第一段落〈 1~8段落 〉
1 現在、私たちは、遺伝子が特許化され、ES細胞が再生医療の切り札だと喧伝されるバイオテクノロジー全盛期の真っただ中にある。私たちが、ここまで生命をパーツの集合体として捉え、パーツが交換可能な一種のコモディティ(所有可能な物品)であると考えるに至った背景には明確な〈 出発点 〉がある。〈 それ 〉がルネ・デカルトだった。
2 彼は、生命現象はすべて〈 機械論 〉的に説明可能だと考えた。心臓はポンプ、血管はチューブ、筋肉と関節はベルトと滑車、肺はふいご。すべてのボディ・パーツの仕組みは機械のアナロジーとして理解できる。そして、その運動は力学によって数学的に説明できる。自然は創造主を措定することなく解釈することができる――。
3 〈 この考え方 〉は瞬く間に当時のヨーロッパ中に〈 感染した 〉。そして、デカルトを信奉する者たち、すなわちカルティジアン(デカルト主義者)たちは、この考え方をさらに先鋭化していった。
4 デカルト主義者は言う。たとえば、イヌは時計と同じだ。打ち据えると声を発するのは身体の中のバネが軋む音にすぎない。イヌ自身は何も感じてはいないのだ。イヌには魂も意識もない。あるのは機械論的なメカニズムだけだ――。
5 デカルト主義者たちは進んで動物の生体解剖を行い、身体の仕組みを記述することに邁進した。デカルト本人は人間と動物との間に一線を画したが、カルティジアンの中には、やがて〈 それ 〉を乗り超える者たちが現れた。
6 十八世紀前半を生きたフランスの医師ラ・メトリー(唯物論の哲学者として知られている)は、人間を特別扱いする必然は何もなく、人間もまた機械論的に理解すべきものだとした。
7 現在の私たちもまた紛れもなく、この延長線上にある。生命を解体し、部品を交換し、発生を操作し、場合によっては商品化さえ行う。遺伝子に特許を取り、臓器を売買し、細胞を操作する。〈 これらの営み 〉の背景にデカルト的な、生命への機械論的な理解がある。
8 この考え方に立つ思考は現在、〈 一種の制度疲労に陥っている 〉と私は思う。効率的な臓器移植を推進するために死の定義が前倒しされ、ES細胞確立の激しい先陣争いが繰り広げられることが、はたして私たちの未来を幸福なものにしてくれるのだろうか。
デカルト 近代哲学の祖
Je pense, donc je suis (コギトエルゴスム)我思うゆえに我あり
物心二元論 機械論的世界観 近代合理主義 『方法序説』
喧伝(けんでん) … 盛んに言いふらす ※ 喧(かまびす)しい … 騒がしい
アナロジー … 類推、類似
措定(そてい) … ある事物の存在を確定させる、論を立てること 措(お)く
仮定 … 仮に定める 規定 … 規範的なものとして定める 確定 … 確かだとする
信奉(しんぽう) … 教義を信じ崇める
先鋭化(せんえいか) … 思想や行動が急進的で激しいものになること
邁進(まいしん) … 元気よくつきすすむ
制度疲労 … 制度と実情があわなくなり機能しなくなること
Q1「それ」とは何か。30字程度で記せ。
A1 私たちが生命を交換可能なパーツの集合体と考えるに至った出発点。
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デカルトの考え
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生命現象 … 機械論的に説明可能
Q2 デカルトの「機械論」とはどのようなものか。40字以内で記せ。
A2 生命現象のすべては、機械の仕組みや動きになぞらえて説明できるとする考え方。
自然・生命 ← 創造主を措定
↑
↓
自然・生命 =(アナロジー)機械
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この考え(機械論的生命観)
↓
ヨーロッパ中に感染
↓
デカルティジアン(デカルトを信奉)の先鋭化
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十八世紀前半 ラ・メトリー … 人間機械論
↓
現在 私たち … この延長線上
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「制度疲労」の状態
Q3「この考え方」とはどのようなものか。151頁から11字で抜き出せ。
A3 生命への機械論的な理解
Q4「感染」とは何を何に喩えた表現か、説明せよ。
A4 機械論的生命観がまたたく間に広がっていくことを、
病原菌があっという間に伝染していく様子にたとえている。
Q5「それ」とは何か。20字程度で記せ。
A5 人間と動物を明確に区別するデカルトの考え。
Q6「これらの営み」を可能にした技術の総称を、9字で抜き出せ。
A6 バイオテクノロジー
「一種の制度疲労に陥っている」について
Q7 どのような具体的な現状に対して筆者はこう述べるのか。50字程度で抜き出せ。
A7 効率的な臓器移植を推進するために死の定義が前倒しされ、
ES細胞確立の激しい先陣争いが繰り広げられること
Q8 このように(「制度疲労」)」筆者が述べるのはなぜか。60字以内で説明せよ。
A8 機械論的生命観に依拠して進められている科学の現状に対し、
私たちの幸福を置き去りにしている面があるとの危惧を抱くから。
動的平衡の続きはありますか?
もう終わられたとおもいますが、
いちおう続きをあげていきます(_ _)