アメリカ人の知り合いの話です。
カリフォルニア州サンフランシスコ郊外の高校に通っていた彼は、アラスカ州から転校してきた美少女に一目惚れしてしまいます。なんとか仲良しになりたくて、話題になっている映画や地元の遊園地などにデートに誘うものの、なかなか付き合ってくれません。
何度目かのお誘いの時、
「今度の週末、郊外にフィッシング(釣り)に行かないか?」
「あら素敵。ぜひ行きたいわ。誘ってくれてありがとう」
やったーっ!
大喜びで釣り竿などの道具を二人分用意して、当日はピカピカに磨きこんだクルマで迎えに行きました(さすがアメリカの高校生です)。
待ち合わせ場所に現れた彼女は、ひざ下までの長さのゴム長靴とゴアテックスのマウンテンパーカに身を固めており、やる気満々。映画や遊園地への誘いには全然なびかなかったぶん、かなりアウトドア志向の高い女の子のようです。
目的地の湖までは1時間ほど。渋滞もないフリーウェイを快適にドライブ。彼女も普段よりも口数多く、いろんな話をしてくれました。
到着した湖畔は人影もまばらで天気も良く、絶好のデート日和です。
ちょうど良い具合に枝が張り出した木陰に折り畳み式の椅子をくっつけ気味にして並べ、手際よく釣り竿を準備して糸を垂らしました。準備はオッケー。
でも彼にしてみれば釣果なんてどうでもいい。彼女と一緒に時間を過ごせればそれで幸せなんですもん。
一応、浮子(ウキ)の動きには注意しながらも、車中のおしゃべりの続きを楽しんでおりました。
釣りを始めてから、なんとなく居心地悪そうにもじもじしていた彼女がおずおずと、
「フィッシング、しないの?」
あれ? オレ、話に夢中になって餌を付けずに針を水中に投げ入れちゃったのかな?
と、小話のオチみたいなミスを疑って糸を引き上げてみましたが、エサはちゃんと(まだ)針に付いています。
「え? フィッシング? 今やってるじゃん?」
「えー? フィッシングよー? こんなとこでできないでしょー?」
「この湖畔でできることといったらフィッシングぐらいだよ」
「でもフィッシングしてないじゃない」
うーむ、なんでこんなにハナシが噛み合わないのか?
更に言葉を重ねてお互いの真意を探り合った結果、フィッシングの意味することがアラスカとカリフォルニアではかなり違うことがわかりました。
アラスカのフィッシングはこんなんじゃないんですって。産卵のために川をさかのぼってくる鮭を浅瀬で待ち構えて、棍棒でバッコンバッコンぶん殴ってしとめるという、血みどろ汗まみれのワイルドな狩猟なんだそうです。
そう言われてみれば、彼女のやけに本格的な出で立ちもうなづけるものでありました。
相互理解完了して二人で笑い合い、ゴメンネ期待に沿えなくて。でも今日のところはカリフォルニア流のフィッシングで我慢して。
やっぱり釣果は大したことなかったけど、二人ともに楽しい週末を過ごしましたとさ。
その後、しばらくして二人はめでたく結婚しました(結婚式に招待されて当時赴任していた西アフリカから駆け付けた私は「一番遠いところから来た出席者」として表彰されました)。