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Weekend Strummer

ウィークエンド・ストラマー。
世間知らずのオジサンが脈絡無く語る、ギター・アフリカ・自閉症。

テングビワハゴロモ

2010-02-27 00:44:06 | ラオス



乾季は当然ながら空気が乾燥します。
果実からも余分な水分が抜けて甘みが濃縮されるのでしょう、果物がおいしくなる季節です。
その甘い汁を吸う昆虫がテングビワハゴロモ。セミの仲間です。3年住んでいて、先日初めて見かけました。
すごいでしょ、ビルマの竪琴のようなこの姿。赤い頭と緑の羽根。鮮やかな配色が警戒色のよう。
ですが、さほど切迫する危険性があるようには見えない。黒いパッチリしたおメメがかわゆいせいかもしれません。どこかノンキです。
ビワハゴロモはライチなど果物の汁を吸って生きています。そのために体液が甘いんですって。
長く伸びた頭部の突起は空洞なんだそうです。
先端をパキンと折って直接口を着け、ストローのように体液を吸い取るとトロッとしていて甘いんだよー、とラオス人の同僚が教えてくれました。
食べてごらんよー。

こんな珍しい虫、この機会を逃したらこの次いつお目にかかれるかわからない。せっかくの機会だから試してみよう。どれどれ。
ビワハゴロモを摘み取ると6本の足が私の指に絡みつく。つぶさないように指で優しく押さえ、突起の先端部分を爪で欠く。鶏卵の殻のような堅さ(と言うか脆さ)の昆虫の外骨格が、「ペシ」と軽い音を立てて割れる。
何かで読んだのですが、昆虫は痛みを感じないらしい。ですからビワハゴロモが急に動き出したのは苦痛を感じたせいではなく、たぶん頭部が欠損する異様な感覚にパニックになったのでしょう。ジダジダとうごめく虫の足の勢いが増し、逃げようとして薄い羽がパタパタとはためきます。食べる方としては落ち着かない。妙に気が急いてしまう。
折れた突起部分に口をつけ、ズンと吸う。
その瞬間、盛んにうごめいていた虫の足が引きつるように強く私の指に食い込む。でもそれはほんの一瞬で、急に力が抜ける。
膨らんでいた腹の部分がへこむ。
いきなりこちらの口中に入ってきたものは所々固体が混ざる粘液状の物体で、それは今まで虫を動かしていたエネルギーのようなものを濃厚に含んでいる。というか虫の内容物=生命そのもの。お味は、たしかに舌の上にささやかな甘みを感じてはいるけれども、渋めの苦味も同時に感じていて、これはきっと生きたまま体液を吸われる虫の断末魔の味に違いない。
今更ながら、虫の体液を生きたまま吸っている自分を認識した私は急速にパニックに陥りつつある。

調子に乗ってなんでこんなもの口の中に入れちゃったんだろう。
もうすぐ50になるっていうのにホント馬鹿だな俺って。

舌の上にあるスライム状の異物の非常にリアルな感触。
吸い出されてドロドロになったとしても、ビワハゴロモの神経組織はきっとまだ生命としては生きているのではないかと思われ、そんなナマの虫が自分の舌に馴染むことに対して嫌悪感が湧き上がる。
同時に口中で唾液が大量に分泌されているのが自覚でき、自分の身体が嘔吐の準備をしていることに気がつく。
その途端、胃から酸味の強い液体がせりあがって来て・・・。






と、なるのは目に見えていたので、食べるのは遠慮しました。
我ながら賢明であることよ。

コメント (8)
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アルバレス・ヤイリのバリトン・ギター

2010-02-25 00:55:52 | ギター
低音はギターの要。
いろんな低音を体感したくて、いろんなギターを試しています。
主に低音を出すために作られたギターにバリトン・ギターがあります。
普通のギターよりも1オクターブ低い音を出すのがベース・ギター。バリトンは両者の中間の音域を出す楽器です。
最近手に入れたのはアルバレス・ヤイリ製のバリトン・ギター、YB-1。
ローデン社製のギターを思わせる大きくグラマラスなボディ・シェイプ。
しかし、ローデンのギターが達磨のように穏やかな丸さを見せるのに対し、ヤイリのバリトンはどことなく「太ったオバサン」を連想させるカタチです。ヒップにあたる部分は幅が50センチ以上あり、マーティンDタイプ(鉄弦ギターで最も一般的なギター・シェイプ)の45センチと比較しても、かなりのファット・ママ。
専用の弦は太く、そしてネックも太く、当然指板が広い。余裕があって良い感じです。
チューナーはギヤ比が良くて、かなり正確な調弦が可能です。
6弦をB♭に合わせてチューニング。うーん、これは低い。愛用のアコースティック・ベースよりも低いのではないかと錯覚するほど。でかいボディは鳴り方に余裕が感じられ、低音に落ち着いた味があります。

しかし、残念ながら2弦の音が安っぽい。
低音を優先させて作られたからでしょうか、バランスが悪いというか、2弦だけが鼻をつまんだようなミュート気味の音がします。
弦のせいかも、と思い、別のメーカーのバリトン弦を取り寄せてみましたが、同じ音でした。
試しに2弦の代わりに普通のギターの3弦(ライト・ゲージ)を張ってみました。プレーン弦ではなく、巻弦にしてみたんです。鼻つまみ感が若干残るものの、けっこう良くなりました。

残念ながらストラミングには向いていないようです。和音がまとまりすぎていてモッコリした音になってしまう。大きいボディ・サイズは出音の大きさと低音域の確保には役立っているようですが、逆に各弦の音の個性を薄めてしまうようです。
それに強いストロークでは弦が暴れてしまって、音が安定しない。
アルペジオで低音弦を中心に弾くといい感じです。ゴォーンと響くB♭。

夢中になって弾いていたらオジサンは肩が痛くなってしまいました。
でかいヒップに置いた右肘が不自然に上がり、肩に負担がかかったみたい。
ジジイ・キラーのファット・ママ。


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心霊動画でよかですか?

2010-02-21 00:39:48 | オカルト
就学年齢に達していない頃の話です。私は少年になりかけのガキンチョでした。
その頃は夜が早かった。夕食を済ませ、お気に入りのテレビ番組をちょっと見て、柱時計が8時を知らせると、もう子供は寝る時間です。
当時は両親と弟と私の家族4人が同じ和室に布団を並べて休んでおりました。床に就き、部屋の灯りを落すと、暗いオレンジ色の常夜灯に寝室が落ち着いた雰囲気に変わります。
両親が寝室に来るのはそれから数時間後で、それまで寝室にいるのは私と弟だけ。幼い弟はとても寝つきが良く、その夜も彼の布団からはすでに規則正しい寝息が聞こえ始めていました。

枕に頭を載せると視界が斜め上を向きます。
私がいつも眠る前に見ていたのは柱の高い位置に貼られた一枚の色紙。
2歳の頃の私が両親に連れられて上野の動物園に遊びに行き、似顔絵師に描いてもらった色紙だそうです。筆で描かれた幼児の顔。少々垂れ気味の眼に幼さと無邪気さが見られます。朱色に塗られた唇が小さめに描かれており、よく言えば上品そう。
ただ、正直言って、あまり自分に似ているとは思えない絵でした。もしかしたら2歳の頃の私はそういう顔だったのかもしれませんが、仮にそうだったとしても、描かれてわずか数年後には本人にとって何のアイデンティティも感じない絵になっていたことになります。

毎晩眠る前に眺めていた自分に似ていない似顔絵。
その夜、異変に気がつきました。
口の部分が動いていたんです。唇だけがヒラヒラと動いており、他の部分には変化がありませんでした。オバチャンの時と同じです。
目の錯覚かと思いましたが、たしかに動いているようです。
これまたオバチャンと同じで、まったく恐怖は感じませんでした。暗がりの中で身を起こして柱に近づき、色紙を見上げると・・・、どうも動いているように見えるなぁ・・・。
蛍光灯のひもスイッチを引っ張って部屋を明るくすればもっとよく見えるはずですが、すでに寝入った弟の睡眠を邪魔するつもりはありませんでした。
より近くに寄って確認しようと思い、部屋にあった椅子を柱の下に動かしてその上に立ちました。至近距離でよく見ると、

「やっぱり動いてる!」

かなり早い動きだったと記憶しています。何かを話しているような動きではなく、かといって何かを食べている時の口の動きでもありませんでした。ただ闇雲に口だけを高速で動かしている、という感じ。アニメーションのパロディ。
思い出すに非常に気味が悪い光景です。でもその夜の私は恐怖を感じていません。目の前の不思議な出来事を冷静に観察していました。
「朱色に塗られた唇を同系色であるオレンジ色の常夜灯の下で見ると、こんなふうにチカチカ・ヒラヒラして見えるのかもしれない」
実際にはそんなことはないのでしょうけれど、幼児ながらも理論的に考えをめぐらせたのはさすが私であります。
とりあえず仮説は立てたので今夜はおとなしく眠り、翌朝、明るい光のもとで確認しよう。というわけで、その晩はおとなしく眠ったのでした。
翌朝、朝の光の中で見上げる色紙の絵は、当然のことながら(?)黙って微笑んだままです。唇は動いていません。
動かないのは自分で立てた仮説が正しかった証拠だ、と思い込んだバカな私は満足し、その途端、興味を失ってしまったのでしょう。前夜の不思議な出来事は誰にも知らせなかったと思います。
本当に仮説が正しいのであれば、翌日の夜も同じ常夜灯の下で唇が動くように見えたはずですが、バカなガキはそこまで追求しません。そして、同様の不思議な出来事は二度と起こらなかったのだと思います。少なくとも私が記憶しているのは、この時の体験だけです。
そのまま自分でも忘れていたのですが、易断家のオバチャンのはなしを聞いたことで記憶が蘇り、自分の体験もきっと何かの霊的な働きかけだったに違いないと、確信している次第です。

幼い私に誰が何を伝えようとしていたのでしょう?
その当時、身の回りで何かの不幸、もしくは重大な事件が発生したのか? 
たぶん何も無かったと思うのですが・・・。
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母国語で笑う我々

2010-02-18 01:00:23 | ラオス

ラオスの街中で見かけた東洋人がどこの国の出身者か、見当がつかないことがあります。
たまたま入った食堂の他のテーブルに明らかにラオス人ではない東洋人のグループがいる。だけど国籍がわからない。日本なのか中国なのか韓国なのか北朝鮮なのか、そのうちのどれかだとは思う。話し声が聞こえれば、言葉でどこの国のヒトかわかるのですが、テーブルが遠すぎてよく聞こえない。
そんな時、タイミングよく、そのグループが笑い声を上げます。
あ、ありゃ日本人だ。
日本人は笑い声で判別できます。日本語の、というか日本人独特の笑い方と言うものがあるんです。説明するのが少々難しいのですが、声のトーンとか発声方法とかに特徴があるのだと思います(同様に他の国々独特の笑い方というものがそれぞれあるのだと思いますが、残念ながらそれを聞き分けられるほど親しいおつきあいがありません)。
さらにまた同様に、悲しい時の泣き声やビックリした時に上げる声にも、国や地域によってそれぞれ独特のトーンがあるに違いありません。

考えてみればちょっと不思議な話です。
楽しければ笑い、悲しければ泣くという感情的な反応は、意識せずに表れるものだと思います。思わず口から発せられる単純な発声に地域差があるなんて、あまり考えたことがありませんでした。
国や地方によって違うということは、これは一種の言語ではないでしょうか?
以前考えてみたように、単なる笑い声にも役割はあるように思えますし、そのため地域別に発達するのも当然なのかも知れません。
笑い声以外にも、例えば驚いた時に思わず上げる声にそれと判る特徴があれば、危険に気づいた仲間が救助に駆けつけたりして、周囲に対する危険信号として機能しますものね。

感情的な反応もすべて無駄なくコミュニケーションの手段とする。我々人間はとことん社会的な動物なんだな、と思います。

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オバチャンのはなし 3/3

2010-02-14 01:43:19 | オカルト
易断家のオバチャンの家で、夜中に義両親の遺影が動くというハナシ、続編です。

次の日の夜もオバチャンはその部屋で眠りました。
寝支度を整えて件の部屋に入りますと、義両親の遺影は口だけでなく顔全体が動くようになっていました。
当然のことながら、表情がかなりリアルになっています。
二人ともオバチャンに何かを訴えようとしている様子。しかしそれがうまく伝わらなくて切羽詰ったような表情で、わかってくれないオバチャンに対して叱るような表情さえ見せたんだそうです。
オバチャンにしてみれば、読唇術に長けているわけではありませんし、何もできないまま鴨居の下に立ち、額の中で動く義両親の顔を見上げ、二つ三つため息をついたあとに前夜と同様、床に就いたのでした。

閑話休題。
心霊が写りこんでしまった写真を「心霊写真」と呼びますよね?
オバチャンが体験したのは、もともとは普通だった写真が(たぶん霊的な力で)動き出した、というもので、ちょっと違うと思います。こういうのは何と呼ぶのでしょう?
「心霊動画」が最適だと思えるんですが、一般的には単に心霊が映っているビデオ映像をそう呼びますよね?
やっぱりポルターガイストかなぁ?

さて。
オバチャンはその翌日も同じ部屋に就寝しました。
「その夜はすごかったのよー」
えっ、どしたの? 何があったの?
「二人とも写真から飛び出してきたの」
どっひゃーっ。
伝えたいことがなかなか伝わらないオバチャンに対するもどかしさが募ったのか、義両親が写真から飛び出してきたんだそうです。床に就いているオバチャンの枕元の両側に身体を屈め、何か訴えているんだそうですが、何も聞こえない。
これ、正真正銘の幽霊ですよね。
夫婦揃ってあの世からこちらに出てきて、生前とても親しかった間柄の人物に伝えたいことがある。だけど何も伝えられない。なんだか気の毒に感じます。

で、オバチャンどうしたの?
「寝た」
…やっぱ常人じゃないよ、オバチャン。幽霊にはさまれて眠れるかー、普通?
ま、とにかく、無事に夜が明けたわけです。(この状況を無事と呼べれば、ですけど)

そしてその朝、訃報が届きます。
家族にとって、とても親しかった方が亡くなったという知らせでした。どうも孤独死だったらしく、発見されるまでに少々時間がかかったらしい。
遺影のある部屋で休んだのを機会に、義両親がそれをなんとか伝えようとしていたのではないか、と、オバチャンは言ってました。それというのも、その訃報が届いた日の晩からは遺影は遺影のままで、何の動きも見せないようになったんだそうです。
オバチャンはごく簡単に説明してくれただけでしたが、義両親二人の霊が必死にその死を伝えようとしていたことから、亡くなった方はきっととても深い関係にあった方なのだろうと想像します。
その出来事のあと、オバチャンはいろんなことがわかるようになり、つまりは占う力を授かった、と。

このお話はここで一応おしまいなんですが、関係するエピソードがあります。
実は幼少の頃、私もこれに似た体験をしているんです。
その話は、いずれまた。
コメント (2)
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