アイリス あいりす 

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月曜日の上野公園

2018-07-31 09:05:24 | 日記

 昨日ひさしぶりに、上野公園へ友人とランチに出かけました。

美味しいのはもちろん、美しく盛られた食事のひとつひとつを、堪能して友人との会

話もはずみました。友人はご飯をおかわりする程でした。

 カフェも木立の中にあり、風が通り、外でおしゃべりを楽しみました。

そして、カフェを後にしようと、歩きだした時に、後ろから若い女性が声を掛けてき

ました。振り向くと、私の日傘を持って、「お忘れですよ」と差し出してくれまし

た。なんて素敵な日なんでしょう。忘れっぽい私ですが、こんな人に会うのは、うれ

しいものです。ですから「あなたは女神だわ。」と言いました。

 その帰り道に、チェロを弾く東ヨーロッパ風の顔立ちをした、若者がいました。

私達は、近づいて友人と私は語りかけました。若者は日本語がわかりました。

そして更に私は、「愛のあいさつは、できますか?」と聞きました。

昔やったので、全部は覚えていませんが。といいながら弾き始めました。

私の好きな曲のひとつです。チェロの音は、「セロ弾きのゴーシュ」の本にあるよう

に、人間の身体にも心地よい響きをもっています。目の前で、その音にしばし浸るこ

とができました。

「私はこの曲は、チェロの音で聞くのが一番好きです。人を幸せにする曲だとおも

いますから、ぜひレパートリーに入れてみてください。」と図々しくお願いをしまし

た。そして私のリクエストに応えてくれたので、千円をチェロのケースに入れまし

た。

にこやかに笑って若者は、「練習しておきますから、また来てください。」と言って

くれました。

私も、「こちらに来るときには、きっとあなたを探しますよ」と、いいました。

 

 今日は動物園がお休みの月曜日でした。

大人の時間を満喫して、私達はまた楽しくおしゃべりをしながら、歩きました。

人生は、こうして素敵な人たちとふれあう時があります。

 

 

 

 

 

 


ちょっと寄り道気分で

2018-07-15 10:34:29 | 日記

サイト名 「人の心に火を灯す」

https://ameblo.jp/hiroo117/entry-12388795397.html?frm=theme

♬年を取るって、素敵なことだと思うのは、このように考えることが、とても自由なことで、心から「そうですね。」と思えることですね。

 

この文中にありますように、私も10年大阪の北の方に住んだ経験があります。

大阪では、挨拶のように、互いに「おおきに」と言いますし、「ちょっと、負けてえな。」など、皆さん平気で言っています。

それが、個人商店での買い物の常なのです。

ずうずうしいおばちゃんのように、見えますが、大阪ではこうして顔を覚えていくのです。

3回ぐらいのやり取りの末、買われる人もいます。商店主も、そのやり取りを、「かなわないな。」と、言いながらも、楽しんでいるようです。

 

 


隠居について考える

2018-05-06 22:25:01 | 日記

隠居するという言葉は、最近はめったに使われませんし、「いつまでも現役」という言葉を今の60代以降の好む言葉だと思います。

また、親子2世帯での生活もしなくなって、久しいですから、いつまでも現役で元気に暮らさないと、生活出来ないのも確かです。

そうして私達の暮らしは、隠居ということをしなくなりました。

隠居するということは、昔はその家の慣習や親戚との付き合いも含めて、隠居でした。

親戚どうしのお付き合いも、いつまでも年配者がお付き合いをしていくと、子供世代の親戚との付き合いが、つながらなくなるのではないかと、私は危惧しています。

どちらにしても、お互いに顔を合わせるのは、結婚式や葬儀、法事ですから。

いつまでが、現役を通すのがいいのか、考えてしまいます。実際には子供世代が仕事で忙しく、暇な年配者がいるので、代わりに行くというケースもあるとは思います。

顔をあわせなくなると、確実につながらなくなります。

ですから、いくつになったら、隠居するのがいいのか、そろそろ考えねばならないと、思い始めているのです。

 

 


芳香が漂う エジプトヨモギ アルテミシア

2018-05-03 14:20:36 | 日記

    「アルテミシア ワームウッド」の画像検索結果

 

エジプトヨモギ、英名ワームウッド、

アルテミシア、ニガヨモギなどの沢山の名前をもっている植物のようです。

昨年購入して、運悪く枯らしてしまいました。他の植物と寄せ植えしたのが悪かったのでしょう。水をやりすぎたようです。

乾燥に強く、他の植物のように水を欲しがらないようです。

エジプトと名前がついているのですから、湿気は嫌いなのかもしれないですが、庭に植えても丈夫に育つそうです。(日当たりがよく、湿気ない場所に)

このヨモギの写真ですが、いろいろと種類があるのか、実に様々なので、我が家と同じと思える写真を拝借しました。

芳香は格別です。風に揺れると芳香が漂うのがうれしくて、玄関前に鉢植えしています。

葉に触れるだけで、手にも香りがつきます。ですから、つい触ってしまいます。笑

防虫としてのハーブでもあるようですが、食べると苦いことから、和名はニガヨモギというようです。

ヨモギよりも、ずっと細かい葉ですし、色も白っぽいものです。

まだ沢山市場に出回ってはいないようで、この春、私もあちこち見て、やっと見つけました。

 


中国人カップルとの「ちょっとしあわせ」

2018-04-10 07:51:48 | 日記

昨日、友人と一緒に恒例の新宿御苑に行ってきました。

八重桜が満開で、園内も月曜日とあって人も少なめでちょうどいいぐあいでした。

桜の背景の木々も芽吹き始めて、濃淡の緑を目にして、ここが東京かと思えるほどの自然を満喫してきました。ひろーい芝生の広場も、一段と空が大きく見えて子供たちも喜んでいるようでした。

久しぶりの友人との会話もはずみ、ほほに受ける春風はここちよく、太陽の日差しを浴びるのも、暖かく幸せなひと時をすごしたのです。

その帰り道の電車内のことです。

座席指定の電車で、私は窓側に、座っていましたが、次の駅から隣に来た若い男性が、どうやら、通路を隔てた隣の女性とカップルのようでした。

私は、「席を変わってあげましょうか?」と言いましたら、笑顔で「大丈夫です」とちょっと日本人ではないアクセントで返事がきました。中国人のようでした。

私は「カップルでしょ?変わってあげますよ。と言って荷物を持ち、立ち上がりました。すると、隣の女性に男性が話かけて、席を交換しました。

交換して、女性が窓側に座ると、男性はもう一度私を見て、軽く会釈してくれました。

私の降りる駅に着くころとなり、荷物を持ち席を立つと、隣の若者が袋を私のまえに出して、「どうぞ」といいました。

私は席を譲っただけなので、「いいですよ」と手ぶりと笑顔で返したところ、さらに「どうぞ」と言われたので、ありがたく頂戴しました。

そして、右手を差し出し、彼と握手をして、「お元気で」といいました。

席を譲っただけなのに、プレゼントまで頂き、うれしくなってしまいました。

そして頂いたプレゼントは、大切な東京土産だったのではないでしょうか。

「ちょっとしあわせ、メロンパン」でした。

このプレゼントは、この瞬間のネーミングのようでした。笑

言葉は通じなくても、心は感じるのです。

私にとっても忘れ難い、素敵な一日でした。どうも有難うございました。

若い二人の健康と末永い幸せを祈っています。

 


茨木のり子 詩集「倚りかかからず」

2018-04-08 12:20:48 | 日記

♬素敵な詩を紹介してくれたサイトから、転載しました。

https://honcierge.jp/articles/shelf_story/2406

「もはや
 できあいの思想には倚りかかりたくない
 もはや
 できあいの宗教には倚りかかりたくない
 もはや
 できあいの学問には倚りかかりたくない
 もはや
 いかなる権威にも倚りかかりたくはない
 ながく生きて
 心底学んだのはそれぐらい
 じぶんの耳目
 じぶんの二本足のみで立っていて
 なに不都合のことやある
 倚りかかるとすれば
 それは
 椅子の背もたれだけ」
(『倚りかからず』より引用)

       倚りかからず (ちくま文庫)

作者 茨木 のり子
出版社 筑摩書房
出版日 情報なし
 
 

エンジェルナンバーの下書きが、消えてしまった。これも嫌がらせ

2018-03-19 00:21:33 | 日記

♬ せっかく下書きをやり、もう少しで出来上がる時に、嫌がらせで、消されてしまいました。

履歴にも残っていません。このような事が出来るんですね。

https://youtu.be/uPd0YMmFpBs?t=15

 


プライドと自尊心について

2018-03-14 14:23:16 | 日記

♬ プライドの意味は自尊心と書かれているのが、普通のようです。

いつからこうなのかはわかりませんが、

プライドと、自尊心は同じではないと、私は思います。

 

プライドは、自分を高いところへ置く事で、安心感を得るものです。

自尊心は読んで字のごとく、自分を尊ぶ心です。

自分で自分を尊敬して、大切にする心です。

自己中とは、全く違います。自尊心は、自分の中心には良心があり、自分を卑下したり、憶することもなく、自分で自分を愛することができる心ですね。

プライドというものは、共すると、人と比べる為に自分を高見に置く為に存在するものです。

プライドが高いということは、鼻が高いと言われたりしました。

自分の学歴、家柄、お金を持っていることなどで、得るもの、あるいは、自分のやってきたことで、自信を得て自分の価値をそれに投影していることです。

自尊心を持っている事は、他人と比べることではありません。

自分さえよければいいという心でも、ありません。

自尊心の高い人は、他人を許容する範囲も広いのです。

自己愛と、スピリチュアルで言われているものは、実は本当は、この自尊心の事では

ないかと、私は思っているのです。

自己愛と言う言葉の意味は、単純に考えたら自分を愛することです。

ですが、自己愛が強いとなれば、それは自分だけを優位にする意味が含まれるのでは、ないでしょうか。

自尊心が高いというのは、自分と他人も、同じように思うことができる心なのです。

日本語について、私はむろん専門家ではありませんが、

時に、このようにして、疑問をもつ事もあります。

言葉は、広がりや背景を浮かびあがらせる力を持っていると、最近思います。

 

 

 


ふるさとは心にある?

2018-03-07 12:35:46 | 日記

 

 春まだ遠しのころ。私は小学校6年生から高校3年まで、住んでいた街を尋ねました。

高校の同窓会があったからです。

ひとりで、駅を降りて、街の様変わりを見ました。もうあれから半世紀近く経つのですから。

どんなに変貌していても驚くことはありません。

 

 駅前の様子も様変わりしていましたが、道はそのままです。

確かあそこに、キューちゃんの家があったけど、と思いましたが、そこはすでに駐車場に変わっていました。

お店も知っている名前のお店は、もう見当たりませんでした。

 大きなマンションが建ち、その近くに新しいスーパーができ、買い物客は年配が多いようでした。

道は確かにそのままありました。うろ覚えの駅から住んでいた家までは、簡単でしたが、

もうその家はなくて、建売の住宅が並んでいました。

 

 お向かいの2軒と、お隣の表札はそのままでした。

古くなっていたお向かいの家の庭の木に見覚えがありました。

それから、中学校を目指して歩きました。

 

 中学校は歩いてすぐでしたが、すでに新しい校舎になり、もうそれもかなり経っているようでした。

覚えているのは、木立です。塀の中に並んでいる大きな木は、当時の様子を彷彿とさせました。

私が訪れたことを、この木だけが知っているような気がしました。

 

 中学校を後にして、駅まで歩きながら、私は自分の気持ちがわからなくなっていました。

懐かしい気持ちは、もうすでにないのです。

変わっている様を見届けに来ただけのようで、そして知り合いと言うほどの人もすでになく。

遊んだなつかしい景色もなく、ただ、寂しい気持ちがさわさわと、心の中で風がふくような気持でした。

 

 私の育ったところは、田舎です。そしてそこで多くの事を私は吸収してきたと、改めて感じていました。

しかし、田舎では、5年生で引っ越しをしたのですから、卒業アルバムの写真にも跡形もなく、

田舎の幼馴染ぐらいしか、友人と呼べる人はもういませんし、同窓生であっても、忘れられるのは仕方が

ないと思いました。

 

 ふるさとって、なんだろう?と思います。

田舎では年の離れた妹夫婦が家を継いでいますから、つながりが消えたわけではありません。

そして、私が故郷と呼べるところは、田舎なのだと、この日に確認したのでした。

引っ越しをその後も繰り返して、わたしが意識したこともなかった故郷は、やはり田舎のあの田圃と畑、そして父と母と姉と暮らしていたあの頃の光景が、一番懐かしい光景でした。

 

 でも、その故郷では、同窓生と呼べる人達はいないのです。

同窓生に会う喜びは、やはり、その後に住んだところなのです。

故郷が、二つあるように感じていたのですが、

場所としての故郷と、人脈としての故郷は、私にとっては故郷は2つに分かれていました。

「故郷は遠きにありて、おもうもの、なまり懐かし停車場に、そを聞きに行く」(石川啄木)

生まれて大きくなるまで、そこで育った人は、故郷は特別な思いがあるでしょう。

それは、歳を取ると妙に懐かしく、思うものなのです。

 

 故郷の自然の光景が、そのままほぼ残っているという人は、少ないかもしれませんね。

私達が生まれて生きて、はぐくまれたその地が、故郷であり、それは心の中に深く残っているのです。

 

 

 

 


直観の示すことは

2018-02-15 11:18:10 | 日記

♬ 私が中学生の時でした。「アンネの日記」を姉から、勧められて読んだのです。初めて戦争というものの悲惨さを、子供の立場で書かれた本ということで、私も夢中で読んだ覚えがあります。

  しかし、この本を読み終えて、私が率直に感じたものは、なんだかよくわからないおかしなものでした。そのおかしなものがなんであったのかは、子どもですからうまく言えませんでした。とにかく、その事を姉に言いましたところ、「戦争の話だからでしょ。」と、当たり前のような顔をされました。

その後その本を読んだという友人にも、同じ話をしましたが、わかってもらえる人はいませんでした。

その読後のおかしさは、それまでたくさんの本を読んで来た私が、初めて感じたものでした。

そして、月日は流れて40年後に、私はその読後感のおかしな感覚を証明するものをついに見つけたのでした。

それは、もう皆さんもご存知かもしれませんが、あの本は本人の書いた部分に、他の人が付け足して、最後まで書いたものという事でした。しかもそれはアンネの父の依頼でというものでした。

私が読後感から、アンネの心を感じたのは最初の部分で、隠れ家にいた時の初期の部分でした。

アンネの心を感じないおかしな読後感は、やはり真実だったのです。

 

戦争に翻弄されて、彼女が書いてきたとされていましたが、実は他の人が彼女になりかわって、その戦争について書き、世界中から注目されて爆発的な売れ行きとなったのです。

この本が出版された経緯はいったいどこにあったのかは、私は知りません。しかしこの本がその後かなり利用されてきたとも、言えるのです。

私達は、直観というものを持っています。そしてこの私のように、うまく言えないが、確かに感じた。というものもあると思います。

気のせいと、簡単に片づけられないのです。

その直感について、忘れられない程のものは、とても大切なものであったと、今になって思うのです。

私の記憶の中には、この直観からくる忘れられない物が、結構あるからです。

ですから、私は身をもってこの直観の優れているところを、今現在感じているのです。

どうか、直観について流してしまう事のないように、あなたにとって何か知らせようとしているのかもしれないのです。

私達は日々忙しく暮らしていて、まともに自分と向き合う時間を煩わしいと思っていないでしょうか?

毎日浴槽に浸かって、私は子供の時から自分と向き合っており、また台風の風を受けながら、なぜかしらその風に負けない自分を感じてもいました。

すべての直観には意味があるのです。そして、その意味がその後すぐにわかるというものではないのです。真近のことなら、わかりやすいのですが、そうでないものもあるのです。

見つからないものを、探すときに、私は脳の前の方に意識を集中させて、「どうか見つけさせて。」と何度も必死で言います。そうすると、直観がきて見つける場所を教えてくれるのです。

思いがけないところから、鍵が出てきたときもありましたよ。笑

 

これから来る、新しい地球には私達が予想できない程の素敵な暮らしが待っているのです。

私達が宇宙からの助けなしで自分たちだけでは、これらはできません。

しかし、イベントの先に助けがあったとしても、それから先の長い道程を生きていく若者たちに、ぜひこの直観を感じて生きてほしいと、私は願っているのです。

私達は、直観という優れたサイキック(?)を持っているのですから。

その直感を感じるのは、あなたも同じなのです。

自分と向き合う時間を持ちましょう。テレビを消して、スマホから離れて。そうして自分と向き合う時間を、5分でもいいのです。作ってみてください。

私達は寂しがり屋です。ですから家にいれば、テレビを見なくてもつけていたり、スマホから離れられないのです。

自分と向き合うのは、ちっとも寂しくありませんよ。

 

 

 


日本人は一年に一度こころを開く

2018-01-16 10:49:00 | 日記

♬日本人は他人に心を開くことは、めったにありません。

親切心は持っていますけれども、心を開く事は別なのです。

そういう日本人が1年に一度だけ、心を開く時があります。

それは、桜の季節です。

桜の木を見上げる時は皆心を開いているのです。

桜の古木のような肌に、見事な薄ピンク色の小さな花びらをみると、

日本人は感激して見つめ、心を開いて見るのです。

桜の木の下では、皆さん知らない人同士でも、話かけたりできるのでは

ないでしょうか?

あなたが、もし地方の方で、都会に出かけて帰ってくると、地元の風景にホッとするでしょう。それはあなたがその場所に心を開いている時ですね。

私も、実家のある市に戻ると、なぜかホッとしたこともありました。

今ではその町が、様変わりしていますし、昔に比べるとそのあたりの空気も明るく感じるのです。

時の流れですよね。懐かしいものは消えて行き、新しいものが増えて地方も空気が変わっているのです。

そんな日本人の心が、長い間開くことは、めったになく桜の花見の時に、愛らしい

花びらを見つめる時に、ほとんどの人は気づいてもいないと思いますが、こころを開いているのです。

日本人がなぜ桜の季節が一番好きなのかと、不思議に思う海外の人もいるようです。

寒い冬を過ごすことは、辛い思いをすることに等しいように日本人は感じています。

その辛い冬を何とか過ごして春に無数の花をつける桜の木に、人々が吸い寄せられるのは、人生もそうであってほしいとの、願いもあると思います。

古木のような木肌の桜の木に、無数に咲く花は、日本人の一人ひとりと重なっているのです。

自分が小さなピンク色の花のように、日本人には思えるのです。

私達は、そうやって長いこと、桜をみるたびに、心を開き楽しんできたのです。

他の花とは、まったく違うのは、この自分たちにそっくりな冬を過ごして、春になるとピンク色の満開の姿を見せてくれるからですね。

自分たちの手も顔もやがて皺ができ、桜の木にますます魅せられるのです。

私のような歳になると、桜の花は孫のように思いますよ。

普段、心を開くことが、永い間できなかった日本人ですが、これからの未来にはそれすらも、やがては過去のお話となるでしょう。

新しい時代がやってきます。明るい未来がやってきます。日本人も変化していくでしょう。

 

 


2017年師走の街 買い物客が少ないですけど

2017-12-30 02:24:01 | 日記

♬今年の暮れは、例年になくおかしいです。

私の住んでいるところだけでしょうか?

歳末商戦に買い物に来ている人が、一段と少ないのです。

信じられない程、少ないのです。昨日も一昨日も混雑などないのです。

普段と変わりないお客の数です。

近くのスーパーで大型店が、つぶれたのも、わかるような気がしました。

近くでは師走になると車が押し寄せていた魚屋も、5年ほど前から

激減していましたが、これほど他のスーパーのお客が減っているとは、思いませんでした。

28・29日にもなれば、かまぼこや、肉類など、鍋の材料などを買い込む人がたくさんで、早くでかけて、良い品をということも、必要ないのです。

昼間の買い物客が少ないだけではなく、夕方もう一度行っても、少ないのです。

これは日本に生まれて、初めて私は経験すると言っても、過言ではありません。

これほど、買い物客の少ない師走は、初めてです。

クリスマスが終わったら、早くもバーゲンになっているところもあります。

昔は正月すぎに大バーゲンでした。

これは、来年の正月に掛けても、言えるかもしれませんね。

皆さんのところではいかがでしょう?

テレビでは、地方の商店街を映して買い物客であふれていると、報道していましたが、ここではそんなことはありません。

 

 

 

 


女性の誇りと本来の自由を得るために地球は変革する

2017-12-13 13:40:11 | 日記

♬20年程前から、女性たちが息苦しさを感じてきました。

それらは、家庭でのモラルハラスメントという名前があることが、わかってきて、フランス人女性の精神科医による本「モラル・ハラスメント: 人を傷つけずにはいられない」マリー=フランス・イルゴイエンヌによる本によって、さらに世に知られるようになりました。

それは、自己愛性人格障害者という表現も出てきて、やがては、サイコパスという名前にまで、昇格しました。

そして、アメリカだけではなく、女性への強姦にあった告白が浮上してきています。

5次元世界への移行は、女性性について認識を新たにするためにも、もう問題を隠さなくなりました。女性たち自らが立ち上がっているのです。

私達女性の尊厳を男性側からの押し付けではなく、心からの尊厳を求めているからです。そしてそれは男性にとっても実は朗報なことなのです。

本当の男性らしさを、取り戻すというものなのです。

働きバチ、24時間元気もりもり。そういう言葉に踊らされて自分自身を失っていたのは、実は男性側にもあるからです。

家族の為に、辛い時も辛抱して、働いてきたお父さん方、本当にありがとうございます。

あなたのしてきたことは、大変すばらしいことでした。

でも、もう少し自分の時間をもち、自分の為の楽しみの時間をほしいと思いませんか?

男性だって人間です。女性と同じ人間です。働く為だけに生きているのは、もうやめたいと思いますよね?

5次元世界はあなた方男性にも、朗報ですよ。男性がもっと自由で尊厳のある男性に

戻るチャンスがあるからです。もう奴隷、働きバチは終わりにして、家族で楽しいことをして、愛を家族と共にはぐくむ暮らしができるのです。

結婚とは、愛で始まるのですが、いつの間にかお金に縛られてしまったのは、なぜでしょう?

そういう仕組みの世界に住んでいたからですね。これからの新世界は5次元社会となり、お金に縛られる考えとは無縁になり、楽しみを探すのが、楽しみになる世界になるのです。

夢のような話ですが、夢が現実になるのです。

お金がなくて、どうやって生活するのか?って疑問もあるでしょう。

日銀が政府のものになることで、それらが、すべて解消されるのです。

1パーセントの人たちは、いずれこの地球から排除されるか、改心するしかないのです。そしてその財産は一定の額以上は認められません。

私はこの夢のような世界が来るのは、お金の事だけではなく、人間の尊厳そのものが

変わっていくことを、とても楽しみにしています。

男性も女性も本来の自由を知り、互いに助け合い、愛し合って日々の暮らしをしていくのが、一番ですよね?

そして家族で旅を楽しんだり、スポーツを楽しんだり、キャンプを楽しんだりして、男性の喜びを十分に満喫できる世界へと変化していくことで、女性を侮辱したりする

行動は皆から白い目で見られるようになり、排除されるでしょう。

宇宙からの話では、男性と女性の宇宙的結婚相手は、他の人と肉体的に結ばれることはないと言っています。親密な関係はあったとしても、肉体関係はその一組だけだということです。人間もきっと変化するでしょう。

強姦をする男性は強姦をすることで、満足感を得ようとしますが結果的に満足感を得ず、足りない愛を求めて彷徨いつづけて、強姦魔となるみたいです。強姦魔って、結局は愛情の不足感が根底にあるようです。そして足りないものが愛だという認識もないのです。愛そのものがわかっていないのです。

動物だって、相手が嫌がれば、しぶしぶ引き下がりますよ。

私達は、人間としてのモラルを持ち、健やかな生活を営む権利があるのです。

そのような権利のある世界へと、これから移行しようとしています。

さあ、あなたも、あなたも、一緒に行きましょう。

 

 

 

 

 

 


近づく新しい時代の到来にワクワクする

2017-12-12 14:11:14 | 日記

♬私は一風変わった女の子だったと思います。

よく私の話を聞く人から言われたのは「それは理想よ」でした。

何度もそう言われました。

でも、今まで私が思っていた社会が、新時代がもうすぐ幕開けとなって、

私たちの目の前に来ると思うと、ワクワクしてきます。

今日、貴乃花の息子の書いた本が出版となったそうです。

その本には、「夢ではなく、使命を」というサブタイトルがあるそうです。

そういえば、野球選手の大谷君も11月11日11時に記者会見をしましたね。

これらは偶然ではないでしょう。彼らは直観的にこれから来る社会を魂が知っているということでしょう。

これから来る社会は、私達が望む平和な社会へと、そして誰もが豊かさを手に入れることができる公平な社会へと、変わっていくでしょう。

理想だと言われ続けたことが、この年齢になって、理想ではなく、現実になると思うと本当にうれしくなります。

いまだ、目覚めていない人達も、イベントの光でさらに目覚めるようになるのです。

私達がこの話をしだすと、あきれる方がいると思われます。それはかつての私もそうでしたから、十分理解できます。

そうして、あきれたけれども、私は調べてきました。ひとつづつ吟味しながら、自分の心に答えを出したのです。

理想とする社会は、人類から多くの真実が隠されていたため、また人類の進化がおこらないように、操作されていたために、私達はここにとどまっているのです。

生物の授業でメンデルの法則について学んだことは、わたしにとってとても貴重なことで、他のことはすべて忘れてしまったのに、それだけはしっかりと覚えているのも、不思議なことです。

「人類も豆と同じく進化している」と先生は言いました。

それは止められていること、コブラ情報では初期異常として話されています。

私達は皆これから進化するのです。

私達は、これから信じられないような出来事を目の当たりにするでしょう。

これからやって来る時代は本物の時代が来るということです。

それは、私達をワクワクさせるものです。


大きな絵ハガキの迫力

2017-11-02 09:07:34 | 日記

♬以前息子のひとりが、外国から絵葉書を送ってきました。

その絵ハガキは、通常の2倍の大きさのものでしたが、風景の迫力は

通常のものとは違って、とてもリアル感がありました。ヨーロッパのある都市の駅前の風景でした。

日本ではこの大きなサイズの絵葉書は、都内の有名文具店に行ってもありませんでした。

そこで、考えてほしいのです。

私は絵葉書を、額に入れて飾ることもあるのですが、

大きなサイズの物は、単に人に贈るだけではなくて、自宅で、季節ごとに変えてみたりする

楽しみももっと増えると思います。

手紙はもう時代遅れのようですが、本当は手書きの絵葉書をもらうのは、うれしいものですね。

そして、この通常よりも大きな絵葉書なら、最近なら少ない手紙を書く気持ちも、沸いてくるのではないでしょうか?郵便料金は同じではないかもしれませんけれども、何か特別感がありますよね?

外国へ出すのも、確か国内のはがきの郵便代と変わらないと思います。

ステキな日本の風景は、とても絵になります。富士山や京都、沖縄の海、東京の都会的な所、東京の下町も

、田舎の原風景、日本庭園など、そして、古い駅舎なども、素敵ですし。

普通の家の前に咲いている花なども、古い町並みも、(住んでいるところはやがて、古い街並みになりますよ。)

私は自分ではあのような写真がとれないですから、本当に欲しいと思います。

それに、美術館のショッピングコーナーにもある、美術の絵葉書なども、大きいとグッときますよね。

いかがでしょうか?

絵葉書は大きなサイズも欲しいと思いませんか?