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「魂の法則」 ヴィンセント・ギリェム著~強欲と執着

2019-09-17 22:04:09 | 魂の法則

  https://www.uv.es/vguillem/Tamashii_no_Housoku.pdf (日本語訳全文)

「魂の法則」 ヴィンセント・ギリェム著~強欲と執着

 P147~P160

(P147~P160)

強欲-執着

 強欲とは物財の蓄積を過度に熱望することだ。 欲張りな人は、物的には与えられるものを沢山持っているにも関わら ず、自分の物だと思っている物を他者と分かち合うことを拒否する。魂 の感情認識が進んでも共有ができない場合には、物的な強欲は、霊的な 強欲へと変化する。 霊的な強欲とは執着であり、不当に自分の所有物だと考えている人た ち、たとえば子どもやパートナーなどの愛情を分かち合うのが難しい。 執着に苦しむ者は、少数の人しか愛さず、その人たちにも同じことを 強要する。 多くの人が、誤って「愛している」のだと思い込み、相手を強く愛す るがために苦しいと言うが、実際には愛着による執着から苦しんでいる のだ。 魂が進歩して初めて、愛と執着との区別がつくようなる。

*愛と執着との違いを説明いただけますか。

 人が愛す場合は、愛する人と自分の自由意志を尊重しようと努める。 自分がその人と一緒にいられなくても、愛する人が自由で幸せでいられ るように尽くすのだ。 執着を患う場合は、愛す人のためになることよりも、自我を満たすこ とを考える。そのため、愛している筈の人の自由意志を侵害する傾向に あり、その意に反して自分の近くに置こうとしたり、自分のやりたい事 を強要したりして、相手と「自分の競争相手」と見なす他の人との関係 を最大限妨害しようとする。

 本当に愛す者は、愛する人を所有しようとはせず、愛する人が他の人 たちを愛しても不快に思わない。執着は底をつくかもしれないが、本当 の愛・真実の愛は決してなくならない。より沢山の人を愛せるようにな っていったとしても、その他への愛が減る訳ではない。しかし執着は、 そうだと思い込ませるのだ。他の人たちに与えられる愛は、自分から奪 われると思わせるのだ。 執着がある者は、感情を要求し強制し強要するのだ。自分がすること の見返りをいつも求める。要求し受け取ることばかりを考え、与える時 には利益と引き換えで、最初に自分が頼んだことをしてくれるのが条件 だ。執着すると、自分の自由意志すら侵害し、したくないことをするよ うに自己を強要する。

 真実の愛を感じる者は、無条件に与え、感情を束縛しない。強制も強 要もせず、愛する人に何の見返りも求めず何の要求もしない。

*違いが明らかになる例があればいいのですが。

 いいだろう。鳥を愛していると公言する二人が出会ったとしよう。 一人は、冷房の効いた部屋の美しい金のかごの中で鳥を飼っている。 高品質のえさをやり、瓶詰めの湧き水を与え、定期的に獣医に連れて行 く。もう一人は、単に食べ物を公園に持って行くだけで、鳥が止まれば なでてやり、怪我をして飛べない時は世話してやる。 最初の人は、「僕はなんて鳥たちを愛しているんだろう。野生であれ ば得られない快適さを享受できるように、鳥たちには多額を費やしてい る! でも直ぐに死んでしまうんだ! いつも病気で、薬や獣医に金を使 っても早死にしてしまう。それが酷く辛い! どうしたらいいだろう?」 と言う。

 二人目は、「僕が世話する鳥たちは、僕のものではない。かごに閉じ 込めてはいないし、自然の中で生きている。鳥が僕と一緒にいてくれる のは、かごの格子から出れないためではなく、そうしたいからなので、 僕は幸せだ。自由に飛び回り、望むがままに生きているのを見られるの で、嬉しい。友よ、君の鳥は自由でないから、悲しみで死んでしまうの だ。好きに羽ばたけるようにかごを開ければ、自由になれて幸せになる ので、生き続けるよ」と言う。 最初の者は「かごを開ければ逃げ出して、二度と会えなくなるじゃな いか!」と答える。 二人目は、「逃げたとしたら、それは意に反して捕らえられていたか らで、隷属した生活から離れたいのだよ。僕の鳥たちは、好きな時に行 ったり来たりできると知ってるから、逃げたりしないよ。その反対に、 僕が公園に着くのを見ると、直ぐに寄って来て取り囲んでくれて、僕の 上に止まるよ」と応じる。

 一人目は「それが僕の望みだ。鳥たちに好かれたいんだ」と言う。 二人目は、「強要してでは、絶対に君の望みは叶えられないだろう。 君は、彼らが最も切望することの埋め合わせのために、快適さばかりを 与えたのだ。鳥は自由に飛びたいのだ。鳥を本当に愛しているのなら、 自由に生かしてあげなさい」と返答する。

*愛しているのは誰で、執着しているのは誰ですか。

 鳥をかごに入れておきたい人に執着があり、鳥を自由にさせておきた い人が愛しているのだ。

*執着によって他の人の自由意志をどのように侵害してしまうのか、例 を示していただけますか。

 子どもが大きくなって、恋人ができたからとか、家から離れたところ で勉強や仕事をしたいからなどの様々な理由で独立したがる際に、自分 のそばに引き留めようとする母親には執着心がある。執着のある母親は、 子どもといたいという欲求を押し通そうとし、独立して自分の人生を歩 みたいという希望を尊重しようとしない。そして、それが叶わないと感 情的に傷つけられた気がして、「子どもは私を愛していない」などの発 言に至り、子どもをそばに置こうとする余り、彼らに罪悪感を抱かせる ように仕向ける。 「この職業に就きなさい、あの専門を学びなさい」と子どもに要求し て、そうしなければ相続権を奪う父親には執着がある。 恋人に着ていい服といけない服や、何時に家から出入りすべきだとか、 つき合って良い人と悪い人を指図する人には執着がある。 この偽りの愛が執着であり、それは執着の対象を閉じ込めておく監獄 や刑務所のようで、執着に負けた者を牢屋番に変えてしまう。鳥をかご に閉じ込めていた人のように、執着で苦しむ者は、生きることも生かす こともできないのだ。

*執着によって他者の自由意志を踏みにじるというのは理論的ですが、 自分自身の自由意志も侵害するかもしれない、ということには驚きまし た。執着がある時に、どのように自分の自由意志を侵してしまうのか、 例を出していただけますか。

 いいだろう。たとえば、前例の母親が、家族以外の人を支援すること など、自分の心が求めることに時間を割きたいと思っても、そうすると 子どもや夫の面倒が見られなくなると考えて、自制してしまう場合だ。 執着を乗り越えなければ、内面を充足させることをする際には罪悪感 を覚えるだろうし、その罪の意識によって、そうすることを自分に禁じ てしまうかもしれない。

*この例のような執着の顕れ方には驚かされます。家族に尽くす人は、 一般的に愛情に満ちた人だと思われていることが多いからです。

 それは、執着というものが君たちの文化に深く根づいており、頻繁に 愛と混同されているからだ。多くの人は、授かった教育のせいで執着が 大層深く、それを自分の個性の一部に同化させてしまっている。 女性には、自分の時間の100%を夫や子どもや仕事に捧げなければ罪 悪感を抱かせる。家族以外の人に時間を費やすと、味方である筈の家族 からでさえも口さがなく批判され、「自分の家族よりもあの人たちの方 が大事なの?」とか「一体何でそんな事に関わるんだ? おまえはここに 家族と一緒にいるべきだろ」、「人にどう思われるだろうか!」などの コメントで罪を意識させられる。 男性は、慣習的により大きな自由を謳歌してきたが、執着の感情から 免がれている訳ではなく、家族でも友達でも同郷(同文化)でもない人 に手を貸そうと時間を割くと、特にそれが何の経済的なメリットにもな らない場合には、他の人の執着によって非難される。

*でも、家族に専念していても、そこには愛があるのではないですか

 もちろんだ。一方を取ると他方をなくす訳でない。 すでに言ったがくりかえしておこう。真実の愛はなくなることがない のだ。愛す対象が段々と増えていっても、それで家族を愛さなくなる訳 ではないのだ。 だが愛の能力が大きいと、大勢の人との約束も多くなるので、自由時 間も多くの人と分かち合わねばならない。それが、執着に苦しむ者には、 前より少ししか愛してもらえていないと受け取られるのだが、実際には そうではない。

*人が変わろうと決意すると、家族はどうなるのですか。他者を支援す ることに時間を割くようになると、自分の家族に手がかけられなくなる のではありませんか。

 いいかい、自己変容したいと願い、内面の話ができる他の人たちと集 まりたいと思う者が出くわす最もきつい障害は、周囲の人たちに理解さ れることがなく、その人たちに、家族の義務を果たさないという罪悪感 を、弄ばれることだ。 良く観察すれば、誰かが週に一度二時間かけて、おまけにお金も使っ て、サッカーの観戦やディスコやバーに行っても、その人が家族をない がしろにしているという印象を持つ者はいないと分かるだろう。しかし、 同じ人が、自他に役立つように内面に関する話を二時間しに行く場合には、あらゆる難癖をつけられるので、家族を放任してしまったという罪 悪感を覚えてしまうのだ。 これは要するに、分かち合うのが困難だという執着のせいだ。執着は 愛ではないし、この障害を克服できなければ、君たちは停滞してしまう のだ。

*それでは、家族は霊的進歩の障害となり得るのですか。

 いや、障害となるのは、自己成長する気がなく他者にも成長させまい とする魂たちの理解のなさだ。彼らは、進化を願う者を、それが家族の ように血の繋がりがある者であっても、手中の全ての武器を駆使して押 し留めようと努める。 理解のある家族と暮らす者にとっては、家族が霊的な発展を遂げるた めの支えとなる。しかし、地上の人類はほとんど成長していないために、 霊的な覚醒に取り組もうとする者は少数である。しかも、同じ家族の中 に似通った魂がいて、霊的進歩に取り組むつもりであっても、同時に覚 醒できることは非常に稀だ。そのため、先陣を切るのが一番難しいのだ が、それができる人が、他の者のために道を切り開かないといけない。

 かのイエスでさえこれと同じ問題を克服し、執着による家族の理解の なさを乗り越えなければならなかった。イエスの家族は彼を理解できな かったので、霊的事柄に応じるために家の義務を投げ出している、と常 にイエスを非難した。気が狂っているとけなし、罪悪感を覚えるように 仕向け、ヨセフが亡くなって彼が大家族を養う責任を負う羽目になって からは、特にそれが高じた。だが、それは真実ではない。イエスは、母 親と兄弟姉妹が自立できるまで物質的支援をしたのだ。 しかし、彼の使命は、全人類の家族というもっと広範に及ぶものだっ た。イエスが体験した自分自身の家族の理解の欠如は、福音書の次の一 節に反映されている。 そしてイエスは言った、「預言者はどこででも尊敬されるが、自分の 郷里と家族の間では敬われない」

*でも、無条件に愛すためには、家族を放棄する必要があるのでしょう か。

 霊界が家族の放棄を要求するなど、どうして信じられるのかい? 家族 は、魂の最初の感情を刺激する手段として、まさに霊界で創られたのだよ。夫婦間の愛情や親子間の愛情は、魂が最初に出会う感情で、交配本能 や子に対する親の保護本能から発達したものだ。 唯一伝えたいのは、愛において前進するためには、心を開いて分かち 合い、家族の概念を広げて、全ての霊的存在がその一部であると考えね ばならないということだ。

 いいかね、人が愛す時にカテゴリーを設けるとしたら、真の兄弟愛の 実現は不可能だろう。自分の家族を一番先にして、同じ故郷・国・人 種・文化・宗教の者を優先し、それで残ったものがあれば他者にあげる、 となる。 何の見返りも期待しないで与える代わりに、常に何かと引き換えなの は、我欲がカモフラージュされたものなのだ。そのため、与える際には リストを作成し、最初に自分に沢山くれそうな人を載せ、次にそれ以下 の人を記載し、何もくれない人は欄外とするのだ。 このような利己的な態度は、どんなに会員だけの連帯を正当化しよう と頑張る人たちがいようと、「愛の法則」を侵害している。

 連帯する権 利から誰かを外してしまった瞬間に、連帯という言葉は意味を失うのだ。 このような集団的エゴがどこまでエスカレートできるのかという例は、 ナチズムに見ることができる。人種による見せかけの結託を謳い、他の 人種や信仰の権利と個人の自由意志を粛清したり排除して、それを捏造 したのだ。

*執着は、虚栄の段階にも尊大の段階にも見られると言われましたが、 これは克服するのがかなり難しい「エゴ的感情」のようですね。

 その通りだ。執着は虚栄の段階に始まり、尊大の段階の最後まで克服 されることがない。

*それなら、執着に関しては、虚栄から自尊を経て尊大へと霊的に進化 していっても、何の進歩もないのですか。

 もちろんあるとも。しかし、進歩は常に緩やかなのだ。 虚栄心の強い者の執着は、自尊心の強い者や尊大な者の執着と同じ強 さではないし、同じ要因で増長される訳ではない。虚栄心の強い者は感 情が余り発達していないので執着心はずっと強く、他者の自由意志への 配慮がなく、甘やかされたり構われたいという思いや進化への意志の弱 さなどでそれが増長される。

 自尊心の強い者と尊大な者では、執着心は徐々に愛に変化していって いるので(愛と執着の両方が混在している)それほど強くないが、愛さ れないという怖れや愛する者を失う怖れによって増長される。

*強欲と執着は、どう克服するのですか。

 強欲の反対は寛大なので、強欲に打ち克つためには、物的・霊的な寛 大さを発展させる必要がある。強欲と執着は、物的面・霊的面で、自分 が持っているものを他者と分け合うことで、乗り越えられるのだ。 貪欲-独占欲 貪欲とは、所有したいという過度の欲求が回を追うごとに募るもので (欲するものは物財でも他のいかなる性質のものでも良い)、それによ って他者が損害を被っても構わない。 貪欲な者は、自分の持ち物では決して満足できずに、いつも持ってい ないものや他者のものを欲しがり、それを手に入れるまで留まるところ を知らない。

 貪欲な者は、自分のものを評価しないので浪費癖のある魂 であり、いつも他者の持ち物を切望しているので羨み深い魂である。 魂が虚栄の初期段階から発展段階へと移行すると、物的な貪欲さは霊 的な貪欲さ、つまり独占欲へと変化していく。 人が意識してかしないでか、自己満足のために他者の注意を引こうと、 相手の自由意志を侵害したり強要してしまうことには頓着せずに、でき るだけ長く自分に構ってくれるように人の感情を操る場合は、独占欲だ。 独占欲に支配されている人は、自分の事しか考えないことが多いので、 他者を尊重することが非常に難しい。

 独占欲の強い者は、どんな手段を講じてでも注意を引こうとし、その ため、頻繁に犠牲者の振りをする。 独占欲は執着心との関係が深く、この二つの我欲の形態は、同時に同 じ程度の強さで顕れることが多い。つまり執着心に苦しむ者は、独占欲 も強い場合が多いのだ。 嫉妬は多くの場合、執着心と独占欲の混ざったものだ。貪欲-独占的 な人には羨望、つまり自分にはない欲しいものを所有する人たちへの反感、が目覚めがちである。欲望の対象となるのは、貪欲であれば物的所有物であり、独占欲では霊的所有物となる。

*それなら、愛して欲しいので構ってもらいたいと頼むのは、独占的に なるリスクがあるので、正しくはないのですか。

 その逆だよ。我々は皆愛される必要があるのだ。自分の必要性を認め て頼むのは、自己の感情表現の一部を成すので、良いことだ。

*それなら、愛して欲しいと頼むのと、独占的になることとの違いは何 ですか。

 強制せず、騙さず、操らず、誠実に頼む場合は、独占的ではない。 独占的なのは、強制し騙し操った時、要するに、他者の自由意志を侵 害した場合だ。しかも多くの場合が、愛を求めているのではなく、ちや ほやして欲しいだけなのだ。 愛とは自由に与えられなければならず、強制すればそれは愛ではなく、 義務となってしまう。そのため、家族や近親者なので自分を愛したり面 倒をみる義務がある筈だという思い込みだけで、特定の人たちに愛して くれと要求するのは間違っている。

*霊的に進化するにつれて、独占欲はどう変化しますか。

 執着と似通った方法でだ。 すでに話したことだが、独占欲は貪欲から派生して虚栄心の発展段階 で始まり、尊大の段階の最後まで完全には克服されることがない。 魂は、愛せる能力を獲得するにつれて、自分自身の感情で満たされ始 めて情緒的に他者に依存しなくなるので、感情面で寛大になると、独占 欲は徐々に力を失ってゆく。自尊と尊大の段階では、独占欲は次第に減 少してゆく。 攻撃欲(憎悪・恨み・憤り・怒り・無力感・罪悪感) 攻撃欲の分野には、憎悪・恨み・憤り・怒り・無力感・罪悪感など、 自他を問わず痛めつけ傷つけたいという衝動と関連した全ての「エゴ的 感情」が含まれる。

 攻撃欲は、一般的に外部からの刺激で目覚めるが、自分が攻撃された 場合や、自分の欲求や願望の障害になると思える状況が要因となる。攻 撃欲とは、劣悪化した生存本能である。 攻撃欲は我欲のどの段階にも見られるが、それが誘発される原因は、 各レベル毎で異なる。 虚栄心の強い者では、注意を引いたり注目の的になろうとしたのに失 敗した場合や、欲求を満たせなかったり、人の意志を曲げられなかった 場合などに表面化する。そして、自分の要求を他者に押しつけようと、 攻撃的になる。 


 自尊心の強い者や尊大な者に攻撃欲が顕れるのはより限定的だが、も っと過激なケースとなり得る。確信していることが正しいと認めてもら えなかったり、望み通りに物事が運ばず途方に暮れた時や、やりたい事 をしたり表現するのを抑制されてしまったり、感情が傷つけられたと感 じた時などに、攻撃性が起動する。
憤怒すると虚栄心の強い者よりも暴 力的になり得るのは、ストレスを蓄め込む傾向があって、自己コントロ ールを失うと突然爆発するからだ。

 虚栄心の強い者と自尊心の強い者の攻撃性の違いは、ライオンとサイ とに例えられる。ライオンは肉食で、他の動物を餌とし本質的に攻撃的 なので、攻撃欲も生来のものと言えよう。この攻撃欲が、虚栄心の強い 者の攻撃性なのだ。 だが草食動物であるサイは、食べるために狩をする必要がないので、 乱暴に振舞う習性はない。脅かされたり怪我した場合など、ごく特別な 場合にのみ攻撃的になる。これが、自尊心の強い者の攻撃性に似ている のだ。

 尊大な者の攻撃欲は、自尊心の強い者の攻撃欲に似ていて、単にその 度合いが違うだけである。尊大な者は滅多に感情を損うことがないので、 攻撃性が触発されることも稀だが、爆発した場合には、他の者たちより もずっと破壊的になり得る。 攻撃欲には、憎悪から恨み・憤りや無力感に至るまで色々な異形態が 見られ、それぞれに独自の特徴がある。 憎悪は、他者に向けられる非常に強烈で持続的な攻撃欲である。これ は、最も愛からかけ離れ、最も有害な、一番原始的で致命的な「エゴ的 感情」である。宇宙の生命存在への分離と拒絶感情の最たるものだ。

 憎悪は、愛の学習が遅れている最も未熟な存在に特有のものだ。憎む 人を「嫌悪する者」と呼ぶとするが、この人はいつも、自分の憎しみは 正当なものでコントロール可能だと信じているのだが、しまいにはより 多くの人を憎むようになってしまい、周囲の人に隔絶感をまき散らす。 憎悪に身を委ねてしまう者は、暴力的で不公平で狂信的で冷酷で、全 てのものを破壊してしまう。普通の人たちからは避けられてしまうので、 孤独を感じないように似た者を探そうとする。 「嫌悪する者」は、異種と見なした者への憎悪を正当化する、過激で 暴力的な活動に参加しがちである。しかし魂は益々孤独になり、この世の他の存在からも離れてしまうので、憎しみ自体が彼らを破壊してしま う。

 とどのつまり、それが彼らが望んだことだったのだ。 怒りや腹立ちは、持続しにくい攻撃性で、その程度が大きい(怒り) か小さい(腹立ち)かの違いである。 憤りと無力感は、強く長く持続する攻撃性が内側に向けられた状態で、 他者や自分が逆境に陥った際に起動する。無力感の場合は、物事の流れ を変えるのは不可能だと感じる欲求不満が、状況を悪化させる。

 怒りっぽいイライラした人は、些細な事が原因で攻撃的になり易く、 不機嫌であることが多く、自分自身と人生とに不満である。自分の不快 感の原因は外のもので内にはない、と自己を納得させるために外部のせ いにして、不快感の本当の原因を探ろうとせず、進歩を拒むので苦しむ。 恨みはこうして生まれる。 罪悪感というカテゴリーに入るのは、攻撃欲や無力感が自分自身に向 けられた場合である。 自分への攻撃性が蓄積されると、アストラル体レベルの均衡を崩し、 その状態が長く続くと肉体的な病気を引き起こす。

 たとえば、抑圧された憎しみは、肝臓や胆嚢の病を引き起こす。 無力感は、消化器系の調子を狂わす。 抑圧された憤りや恨みが蓄積すると、歯牙の問題(歯痛や虫歯)が起 こる。 攻撃性が自分に向けられた罪悪感は、自己免疫疾患を生じさせる。

*罪の意識、つまり罪悪感はどこで生まれるのですか。

 感情と思考に葛藤がある場合に、感じることと考えること、つまり魂 と頭脳との戦いの中で生じる「エゴ的感情」が原因だ。 思考の中には、それまでに授けられた全教育が影響していて、社会規 範や規制、利己的な考えなども含まれる。 人は、気持ちに反して考えに従って行動すると、罪の意識を感じるこ とがある。それは多くの場合、愛に反した我欲での行動を意味する。た とえば、思考が発端となる利己的な行動をとった時に、魂が良心によっ て霊的な視点からは誤りだと感知すると、罪悪感が生まれる。魂は頭を 咎め、感情が思考に異を唱えるのだ。この場合は、自分の間違いを認識 することができ、成長の指標ともなるので、このような罪の意識は肯定 的なものだ。しかし、その逆も起こり得る。

 人は、気持ちを感じてしまうことに罪悪感を覚え、思考の代わりに感 情に従うことを悪いと思う場合がある。この場合は、頭脳が魂を咎める のであり、思考が感情を検証する。とても強い偏見や制約があって、特 定の感情が悪く誤りだと思い込んだ場合だ。そして残念なことにそれが 原因で、人は善悪を混同し、人生を混乱させる感情は悪いものに違いな い、との結論に行き着くのだ。こういう罪悪感は、霊的進歩と感情の発 達を阻むので、大変否定的なものだ。

*二つ目のケースがよく分かるように例を挙げていただけますか。

 よかろう。人を好きになったとしよう。最初の衝動は、そういう気持 ちが芽生えた人に、意思表示をしようと近づくことだ。これが、気持ち のままに行動するということだ。 だが今度は、頭がその思考回路に沿って、感情を分析することとなる。 これは、それまでに授けられた偏見と禁制に満ちた教育の全てに条件づ けられてしまっており、そこから感情の表現を咎める一連の思考が生ま れる。 たとえば、その関係が発展するために悪影響を与えるような不都合 (年齢差・人種・社会層・宗教・信仰・好みや趣味の違いなど)を示唆 したり、拒否される怖れを増長させる(彼女は同じ気持ちではない、 NOと返答するだろう、滑稽な真似はやめろ、何て思われてしまうだろ う、など)。 思考が感情を負かし、心で感じたことをするのを止めてしまうと、気 持ちに従わなかったことで罪悪感を覚える。 感情に委ねたとしても、自分の気持ちに適合するように思考を完全に 修正できなければ疑心暗鬼になり、再び思考に攻撃され、考えたことで はなく感じたことをしたことに罪悪感を抱かせられる。

*罪悪感はどのように克服できるのですか。

 利己的な行為を認識することで罪の意識が生まれる場合には、落ち込 んだりがっかりせずに、新たにそうならないように積極的に行動するこ とだ。たとえば、傷つけてしまった人に謝ることから始めるなど、自分 がしてしまった悪いことを可能な限り修復しようとするのだ。そうすれ ば、罪悪感は消えるだろう。 気持ちに反して、考えに従って行動したために罪悪感が生まれる場合 には、初めに、自分が感情に則った行動をしていないことを認識するこ と。次に感情に従う勇気を持ち、感じるままに生きることで、そうする ことを阻む抑圧的な思考回路を壊すことができる。

 このプロセスを開始し、気持ちに素直に生きて行動し始めてはいるも のの、まだ頭の制約が強く、その努力を放棄するように悩ませられてい る人には、非常な忍耐力が必要だ。自分の気持ちに大いに自信を持って、 それに従って行動する固い意志が必要となる。 苦しむとしたら、それは感じることのせいではなく、考えることのた めだと知るべきだ。それゆえ、感情ではなく、思考を修正すべきなのだ。 心で感じることが分からない人たちによって責められたなら、過去に 自分もそうであったように、その人たちがまだ利己的で偏見に満ちた考 えに捉われているのだと理解すべきだ。彼らには、忍耐と理解を持って 接する必要があるが、影響されてしまってはいけない。

*恨みとは何ですか。

 恨みとは時間が経って薄れたものの、憎悪が長期にわたり継続するも のだ。通常は、反対されたり被害にあったせいで、自分の不運を招いた 責任者だと判断した特定の人に向けられる。 攻撃欲が目覚めるきっかけとなる事件は、かなり以前に遡る場合もあ る。しかし恨み深い人はこの件をずっと記憶し、攻撃的な衝動を育み、 復讐すれば不快感を軽減できるだろうと思って、その機会を待つのだ。

*恨みはどこで生まれるのですか。

 気持ちに従って生きてこなかったという不満や、やりたかった事を実 行しなかった欲求不満、また自分が遭遇した逆境を受容しなかったため や、自分自身の欠点(怖れ、安楽さ、意志力の欠如、無理解、怠惰な ど)に負けてしまった後悔などから生まれる。 恨みは一般的に、気持ち通りにできなかったことに加担したり協力し た人たちや、やりたかった事に反対した人たち、自分の困難な状況に責 任があると思う人たちに、誤って向けられる。

*どうやってそれに打ち克つのですか。

 外部に責任者を探そうとする代わりに、内面の不快感がどこから生じ るかに気づいて、別の問題を誘発する可能性があるとしても、人生の中 の好きになれないところを修正する勇気を持つこと。 運命のいたずらに思えるネガティブな状況は、時には、欠点を乗り越 えて無条件に愛す能力を高めるために、自分自身が選んだ試練の場合が あることを理解するように努めるのだ。

 *前にした質問をもう一度くりかえすことになりますが、憎悪・憤り・ 怒り・恨みなどの感情を表に出せば、他者を傷つけることになりかねませんが、溜め込んでしまえば自分自身を痛めつけることになります。で すから、こういう感情はどうしたらいいのですか。

 根本から断ち切ってしまうのだ。それらの感情が内部に目覚めないよ うに努めるのだ。攻撃欲が外部ではなく内部に生まれることを認識して、 それが目覚めたのだとしたら自分の中に存在している我欲が顕れたのだ と気づくのだ。 自分の取り柄が表価されないために我欲が目覚めるならば、まだ虚栄 心を克服できていないのだ。感謝されなかったり中傷されたために苦し むのであれば、自尊心や尊大を超える必要があるのだ。 攻撃欲が外部ではなく内面に起因するのは、どんなに酷い無礼や非難 をされても、忍耐も笑顔も絶やさずに耐えられる人たちがいる一方で、 どんな些細な事にも制御不能なほど激怒してしまう人たちがいるのを見 れば明らかだ。

 最初の人たちは、自己の攻撃性の根絶において、霊的に進んだ人たち だ。二番目の人たちは、そう努めようとし始めてもいない。 ほとんど影響を及ぼすことのできない外側の世界を変えられないから といって、欲求不満になってはならない。自分が全権限を有する、内面 の世界を変えるように努力するのだ。そうした時に、外でのことは、も う怒りの原因とはならなくなるのだ。

*攻撃欲はどう乗り越えるのですか。

先ず自分にそれがあることを認め、次に理解によって克服しようとす るのだ。

*何を理解しないといけないのですか。

 自分自身を理解し、他者を理解し、直面する状況を理解する。 自分が間違っていると認めるのが嫌で、自分自身の利己的な態度を認 めたくないがために、怒ってしまう場合があると理解すること。 また、自分の意見を抑圧するために攻撃的になるのであれば、在るが ままに自分を表現するように努めるのだ。 誰かに傷つけられてそうなるのであれば、それは相手の魂の成長が足 りず、愛の認識に関してほとんど進化できていないためなのだと理解す べきだ。かつては自分も同じように霊的に無知な状態で、今されたこと と同じことを人にしていたのかもしれないと気づきなさい。自分の利己 的な行為が理解されることを期待するのなら、他者の利己的な行為に関 しても寛容な態度をとらなくてはならないと理解すべきなのだ。

 我々が直面する逆境の多くは、我々に嫌がらせをするために出現した のではなく、愛の学習と我欲の克服を促進させるためのもので、その多 くは生まれる前に自分自身で選んだものなのだと理解するのだ。そして 大半を占めるその他のものは、自分の頑固さ・不寛容・羨望や、他者の 欲求や意見を尊重・理解しなかったために、我々自身が招いてしまった ものなのだ。

*攻撃欲が触発されてしまった場合に、誰にも迷惑をかけずに、不快感 から解放されるにはどうしたらいいでしょうか。

 他者を傷つけずに不快感を解放する、いい発散方法がある。 それは、どう感じているかを言い表わすということで、自分にわき起 こった感情を認めて、そうなった理由を述べるのだ。聞き手は、傷つけ ないように当事者以外の穏やかな人が好ましく、攻撃欲には簡単に屈し ない信頼できる人でなければならない。 不快感を表現するだけで、攻撃欲から生じた不快が和らいでかなり楽 になる気がするし、もっと冷静に理性的になれる。

 その後でさらに落ち着けば、けんかをした人との話し合いを試みて、 解決策を模索することが可能だ。しかし、それには時と方法を選ばねば ならず、怒りや激情で爆発しそうな時は、絶対に避けねばならない。そ うなってしまえば、自分が受けたのと同等かそれ以上の苦痛を相手に与 えて、大いに傷つけてしまうかもしれないからだ。

(P147~P160)

 

(作者あとがきをご覧ください)

https://blog.goo.ne.jp/y-hne/e/d644c9fe4a68408429a35f4b1e30b3ea

 ♬著者ヴィセント・ギリェム氏は、広めることを希望していますので、抜粋して投稿しています。氏および翻訳者のご厚意に感謝いたします。



Join The Resistance Movement (Japanese) Part 1~4

2019-09-17 13:11:32 | 宇宙

 

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「魂の法則」 ヴィンセント・ギリェム著~愛の法則 (part 2)

2019-09-16 23:58:08 | 魂の法則

 https://www.uv.es/vguillem/Tamashii_no_Housoku.pdf (日本語訳全文)

 「魂の法則」 ヴィンセント・ギリェム著~愛の法則 (part 2)

        p134~p146

(P134~P146)


*自尊から次の尊大への移行を決定づけ、両者を別々の段階とするもの は何ですか。

 自尊心の強い者は、愛を与え受け取る能力があるのに、傷つくのを恐 れるがためにその両方を抑制し、自分の周りに無感情という鎧を作って しまう。この無感情という鎧が、気位なのだ。 この鎧をほぼ完全に消滅できることが、次の段階への移行となる目印 だ。

*無条件の愛への道のりの最終工程に到着しつつあるようですね。

  まだそうではないのだ。 魂が自分の抑圧や恐れから充分に解放され、感謝されないなどの否定 的な態度を受容できるようになったとしても、その工程を完全に克服で きたことにはならない。自尊心を乗り越えた魂はまだ、自尊心が進化し たもっと巧妙な自我の形態である尊大を克服する必要がある。

*尊大というものが何で、どういう特徴があるのか説明して下さい。

  尊大とは謙虚さに欠けることで、君たちが誤って「自己愛」と呼ぶも のが過剰にあることだ。 この段階の魂に残された二つの克服すべき主要課題は、謙虚でないこ とと、執着、つまり愛する者の愛を分かち合うのが困難なことだ。 尊大な者は自信に満ち、他者を必要とせず、全てにおいて自己自足的 である。 他者を助ける気はあるが、助けを求めるのは弱さの証拠だと思う欠点 があるので、本当に助けを必要としていても自分では援助を頼むことが 滅多にない。そして、他者を優先してしまう。 自分の必要性や弱さや欠点、気落ちしていることなどを隠しがちで、 「どうしたの? 何かできることはない?」と聞かれることがないように、 誰にも気づかれないようにする。そして気づかれると神経質になり、自 分が自己充足できていないことを認められずに、腹を立てる。つまり、 不信感・怒り・傲慢が表面化するのだ。 尊大な者は自尊心の強い者よりも感化されにくく、忘恩で報われても 傷つくことも少ないのだが、中傷されたり裏切られたと感じると、自分 の計画通りにいかなかった時のように、怒りと傲慢が頭をもたげてくる。 たとえば、理解して助けてあげようとしている者から軽蔑されたりバ カにされたりすると、怒りと高慢が目覚め、「俺が誰なのか分かってる のか」とか「よくそんな真似ができるな」、「そんな口を叩くなんて、 一体何様のつもりだ?」などと返答をする場合がある。

 謙虚になれず、感謝されないことや侮辱を受容できない場合には、他 者を種別して偏見を持ったり、接し方を変えたりする。自分のエゴを自 覚し克服できなければ、助けて欲しいと近づいてくる人がいても、不信 感に支配されてしまう。自分の偏見で特定の人が苦手になり、それぞれ の必要性に応じて公正に平等に援助するのではなく、各人への不信感・ 恐れ・不得手の程度で判断することとなる。 尊大な者は独りでも平気だと思っているが、認め難くても実際には皆 と同様に、幸せになるためには、愛し愛されていると感じる必要がある。 そのため、感情面で自信がなくなると、独りで大丈夫だという外づら が崩れてしまう。確信していた愛を失う恐れは、不信感を募らせ、悲し ませ、絶望的で無気力にする。こうなるのは、まだ執着心に苦しんでい るからで、愛する者の愛を共有するのが困難なためだ。

*僕には、ごく普通の反応に思えますよ。愛する者の愛を失うのが怖い のは、皆に共通することではないですか。

無条件の愛の経験に至っていたなら、本物の愛は絶対に失われないと 知っているので執着で苦しむこともないし、何も怖いものがないだろう。

*ではどうやって、尊大の段階を超えるのですか。

  くりかえしになるが、愛して理解し、欠点のままに行動するのを避け るのだ。 魂が謙虚さを増し執着をなくすにつれて、傲慢も少なくなるだろう。 この二つの資質は、見返りを期待せずに他者を心から助けるという、隣 人愛の実践を通して発展するのだ。 尊大な者が、失望や屈辱を味わうことを怖れて、自分が与えることの できる援助を惜しめば、欠点を増長させることになり、停滞してしまう だろう。だが、自分の怖れや偏見を克服し、気持ちに従って行動すれば、 進歩できるだろう。

*進化の視点からは何が我欲の起源ですか。つまり、魂の進化のどの時 点で、エゴが生まれるのですか。

  利己主義は動物的な生存本能の延長であり、魂が自分自身で決断し、 自由意志で経験し始める時点で出現する。 進化が人間の段階に達した魂は、自由意志の力を発揮し始めたばかり だ。知能は基本的に発達しているものの、感情面がほとんど発達していないため、本能に影響されて決断することが多く、その中でも生存本能 に支配されている。その状態から、感情の学習を通して、自分の意志で 決めながら独自の道を模索するという、本能から完全に独立した進化を 遂げていくのだ。

*もう少し詳しく答えていただけますか。まだ理解できないのです。

 もちろんだ。魂が獲得したばかりの自由意志を行使し始める時は、本 能に基づいて行うが、本能は、動物界での進化段階で「魂の原型」が培 った知識を集めた生物的プログラムの一種であり、人間の独立意志が発 展する元となるものである。 本能は欠陥を補う仕組みであり、まだ自分自身で決定することのでき ない諸問題に関して、自動的に決断を下してくれるプログラムである。 それは自動操縦装置のように、操縦できなくても進路を修正してくれる のであり、まだ機体の舵取りを学んでいる段階でも、衝突せずに運転す ることを可能にしてくれる。 本能の中には、どんなに過酷な状況下であろうと、肉体の死を避ける 手段を探すように転生した魂を駆り立てるプログラム、とも言える生存 本能と、種の存続には欠かせない生殖本能とがある。

 しかし魂は、同時に、初めての感情的な欲求を満たさねばという未知 なる衝動も感じるので、満足はできない。だが、感情について無知であ るため、これまで通りに本能を過大に満足させていればいいと思い込み、 他の存在に与える害悪は考えずに知能をそのために使用する。

*お話によると、我欲は、進化の発展上に元々備わっていたように思え ます。

 完全性へと向かう過程において、魂がある程度の期間にわたり利己的 な段階を経ることと、それが多くの転生で継続し得るのは避けられない 現実だが、それは有益であるとも言えるのだ。なぜなら、自分の個別性 や意志を再認識して、愛がない時の気持ちを味わえるし、愛を感じられ るようになるにつれて、愛がある時の感情をありがたく思えるようにな るからだ。

 そのため、初期的虚栄心と名づけられる我欲の最初の顕現形態は、若 い魂に特有なものなのだが、基本的に物質主義で、最も原始的な本能を 充足させることに向けられる。 物質主義・消費主義・快楽主義といった姿勢につきものの貪欲・強 欲・色欲が目覚める。そして集団的には、帝国主義・植民主義、つまり 権力や物質的な富を切望して他者を搾取する態度となって現れる。人類の大部分はまだ霊的な思春期に浸りきっているので、君たちの惑 星では未だにこの段階が優勢である。

 魂が感情についての知識を得るに従って、このような物質的な我欲は 霊的な我欲へと変容していく。それがより発展した虚栄心の段階だ。 その段階でも魂は我欲にしがみついているが、同時に、感情も発達さ せ始めている。与えることにはまだ抵抗があるが、愛が存在するのを認 識できてその恩恵も分かるので、愛を受け取ろうとする。 強欲は執着に変わり、貪欲は独占に変わる。だが、それは一夜のうち に変化するのではなく、段階的にそうなるのであり、中間的な虚栄心と いう過渡期が存在する。

 中間期には、我欲のあらゆる顕現形態(貪欲・強欲・執着・独占)が 様々なレベルで混在しており、これが現在の地球の支配的な状況なのだ。 これらの我欲のうちの一つから脱却するのにも、計り知れない歳月が かかることがある。しかし魂が我欲を自覚し、それに流されれば他者を傷つけると認識した時から、自己の行為にもっと責任を持ち、自分がも たらす苦悩に関しても敏感になる。するとある時点で、魂は感情に目覚 め、愛す必要性を感じ、幸福になるためには愛さねばならないと気づく。

*それからどうなるのですか。

 愛を追い求め始めるのだ。そして自尊の段階が始まる。 この時期に魂は、愛を受けるだけでなく与えることも模索し始めるが、 多数の障害に遭遇する。感じたり自覚をし始めるが、理解されないこと や感謝されないことを身を持って体験し始める。それは、人類の四分の 三という大多数が、まだ虚栄のどれかの段階に陥ったままだからだ。未 だに自尊の前段階の因果を体験し、何が起こっているのか理解できない のだ。 だから世の中全体を敵に回したように感じ、改善して愛し愛されたい という自分の思いが拒絶される気がする。感情的に失望してそれに負け てしまうと、我欲が頭の中で再び勢いを得て、発見したての感情を傷つ けられまいと、自分の心を覆ってしまう。そして孤立することが苦悩を 回避する手段だと思って、再び不信・内向・孤独に陥る。 苦悩を避けるために諦めるという手段を選ぶ場合もある。利己主義者 からの攻撃をかわそうと、その期待通りに自分を変えようとするのだ。 霊的な病の中では最悪なものが芽を出し始めるのだが、それは、多くの 肉体的な重い病の原因ともなる。つまり、自分の意欲と自由意志を放棄することであり、極端な場合には、魂はありのままに行動することも生 きることもできずに、完全に周囲に隷属し、強制されたことを自分が望 んでいることだと信じ込むに至る。 しかし、これでは苦しみたくないがゆえに苦しむことになり、それは 何の霊的な成長ももたらさない不毛な苦悩である。 人類の四分の一ほどが、この自尊心の段階にいる。虚栄心から自尊心 のへの段階の移行も突然起こるものではなく、その過程は緩やかであり、 かなり長期にわたって両者の欠点が共存して顕れる。

*それで、この話はどう続くのですか。どのようにこの段階を超えるの ですか。

 愛すこと、それだけだ。愛のみが自尊の殻を破れるのだ。 説明した通り、気位の高い者の方が、見栄っ張りな者よりも理解力が あり、自分を傷つける者の仕打ちを受け止められるのだ。つまり、愛の ない利己的な者は単に進化途上のまだ若い魂に過ぎず、感情の学びと我 欲の放棄には時間かかるので多数の転生が必要かもしれないが次第に学 んでいくだろう、と理解できるのだ。 一つの人生で目立った変化が見られなかったとしても、進化していな いことにはならない。

 今生での善人は、前世の知恵を鞄に詰めてやって 来た生まれついての善人なのだ。一つの転生でも大きく進歩できるとは 言え、一夜のうちに海賊から聖人に変わるように求めるのは無理だろう。 子どもが一日で話せるようにならなくても、言葉は何年もかけて習得 していくものだと分かっていて絶望しないでいられるのなら、幼い魂が 愛せるようになるのに霊的に何年かかったとしても ―何回も転生するこ とだが― 焦ってはいけないのだ。

 それゆえ、感情についてもっと理解できている魂は、たった一度の人 生で自分と同レベルに達するように、自分以下の者に要求してはならな いのだ。自分も多くの転生と努力を要したからだ。だから、その人の能 力と意志力の許容範囲で学べることで良しとすべきだ。かつては自分も それと同じ程度で、傍らでは、もっと進んだ者たちが、利己的な態度を 我慢してくれていたのだと思い出すべきなのだ。

*そして、それを全部乗り超えるとどうなりますか。

  最大の難関に立ち向かう。まだ謙虚になることと執着を手放す必要が ある。つまり、愛情を共有する際に寛大になるという、尊大の段階で乗 り越えるべき目標が残っているのだ。

 尊大な魂は、平均的な魂と比較すると大変進化したもので、君たちの 若い惑星では僅かだ。大半はより進化した他の惑星を故郷とする魂で、 進化にかけてきた時間が長い。地球の平均的な魂よりも、霊的な年齢で は何千年も年上かもしれない。 彼らの惑星はもっと発展しているので、事実上不正も存在しないし感 謝されないということもないので、自己の欠点を呼び覚ます厳しい状況 に遭遇することがない。地球に来るのは、自分の短所を表面化させるに はちょうどいい環境だからだ。地球は不正や忘恩に満ち溢れた惑星なの で、これらの魂は自分の欠点と意志力を試そうとするのだ。こうしてよ り厳しい試練を通じて、より速い進化を成し遂げるのだ。 彼らは能力が高いので、余り進化していない惑星への転生に際しては、 他者を霊的に援助する使命を果たすように要請されることが多い。

 謙虚 さに欠けて愛情の共有が困難である、という自己の欠点を克服するため には、他者を援助して鍛錬することが役に立つのだ。

*これまでの説明を伺って、もっとずっと沢山の疑問が湧いてしまった ので、それらを明らかにして下さればと思うのですが。特に、情緒と感 情、我欲の様々な具現形態(虚栄心、自尊心、尊大)に関するものです。 それらをもう少し知りたいのです。

遠慮なく質問してごらん。

*以前、感情と思考とは起源が異なり、我欲は頭脳から生じると言われ ましたが、考えるのはそれ自体が悪いという意味でしょうか。

 とんでもない。言いたかったことは、感じることと考えることとの 区別ができるようになる必要があるということだ。君たちを混同させる ような利己的な考えは、頭を介して魂に入ってくるからだ。 感情を抑圧しない限り、思考自体は悪いものではない。思考が気持ち と調和していれば、感情を愛の行動へと変容させるための貴重な道具と なる。 君たちの世界の問題は、感じないまま考えることを教えたことだ。感 情に基づかない思考は、我欲を増長させる。愛における進化とは、我欲 ではなく感情の力で、思考を修正することを学ぶことにもなるのだ。

*お話がまだ理解できないので、例を挙げて下さいますか。

 もちろんだ。とっても好きな人に会ったと想像してごらん。君は男性 で、彼女は女性で、長いこと会っていなかったとしよう。 その人に対する愛情から君は喜び、ハグしてどれだけ好きだか表現し たい衝動に駆られる。しかし、君が性的偏見を持った人たちと一緒にいて、彼らには異性間の深い友情関係が理解できないことも、後で批判さ れ中傷されることになるだろうことも知っていたとする。この不都合の せいで、君は気を変えて感情を抑え込むので、愛する人に出会っても人 にどう言われるかを恐れて、そっけない素振りで礼儀正しく握手をする だけなのだ。 この場合、脳で状況分析された思考は、感情を変えてしまったのだ。

 つまり、最初の感情は喜びであったのに、頭で自制した後に冷淡に振舞 ってしまい、感情を押し殺してしまったのだ。

*でも、その人を好きなのなら、不必要に感情を表せば迷惑をかけてし まうかもしれないので、引き合いに出された状況では、慎重にならざる を得ないと思います。批判的な目のない場所で、より適切な瞬間を待っ て、気持ちを表せばいいと思います。

 確かに、慎重は美徳だ。多くの場合、人の意見は理解も尊重もされな いので、他者の自由意志を尊重する場合には、慎重でなければならない。 だが、怖れに慎重という衣を着せないように注意しないといけない。 慎重であれば、適切な状況でなければ感情の表現方法を変えるかもし れないが、感情を押し殺すことはない。だが、怖れはそうする。人は怖 れに捉われると、実際には危険も脅威もなくても、怖れが頭の中でそれ を現実化してしまい、感情の表現を抑え込んでしまう。他者の反応を恐 れる余り、自分自身の人生に関して決断しなくなる時から、感情の抑圧 が始まるのだ。

*頭はどうして感情を抑圧するような規制をすることになったのですか

 一部は我欲自体から生じ、残りは幼児期からの教育のせいだ。君たち の惑星での教育は、感情を強く抑制するものなのだ。 長い間、君たちの教育方針は頭脳を発達させることを重視し、頭脳そ のものを利用して感情の育成を抑えてきたのだ。子どもたちは、感じた り感情を表現する大きな能力を携えて、在るがままの姿を表現しようと、 心を思い切り開いて生まれてくる。しかし、愛情や喜びや自発性を抑制 され、喜びを味わうたびに罪悪感を覚えるように、小さい頃から愛の代 わりに執着を体験させられてきたのだ。 何世代にもわたって、子どもたちに教えてきたものは何か? 良い子と いうのは言うことを聞く子で、親や教師や大人の意志や、社会の規則や 便宜の奴隷であるということだ。

 子どもがどうしてそうしなければならないのか分からず、その理由を 尋ねた時「父親の私がそう言うからだ」と返答したことがどれほどあろうか? そして両親が不機嫌ならば、子どももそのイライラを我慢しな くてはならない。命令と厳格さばかりで、自由が少ない。 親や大人に聞かずにしたことは、全て悪いことになる。笑うことも、 泣くことも、話すこともいけないことで、親の許可を得ずに黙っても悪 いとされる。「私が認める人とだけつき合い、その人を好きになって、 言う通りにしなさい。お前のためだよ」と言うのだ。 非常に宗教的な社会では、全てが罪悪だ。いかなる喜びの表現や、ハ グやキスといった愛情表現も罪となる。それら全てに、罪深く、卑猥で、 暗く、悪魔的なものを見出し、幸せに感じると罪悪感を覚えなくてはな らない。犠牲者を刑吏に、無実な者を罪人に変えてしまう。

 そのために子どもは、苦しまずに済む唯一の方法は、感情を殺すこと だという結論に達してしまう。本来の自分とは似ても似つかない、他者 が求める自己像を世間に示すことを覚える。そして、社会の規制は余り にも厳しく、演技をし続けないといけないので、大人になると、見せか けてきた自分を本物だと思い込んでしまうのだ。 大半の子どもが大人になった時には、在るがままに愛してもらうこと などなく、ほんの少し愛してもらうためにも必ず何かいいことする必要 がある、という結論に無意識に達してしまっている。 つまり、支配的・条件的・強制的・利己的で偽りの愛である執着を信 じ、無条件で自由で自発的な愛を放棄するように、子どもたちを教育し てしまったのだ。その結果、愛を信じ、愛に生き、そこから湧き出る幸 福をほんの少しでも体験できる人は僅かなのだ。そして、愛がないため に、我欲とそのいとうべき表現形態が我がもの顔でのさばるのだ。

 君たちの世界の悪者の中で、子どもだった時に可愛がられた者は少な い。「父母を敬え」という訓戒があるのに、なぜ「子を敬え」という教 えがないのだろう? 君たちの世界の弊害の多くは、まだ感情に鎧を着せていない子どもた ちを愛せば、解決されることだろう。愛せば、愛を許容するだろう。子 どもたちを一世代にわたって愛せば、世の中は一世紀も経たないうちに 天国へと変わるだろう。

*感情を熟知していても、つまり愛の能力があっても、それを抑制して しまって、感情のない冷淡な人として社会に出る人もいる、と言いたい のですか

 そういうことだ。多くの人は、苦しむのが怖く、愛情不足だという弱 点を見抜かれたくないために気難しい。そしてそのため、鎧兜の中世の 騎士のように、衣や鎧で自分を隠す。 こうして、苦しみたくないということで苦悩する。愛し愛され、幸せ になるために不可欠な愛情を避けるがゆえに、苦しむのだ。 孤独を恐れる人が大勢いるのは、なぜだと思うかね? それは、本当の ところは自分自身と向き合うのが怖く、「自分は空っぽだ」という大き な真実を発見するのが怖いからだ。

 そのため自分から逃避して、多くの頭痛の種をもたらす物質的・精神 的な対象へと逃げ込んだり、頭を過度に刺激する娯楽を求めて、真の回 答には絶対にたどり着けない言い訳とするのだ。そうして、感情の声を 黙らせるほど、頭の声を大きくするのだ。 しかし、良心の囁きを永久に黙らせることは不可能なので、頭脳が油 断をしたり、予定外なことやトラウマとなるような事件が原因で考えら れなくなると、内なる声は再びこう叫び出すのだ。「私は空っぽだ。感 じられないから虚しいのだ。見せかけの自分とは違うから虚しいのだ。 外見とうわべだけになってしまった。自分自身であることを放棄し、愛 し愛されたい存在であることを諦めてしまったので、不幸なのだ」と。 現実を自覚するのは痛みを伴い、衝撃的なこともある。

  この時に多く の者は、事実を覆い隠してしまえば苦しみが軽減し、全てが通常に戻る だろうと間違った思い込みをして、愛情の欲求を放棄してしまったこと をなんとか正当化しようとするのだ。 「人生は僕にこんなに辛く当たった!」「なんて悪い人たちと一緒に なったんだろう!」「両親すら僕を愛してくれなかった!」「なんで僕 がもっといい人にならないといけないんだ?」などと言うことになる。 そして、憤り・恨み・不信・悲しみ・孤独が彼らを内部から蝕む。

 子どもができると、子は弱くなすがままになるので、「人生とはどう いうものか教えてやろう」となどと理由をつけながら、自分のフラスト レーションの復讐をするのだ。この時に、再び愛のない方向へとネジを 締め付けてしまう。

*でも、人生で酷く苦しんだ人が、何の努力の甲斐もない、という結論 に達してしまうのは、良く理解できることだと思います。

確かに人生とはとても厳しいものなので、心で感じようと努力する者 は、他者から理解されずに、多くの障害に遭遇し苦しむだろう。しかしそれは状況による外部からの苦痛で、結果的にその人が感じたり愛せる ようになるとするなら、その価値があるものだ。

 だが愛情を避けようと苦しむのは、自分自身が生み出す内部の苦悩で、 感情や愛を進歩させることには役立たない。全くその反対なのだ。 人は苦痛に浸りきってしまうと、他者にも痛みを味わわせていいよう に感じてしまうし、自分が与える損害を考えてみようともしないので、 多くの苦悩と苦痛を生み出してしまうことがある。

*でも、人は苦しみに慣れてしまうと、苦痛が全く普通のことに思える のです。多くの人が「苦しみを乗り越えられるだろうか、愛すことがで きるだろうか」と自問するではないですか。

 しかし私は、「僕が経験した苦しみは全て、もう沢山だ。自分にも他 者にも、もう結構。少しは人生が分かったよ。自分がされて苦しんだこ とは、他の人にはしないようにするぞ。父母に求めて貰えなかった愛の 全てを、僕は、自分の子どもや近親者や人生に現れる全ての人に与える ぞ」と言う人はいないものかと思うのだ。 変わろうという意志と感情の力によってのみ、人生というものは逆転 し、憎しみの連鎖を断ち切れるのだ。こうして、固く締められていたネ ジは緩み始め、愛のない方向へ回されたネジは一つまた一つと反転して 行き、最後には完全に引き抜かれるのだ。 苦痛を感じ愛のない状態にいる人の全てが、このような決断をしたと したら、世界は一世代で変わるだろう。

  両親から愛された子どもは、保 身の鎧を被らない世代であり、愛されて育てられたので、愛すことを恐 れない世代となる。 前に言った通り、愛せる能力とは、魂が生まれ持った資質である。そ のため、誰もにその能力がある。それを発見し、発達させることだけが 必要なのだ。そうだと信じれば、そうなるのだ。そしてすでに言ったよ うに、これは、他者を愛すことだけではないのだ。つまり、自分自身を 愛すことから手がけねばならない。

*でも、自分を愛するとはどういうことですか。

  もう説明したよ。自分自身を愛するというのは、自分の愛情の欲求と 感情とを認め、人生の牽引力となるように、それらを発展させることだ。

*それなら、自分自身を愛すのはいいことなのですね。

  もちろんだとも。自己を尊重することは、幸せになるために欠かせな いのだ。 もう一度くりかえそう。人が放棄しなくてはならないのは我欲であっ て、愛ではない。自分自身を好きでなければ、どこから他者を愛すため に必要となる力と意志とを引き出すのかね? 愛さずに生きるというのは、死んでいるも同然だ。そのため、愛さず に生きている多くの人たちが、死んだら苦悩が終わるのではないかとい う幻想を抱いていて、死にたいと思うのだ。そうして自分たち自身で、 君たちが病気と呼ぶ、肉体の自己破壊の過程を開始するのだ。多くの病 気は、その人が自分自身を愛せないことから生じる。 自己尊重レベルのとても低い人たちが、白血病やリンパ種などの免疫 系の病気や自己免疫疾患に罹りやすい。自己免疫疾患というものは、根 深い罪悪感にも関係している。その人たちは非常に気落ちしているため、 他者に捧げるのは難しい。先ず初めに、自分の尊厳を回復しなければな らない。

*では、自分自身を愛すには、どのような手順を踏んだらいいですか。

  最初に、自分に愛情の欲求と感情があることを認め、それらが表出す るがままに委ねて、自覚を高めていくのだ。つまり、それらを抑制する のを止め、代わりに発展させることで、人生の原動力へと変えるのだ。 次に、行動する際には、気持ちに基づいて行い、思考によらないこと。 教えられたことでも、それが気持ちに反するならば、正しくはないのだ。 あまたの理由に左右されてしまう思考に、君たちの感情が抹殺されるの を甘んじてはならない。

*多くの人が、その価値があるのかと悩むだろうと思います。

  価値があることは請合おう。感情に従って行動していくにつれて、愛 だけが与えてくれる内面の真の幸福を、少しずつ体験し始めるからだ。 また、こうして霊的にも進歩できる。感情は絶対に放棄してはならな い。それは努力し生きる甲斐のある、唯一のものだ。 最初は、ネジが固く締められているので一番難しい。ネジが緩み始め るまで、非常に努力せねばならない。しかし、その後で道は楽になり、 経験していく感情が君たちの心を(もちろん、愛で)満たし、それまで 味わったことがなかった気持ちにしてくれるので、継続する力を与えら れるだろう。

*では、他者を愛すにはどうしたらよいのでしょう。

  他者を自分と同様に見なすのだ。彼らも、同じ内面的な必要性を持っ た同じ本質の兄弟なのだ、と自覚するのだ。我々は皆、同じ資質を持ち、 幸せであるには、完全に自由に愛し愛される必要がある。

  もう一度くりかえそう。人が放棄しなくてはならないのは我欲であっ て、愛ではない。自分自身を好きでなければ、どこから他者を愛すため に必要となる力と意志とを引き出すのかね? 愛さずに生きるというのは、死んでいるも同然だ。そのため、愛さず に生きている多くの人たちが、死んだら苦悩が終わるのではないかとい う幻想を抱いていて、死にたいと思うのだ。

 そうして自分たち自身で、 君たちが病気と呼ぶ、肉体の自己破壊の過程を開始するのだ。多くの病 気は、その人が自分自身を愛せないことから生じる。 自己尊重レベルのとても低い人たちが、白血病やリンパ種などの免疫 系の病気や自己免疫疾患に罹りやすい。自己免疫疾患というものは、根 深い罪悪感にも関係している。その人たちは非常に気落ちしているため、 他者に捧げるのは難しい。先ず初めに、自分の尊厳を回復しなければな らない。

*では、自分自身を愛すには、どのような手順を踏んだらいいですか。

  最初に、自分に愛情の欲求と感情があることを認め、それらが表出す るがままに委ねて、自覚を高めていくのだ。つまり、それらを抑制する のを止め、代わりに発展させることで、人生の原動力へと変えるのだ。 次に、行動する際には、気持ちに基づいて行い、思考によらないこと。 教えられたことでも、それが気持ちに反するならば、正しくはないのだ。 あまたの理由に左右されてしまう思考に、君たちの感情が抹殺されるの を甘んじてはならない。

*多くの人が、その価値があるのかと悩むだろうと思います。

  価値があることは請合おう。感情に従って行動していくにつれて、愛 だけが与えてくれる内面の真の幸福を、少しずつ体験し始めるからだ。 また、こうして霊的にも進歩できる。感情は絶対に放棄してはならな い。それは努力し生きる甲斐のある、唯一のものだ。 最初は、ネジが固く締められているので一番難しい。ネジが緩み始め るまで、非常に努力せねばならない。しかし、その後で道は楽になり、 経験していく感情が君たちの心を(もちろん、愛で)満たし、それまで 味わったことがなかった気持ちにしてくれるので、継続する力を与えら れるだろう。

*では、他者を愛すにはどうしたらよいのでしょう。

  他者を自分と同様に見なすのだ。彼らも、同じ内面的な必要性を持っ た同じ本質の兄弟なのだ、と自覚するのだ。我々は皆、同じ資質を持ち、 幸せであるには、完全に自由に愛し愛される必要がある。

  全く反対のことなのに、言葉不足のせいで、感情という同一の単語を 使用してしまったからだ。混乱を招かないように、もう一度その概念を 明確にする必要があろう。 前に、感情に委ねなければならないと話した時は、愛から生まれる感 情に言及していたのだ。これらはもちろん、常に肯定的だ。区別できる ように、「愛的感情」と呼ぶとしよう。 我欲から生まれるもの、または愛と我欲の葛藤から生じるものは、否 定的な感情で「エゴ的感情」と呼べる別物であり、違う方法で扱う必要 がある(それは後で話そう)。「エゴ的感情」の意のままに行動するの は、他者に多大な弊害を与えるので、確かに避けるべきだ。 どちらの場合にせよ、感情を抑圧しても碌な事がない。自分の内部を 傷つけるだけだ。

*「エゴ的感情」についてお話し下さいますか。

 「エゴ的感情」は我欲が具現したものなので、虚栄心・自尊心・尊大 について話した時に、その幾つかは扱っただろう。だが、執着心のよう に複雑で理解が混乱するものを特にもっと深く掘り下げて、今からそれ らを見てみよう。 以下が最も重要なものだ。

A) 強欲・貪欲・淫乱・憎悪・攻撃性・羨望

B) 執着・独占・嫉妬・怒り・恨み・無力感・色欲・罪悪感・怖れ・ 悲しみ

*これらは七つの大罪を思い出させますが、関係はありますか

  確かにこれらに翻弄されれば、尊重されるべき「愛の法則」や「自由 意志の法則」に反する数多くの罪を犯すことになるだろうが、これらは 罪ではなく我欲の顕現形態なのだ。

*どうして二つのグループに分けたのですか。

  最初のものは、より原始的な我欲の形態だ。 二つ目も我欲が顕現したものだが、感情というものを言わずもがなに 認識しているという要素が付加されている。

*より正確なイメージが持てるよう、「エゴ的感情」の一つ一つが何か ら成り立っているのか定義して下さいますか。

  よろしい。強欲と執着から始めよう。執着は強欲から発展した形態な ので、まとめて分析するとしよう。


(P134~P146)


 

(作者あとがきをご覧ください)

 https://blog.goo.ne.jp/y-hne/e/d644c9fe4a68408429a35f4b1e30b3ea

 

 ♬著者ヴィセント・ギリェム氏は、広めることを希望していますので、抜粋して投稿しています。氏および翻訳者のご厚意に感謝いたします。




アドロニスが語る ”宇宙のダウンロードは、どのように分かるか?”

2019-09-16 21:49:23 | 宇宙

 コンシャスネス  メタフィジックス通信より転載しました。

アドロニスが語る ”宇宙のダウンロードは、どのように分かるか?”

スピリチュアルな情報をダウンロードする

あなたが自分の真実を模索し、自分自身を洗練させる道のりを歩いていると、ごく日常的に、インスピレーションや啓示を受け取るようになります。それがダウンロードです。もちろん、これはあなたが大いなる変容のプロセスにいる時にも起こります。ダウンロードを受け取る時には、ちょうどアハ体験のような感覚が起こります。ダウンロードの瞬間、あなたの動きは止まり、あなたは自分の中心にセンタリングし、グラウンディングします。あなたはハッとして、「そうか、分かったぞ」となるのです。

 

参考: アハ体験 (心理学) by Wikipedia

ダウンロードをいつ受け取るか、前もって知ることが出来るのでしょうか?答えはノーです。だからこそ、ダウンロードと呼ばれるのです。受け取ろうとして準備できるものではありません。ただ自分をオープンにしていてください。そうすれば、適切な時にやって来ます。

 

・・・・・・・・・・

ダウンロードを受け取る時、あなたはタイムラインをジャンプする

たとえば何か疑問に思っていることがあるとしましょう。それに対するアハ体験は、突然やって来ます。ダウンロードの際、何が起きるかと言うと、あなたのエネルギーフィールドが貯水池のように大きく広がり、そこに情報をチャネルするのです。

この時、あなたは文字通り、ひとつの現実から別の現実へ、シフトを経験します。ダウンロードを受け取り、アハ体験が起きる時、実はあなたはタイムラインを移行しているのです。そのダウンロードをかわすことは出来ません。それはちょうど、スピリチュアルな情報の滝に打たれるようなものです。あなたの全身がスピリチュアルなインスピレーションで洗われるのです。この情報が、あなたを古い現実から新しい現実のタイムラインへと移行させます。

 

・・・・・・・

ダウンロードは、どのように分かるか?

ダウンロードの瞬間、物理的な感覚を感じる人もいるでしょう。体に衝撃のような感覚があるかも知れませんし、温かさを感じるかも知れません。ちょうど、電気ショックのような感覚です。

もちろん、あなたたちは毎秒、常に絶え間なく、ひとつの現実から別の現実へとシフトしています。けれどもダウンロードに関しては、2つのタイムラインの間を移動するようなものです。

ダウンロードを受け取り、新しいタイムラインへ移行すると、古いタイムラインにいる時に予測したことは無効化します。新しいタイムラインでは、これまでの予測とは異なる新しい体験があり、新しい人々が人生に現れるからです。新しい考えやアイデアに触れ、新しい望みも生まれます。ですから、自分に対しても新しい理解や予測が必要になります。新しいタイムラインに移動する度に、あなたは新しくなるのです。

現在、タイムラインを移動する人が非常に多く、しかも頻繁であるため、他の誰もあなたの未来を完全に予測することは出来ません。けれども、本来の自分の性質に従っていれば、ダウンロードは常に起こります。それは、あなが自分にとってより自然で、真実の道のりを歩む助けとなるのです。

Experiencing A Download | The Adronis Archive by Brad Johnson New Earth Teaching on YouTube

 

 


💓エンジェルナンバーに導かれて(92) 宇宙は霊的な世界

2019-09-16 13:19:31 | エンジェルナンバー

宇宙は霊的な世界

 

 

9月9日(月)

今朝は台風の影響で暴風雨の中でしたが、宇宙からのエネルギーは同じように来ていました。それはちょっとびっくりしました。早朝に風が凄くて、目覚めてしまい起きていましたが、エネルギーは9時ごろまで続きました。

922は、あなたには生まれてきた意味を問うような、大事なお役目があります。間違いなくあなたがその道を進むことで、あなたに必要なものは全て与えられます。それはこれからだけでなく、今までもそうだったのです。

https://niconicohappy.com/angelnumber922/

 

9月10日(火)

宇宙からのエネルギーは今朝もやって来てくれました。

そして昼食後の昼寝の間もやってきてくれました。いつもありがとう!寝ている時がやっぱりわかるみたいですね。笑

♬昼寝のあと、また喫茶店に行き「魂の法則」の続きを読みました。行く途中のナンバーです。

2は、信じる心と前に進む勇気を持ちましょう。あなたの祈りはまだ現実として見えなくとも、形になりつつあります。

 https://niconicohappy.com/angel2/

は、アセンデッドマスターがあなたの傍にいます。あなたの祈りに応え、あなたをサポートしたいと思っています。

 https://niconicohappy.com/angelthree/

5115は、あなたの内面の変化が、あなたの人生に良い影響をもたらしています。今の気持ちを大切にして、どんどん明るい気持ちを放っていきましょう。

https://niconicohappy.com/angelnumber5115/ 

 

1001は、あなたの人生は、あなた自身によって作られていることを忘れてはいけません。また今の時期は、ポジティブな思考と前向きな行動を取るよう心がけてください。

 https://niconicohappy.com/angel1001/

 

5151は、あなたが望むことを考えれば、望む現実が、あなたが望まないことを考えれば、望まない現実があなたの元にやってきます。どうぞあなたが望むものだけに意識を集中させてください。

 https://niconicohappy.com/angelnumber5151/

 (♬本を読んでいる時に、違うことが思い浮かんできました。ですからいつものように、マスターに集中できるようにサポートをお願いしました。)

1188は、あなたの元に豊かさと成功の波が押し寄せています。これは、あなたが楽観的な気持ちと共に前向きな思考を持ち続けた結果です。

https://niconicohappy.com/angel313/ 

 

は、あなたは生まれ持った才能や情熱、興味を生かして人々に尽くすことを求められています。

https://niconicohappy.com/angel9/

 

 

515は、思考によって、あなたは良い方向へも悪い方向へも人生を導くことができるのです。望む未来が欲しければ、あなたが望むことだけに意識を集中させてください。

https://niconicohappy.com/angel515/ 

 

♬「魂の法則」を読んで、喫茶店をでてから見たナンバーです。


333は、アセンデッドマスターたちがあなたを見守っています。あなたは一人ではありません。彼らはあなたと共にいて、あなたを愛し、導いてくれています。

 https://niconicohappy.com/three3/

 

331は、あなたの考え方、心の持ち方を明るいもの、前向きなものにすれば、自ずとあなたの世界はあなたにとって喜ばしいものになります。

 https://niconicohappy.com/angelnumber331/

 

1717は、あなたは、正しい道を歩んでいます。その結果は、あなたの予想をはるかに超える素晴らしいものになるでしょう。

 https://niconicohappy.com/seventeen/

 

は、この変化によって、あなたの人生はさらに良いものになっていきます。また、目で見えるものだけでなく、自身の心境の変化など内面に関わることである可能性もあります。

 https://niconicohappy.com/angelnumber5/

2828は、あなたに豊かさが流れ込んできています。あなたはお金について悩み、祈っていたのかもしれません。願ったことは現実になるとあなたが信じ続けた結果が、今まさにやってきているのです。

 https://niconicohappy.com/angelnumber2828/

 

は、天使たちがあなたの傍にいます。そしてあなたを見守り、支え続けてくれています。悩み事があれば、彼らに語りかけ、委ね、癒してもらいましょう。

 https://niconicohappy.com/angel4/

 

2222は、すべては上手くいっています。願いは叶うと信じていてください。奇跡が起こるのを待っていてください。心配はいりません。

 https://niconicohappy.com/two3/

 

4440は、今あなたは天界との繋がりが強くなっています。そのため、天からの導きも天使たちを通じてしっかりとあなたの元に届けられています。安心して彼らに身をゆだねてください。

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9月11日(水)

今朝も宇宙からのエネルギーは来てくれています。毎日ありがとう!

5550は、あなたに人生の転機が訪れています。人生の中の何かがすでに変わったか、これから変わろうとしています。そしてその変化が起きた際は、恐れを抱くのではなく、ありのままに受け止めましょう。

https://niconicohappy.com/angel5550/

3636は、アセンデッドマスターたちは、あなたにスピリチュアルな行動を生活に取り入れることを提案しています。自然の中を散歩してみたり、祈りや瞑想の時間を作るのも良いでしょう。

https://niconicohappy.com/angelnumber3636/

(♬本当にそうでした。出かける前に少し洋裁の事を考えてコピーもしましたから。笑 当分できそうにないですね。もちろん自由意志は尊重されるのですが、私の望みが叶うことからは、遠くなりそうですから。) 

1000は、神は今、あなたを導いています。アイディアやひらめき、洞察などを通して、あなたを正しい道へと誘って(いざなって)います。

 

 https://niconicohappy.com/angel1000/

は、考えることを一度ストップしてみましょう。

 https://niconicohappy.com/angel1/

 

8008は、あなたの夢が叶うよう、あなたがより豊かな生活を送れるよう、神があなたに力添えをしています。

 https://niconicohappy.com/angel8008/

 

511は、あなたの世の中に対する考え方や見方がプラスに変化しつつあります。

https://niconicohappy.com/angel511/ 

 

8181は、あなたは今、思考のコントロールに成功しています。その兆候として、アファーメーションがあなたの経済状況に良い影響を与えています。

 https://niconicohappy.com/angel8181/

 

1515は、あなたの思考は今急速に実現に向かっています。意義のある人生の変化が訪れようとしています。

 https://niconicohappy.com/fifteen/

 

818は、あなたの人生の中の何かが終わりを迎えようとしています。人生の中に問題を抱えている人は、やがてそれが解決されます。

 https://niconicohappy.com/angel818/

 

1114は、思考の選択に細心の注意を払ってください。叶えたいことだけに思考を集中し、叶えたくないことに関心を向けないようにしてください。

 https://niconicohappy.com/angel525/

(♬私にはもっとも重要な内容です。つい、思ってしまいますから、そんなときには、「今の思考は訂正して、消去します。」あるいは「今の思考は手放します」といって、その思考を中止します。)

117は、あなたは今、何事も前向きにとらえ、とても明るい気持ちで人生を歩むことができています。

 https://niconicohappy.com/angelnumber117/

 

 

 9月12日(木)

今朝は、起きた時には宇宙からのエネルギーは遠くなっていました。昨夜雷がすごかったので、エネルギーは来ていなかったと思いました。

♬午前中に「魂の法則」を投稿しました。この内容を読んで、私の経験と全く同じことが書かれていて嬉しくなりました。私への後押しのような気持になり、天界が私に勧めてくれたのがわかりました。


5050×2回 神をあなたの思考の中心に置きましょう。天界の人々は、あなたがこの変化を起こすことを願っています。

https://niconicohappy.com/angel5050/

1122×2回 希望に溢れたイメージを持ち、楽天的な気持ちを添えてください。特に将来のことに関しては、ポジティブなことをイメージしてください。あなたには理想を形にする力があるのです。

https://niconicohappy.com/angel512/

 

7788は、今、あなたに経済的な豊かさが向かってきています。内なる叡智に耳を傾け、それに従いましょう。

https://niconicohappy.com/angel7788/

 

222は、あなたの中に芽生えた思考が現実になりつつあります。あなたはもう少しで、その兆しを知ることになるでしょう。奇跡が起こる直前で足を止めてはいけません。

https://niconicohappy.com/angel222/

 

33は、あなたの周りを大勢のアセンデッドマスターたちが取り囲んでいます。そして彼らはあらゆることに対してあなたに力を貸してくれています。彼らはあなたの祈りに応え、あなたが使命を全うできるようサポートしています。

https://niconicohappy.com/angel33/

 

99は、この数字は、スピリット界からの緊急メッセージです。『ライトワーカーよ、使命に向かって動き出してください。』

https://niconicohappy.com/angel99/

 

8118は、あなたに経済的な豊かさがやってきています。あなたの前向きな思考、そして創造的なアイディアや行動によって、豊かさを引き寄せることに成功しました。

https://niconicohappy.com/angel8118/

 

5511は、あなたのプラス思考やアファーメーション、前向きな姿勢などが、あなたの人生に良い影響を与えています。 あなたの人生がより素晴らしくなるような、大きな変化が生まれています。

https://niconicohappy.com/angelnumber5511/

 

2525×2回 あなたの人生の中の何かが良い方向へ変わろうとしています。この変化があなたに最善の結果をもたらすと信じてください。そして心を未来への信頼で満たし、これまでのやり方を手放しましょう。

https://niconicohappy.com/angel2525/

 

♬ 夜10時過ぎに、宇宙からのエネルギーが来ました。そしてその後に見たナンバーです。

2227は、あなたが頭の中で描いてきたことが、現実になりつつあります。自分の目でそれを確認できるまで止めてはいけません。現実化の5分前に足を止めてはいけません。

https://niconicohappy.com/angel2227/ 

 

♬今日は、神を思考の中心に、変化がやって来ます、現実になるまでアファメーション、ビジュアライゼーションを続けるように、そしてポジティブに変化することを、思考するようにでした。~~~「魂の法則」を読んで投稿するのを続けるつもりです。

そして、寝る前にベランダから、天界へ話しかけました。そして、見たナンバーです。


103は、あなたは今、アセンデッドマスターたちによってサポートされています。

彼らはあなたの願いが実現されていくように、あなたの内側をより良い状態へと導いてくれています。

あなたの意思をさらに強いものにしてくれたり、あなたの考え方をプラスの方向に運んでくれています。

心配することはありません。

あなたにはアセンデッドマスターという心強い助っ人たちがついているのですから。

どう進んだら良いかわからない、どうしても行動に移せない。

そういう悩みがある人もいるかもしれません。

しかしどんな悩みでも構いません。

アセンデッドマスターたちに祈り、彼らを頼ってください。

彼らはあなたが頼ってくれることを心待ちにしています。

一人で抱え込まずに、どんどん助けを求めてください。

 https://niconicohappy.com/angelnumber103/

(♬この内容はとてもうれしかったです。一抹の不安が心をよぎる時もありますからね。エンジェルナンバーやアセンテッドマスター達の事がよくわかる内容だと思いました。こんな風に助言や気づきだけでなく、頼ってお願いをすることも、大切なのがお分かりいただけると思います。小さな悩みも大きな悩みも、そうして話していけば、心に直観がきますから。)

 

9月13日(金)

今朝も宇宙からのエネルギーが注がれている中、目覚めました。そして声は久しぶりに早口の祝詞をあげるような感じでした。言葉はまったくわかりません。こうして私は多くの存在からの応援を得ているのだと思います。有難うございます!

5555は、あなたに重大な変化が訪れています。その変化はあなたにとってとても意義深いことです。サナギの姿から飛び出して、あなたにふさわしい人生を手に入れましょう。人生の転機を心から楽しみましょう。

 https://niconicohappy.com/five-2/

 

 (♬一つのナンバーだけでしたが、内容がジワーっときました。)

9月14日(土)

今朝も宇宙からのエネルギーの中目覚めました。ありがとう!

そして魂の法則を2つ投稿しました。

 

 

 

9月15日(日)

今朝も宇宙からのエネルギーが当てられている中、目覚めました。少しばかり眠いのですが、他は快適です。いつもありがとう!

 ♬今日は「魂の法則」の中の愛の法則について下書きをしましたが、投稿前の確認は明日にする事にしました。

 私にとっても、非常に意味のある内容でしたから、自分の中で消化したいと思いました。今日初めて私は「宇宙は霊的な世界である」と認識したのです。宇宙は何もないように見え、果てしない空間だけの世界のように見えるのですが、霊的な存在がいることは、私にも少しづつわかっていました。この地球を取り巻くもの、そして太陽系の中、銀河の中、またそれらを繋いでいる空間にも、果てしない程の霊的な世界が広がっているのです。それは一方ではまだ未知の世界ですが、こうして沢山の情報を心に刻んできて、見えてきたのです。

 私達人間もその霊的な存在であるはずで、それはDNAに刻まれており、それらを思い出す事を、止められた人間になっていたのです。それらを克服するのには、すべて波動を高くもつ事なのです。ですからこの私に、以前のようにして、社会の真実から遠ざかるようにと、何度もナンバーでも知らせてきたのでしょう。真実を知る事は、実は通り道であり、それは無駄なことではありませんでしたし、現在もその手法はいきています。

 私達人間はこれから愛をもっと知り、望むように生きて行く世界が来るのでしょう。そして霊的なものを感じ取れる人間になるには、なにを最初にするといいのか、それは自分の内側に入るということ、その意味は自問自答のようであり、自分を良く知ること、自分の感情すべてを知りそれを恥じるのではなく、認める事にあるようです。そして持っている過去の辛い経験を手放して、心を軽くして行く事が大切なのだと思います。それに宇宙の存在と繋がることは、自分の心の中で宣言するだけなのです。

 

 

8080は、あなたはこれまで光の導きに従い、成功に向かって一生懸命努力してきました。あなたが頑張ってきたからこそ、あなたに多くのものを授けることができるのです。

https://niconicohappy.com/angel8080/

 

212は、天使たちがあなたを導き、サポートしています。あなたの思考の中に宿るアイディアやひらめきに注意を払ってください。そしてそれらがあなたをより良い世界へ導くものであると信じてください。

https://niconicohappy.com/angel212/

 

808は、神があなたに豊かさを授けています。あなたに必要なものはすべて与えられます。両手を広げ、それらをすべて受け止めてください。

https://niconicohappy.com/angel808/

(♬創造主よ、いつもありがとうございます。私に豊かな心持ちをくださって何よりも嬉しいです。人はいくつになっても心の豊かさが授けられるのですね。)

7777は、あなたの守護天使たちがとても褒めていますよ。これまで一生懸命努力してきたあなたにご褒美があるそうです。そう、ついに!あなたの望みが叶います!!

https://niconicohappy.com/number7777/

911は、あなたが頭の中で考えていることが、どんどん現実になっていきます。特にあなたの使命やスピリチュアルに基づいた仕事について考えを巡らすときは、ポジティブな捉え(とらえ)方をすることが大切です。

https://niconicohappy.com/angelnumber911/

(♬何でもかんでも現実になるという考えは、3次元的なものです。5次元の世界を知れば、それは”愛”に基づいたものです。)

111は、エネルギーの通り道が開きました。あなたの思考はすばやく現実のものとなります。

https://niconicohappy.com/one5/

(♬天界からのギフトにより、私に素敵なことが起こっています。)

5055は、これはあなたが願っていたことに対する天からの応えです。あなたの願いが形になり実現されていくために必要なプロセスなのです。天使たちもあなたの変化を見守り、導いてくれています。

https://niconicohappy.com/angelnumber5055/

(♬天界に心の中で話しかけたことの、応えが「魂の法則」だったのです。私が身近な事で思い悩んでいた事への大きな応えがここにありました。そして、心のつかえがなんなく降りていきました。今日まで私が少しづつ納得できるように、導かれたのです。)

 

  夜11時頃にシャワーを浴びていると、凄い音が聞こえてきました。そそくさと浴室から出て、ベッドに入ると、その凄い音はいつものエネルギーではなくて、頭の左上にいつも聞こえている、(機械的な音、飛行機に乗った時聞こえてくる機内での音)がいつもよりも大きな音になって、聞こえてきました。それで私は何かみえるかもしれないと、カーテンを開けたのですが、残念ながら雨が降っていました。

疲れていたので、そのまま朝まで寝入ってしまいました。

 

宇宙の導きはシンプルです。

宇宙の霊的なギフトは、宇宙を信じる事で誰にでもやってくるでしょう。

今日も読んでいただきありがとうございます。ではまた。


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