ケニヤの片田舎に住んでいた私が深夜に突然襲われる話。続編です。
驚きのあまり、私は座ったままジャンプしたようです。一瞬、尻と椅子の間に空間ができました。破れたドアの向こうから、男が一人、棒を振り上げて威嚇しながら室内に入って来ようとしていました。強盗です。
すぐに立ち上がった私はドアに走り寄り、賊と対峙しました。部屋に入られたら少々面倒になると思ったんです。握ったままだったアーミーナイフを振りかざしながら大声で、
てんめぇー! ふざけたことしやがってコノヤロー! 家の中に一歩でも入って来たらただじゃおかねーからなっ!
と、怒鳴りつけました。全部日本語なので絶対に通じるわけはありませんが、相手にしてみれば、もしかしたら空手などの格闘技も体得しているかもしれない日本人がわけのわからない言葉でわめいているんです。相手を威嚇する意味ではかなり効果的だったと思われます。
賊は若い男でした。特徴のない長袖シャツに暗い色のズボン。あまり手入れをしていないような髪が頭を大きく見せています。夜の闇をバックに白目だけが異様に光っておりました。
振り上げた棒で殴りかかるようなそぶりを見せる賊に対して、私も牽制するようにナイフを細かく動かし、
オラオラー! かかってきやがれバカタレー!
などと、相変わらず相手には意味不明の雑言を叩きつけるようにわめいておりました。
賊は、もしかしたらこちらが抵抗するとは想定していなかったのかもしれません。それに彼が用意した武器は少々長すぎて、殴りかかるには狭い戸口が邪魔になって大きく振りかぶることができず、いかにも「攻めあぐねて」いるようでした。
いきなり、賊は手にしていた棒を私に投げつけました。私は右手に持ったナイフの構えを崩さぬまま飛んで来た棒を左腕で受け、すかさず攻撃に移ろうとしました。しかしその時にはすでに賊は逃走態勢に入っており、屋外の暗い闇にまぎれていたのです。一瞬、追跡モードに入りかけたのですが、足元に転がる岩を見て、追うのをあきらめました。賊は一人しか見えませんでしたが、こんなに大きな岩を投げつけるなんて、たぶん数人の犯行だろうと思ったんです。幸運にも出入り口を挟んで対峙することができたので1対1で立ち向かう形になりましたが、広い屋外では複数を相手にしなくてはなりません。
破られたドアを苦労して閉め、投げつけられた岩で内側から押さえました。
窮鼠猫を咬む、ということわざどおり、普段の私には考えられないほど勇ましく行動しておりましたが、それもこの時点まで。賊が逃走した後、急に怖くなりました。「窮」の字が取れて、単なる弱いネズミに戻ってしまったんです。
攻撃を受けた左の腕がジンジンと腫れ始めていました。賊が持っていたのは単なる棒ではなく、トラックなどの重量級車両に使われる鉄製のタイヤレバーだったんです。私の前腕はポパイの腕のように変形し、幸いにも骨には異常がないようでしたが、それでもかなり痛かった。救急箱から湿布を出して貼り付けました。その上から包帯を巻きつけると、気分はもう患者。さっきまでは一応は勇者だったのに。かなり弱気になっている私。ふと、
あいつら、また戻ってくるかもしれない。
という考えが脳内に芽生え、そう考えたら一気に不安が膨張し、アタマが爆発しそうになりました。強盗団は私の財産が目当てです。恨み辛みが原因ではないので説得できません。ハナセバワカル相手ではないのです。それまでの私の人生で、こんなに単純明快であからさまな攻撃を受けたことはありませんでした。
こうしちゃいられない、と、短パンにゴム草履という無防備なカッコだった下半身をジーンズとワークブーツに改め、腕の包帯を隠すためにジャケットを着込み、アーミーナイフよりも頼りになりそうな大型ナイフを腰に吊るし、賊の武器だったタイヤレバーを持って武装完了。頭部を守るためにオートバイ用のヘルメットをかぶろうかと思いましたが、外部の音が聞こえにくくなるのでやめました。
室内の様子を外から見えにくくするためにランプの灯りを暗めにして、そのかわり手元には強力懐中電灯を備え、ドアのそばで椅子に座って外の気配を探りました。不寝番です。
あんなに大声を出したのに、ご近所周辺は静かです。誰も外に出てくる様子はありません。川の流れだけがガヤガヤと平和に聞こえてきます。
何かを待つように緊張して耳を澄ますうちに、窓の外が白み始め、朝の挨拶を交わす声など、ヒトが動き出す気配がし、ようやく安心した私は寝室まで行ってベッドにぶっ倒れ、深く眠ったのでした。
(この項、更に続く)