♬本文を先に投稿しましたので、著者がこの本を書く経緯は 「始めに」「序文」そして「最初の出会い」「神」「別れ」をご覧ください。
https://www.uv.es/vguillem/Tamashii_no_Housoku.pdf (日本語訳全文)
「魂の法則」 ヴィセント・ギリェム著~最初の出会い・別れ
P11~P26
P238~P243
(P11~P22)
最初の出会い
最初に言葉をかけてくれたのは彼だった。僕の手を取り、向かい合っ て一緒に座るよう勧めてくれてから、こう言った。 良く来たね。君を待っていたのだよ。
*僕を待っていたですって? 僕はあなたを知らないのに。
私は君を知っているよ。でも、今そんなことは重要ではない。
*ええと、僕は…一体どこにいるんですか? どうやってここに来たんだ ろう。
それも今は重要ではない。そのうち分かるだろうから。
*では、あなたはどなたですか?
イザヤと呼んでくれて構わない。君が今私のことを思い出せなくても、 私たちはずっとずっと昔からの知り合いだよ。
*それで、あなたと私とはどういう関係なのですか。
私が君のお兄さんにあたるとでも思ってくれればいい。
*あなたにお会いしたことを全く覚えていないのですが。
そのことは今はどうでもいい。もっと大事な事柄について質問するた めに時間を使った方がいいだろう。質問はなかったのかい?
*質問? 何の質問のことですか?
覚えていないのかい。ずっと以前から抱き続けていて未だに回答の得 られない君の心の奥底にある質問のことだよ。
*どうしてそのことを知っているのですか。
君のことを知っていると言ったろう。君の内面を良く知っているのだ よ。だから、恐れないで聞いてもらって構わない。ここでは君は完全に 自由だ。
*僕は混乱しています。ここは本当に素晴らしいところだ! ここでは とても気持ちがいい。 普通の世界とは大違いだ! 平和で、何かに…何 と言えばいいんだろう、何かに 満たされていて...
愛に満たされているのだ!
*...それは、分かりません。これまでにこんな気分になったことは なかったので。でも、本当に素晴らしい。
それが普通だ。君にとっては初めてだからね。この人生では初めてこ こに意識的に旅して来たのだから。でも、時間を有効に使っておくれ。 君の深い疑問を取り出してごらん。
*どこから始めたらいいのか分からないのですが、自分が空虚に感じら れ、孤独で理解されていないと思うことがよくあります。どうしてその ように感じるのでしょうか。
それは特別なことではないし、多くの人も同じように感じている。そ れは、君たちの住む世界に愛が欠如していて、人びとが背を向け合って 暮らしているからだ。 孤独感というものは、愛されていないという思いや理解されていない という思いから生じるので、周りを多くの人に囲まれていても、世の中 で独りということがあり得るのだよ。君たちの世界の大多数の人はこん な風に、何も感じることなく、真実の愛がない内面の孤独の中に生きる ことに慣れてしまった。君たちは、全員が兄弟であり、同じ目的地に向 かっていることも、そこに達するにはお互い同士が必要になることもま だ理解していないから、それで、自分が独りだと信じてしまっているの だ。
*僕たちが到達しなくてはならない目的地とは何ですか。
真の幸福だ。だがそこには、愛において成長しない限り到達できない。 唯一愛のみが、内面の空虚感を埋めることができる。特に気にかかって いる質問があるかね?
*僕を悩ます最大の質問は、「どうして存在し、何のために存在してい るのか」です。僕は何のために生まれたのでしょうか。 何かをしにや って来たのでしょうか。どうして何をしにやって来たのか、覚えていな いのでしょうか。
君は進化するために来たのだよ。
*進化するとは、どういう意味ですか。何において進化するのですか?
エゴを愛に変化させていく過程を、私は進化と呼ぶのだよ。進化とは、 愛について学ぶことだ。
*愛における進化をお話しされるのですね。でも、僕がこの世で目にす るものは愛ではありません。苦しみは何のためなのでしょうか。 どう して、最も美しいものから最も残酷で破壊的なものまでが混在する、こ んなにも矛盾に満ちた世界に住んでいるのでしょう。 憎悪、戦争、飢 餓、貧困、苦悩。僕には、これらの存在理由が分かりません。何らかの 意味があるのですか。 それとも、答えは見出せないのでしょうか。
もちろん意味はある。進化のためだ。今君が言ったこれらの災いは全 て、愛の欠如、つまりエゴと呼ばれる同一の源から生じたものだ。各人 のエゴが集積すると、現状のようにこの世を完全な地獄にしてしまうが、 それぞれのエゴが愛に変わって合わされば、この世を天国に変えられる。 内面をエゴから愛に変えるのは、各人の意志にかかっている。 内側を変えることができれば、当然の結果として、君たちの周りの外 側を、そして世界全体を変えることが可能だ。君たちを取り囲む外界は、 自己変革を手伝うためにあるのであって、型作りを教わりたい子どもに とっての粘土のようなものなのだ。
*やっぱり分かりません。何のために、どこに向かって進化するのです か。それに最後に結局、全てが死に帰すのだとしたら、そのような努力 に何の意味があるのでしょうか。
愛や感情や知識の能力を高めながら、より高次の幸福に近づいていく という各人の進化には、決して終わりがない。もし終わるのだとしたら、 意味がない。
*それはどういう意味ですか。
人が存在しなくなることはない、つまり不死ということだ。
*毎日、何千何百万という人間が死んでいるというのに、どうしてそう 言えるのでしょう。
死ぬのは、人間が物質界で存在するために使用する乗り物、つまり肉 体に過ぎない。人の本質や意識はそのまま存在しつづける。
*それは、死の後にも生が存在するということですか。
そうだ。実際に私が言いたいのは、死というものが存在しないという こと、朽ちてしまうものは、魂が物質界に顕現できるように使用する乗 り物に過ぎないということだ。
*魂とは何ですか。
魂とは、生きて感じることのできる存在のことだ。個人の意志や意識 が宿るところが魂であり、決して破壊されることがない。 君は魂だ。君たち人間は全員が魂で、転生と呼ばれる期間の間だけ、 物理的な肉体に繋がれているのだ。君たちは自分自身を肉体だと思って いるが、肉体は、この物質界で活動するために必要とされる衣服に過ぎ ないのだよ。
*確認したいのですが、それではあなたは、魂が、つまり僕ら自身が、 肉体からは独立して存在できると言いたいのでしょうか。
その通り。それが死後に起こることなのだ。魂は完全に肉体から離れ て存在し、生き続ける。
*魂が死ぬことはないのですか。
死ぬことはない。魂は不死なのだ。進化したり改善したり停滞するこ とはあるが、決して破壊されはしない。
*でも、肉体の死を越えて命が存在するという、どんな証拠があるので しょうか。私の知る限り、あちら側から戻って話をしてくれた人は、一 人もいないのですが。
異議を唱えて申し訳ないが、そう言い切ることが完全に正しいとは言 えないな。臨床学的には死を迎えて、そこから生き返った人の証言は山 ほどある。これらの人びとの多くは、肉体的に死んでいる間に、強烈で 彼らにとってはリアルな体験をしたことを覚えているんだよ。
*それらの体験談は、非常に危機的な状況下での幻覚が生んだ産物だと は考えられませんか。
それならば、皆で同じ幻覚を見ようと同意した、集団的な幻覚だとい うことになる。なぜなら、皆が同じ話をしているんだよ。
*時々自分自身の存在が幻覚ではないのかと疑うことがありますが。
幻覚を見るためには存在しなければならない。君たちの世界の偉大な る哲学者の一人も言ったろう、「我思う、故に我あり」と。私だったら、 それに「我感じる、故に存在する」と付け加えるがね。 他人の経験は、自分の経験ではないので、疑うことは可能だ。だが、 自分が経験したことには疑いの余地がない。自分の経験とは、その人自 身によって体験されたもので、実際にそれを感じ体験した人にとっては、 紛れもない現実なのだ。
*皆が共通して話しているという話とは、どういうものですか。
肉体からの分離と、外から自分の身体を見ること。暗いトンネル内を 旅する感覚と、通り抜けた時にまぶしい光を感じること。以前に亡くな った家族や友人との再会。光の存在との会話。自身の人生の回顧。 それに、肉体に戻ってから、その後の人生観が変化したり、死という 現象の捉え方が変わったという経験もある。こういう体験をした人は、 生が継続することを知り、自分が置き去る人生よりもずっといいことが 待っていることを経験したので、死に対する恐怖がなくなるのだ。
*僕にはやはり、主観的な印象に過ぎないように思えますが。
これらの証言を表面的に個別に分析するなら、正当性を疑うのは簡単 だろう。しかし、国や文化や信念の違いにも関わらず、非常に似通った 特徴を持つ現象が、大人に限らず子どもにも、何度もくりかえされてい る場合には、少なくとも、この件に関する真剣な研究がなされるべきで はないだろうか。 君たちの世界にも、アメリカの精神科医で哲学家であるレイモンド・ ムーディ(Raymond Moody)博士や臨死体験をした子どもたちの調査し た小児科医で神経学研究家のメルヴィン・モース(Melvin Morse)のよ うに、臨死体験を入念に調査することに専念して体験談を取りまとめた、 真面目で著名な研究家が沢山いるだろう。『かいまみた死後の世界/Life after Life 』と『臨死体験光の世界へ/Closer to the light』を読むことを勧 めよう。
*そうだとしても、僕には、死後の生の存在の証拠としては、偶発的で 根拠に欠けるように思えます。亡くなったまま戻らない人たちに比べる と、臨死体験をして生き返ったケースの割合は少ないですから。
君たちが死と呼ぶ、肉体との最終的な分離の過程にいる死にかけてい る人たちからの証言はもっとずっと沢山ある。この過程にいる人の多く が、すでに亡くなった親しい人たちや向こう側への移行を助けてくれる 光の存在を見たり、彼らと話したりした、と断言しているのだよ。でも 普通は、幻覚を見ているのだと思い込む。どうやら死が近づくと、また もや世界中のあらゆるところで、同じ幻覚を見ようと皆が約束でもする らしい。 世界的権威の精神科医であるエリザベス・キューブラー・ロス (Elisabeth Kübler-Ross)のように、このテーマを真剣に研究すること に専念した熱心な研究者も沢山いる。彼女の『死ぬ瞬間/ On Death and Dying』を読んでみたらどうだい。
*でもこれらは全部、臨死体験をしたとは言え、肉体的には生きている 人たちのケースではないですか。
肉体を持たない存在とコンタクトをしたという証言もある。良くある のが、最近亡くなった親しい人が、はっきりと夢の中やベッドの足元に 現れて、お別れを言うケースだ。これは、研究者によって余り調査はさ れていないが、結構頻繁に起こるケースだ。
*それにしても、生と死の境での出来事に限定されずに、もっと確固た る証拠があってもいいと思いますよ。
霊界とのコンタクトをもっと頻繁に継続して取れる霊媒(敏感な人) もいる。
*それは、なおさら信じられないのですが。
鵜呑みにしなくてもいい。だが、伝えられるメッセージをよく吟味し て分析してごらん。メッセージの質で発信人が分かるだろう。
*でも、どうしてそれがいかさまではないと分かるんですか。つまり、 自称霊媒師がどうして死者のふりをしていないのだと分かるのですか。
いかさまは常に可能だよ。しかし、偽札を造る人がいるからといって、 全てのお金が偽物とは限らないように、霊媒だと偽る人がいるからとい って、全ての霊媒師が詐欺師やペテン師だという訳ではない。 詐欺にあわないためには、日常生活において正直で、自己の利益のた めに能力を使ったりしない霊媒師を選ぶことが一番確実だ。 生まれつき何らかの霊媒体質で、子どもの時からこの能力が目覚めて いる人は、君が考えている以上に多いのだよ。しかしながら一般的には、 周囲から拒絶されたり理解されなかったりするので、その力を抑制して しまうのだ。 また、能力を適切に開発できて社会の利益に使おうとするごく小数の 者は、嘲笑の対象になったり日常生活で足を引っ張られたりしないよう に、目立たないようにやるものなのだ。
*どうして霊媒能力のある人とない人がいるのですか。それは何の違い によるのでしょうか。
それは、各魂の進化の計画による。霊媒になるというのは、転生前に 選んで設定されることなのだ。他の人たちを援助することによってその 能力を正しく使うことができれば、その人がより速く進化するために役 に立つ。これは、魂が前生で行った行為と深く関連している。
*魂が生まれる前から存在していて、他の人生も経験したことがあるの ですか。
その通りだ。魂が現在の人生で遭遇する状況や試練は、過去の人生や、 転生と転生との間の期間に、自分が下した決断と密接な関係があるのだ よ。
*過去生、つまり生まれる以前の人生を証明するどんな根拠があるので しょうか。
過去生の記憶を持った人たちの証言があるよ。これらは自発的(特に 子どもの場合)なものか、退行催眠によって誘発されたものだ。この件 に関してはかなりの文献が揃っている。 子どもたちの記憶に関しては、「前世」を「覚えている」小さな子ど もたちを対象に輪廻転生と思われる事例を研究しているカナダの精神医、 スティーヴンソン(Stevenson)の研究論文を読んでみるといい。現に、 輪廻と思われる二千五百以上のケースを世界中で調査してきた。彼は本 も二十冊以上著しているし、心理学と精神学の専門雑誌にも色々な論文 を発表している。『Twenty Cases Suggestive of Reincarnation』はお勧め だ。
*これらは全部、想像が生み出したものではないのですか。
想像や精神的な混乱やその他の要素が原因となるケースがあることは 認めるが、過去の人生の詳細を具体的に覚えていて、しかも歴史的な裏 づけが取られた事例は、もっと沢山存在しているのだ。彼らは、地名や 事件や名前などを詳細に覚えているのだが、その多くが、今生では一度 も行ったことない国々でのものなのだ。 特筆すべきなのは、幼い子どもにみられるのだが、今生では聞いたこ ともない前世で話していた言語を、急にしゃべり出すことさえあること だ。彼らは大抵の場合、二歳から四歳までの子どもたちで、別の場所や 別の時代に生きた過去生のことを両親や兄弟に話し出す。こういう子ど もは前の人生で経験した事柄に強く興味を惹かれ、しばしば前に暮らし ていたという家族の元に返して欲しいと頼むのだ。
*まあ、子どもというものは、想像力が豊かですからね。これらの証言 に確証を与えるのは難しいでしょう。
だが、「想像」した事が現実だと証明できたとしたなら、それは天才 的な想像力ということだね。一方で、退行催眠術によって、前世の記憶 を取り戻す大人のケースも沢山ある。
*退行催眠術で想像力が膨らんだために、前世を思い出したと錯覚した のではないですか。
もう一度同じことを言おう。想像力や他の要因の産物であるケースが 存在するのは認めるが、歴史的に裏づけされた過去生の詳細を具体的に 覚えている人たちの事例は、もっと沢山存在しているのだ。また、多く の人が、輪廻を認めない宗教的信仰を持っているにも関わらず、退行催 眠にかかると前世に起こった事柄を思い出すことも注目に値する。しか し、暗示によるかもしれないものと、前世の記憶かもしれないものとを 区別するために、これらは全て真剣かつ入念に調査されなければならな い。
心理医学者で『Life Before Life』の著者であるヘレン・ウォンバック (Helen Wambach)や『未来世療法/ Same soul many bodies』を著した精 神病医ブライアン・ワイス(Brian Weiss)、または前述のレイモンド・ ムーディ(Raymond Moody)の『Coming back』にみられるように、退 行催眠術にかかった人から得られた返答から、前世の存在の可能性を真 剣に探求した研究者は沢山いる。彼らは何千人もの人に催眠をかけて、 生まれる前に実在したかもしれない過去生に関して質問し、その回答を 調査したところ、これらの経験には一連の共通項があることが分かり、 似通った結論に達したのだ。
*その似通った結論とは何ですか。
肉体の命というものは、決して終わることのない本物の命の一瞬に過 ぎないということ。肉体の死はおしまいではなく、より自由な存在へと 移行する一段階に過ぎないこと。我々は皆、先に向こうへ渡った愛する 人たちと再び出会えるのだということ。そして愛する人たちとは、別の 転生でもめぐり会えるということ。我々の一人ひとりに、物質界を自由 に探求しながら、自分自身の力で知識や愛において成長していけるよう に用意された計画があること。この人生で出会う状況は偶然の産物など ではなく、前世の行為の結果であること。我々は生まれる前から、今生 で取り組む試練を知っていて、それらを上手く乗り越えようと周到に用 意してきたこと。
*なぜ過去生の体験があるということが言えるのですか。過去生でも今 生と同じような意識状態でしかなかったのですから、今と同じように前 世の存在を自覚できなかったのではありませんか。
なぜなら、過去生を詳しく覚えているだけではなく、同時にどうして そのような人生や試練を経験しなければならなかったのか、その理由も 覚えている人がかなりいるからだ。つまり、物理的な生と生の間の肉体 を持たない期間に起きた事も覚えているのだ。
心理学博士のマイケル・ニュートン(Michael Newton)のように転生 と転生の間の記憶を専門的に調べている研究者もいる。ニュートン博士 は、人びとを深い催眠術状態にすることに熟練していて、転生と転生の 間の記憶を思い出させることで、どうして特定な時期に、特定の家族や 環境の下に転生することを決断したのかを思い出させるのだ。『死後の 世界が教える「人生はなんのためにあるのか」/Journey of Souls』と 『死後の世界を知ると、人生は深く癒される/Destiny of Souls』を読んで みればいい。
*各人生で僕らが経験しなければならない試練や環境とは何で、どうし てそうしないといけないのですか。
そのような試練の多くは、我々が他者にしたことを自分自身で味わっ て、自分が招いた状況結果に直面して、自分の行為が他者に及ぼした苦 悩や喜びを自覚できるようになるためのものだ。本当に種々様々な試練 があるのだが、一般的には、我々がエゴを解き放って愛において成長で きるようにと意図されている。
*自分が肉体ではなく魂であることを自覚するには、実際に死んだり臨 死体験をしてみる必要があるのでしょうか。
その必要はない。実際、君たちの誰もに一時的に肉体を離れる能力が あるし、実際睡眠中にはそれが無意識に起こるのだ。でも、特定のリラ ックス技法によって、意識的に肉体との分離を誘発させることができる 人もいる。幽体(アストラル体)離脱は、意識が肉体に縛られてはいな いことを実証してくれる。
*幽体(アストラル体)離脱とは何ですか。
肉体から一時的に分離することだ。しかし、どうしてすでに知ってい ることを質問するのだ? 君はここにその方法で来たのではないのかい?
*僕は、他の人たちが言っていたことを試そうとしていただけなんです。 理論と実践は別物ですから。でも、こんなことが実際に起こるとは思っ てもいなかったんです。
実際に起こるのさ。君の身体はここにはない。君のベッドの上に横た わっている。だが、君自身はここにいる。
*あなたが言いたいのは、身体がなくても僕たちが生きていられるとい うことだけではなくて、物理的に生きているままで、死んだりせずに身 体から出たり戻ったりできるということですか。
その通りだ。
*具体的に何が肉体から離れるのですか。
説明した通り、魂が、物質界での活動に使用する衣に過ぎない肉体か ら離れるのだ。だが、この分離は一時的なもので、両者の間には常に決 して壊れることのない繋がりが存在し、それによって健康を損なわずに 魂が肉体に戻ることが可能なのだ。それが、シルバーコードと呼ばれる ものだ。
*シルバーコードとは何ですか。
アストラル体と肉体とを結ぶ絆だ。アストラル体が抜けても、肉体が 生命を維持するために必要となるエネルギーを供給する、臍の緒のよう なものだ。霊能者たちは、この「コード」は銀色がかっていて、アスト ラル体が身体からどれだけ離れようと、必要なだけ伸びることのできる 伸縮自在のひもみたいだと言っている。つまり、魂が肉体を離れて遠く に旅する時には、とても長い距離まで伸びることができるのだ。
*身体から離れて、魂はどこに行くのですか。
各人の思考が導く場所へ。アストラル界へ。これは、人間の成長に必 要なエネルギーの流動に応じて自然に起こるのだ。睡眠中のこのような 旅ではエネルギーが供給され、霊的にもっとレベルの高い存在たちが助 言をくれたり導いてくれるので、後の実生活が容易になる経験も与えら れる。 このことに関してもっと知りたければ、オリバー・フォックス (Oliver Fox)の『幽体離脱/Astral Projection』を読むようアドバイスし よう。
*アストラル体? アストラル界? 霊的存在? 駄目だ! 少し待ってく ださい! もう、ついていけません。
私はただ君が質問したことについて答えようとしただけだ。だが、話 題が色々飛ぶので、どれも深く掘り下げることができないでいる。もし 良ければ、君も身体に戻る時間だし、これで一旦打ち切ろう。 独りになって、探求したり思いを巡らさなければならない事柄が、今 はかなりあるだろう。君に推薦した本を探して読むようにしてごらん。 この体験が、君の頭が作り出した幻覚ではなく、本当に現実だったと自 信が得られるような確証を与えてくれるだろう。
*その全部を覚えてられるか自信がないのですが...
心配しないでもいい。その気になれば、本を見つけ出すために必要な ことを思い出すだろう。君がまた私に出会えるのを望んでいるとしてだ が、次に会った時に私に質問ができるように、それまで新たな疑問を集 めておくといい。
*いつまた会えるのですか。
それは君次第だ。私たちが表面的に取りかかり始めたテーマについて、 君がどれだけ掘り下げたいのか、あるいは、このままにしておきたいの かによる。
*あなたと話すにつれて、進化についてや霊魂の不死性のようなことに 関して、もっと質問が沸いてきたのですが。
それはまた別の機会にとっておきなさい。今見たように、他のテーマ には触れずにある話題の一面を掘り下げるのは不可能に近いのだが、テ ーマ毎に質問に取り組んでみることとしよう。それらの回答も、さらに 詳しい説明が要求される別の質問へと発展していくことだろう。
*今のところは、まだあなたのお話を懐疑的に聞いているということを 分かって下さい。
理解できるよ。君が心から答えを求めていて、聞く耳を持っているこ とは知っている。そうでなければ、私はここにはいないだろう。君は慎 重に話を聞いたと思うし、私たちが話した内容を反芻するのに時間が必 要なのも分かっている。私にはそれで充分だ。弟よ、また会おう。
*イザヤ、さようなら。
そして、ほとんど別れを言う間もないまま、グイっと引っ張られると、 外にはじき出された時に感じたのと同じ勢いで、光の速度で落下する感 覚があり、自分の身体に突入した。身体に戻るのは、しんどいことだっ た。あの夢のような場所で、甘く穏やかな波動を感じながら身体の外に いる身軽さと比べたら、なんという違いだろう! 寒さを感じた。酔った ように吐き気がして、百キロもある鉛の鎧を着せられたかのように重た く感じた。しばらくは身動きすることも話すこともできなかった。自分 に起こったことを自覚し始めたのはこの時だった。強い衝撃を受けて、 感動の余りに泣いた。
それは、僕の人生の中で最も不思議な出来事だった。それに続く数ヶ 月、僕は通常に戻ろうとしたが、どんなに頑張ってみても、もう物事を 同じようには見られなくなっていた。ほとんど全てのことが世俗的に思 えた。日常の心配事や仕事も。自分の周りで起きている出来事を見も聞 きもせず、その体験のことばかりを考えながら、ボーッとすることが多 かった。家族や友人など誰かにこの事を話したいと思ったが、僕の常識 が、頭が少しおかしいと思われるだろうし、理解してもらえないだろう から止めておけ、と言った。エイリアンみたいによそ者の気がした。
一 体どれだけの人がこれと同じ体験をしたのだろうかと考えてみた。 そして、時間が経つにつれて疑惑がもたげてきた。もし全部が幻覚で、 僕の想像力が生み出したものだったとしたら? その考えに逆らおうとし て、イザヤが僕に言ったことを思い出した。「君に推薦した本を探して 読むようにしてごらん。この体験が、君の頭が作り出した幻覚ではなか ったと自信が得られるような確証を与えてくれるだろう」 そこで、インターネットで本を探し始めた。著者もタイトルも思い出 せなかったけれど、僕たちの会話を思い出せるキーワードは覚えていた。 グーグルに「輪廻転生、過去生、死後の生」と入力してみると、本の著 者の名前や題名が現れてきて、その中でイザヤが教えてくれた名を見つ けることができた。
彼が僕に言ったことを一点一点確認しながら、それ らを入念に読んでみた。もしあれがただの幻覚だったとしたら、かなり いい線をいっていた。 もう一度イザヤに会いたくなった。彼の優しい目に癒されたかった。 もう一度平和を感じたかった。本を読んだことで、僕と同じ質問に答え ようとしている人たちがいて、彼らが答えを見出だそうと取り組んでい ることが分かった。だけど一方で、もっとずっと沢山の疑問も出てきて しまったので、それらをノートに書き留めて、またイザヤに会える機会 があったらと、時々頭の中で反復して思い出せるようにした。そう認め たくはなかったが、イザヤに、僕の疑問を晴らしながら教えて欲しかっ た。僕の質問に対する誰かの答えが胸の奥にまで達したのは、あの老人 が初めてだったからだ。
おまけに、とても愛されている気持ちにさせて くれて、居心地が良かった! まだ懐疑的ではあったけれど、僕の内の何 かが、正しい道を進んでいると教えてくれた。 それで、イザヤに再会する希望を持って、またもやリラックスの練習 を始めた。
そして、再び身体から抜け出たのだ。今回はそれほど努力を 必要としなかった。たった5回やってみただけで外に出られた。同じ旅 をして、同じ感覚を味わった。そして、彼はそこにいた。満面の笑みを 浮かべて、最初の時と同じ癒しのまなざしで再び僕を待っていた。
(P11~P22)
神
(P23~P26)
神 やあ、弟よ! 遅かったじゃないか! 待ちくたびれて年を取ってしま ったよ! 髪まで白くなってしまっただろう!
*何ですって? あなたの髪はもう白かったではありませんか!
怒りなさんな。冗談だよ! こんな上の方ではユーモアのセンスもない、 とでも思っていたのかい? さて、地上に戻ってからどうだったかい? 私を懐かしんでくれたかい?
*ええ、とてもあなたに会いたかったです。もう一度ここに来て平和を 感じたいと思いました。あなたが教えてくれた本を見つけ出して読んで みました。とても参考になりましたが、質問がもっと増えてしまいまし た。
喜ばしいことだ。さあ、言ってごらん。自由に質問を始めていいよ。
*信じている訳ではないんですが、霊性進化についてあなたが言ったこ とや本に書いてあることから推測すると、かなり複雑な組織化された計 画のようなものがあるみたいなのですが。
そうだよ。全宇宙の全ての生き物と全存在物を網羅する計画だ。もち ろん、それぞれの魂には進化の具体的な計画があるがね。万物の生命は どれも愛され幸せになるように定められているのだ。この個人的な進化 の計画には、様々な進化段階にいる多数の存在が関与していて、進むべ き道をたどれるように各々の魂を支援しているのだ。
*どういう意味ですか。
君たちには霊的な家族がいるということだ。 君たちは誰もが、多数の霊的存在から愛されているのだ。先ず初めに 神に、それから決して君たちを見捨てることのない君たち自身の守護神 に、そして他の多くの霊魂たち。その多くは、すでに故人となっている 今生や前生での友人や家族だ。しかも、それでも足りないかと言わんば かりに、君たちには全員に、伴侶とも言える自分に完全に似通った双子 の魂が存在していて、それは本当の愛を感じ始める対象としては最適な 相手なのだ。彼らの中には、君たちと同時期に転生している者もいて、 肉体上の家族の一員であったりなかったり、または単に仲のよい人だっ たりする。
*そんなに愛されているのに、多くの場合に独りぼっちだと感じてしま うのは、どうしてでしょう。
それは君たちが、同じ時期に転生していたり霊界から支えてくれてい る存在などの仲間との繋がりを知らずに、霊的世界から隔離されて暮ら しているからだ。頭や五感の要求を聞くのに一生懸命で、心で感じる思 いとはかけ離れてしまい、地上での使命を自覚できないからだ。 一つはっきりさせておこう。物質界で独りだと感じられたとしても、 霊的世界においては、決して独りになることなどない。この繋がりを発 見し、その繊細な扉の向こう側に本当の生を発見するのは、一人ひとり にかかっている。だがその扉を開くことができる鍵は、愛情だけなのだ。 真心を込めて願えば、君たちの感受性を目覚めさせ、君たちの苦悩を癒 してくれる助けが得られるだろう。だが、それを受け取るためには愛を 阻む鎧を自分で脱がなくてはならない。一人で孤立していたいと願う者 には、その意思が尊重されるからだ。
*先ほど神に言及されたので告白するのですが、僕は神の存在をすごく 疑問視しているのです。神に会ったことのある人などいるのですか。
神の作品を見たことがないのか? 宇宙、生命、君自身だ。神はこれ以 上君に近づけないほど近いところにいる。だが神は、自分を認めろとか 心を開けとかを強制しない。君自身が神を感じたい、気づきたいと思わ なくてはならない。 しかし、もし君が、君ぐらいの大きさの、目や顔や腕や脚を持った自 分に似た人に会うことを期待しているのだとしたら、絶対に神が分から ないであろう。
神はそれよりずっとすごいものなのだ。 身体の細胞の一つが「どこに私がいるという身体があるのかい? 見え ないんだけれど」と言うようなものだ。「君はその中にいるんだよ。気 がつかないかい?」と答えても、細胞は言うだろう、「私が見えるのは 細胞だけだよ。細胞! そこらじゅう私みたいな細胞だらけだ」と。「そ れでは、自分自身の性質や機能や他の細胞と築いている関係を良く見て ごらん。全体を形成するのにどれほど素晴らしい連携をしているか、他 の細胞同士との関係も調べて、その全体が作るものを観察してごらん。 そうすれば、細胞よ、自分が一部となっている身体に気づいて、それを 認識することができるだろう」
*では、どこに神が存在するという確証を求めることができるのでしょ う。
細胞での例のように、先ず最 初に自分の存在、次に自分の周りの存在 の中に、それは見出せる。 自分自身の存在を自覚していて、感じたり考えたりできる人はどこか らやって来たのか? 完璧に全ての歯車が噛み合い調和がとれた宇宙の起 源とは? それが、無ということなどあり得ない。なぜなら、無は、こんなにも 複雑かつ美しいものを創造することなどできないからだ。成り行きに任 せて鍵盤を叩いて美しいシンフォニーを作曲できると信じる人がいるだ ろうか? それと同様に、宇宙や生命や人間のように美しく複雑なものが、 因果の結果としてではなく、偶然の産物だということはあり得ない。
*でもこれら全てを創造したのが、なぜ神でなければならないのですか。 自然そのものには、創造する能力がないとでも言うのでしょうか。
それなら、自然の創造能力はどこから生まれるのだ? 宇宙を司る法則 はどこで出来た? 君たちは、自然や宇宙に創造する力があることや、そ の力を組織して秩序化する物理的・化学的・生物的な法則が存在するこ とは認めているようだ。だから、科学者たちは、知らない現象を発見す ると、無から生じたとは言わずに、それを生じさせた原因を探そうとす る。つまり、君たちは日々の生活の中で、原因なくして結果なしという 法則を認めている訳だ。 それなのに、宇宙の起源は何か、つまり最初の原因は何か、という問 いに答える時には、いつもは有効だと認めている原因-結果の法則に反 して、「無から生まれた!」という原因なしの帰結を公言することをい とわない。これは、矛盾極まりないことだ! だから、全てに最初の原因 がある筈で、それが神なのだ。
*何度もしつこく申し訳ないのですが、なぜ全てを創造したのが必ずし も神でなければならないのですか。僕たち人間には美しく複雑なものは 創れないとでも言うのですか。たとえば、音楽やコンピューターなど…
君たちにも創造の能力があるというのは確かだが、その能力があるの だとしたら、何に起因するのだろう? 宇宙には、様々な進化段階にいる多くの存在がいて、その進歩の度合 いによって君たちよりも能力が高かったり低かったりする。しかし、彼 らに始まりがあったとするなら、原因と結果の法則において、それ以前 の何かの工程によって創造されたと認めるべきだろう。したがって、実 際には、被創造者の創造力というものは、すでに存在している法則に従 って、他の創造物に対して発揮されるに過ぎない、と認めるべきだ。
よって、我々は、創造されたのではなく悠久の時から存在し、今後も 永遠に存在する、全存在物の法則と規範を定めた最初の創造主を認めな ければならないこととなるのだが、それが神なのだ。
*では、神が存在するという可能性だけは認めましょう。神の存在を仮 定した場合、僕は、その掴みどころがなく、姿を見せない神とされるも のが誰で、どんな様子なのかということに興味があるのですが。
作品を見れば作者が分かるだろう。自分自身や自分を囲む世界を知れ ば、神が分かり始める。生き物は創造主の潜在能力を秘めているので、 人間の善良なる資質の全てをできる限り完璧に想像すれば、今の君の力 ではたいそう不完全なものだとはいえ、それが神のイメージには一番近 く、神の輪郭を描き始めたことになるのだ。「神とはどのようなもの か?」という問いに「その存在になれた時の君のようだよ」と答えるも のがあるが、それが的を得ている。
*善良なる資質とはどういうものですか。
愛、叡智、正義、真実、謙虚、寛大、誠実、繊細、理解、慈悲…。
*神の資質で僕たちが持てないものがありますか。
あるとも。創造主は、不変で全能で創られることがなく、いつも存在 する。 創造物は、終わりはないが初めはある。常に改善しようとしているの で変移するし、絶えず拡大させている進歩の能力には制限こそないが、 それは無限ではない。
*もし、神という存在がそんなにも完璧であるのなら、どうして、この 世界に悪が存在することを許すのですか。
神は、生き物が自由に体験し、間違いから学べるのを容認している。 この世の悪は、神から生じたものではなく、霊的法則を知らないために 他の被創造物を傷つける、進化の途上の人間が生んだものだ。
*それなら、それらの法則がどんなものなのか、教えて下さらなければ なりません。僕にはまだ納得のいく答えが得られていない疑問が山ほど あり、この世界の非常に理不尽な出来事が理解できないので、その法則 できちんとした説明が得られるのか疑問ですが。
喜んで。用意はいいかい。話すことが山ほどあるよ。
(P23~P26)
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別れ
(P238~P243)
「今日は君をびっくりさせてあげよう」と、イザヤはある日、僕を見 るなり言った。 「へぇ、何でしょうか?」
「今まで君がここにやって来た時は、いつも私しかいなかったね。 我々は、そのほうが、君がもっと気楽に質問をし易いと思って、そうし ていたのだ。だが、ここが、誰も住んでいない孤独な場所だとは思って 欲しくない。君はもう、私を信頼してくれているし、この世界にも馴染 めたので、他の者を紹介してもいい頃だと思うのだ。ついておいで。皆 に紹介して、君に会いたがっていた友人と少し話をしよう」 そしてどうやったのか分からないが、僕たちは、その景色の上を飛び 始めた。
上空から、その素晴らしい景色を眺めることができた。 緑の美しい谷に点在した、半球体の小さな建物が見えた。何だろうと 質問しようとして口を開く前に、イザヤが「我々の家だよ」と答えた。 集落の中心には、ガラス張りに見えるもっと大きなピラミッド型の建 物があって、そこから輝くばかりの白い光が出ていた。「あそこが、瞑 想をするために集まる場所だ。我々は、霊的な教えを授かるために高次 の惑星とテレパシーで通信し、後進の惑星とも、全人類に愛の教えを伝 えるために交信するのだ」と、イザヤが言った。
そして、その内部に入ると、完全に透明な壁を通して、中の様子を見 ることができた。壇上に、輪を描いて座っている三十人ぐらいの人がい て、とても集中しているのが見えた。その瞑想では、各人がそれぞれの 役割を担っているようだった。そのうちに、輪の真ん中に、二人の人の 姿が形を現し始めた。一人は男性で、もう一人は女性だったが、非常に 美しく、大変穏やかで心地の良い光のオーラに包まれていた。
二人は、そこにいる人たちと熱のこもった挨拶をし、何らかの言葉を 交わした後、僕たちに近づいて来た。以前、イザヤのまなざしは透き通 り、深い平和と愛の感覚を伝えてくれると言ったが、この二人のまなざ しはそれ以上に深く、天使のように思えた。 「こんにちは。私はベスタよ」と、女性の方が言った。
「やあ、僕はジュノーだよ」、男性が言った。「もう一度君に会いた いと思っていたんだよ」 「もう一度だって? 二人のことなど知らないのに。前に会ったことが あったとしたら、忘れる筈がないし」と、僕は思った。
べスタ: 覚えてなくても、知らない訳じゃないのよ。
イザヤ: イエスのことが知りたかったんだろ? 二人は、イエスを良く 知っているんだよ。知りたいことを聞いてごらん。二人は、私たちとは 長くいられないだろうから、時間を無駄にしないことだ。
イザヤ: 何も聞かないのかね? 恥ずかしがらないことだ。友達ではな いか。
ベスタ: 思い切って質問ができないのなら、私が手伝ってあげるわ。イ エスに、性関係も含めた全てを分かち合える女性の伴侶、つまり双子の 魂がいたのか、を知りたいのよね。 なぜ分かったのですか? と、僕は顔を赤らめながら答えた。
イザヤ: この期に及んでも、我々が思考を読めることに気づけないのか ね。だが、心配するに及ばん。誰にも言わんからね、はっはっは。
ベスタ: 私が答えてあげるわ。質問の答えは、はい、よ。イエスには、 性も含めて全ての愛を共有できる女性がいたし、もちろん今でも、その 完全に似通った相手がいるのよ。それにそれは、イエスだけではないわ。 彼と同じか、それ以上のレベルの人間だけが住む世界も存在していて、 そこでもパートナーや子ども、そして性関係があるのよ。これが、霊的 に進歩すると異性愛を放棄することになるのか、というあなたの質問へ の回答になったかしら? はい、とてもはっきりしました。
ジュノー: イエスが地上で、人生を共にする相手と巡り会えなかったと したら、それは彼の双子の魂が、別の惑星で似たような任務を果たして いたから、その時期に一緒にいられなかったからなのだ。でも、その別 離は一時的なものだった。イエスは、彼より進化が劣った女性とは、一緒になる約束ができなか った。そうしても、その女性には彼の使命が理解できず、執着によって あらゆる手段で彼の任務の妨害をしたであろうし、彼を失うことで非常 に苦しむ結果になったであろうからだ。 だがそれでも、彼が相手を探そうとしなかった訳ではない。若い時分 は、まだ自己の使命を良く自覚していなかったので、イエスも大半の人 と同様に、愛せる女性を見つけ、一緒になりたいと願ったことがあった のだ。
イザヤ: もっと質問をするかね、それとも、もう二人に帰ってもらって もいいのかい? はい、いつも知りたいと思っていたのですが、イエスは、彼の後にで きたキリスト教や教会について、どう思っているのでしょうか。
ジュノー: イエスがここにいたとしたら、次のように言っただろう。 教会や宗教を創る意図など全くなかった。まして、私の名・言葉・行 いを使って創り上げた、私個人への信仰に基づく宗教など、なおのこと だ。 キリスト教は、人間の感情や自由を非常に抑圧しているので、愛の手 本を示すどころか、それと最もかけ離れたものになってしまった。 私を賛美し称賛してくれるように、と教えたことも頼んだことも決し てない。神も、称賛を求めていない。神は、神自身が君たちを愛すよう に、君たちもお互い同士を愛して、幸せになって欲しいだけだ。 私は、単に愛の教えを伝えるためにやって来た。私の生き方でそれを 実践してみせて、君たちがそれを手本にして教えを取り入れて、幸福へ の道を見出せるようにしたのだ。 この愛の教えは、私個人のものではなく、霊的世界のもので、神から 全人類への普遍的な教えだ。それを伝道したのが私であったことは、重 要ではない。愛の叡智のある別の兄弟であったとしても、同じことなの だ。 私の名や神の名において、どれほどの非道・殺人・拷問・辱めが人類 に行われたことだろう! 互いに愛し合いなさい、敵を愛しなさい、と何 百回となく言わなかっただろうか? 私の信奉者だと名乗る者たちは、一 体私のどこに、そのような愛に反する行為の口実を見つけたのだろう か?
愛の教えを世に示すふさわしい者になりたければ、祭壇や十字架や宗 教遺物の前で、ひざまずくのは止めなさい。偶像を崇拝するのも、祈り をくりかえし唱えるのも、無意味な儀式も止めなさい。そのようなこと をしても、愛ではないからだ。見返りを全く期待せず、威張らず、改宗 させようとせず、謙虚に、苦しんでいる同胞に手を差し伸べるのだ。そ うすれば、愛の使徒と呼ばれることだろう。 私が示した愛の教えの手本に従わない者には、誰一人として、私の名 や神の名を語る権利がないし、私や神の信徒であると名乗ることもでき ない。そういうものは、自分のエゴに追随しているだけなのだ。
イエスが再び地上に生まれ変わったとしたら、人類になんと言うでし ょう。
ベスタ: 最後に言ったことと、それ以前にやって来た時に言ったことと 同じように「愛しなさい。お互いに愛し合うのだ。それだけが幸せにな れるのだ。その他のことは、どれも重要ではないのだ」と言うでしょう。 僕の人生でずっと疑問に思っていたことの答えを知る機会が持てて、 とても恵まれていると思います。お陰様で、僕は、心を開いて感情を表 すことができるようになり、自分自身の鎧と抑圧から解放されました。 助けていただいたお礼に、何かしたいのですが。
イザヤ: 何も感謝する必要はないよ。逆に、時間を割いて熱心に話を聞 いてくれた君に、我々が感謝しているよ。愛において成長したいと思っ ている弟を手助けできたことを、幸せに思うよ。
それでも、お礼に何かしたいのですが。何がいいでしょうか。
ベスタ: 自分に、何がしたいのか聞いてみてごらんなさい。
あなた方から教わったことを他の人にも伝えて、皆で共有する必要が あるように感じているのですが。もしかしたら、僕に役立ったと同じよ うに、皆の役にも立てるのかもしれません。
イザヤ: それなら、君自身が自分の質問に答えているよ。君が知り得た こと、経験したこと、感じたことの全てを集めて、君の兄弟たちに見せ てあげなさい。彼らに、無条件の愛の教えと、霊的世界の真相を教えて あげられるようにするのだ。
でも、耳を傾けてくれる人がいると思いますか。
ジュノー: やろうと思うことを心からやってみること自体に、価値があ るのだ。もし百万人に一人、このメッセージに耳を傾けてくれる人がい て、その人が感情を目覚めさせ愛の経験に心を開くことができたのなら、 その価値はあったということなのだ。 霊性に目覚めたいとは思っているのに、まだ眠ったままの人が、この 世には沢山いる。内面で感じていることが、空想の産物ではなく現実な のだよと、同意してあげるだけで充分なのだ。君たちの世界では、霊性 に関する真実と虚偽とがまだ混乱を極めているので、外部の世界には、 その真相がなかなか反映されないからだ。
でも、それをする能力が僕にあるでしょうか。
ベスタ: その能力があるのか、と問うのは止めなさい。全員に愛す力が あるのだから、多くの人にその能力があるわ。 だけど、自分の日常生活での支障をいとわず、気楽さを放棄してまで そうしようと思う人は僅かよ。自分自身に、やりたいのか、やりたくな いのかを聞いたほうがいいわ。したいと思うこと自体、すごい力なのよ。 あなたにできないことは、私たちが手伝ってあげるわ。いつも、あなた と一緒にいるわ。
メッセージの内容で、不快になって、僕に仕返しをしようと思うよう な人はいないでしょうか。
イザヤ: それは冒さなければならないリスクだ。誰も簡単だとは言って いない。皆が自分自身で覚醒できるなら、誰もこんな仕事をしなくても いいだろう。 だから、君自身の中でどちらの思いが強いのかを、はかりにかけて見 なければならない。他者を助けたいという思いなのか、君への否定的な 反応を恐れる気持ちなのか。したくないことで義務づけられることなど ない。することは全て、自分のためにするのだ。君が自由にそうするの であり、我々に借りがあるからとは思わないことだ。
ジュノー: かつては、愛の伝道者は、火刑にされたり磔にされたりした のだよ。でもそんなことは君には起こらない。 誰かが君の言うことで不愉快になるのなら、喜びたまえ。君の言った ことの何かが、その人の内面に触れたということだからだ。魂と感情が 目覚めて抹殺されてしまうのが嫌な、その人のエゴに、火がついたのだ よ。
イザヤ: さて、もう二人は家に帰るためにここを去らねばならない。君 も、肉体に宿る者の世界に戻らなければならない。
ジュノーとベスタ: 友よ、また会う日まで。それまで、私たちの愛の全 てをこめて。 そして、皆で溶け合うように抱擁し合って別れたが、それは余りにも 鮮烈な感覚を伴う体験だったので、僕は決して忘れることはないだろう。
イザヤ: では弟よ、また会う時まで。直ぐに再会できて、対話を続けら れるといいのだが。我々の家族に、よろしく伝えてくれたまえ。
どの家族のことでしょうか。
イザヤ: どれだと思うのかね。全人類の家族にだよ。
・・・・・終わり・・・・・
(P238~P243)
(作者あとがきをご覧ください)
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♬著者ヴィセント・ギリェム氏は、広めることを希望していますので、抜粋して投稿しています。氏および翻訳者のご厚意に感謝いたします。