Weekend Strummer

ウィークエンド・ストラマー。
世間知らずのオジサンが脈絡無く語る、ギター・アフリカ・自閉症。

ベジタル・マン

2018-04-01 00:35:50 | その他

先日読んだ科学雑誌に興味深い話が載っていました。

ヒトの皮膚に葉緑素を埋め込むことで光合成を可能にし、光がある限り恒常的に栄養補給を可能にする計画です。

記事によると、この研究は1960年代から始まったらしく、一部の研究機関により、ずいぶん長期間にわたる実験が繰り返されているようです。
どうも宇宙開発事業と大きく関わっていた背景があるらしい。宇宙空間では食糧生産が極めて困難で、したがって食料は全て地球から運ばなくてはなりません。宇宙飛行士の身体の一部に葉緑素を移植しておけば恒星からの光線を浴びることで光合成が可能となり、あとは水分があれば栄養補給ができるようになります。

しかし、この計画はスムースに進んだわけではありませんでした。「もともと、生きるための戦略が異なる植物と動物を融合させることに無理があった」のです。

植物は自ら動くことを放棄し、日光を浴びて光合成をすることに集中して生存・子孫繁栄を試みる生物です。表面積を最大限に拡大して貪欲に日光を浴びる。
逆に動物の身体は体温を維持し、体内の水分の過度の蒸発を防ぐため、表面積を狭くコンパクトにする傾向があります。その狭い面積しかない身体の表面に葉緑体を移植したところで光合成で得られる炭水化物の量はたかが知れており、「あらゆる方向から光を照射したとしても1年間にわずかジャガイモ数個分のでんぷんしか生産できない」のだそうです。

光合成能力を高めるためにNPK成分を配合した点滴液や体表面積を拡大する特殊ローション薬などが開発されましたが、その効果はさほど高くなく、打開策にはなりえませんでした。
ですが、1980年代後半に空気中の窒素を吸収・固定する特質を持つアカウキクサ(学名:Azolla pinnata)の要素が導入され、更に光合成能力が高いクロレラの新品種(学名:Chlorella nosh・inhinshu)が発見されたことが飛躍的な進歩につながりました。アカウキクサの窒素固定能力と新クロレラに見られる特殊な光反応(photoresponse)を組み合わせることにより、移植面積が狭くても人体の生存に十分な炭水化物が得られるようになったのです。

しかし、このプロジェクトは別の大きな問題に直面することになります。

体表で生産された炭水化物をいかに動物本来の消化系に移動させるか、です。
単に葉緑素を移植しただけでは合成された炭水化物が移植部分付近にとどまり、その周辺部が肥大するだけです。やはり「動物が栄養として吸収するには腸を通す必要がある」のです。

ところでトキソプラズマは動物の細胞内に寄生する単細胞生物です。本来はネコ科の動物への寄生を目的にしているらしいのですが、ヒトを含めた他の哺乳類へも広く寄生しており、「人類の約3分の1はトキソプラズマのキャリアである」とも言われています。
その初期形態は「タキゾイト」と呼ばれる幼体で、次の成長形態である「シスト」に変化するために適当な場所を探して、宿主の体内を移動することが知られています。

光合成実験のため宇宙ステーションで活動していた宇宙飛行士が、地球への帰還後に受けた身体検査で、光合成によって体表面を肥大させていたでんぷん質が小さく縮小していることが判明しました。調べてみると、宇宙飛行士に寄生していたトキソプラズマ=タキゾイトが宇宙滞在中に突然変異を起こし、体表で生産されたでんぷんを体内に取り込んでそのまま腸へ移動する性質を有するようになったようなのです。

前述したように、通常ですと増殖したタキゾイトはシストに変化しますが、その変化がないまま、つまりは人体には何ら悪影響がないままでんぷんを運ぶ役目を担うようになったのは「本プロジェクト中、極めて重要な幸運」でありました。タキゾイドは和名では「急増虫体」と呼ばれており、放っておいても細胞内で無性生殖により急激に増殖するため、外部から補給する必要も生じません。また、消化酵素に対する抵抗性が皆無であるため、腸に到達すると同時に死滅してしまいます。

この突然変異は「トキソプラズマの無力化に応用可能な新技術」として、現在は医学界でも大きな注目を集めているそうです。

多くの偶然が絡み合い、人体での光合成が可能になりつつある現代。一時期、縮小傾向にあった各国の宇宙開発事業が、最近になって再び盛り上がってきたのは、この「人体光合成プロジェクトの成果がまとまりつつある」ためだそうです。
個人的には宇宙空間ではなく、まずは地球上から飢餓がなくなることを期待しているのですが、果たしてその日は訪れるのでしょうか?

コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする