goo blog サービス終了のお知らせ 

Weekend Strummer

ウィークエンド・ストラマー。
世間知らずのオジサンが脈絡無く語る、ギター・アフリカ・自閉症。

ジグソーパズル

2011-01-28 13:11:30 | 自閉症
自閉症の娘はジグソー・パズルが得意です。
初めてのパズルでは少々時間がかかりますが、同じパズルを何度もやっているとピースの色と形を記憶してしまうのでしょうか、驚くほどの短時間で仕上げてしまうようになります。
だいたい150ピースくらいのものを、10分くらいで組み上げます。あまりに簡単そうにできてしまうので、慣れたパズルであれば二つ分のピースをごちゃ混ぜにしてやらせたりしますが、これもすぐにできてしまう。オチャノコサイサイ。
彼女の動作を見ていると、散らばったピースのひとつをつまみあげるとほとんど迷わず他のピースと組み合わせます。我々のように「ピースの色と形を観察して似たような色の別のピースを探して試しにくっつけてみる」なんて熟考しません。鼻歌まじりでパチリパチリと、しかし正確に組んでゆく。
試していないのでわかりませんが、例えば私が同じパズルを何度もトライしたとしても、あれほどスピーディに完成させることは難しいでしょう。これはもう「特殊能力」と言ってもいいのではないかと思えます。

この能力、何か他の事に生かせないものかなー?
なんだかもったいない。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ルアンナムターの宴会

2011-01-25 16:02:00 | ラオス

ラオスの社会では酒はかなり重要な位置にあり、酒を飲み交わす機会はものすごく多いです。何かというと酒が出てきます。酒が出ないとなにもかもが治まらない社会です。
ですから、酒を飲めないヒトには少々厳しい社会だと思います。

私がだいたい月1回ペースで赴くルアンナムターでは、出張中かなりの確率で酒宴に招かれます。
ビエンチャンでの宴会はどうってことないんですが、ルアンナムターでのパーティ出席はけっこうハード。過激なんです。きちんと比較していないので詳しくはわかりませんが、消費するアルコールの量がだいぶ多いような気がします。
それにルアンナムターへの出張には必ず宿泊が伴うので、酒宴に誘う側に「この日本人は今夜どうせ市内に泊まるんだからとことん飲ませても大丈夫」という意識がありありと見えるんです。
正直言って、できれば敬遠したいところなんですが、普段ビエンチャンで多用している「一旦帰社して片付けなくちゃいけない仕事がある」とか「終業後に早めに帰宅して家族と過ごす予定がある」とか、そういう言い訳が通用しません。最後までお付き合いすることになります。

さて、先日ルアンナムターへ出張した際、結婚式に招待されました(以前も書きましたが、こちらの結婚式は直前に招待されることが多いんです)。
出張時に出席する知り合いの結婚式。シコタマ呑まされる。これでもう今夜は泥酔することが決まったようなもんです。

赴いたのは家屋が建て込むタイダム族の農村。
村の広場はすでにお祭り状態です。設えられたステージからは大音量で音楽が響き、それを囲むように多くのテーブルと椅子が置かれています。
溢れかえる村人は飲めや歌えのドンチャン騒ぎ。
こういう集まりに参加するたびに感心しちゃうんですが、数百人の参加者が全員笑顔なんです。
みんな笑ってんの。
千顔万笑。
これほどの高密度で笑顔が集結している場所って、今この瞬間、地球上でここだけじゃないかと思えてしまうほど。

こんな幸せ高密度の中にいるんだもん、俺も ♪踊らにゃソンソン♪ だよな。

影響を受けやすい私です。それまでは少々憂鬱に感じていた酒宴参加なのに、会場のハイ・テンションの雰囲気に呑まれ、朱に交わって瞬時に赤く染まる。

「おー、よく来たなオマエひさしぶりじゃねーか」

などと初対面のオジサンに迎えられ、ラオラーオ(米焼酎)の駆けつけ3杯で一気に酔ってしまう。
多くのラオス人にとって外国人は一種の珍獣でありますから、酒宴の席にいるだけで人気者。いろんなヒトに「こっち来て一緒に飲もう」と誘われ、「あっち行って踊ろう」と振り回される。

異様に凄かったのがランボン・ダンス。
参加者ほぼ全員が手をつないで二重三重の輪を作り、音楽に合わせてつないだ手を前後に振りながら反時計回りに回る、スロー・テンポの踊りです。
雰囲気はおとなしいのですが、注意すべきは踊りの輪の中に紛れ込んだ数人の「飲ませババア」。ボトルとグラスを両手に持って、踊り手一人づつ順番に強引に飲ませてゆく係です。断ろうにも両手をつないでいるので抵抗できず、口で受けざるを得ない。
ラオラーオはアルコール含有率40%を越える強い酒です。そんなものを何杯も飲まされ、延々と続くゆったりしたリズムに揺られ、数百の笑顔に囲まれ、加速するように酔いが促進されます。
ひょっとしたら集団トランス状態にあったのかも知れません。

後のことは覚えていません。その後の記憶が無いんです。

記憶が復活したのは夜明け。定宿にしているホテルの部屋でベッドに突っ伏して眠っておりました。
目覚めた途端に自覚する二日酔。その後のことは思い出したくもない。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

キタナイという感覚

2011-01-16 14:35:33 | ラオス

お昼時、農場のスタッフ全員で昼食を摂ることがあります。
幹事役のスタッフがバイクを飛ばして市場に走り、いろんな種類のお惣菜を買ってきてくれます。ラオスは外食産業が盛んで、漬物焼き物揚げ物煮物など、ほとんどのメニューがテイク・アウト可能です。スープまでビニール袋に入れて売ってくれるんです。
買ってきた食品をテーブルに並べ、にぎやかな食事会が始まります。
こんなとき農場に備えてある食器を使いますが、数が充分ではありません。
基本的に手づかみで食べられるものが多いのであまり問題にはなりませんが、スープはちょっと困ります。人数分の取り皿(お椀)が欲しい、と思うあなたは日本人。
ビニール袋から大きめのドンブリに移したスープを、ラオスでは各自が持ったスプーンを使ってドンブリからスープを取って飲みます。
みんなが口に入れたスプーンを直接ドンブリに入れて、それをまた口に運ぶんです。ドンブリからスプーンでじか飲み。
最初はちょっと抵抗を感じました。はっきり言って、ちょっとキタナイ感じがする。
でもラオス人の間では何の抵抗も無いようです。中にはスプーンさえも共有して食事をする仲良しもいます。
最近では私も慣れました。考えてみれば、あまり気にするほどのことでもない。一緒に働く仲間だし、特に嫌いなヤツもいないし。

ラオスでは、ヒトとヒトとの間の距離がすごく短いのだと思います。
ごく自然な、無意識のスキンシップが頻繁かつ濃密に行われています(男女間は除く)。

先日、ルアンナムターの職員が研修で日本に行きました。
見学先を回るバスが高速道路のサービスエリアで休憩を取ったときのこと。
土産物を売っているコーナーでおいしそうな漬物が売られているのを見つけた彼は、備え付けの箸で試食。その箸をまた箸立てに戻したんだそうです。
その途端、売り場のオバチャンに、

「ちょっとアナタ! キタナイ!キタナイ!」

と、強い口調で言われたらしい。使った箸は別の容器に返すことになっていたようです。
ラオスに帰国した彼が、

「キタナイってどういう意味?」

と尋ねるんです。
ま、わかんねーだろうなぁ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

犬食う人々

2011-01-08 15:16:01 | ラオス

私は犬が好き。
たいていの犬とは、時間さえかければある程度仲良しになれると信じています。
ルアンナムターをテリトリーとするタイダム族の人々も犬が好き。
たいていの犬は料理すればとてもうまい、と信じているようです。

タイダム族のお祭りに招待されたときのこと。
会場となる村の広場に赴くと、村の人たちが席に案内して酒を振舞ってくれます。
赤々と焚き火が燃える広場の片隅には薪や鍋などが並べられ、料理の準備が進んでいるようです。野菜や他の食材に並んで赤犬が一匹、死んでいるのが見えました。
あちゃー、今日はこれを食うのかー。
ペットとしての犬が好きな私にはつらい食事になりそうです。
ですが、私は静かに覚悟を決めました。勧められたら笑顔で食べよう。

どうせ食べるなら、せっかくの機会です。料理の様子もじっくり見てやろう。
席を立ち、赤犬に近寄って観察しました。
日本犬のように三角の耳が立った赤犬。体重15キロほどでしょうか。半開きの口から舌が垂れていました。見れば見るほどよく死んでいます。眉間に傷があり、どうもここを鈍器で強く殴られたようです。
焚き火にかけられた大きな寸胴鍋で湯が沸かされ、その熱湯の中に赤犬が沈められます。二十秒ほど熱湯に浸けると、体毛が抜けやすくなるんです。



高熱で頬の肉が収縮したせいでしょう、湯上りの赤犬は歯をむき出しています。しかし威嚇するようなシワは眉間にはなく、まるで笑っているようなものすごい表情。
まだ湯気の立つ身体をナイフの背などでしごいて体毛を取り除き、丸裸にしてしまいます。
その後、焚き火に直接かざして取りきれなかった毛を焼きます。
少々念入りに焼くので、表面がかなり焦げます。血抜きされていない身体が高熱にさらされることで膨張してきます。笑ったような表情に膨れた身体。だんだんリアリティがなくなってきました。ちょっとデフォルメされた犬の彫像のようにも見えます。
近くを流れる川に持って行き、水の中で解体します。足の先、四肢、首を順に胴体から切断していきます。各部位から盛大に出血しますが、すべて川の水に混じって流れてゆきます。
胴体の部分は腹を割られ、腑分けします。小腸はこんがらがらないように、吹流しのように水中に漂わせ、内容物を洗い流します。



胴から切り離された頭は、口の部分になたの背を叩き込み、丹念に歯を折ります。その後、上顎と下顎を切断。

数人がかりで行う解体作業。さっきまで赤犬だったものはあっという間に食肉になってしまいました。



なんでもないように、努めて平静を装って観察しておりましたが、実はかなり緊張しておりました。
どうしてこんなに胸がドキドキするんだろう?
鶏や豚なら自分でさばいた経験もあるし、冷静に見ていられるのに。

ここまで詳細に観察しておきながら、結局私は犬料理を食べるに至りませんでした。
シチューにするそうですが、煮込むのに時間がかかるんですって。料理の完成を待っているうちにビエンチャン行きのフライトの時刻になってしまったんです。
食べずにすんで助かったような、でもちょっぴり残念なような、妙な気分でした。

ま、一番強く感じたのは、興味本位でタダ見をしたことに対する後ろめたさでしたが。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フトモモの話

2011-01-01 16:38:58 | その他
片岡義男の青春小説「彼のオートバイ、彼女の島」。
冒頭部分、オートバイで信州を走る主人公が、後に恋人となる一人の女性と出会います。その女性の声を「程よく鍛えられた太腿の筋肉を連想させる声」と評します。
至極簡単でありながら最大限の好感度を惹き出す素敵な人物紹介であります。若く健康的で過酷な運動にも耐えうる力強さを秘めながらも充分にセクシー、という極めてポジティブなイメージを抱きました。
フトモモには不思議な魅力があるような気がします。

ところで今年の干支はウサギです。
ウサギの耳はなぜ長いのか?
子供の頃に読んだ学習雑誌などでは、集音のために長いと説明されていたのを記憶しています。幼い私は無邪気にそれを信じておりましたが、しかし考えてみるとちょっとおかしい。もし効率良く集音する必要があればウサギの耳はむしろ丸くパラボラ状になっていたはずです。ですが、多くのウサギの耳は縦に長く、遠くの音を聞くための機能に長けているようには見えない。
最近、別の本で読んだのですが、ウサギの耳が長いのは放熱効果を高めるためなんだそうです。犬などの外敵に追われて長距離を走って逃げる時、風になびく長い耳から放熱して、上昇する体温をコントロールするらしい。

人間の場合、同様の機能をフトモモが果たしているようです。特に腿の前面で。
これもかなり効率の良い放熱システムでありましょう。
走行時には最も風を切る部分ですし、しかも表面積が広いために放熱効果は高い。また、心臓から延びる大動脈が下腹部で二方向に分かれてすぐの部位ですから、流れる血液を効率良く冷やすことができます。
逆に、フトモモをちゃんと守っておかないと体温が無駄に奪われてしまうことになります。
冬山での幕営生活で就寝する際、乾いている替えの衣類などをフトモモに置いて保温するとかなり気持ちよく眠ることができますし、高温多湿の熱帯暮らしに慣れた身で冬の日本に帰国すると、真っ先に乾燥してひび割れるのがフトモモの皮膚です。
フトモモはデリケートなラジエーター。

一年の計は元旦にあり。
今年はフトモモを大事に守って無駄な放熱・浪費を控え、しかし必要な時には潔く露出してすぐに冷却。冷静さを忘れない日々を過ごそうと思います。

本年もどうぞよろしく。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする