテスタントでは「礼拝」をします。ですから教会の看板に「ミサ」と書いてあるか「礼拝」と書いてあるかでも、ほぼ100%見分けることができます。
 
写真は函館のカトリック元町教会の写真です。
最初の教会堂は1859(安政6)年創建。現在の建物は1923(大正12)年に再建。大聖堂内の祭壇一式はローマ教皇から贈られたものです。

「カトリック立川教会の写真」

2024年07月11日 | 写真

カトリック立川教会の写真をお送り致します。
写真はインターネットからお借りしました。
1番目の写真は私が洗礼を受けた頃の写真です。
2,3,4番目の写真は現在のカトリック立川教会の写真です。


「神父さまの思い出(1)洗礼を授けてくれた塚本金明神父」

2024年07月11日 | 日記・エッセイ・コラム
最近は空海や日蓮のことや仏教のことを書いてきました。しかし今日からはキリスト教に関することを数回書いてみたいと思います。はじめに書きますが私はカトリックの信者です。洗礼は受けましたが狂信者ではありません。宗教とはほどほどの距離を置くようにしています。
さて今日は私が洗礼を授けてくれたカトリック立川教会の塚本金明神父さまの思い出を書きたいと思います。塚本金明神父さまは現在府中市にあるカトリック墓地に眠っています。
私ども夫婦は1971年に塚本神父様から洗礼を受けました。塚本神父様は1954年から1976年までカトリック立川教会の初代主任司祭をされた方です。
1番目の写真は昔ののカトリック立川教会です。幼稚園の子供とお母さんたちです。塚本明神父は前から4列目の真ん中へんに立っている黒い服の人です。
2番目の写真はカトリック小金井教会です。1976年からずうっと行っている私どもの教会です。
3番目の写真は塚本神父様のお墓です。府中市にあるカトリック東京大司教区の神父様たちのお墓です。数十名の神父様たちの名前が刻んであります。塚本金明神父(1919年生まれ、1991年帰天)と刻んであります。亡くなれてもう30年以上になるのです。
神父の役割はイエス様を信者のそばに呼び、信者が直接イエス様の愛を実感出来るようにすることです。その能力が高い神父が優れた神父と、私個人は考えています。塚本金明神父さんは愛想が無い方で余計な雑談をしません。見かけは小柄な外国人の神父のようでした。洗礼を受けるまではイタリア人と思い込んでいました。
その神父さんがある時、説教で「自分の子供の頃はカトリックの信者だったので、近所お稲荷さんのキツネの像をひっくり返して遊び回っていた」と話していました。そいうバカなことをして遊び回っていたと言うのです。「トンデモナイことですね。大人になってから恥ずかしい思いをしました」と話していました。
そんな話を聞いているとイエス様が降りてきて金明少年の罪を許している様子が見えてくるから不思議です。塚本金明神父様の説教を聞いて洗礼を受ける決心をしました。偉そうな事や難しい神学の話をする神父は本物でないと考えていた私にとっては感動的な神父でした。家内と一緒に洗礼を受けてから時々雑談をするようになりました。その3年後、塚本さんはカトリック市川教会の主任司祭へと転任になりました。日曜日になると、家内と一緒に遠方の市川教会まで何度も行って塚本神父の司式するミサへ出ました。とても懐かしい感動的な神父さまでした。
塚本金明神父さまとの絆のお陰で私は空のかなたに住みたもう神を信じるようになったのです。星空を見上げて祈ります。イエス様を信じるようになったのです。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)