「大ファン」と言う呼称は充分ではないかも知れません。むしろ「信者」と呼ぶにふさわしかった。なにしろその同級生・ヨシダは、ジャイアント馬場を「馬場先生」と呼んで尊敬していたのです。
我々同級生が日々の何気ない会話の中で「ジャイアント馬場」という単語を発するたび、「馬場先生を呼び捨てにするなー!」と、本気で怒る変なヤツでした。
ある日、彼が顔を腫らして登校したことがありました。左目の周りが青くあざになっており、これは誰が見てもケンカのキズ。血気盛んな男子校でありましたから、みんなで彼を取り巻いて質問攻めにしました。
相手はいったい誰なんだ? と語気荒く問いただす我々に対してヨシダはボソッと、
「ブッチャー・・・」
え? ブッチャーって・・・?
よくよく訊いてみると、彼の話は以下のようでした。
前日、後楽園にプロレス観戦に行ったヨシダは、メイン・イベントのジャイアント馬場対アブドーラ・ザ・ブッチャーに大興奮します。
二人のレスラーが場外乱闘でもつれ合ったとき、ブッチャーの凶器攻撃に額を血で染める「馬場先生のおいたわしいお姿」を至近距離で目撃したヨシダは、我を忘れて憎きブッチャーの背中を蹴りつけたんだそうです。
背後からいきなりヨシダのコーフン・キックを食らったブッチャーはクル!と振り返り、怒りに燃える鉄拳右ストレートを彼の顔面に見舞った、と。
ヨシダを取り巻いて話を聞いていた同級生一同が一気に興奮し、口々に勝手なことをわめきだす。
エーッ、お前、あのブッチャーに殴られたのー? ウッソー! スゲーじゃん! ギャハハー、ヨシダのやつ、ブッチャーに殴られてやんのー! おーい、みんな来てみろよー!
ね、痛い? ねー、まだ痛い?
「・・・すっげー痛い」
ギャハハハ! 痛いんだって痛いんだってー! そりゃ痛いよなー、だってブッチャーに殴られたんだもん! いーなー、チクショーあいつー! ブッチャーに殴られたんだぜー! ギャハハハハ、腹いてー! おいヨシダー、ちょっとこっち来いよ! そのキズよく見せろよ! おー、これがブッチャーが殴った跡かー。やっぱプロは一味違うよなー。おい、誰かカメラ持ってない? みんなで記念撮影しようぜ!
もう朝から大騒ぎ。
その後「どうせ殴られるんだったら誰がいいか」という激論大会となり、ブッチャーならまだいいけどタイガー・ジェット・シンはヤバそうだとか、どうせブッチャーから攻撃されるなら頭突きを体験したいとかの意見が飛び交う。
そんな話題なのに誰かが突然「ファラ・フォーセットに殴られたい」と発言するや、あ、俺もー俺もー、と話がそっち方面にいきなり飛んでしまい、いつの間にかヨシダそっちのけ。
わけがわからない高二の心理。
その後ヨシダは「馬場を救おうとしてブッチャーに殴られたオトコ」として卒業するまでクラス1の有名人になったのでした。