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Weekend Strummer

ウィークエンド・ストラマー。
世間知らずのオジサンが脈絡無く語る、ギター・アフリカ・自閉症。

オバチャンのはなし 2/3

2010-02-12 00:16:10 | オカルト
易断家のオバチャンが占いの能力を身につけたキッカケのハナシ、続編です。

ある日、急なお客を数日間に渡って自宅に泊める必要が生じました。
家族が使っている部屋を色々とアレンジして一部屋を来客用に用意した結果、オバチャンは普段は使っていない部屋に寝ることになります。そこは通常あまり使わないものを入れておく、いわば物置のように使っている部屋で、その他には別に特徴のある部屋ではありませんでした。就寝した際に鴨居に掛けられた夫の両親の遺影が、視界の正面になることを除けば。
常夜灯の薄暗いオレンジ色の明かりの中で、死んだヒトの写真がこちらを見つめている・・・と書くと、ちょっと薄気味悪さが漂いますが、オバチャンにしてみれば長く同居し、亡くなる時にも自分が看取った舅と姑です。気味が悪いなんてことはなくて、むしろ「お二人とも、おやすみなさい」と心の中で声を掛けて、眠りに就こうとしたのです。
ところが、その遺影、なんか変なんです。
二人の写真の口の辺りが、動いているように見えるんです。
「まさか写真の中の人物が動くなんて、そんなことあるわけないわよねー」
でも確かに動いているように見える。
暗がりの中で身を起こし、よっこいしょっと立ち上がったオバチャンは、確認するために近くに寄って写真をよく見ました。

「あ、やっぱり動いてる!」

額に納まった写真の中で、舅も姑もおしゃべりをするように口を動かしているんです。動いているのは口だけで、他の部分は写真のままです。目は相変わらず一点を見つめ、鼻や耳も動いていません。ただ口だけがパクパクと開閉運動を続けており、更に目を凝らしてよく見ると口の周辺のシワなども動いているんです。
中の人物が動く遺影。
メチャクチャ恐ろしいシチュエーションですが、オバチャンはまったく恐怖を感じなかったんだそうです。

「不思議なことがあるものねー」

いや、この状況を怖がらないことの方が不思議なんだけど。
オバチャンは変に納得しつつ再び床に戻り、翌朝までぐっすり眠ってしまったんですって。
このあたり、中年女性の強さというか鈍感さというか、いかにもオバサンっぽい反応で笑えちゃうんですが、とにかく無事に夜が明けたのです。
(この項、更に続く)
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オバチャンのはなし 1/3

2010-02-10 01:23:44 | オカルト
知り合いに易断家のオバチャンがいます。
易断家というのはいわゆる占い師で、オバチャンは特に失せ物探しや尋ね人の分野がお得意みたいです。
灯りを落とした静かな部屋に座り、心を静め、知りたいことを問い、精神を統一して待つことしばし。すると、答えが得られるのだそうです(その答えを仮に「お告げ」とします)。
お告げは非常にシンプルなもので、単純な二者択一の答えしか得られないんですって。
例えば、しばらく前から連絡が取れなくなってしまった大事な友人が現在どこにいるか知りたいので占ってください。という依頼があると、
 ① その友人が存命中か否かを占う → 「存命中」というお告げ
 ② 同じ市内にいるか否か → 「市外」というお告げ
 ③ 方角で言えば東か西か → お告げなし(どちらの方角でもない)
 ④ では北か南か → 「北」というお告げ
 ⑤ 東北地方か北海道か → 「東北地方」というお告げ
 ⑥ …以下、輪を狭めてゆくように質問を続ける
と、かように多くの過程を経なければならず、加えて、それぞれの質問に対する答えがすぐに返ってくるわけではなく、数分の時もあれば一晩以上かかることもあるそうなんです。時間はかかるし、精神統一のために体力は消耗するし、かなり効率が悪い。
でも得られる答えはことごとく当たっており、着実に正解に近づいてゆくことが出来るらしい。
私自身は占ってもらった経験はなく、その信憑性については何の確信もないのですが、「二者択一のシンプルな占いで、すぐに答えが得られるわけではない」という都合の悪さに妙なリアリティを感じます。

オバチャンは幼い頃からこういう能力を持っていたわけではなく、きっかけとなるある不思議な出来事があったのだそうです。
(この項、続く)
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開高の朝粥

2010-02-06 00:47:05 | ラオス

カイコー・タケシのエッセイには食べ物が多く登場しますが、その中でも中国かベトナム、どちらかの国の朝粥についての文章がとても印象的で、よく覚えています。
早朝、通りに面した屋台で供せられるお粥です。出勤や登校の途上にある人びとが次々に現れては忙しい朝食を済ませ、立ち去ってゆく。そんな店の風景が紹介されていました。
「とてもおいしいものである」と書かれていたのですが、個人的に粥は病人食というイメージが強かったので、さほど魅力的ではなく、カイコーがどうしてこんなに強く執着するのかわかりませんでした。

ラオスにも同様の粥があります。
歩道に並べられたテーブルは、朝の時間だけ出現する朝粥屋。
テーブル上には、ラー油や胡椒などの調味料、ライムの半切り、揚げパン、竹箸などが整然と並んでいます。
注文すると間も無く、どんぶりによそられた白い粥が出てきます。豚肉の細切り肉が載り、その上には細かく切られたネギと揚げニンニクが散らされています。
ひとくち食べてみて納得。なるほど、これはうまい。
柔軟で軽量、しかし濃厚で誠実。
じっくりと熱を加えられて煮られた粥は柔らかく舌先につぶれますが、その味にはしっかりとした芯がある。ダシが効いていて、あとをひくうまさ。
揚げパンも食べてみよう。
指先に力をこめて摘むと油がにじむような揚げパンをはさみで細かく切り、粥に混ぜる。
これも不思議においしい。
柔らかい粥の中で揚げパンはしっかりとした存在感があり、歯応えが嬉しい。奥歯で噛むと、にじむ油とダシがいい感じに混ざって充実したお味。

この粥をラオス語で「カオ・ピャック」と言います。
カオは米(もしくはゴハン)。ピャックは「スープに浸す」というような意味らしい。
とてもおいしいものであります。





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スティングのアーチリュート

2010-02-03 01:23:25 | ギター
2006年のMusicares Person of the Year (全米レコーディング・アカデミーがミュージシャンの中から毎年一人を選んで授与する賞)に選ばれたのは、ジェームス・テイラーでした。
その受賞記念コンサートに招かれたスティングは、アーチリュートという楽器でテイラーの曲「You Can Close Your Eyes」を弾き語ります。
これがすごくカッコ良かったんです。
演奏は自分で「練習不足で下手です」と白状していた通り、稚拙さは否めない内容でしたが、それも含めてカッコ良かった。

ギターの音の良し悪しは低音で決まる、と、私は思っています。
高音はメーカーや種類によって個性が出やすい部分でありますが、その高音部を低音部がいかにバックアップするかがポイント。高音のキャラクターに合わせた低音の作り方というものがあるようなんです。
高音部がキラキラしたような音であれば、低音部も倍音少なめにゴンゴン響くように。
逆にまろやかな高音を出すギターであれば、ドーンと腹に響くような低音が望ましい。
ま、同じギターから出てくる音なので、あまりにかけ離れた音は出てこないのが普通なんですけどね。

アーチリュートはギターの原型となった楽器だそうですが、高音弦はコロコロとかわいらしく鳴り、低音弦は意外にも釣鐘のように迫力ある出音でした。
独特のかすれ声でささやくように優しく歌うスティングに、ナイロン弦の柔らかい音がうまくマッチして、その倍音たっぷりの音はいつまでも耳に残っておりました。



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