ヒゲを生やすようになったせいか、もしくは加齢で人相が変わったのか、最近は滅多に言われなくなりましたが、それまでは私はジャッキー・チェンに似ている、と、よく言われたものでした。特に外国で、それは顕著でありました。
スイスの空港では、パスポートを見た入国管理官に「あら? あなた日本人だったの? 香港のヒトじゃなくて?」などと驚かれたり、ガーナのスポーツ・ジムでは肉団子のようなボディ・ビルダー数名に「な、あんたジャッキー・チェンだよな?」と興奮気味に詰め寄られたり、スリランカのバーでは「あんたの映画、全部観てるよー」などと声をかけられたり、と、楽しい誤解例には枚挙が暇がない。
実際、サインをせがまれることも度々あって、どのように対処すべきか、困ることもあります。
10年ほど前、バンコクに滞在した時のこと。宿泊先のホテルのジムでウェイト・トレーニングに熱中しておりました。各種ゲームはあまり得意ではないのですが、基本的に体育が好きな私です。
一人の少年がジムの入り口に佇み、バーベルを持ち上げる私に注目しています。欧米系の少年で、手にはノートとサインペン。特に気にかけず、ベンチプレスに集中していたのですが、ふと気づくたびに彼が徐々に接近して来ているんです。
ははーん、こやつは何か勘違いしているな・・・。
例によって、私をジャッキー・チェンだと勘違いしているようです。憧れのアクション・スターに最接近しているものの、一声かける勇気がない。緊張のため「サインして」のヒトコトが口に出せない少年であります。素知らぬふりでトレーニングを続けておりましたら、そのうちいなくなってしまいました。あきらめたのかと思っておりましたら、なんと父親らしき人物をつれて再度登場。ニコヤカに歩み寄るパパは、
「こんなところでお目にかかれるとは思っていませんでした。トレーニング中に申し訳ないのですが、息子にサインをしてやってもらえないだろうか」
私は努めて真面目な顔つきで、
私は有名人ではなく、したがって私のサインなど何の値打ちも無いはずですが。
と述べると、相手は意外そうに、
「え? だって、ミスター・ジャッキー・チェンでしょ?」
いえ、違います。私は日本人です。
「・・・ちがうの?」
ええ、ちがうの。
明らかに落胆した顔つきで、傍らの息子に、
「このヒト、ジャッキー・チェンじゃないんだって」
と、言うとその息子が私を指差しながら父親に
「何いってんだよパパー、ジャッキー・チェンじゃないかよー! 早くサインもらってよー!」
このハナシをすると、たいていの友人は「ジャッキー・チェンになりすましてサインしちゃえばいいじゃん」などと無責任に言うのですが、そんなことをしたら周囲の人たち全員がサイン目当てに詰め掛けてくるのは必至。だってみんな疑いつつも私に注目しているんです。だから一度でもサインしてしまったら「あのヒト、やっぱしジャッキー・チェンなんだ!」と、疑惑が確信に変わり、周囲のヒトタチがにわかファンに変わる。万が一そんなヒトタチに追いかけられる羽目になったりしたら、ジャッキー・チェンのように逃走術に長けているわけではない私はすぐにつかまってモミクチャにされてしまうでしょう。そんな危険を冒すつもりは毛頭ございません。
ジャッキー・チェンの映画は世界中で楽しまれています。そして、彼は全ての出演作で善玉を演じており、そのおかげで私も世界中どこへ行っても善玉視され、みんなに親切に接してもらえます。
お世話になっています、ジャッキーさん(御本人は特にお世話しているつもりはないでしょうけど)。