ヤマハのCJ-15Bというギターは、1976年に販売が開始された古いギターです。現在は製造されておらず、当然新品の販売も行われておりません。
このギターのサイド・バックにはメイプル(楓)が使われています。サトウカエデという、メイプル・シロップが採れる種類です。この材はかなり特徴的な音を出すと言われており、アメリカのカントリー・ミュージックに使われるギターの多くはメイプルでできていることが多いようです。
私はCJの持つグラマラスな形が好きで、発売開始当初からのファンでありました。いつかは所有したい、と長い間考えていたのですが、なかなかその機会がありませんでした。
実は何度となく楽器店に赴いて試奏したことがあったのですが、さほど良い音がしないんです。どんなに強く弾いても音に密度が無いというか、圧力が貧弱というか、大きなボディサイズの割にはビックリするほど鳴らない。けっこう値の張るギターなのに、この程度なの? と、違う意味でもビックリしちゃう。で、購入せずに帰宅。でもしばらくするとやっぱりまた欲しくなって、楽器店に行って試奏。で、ガッカリして帰宅。この繰り返しでした。
数年前、当時すでに珍しかった初期型の中古品を見つけました。店頭で試奏しましたが、やっぱりあまり鳴らない。でも今まで弾いたものと違い、これは初期型です。ヤマハが最初に作って売りだしたCJです。私が高校生の頃にギター雑誌の広告で見たCJです。ヒット商品にするべく特に気合を込めて、材料だって吟味して良いものを使っているに違いありません。他のヒトには普通のギターでもマニアにとっては貴重品。ここで今まで同様ガッカリ+帰宅しちゃったら、この先もう巡り会えないかも知れない。
そんな風に考えて、なんか無理に自分を納得させたようでもありますが、購入しました。
購入後、少しでも音が良くなるように、と浜松のバナナムーンにチューンナップを依頼しました。
アコースティック・ギターの音作りに関しては日本のトップクラスにあるお店に、前回のキャッツアイに続き、またも古い国産ギターを送りつけてしまう私であります。
バナナムーンは快く引き受けてくれました。プロに見てもらったところ、これは少々難アリのシロモノであることが判明しました。
たぶん張りっぱなしにされた弦の張力によってネックがねじれてしまい、それをアイロンなどで矯正せず、指板を削って弦と平行にするという荒療治が施された形跡が見られるんだそうです。指板上の特徴的に大きめのポジションマークが部分的に薄くなっているフレットがあり、これは指板を削った証拠だ、と。なーるほど。言われてみればポジションマークに、黒檀の地肌が透けて見える部分があります。
薄くなった指板は音にも影響し、このギターがもともと持っていたオリジナルな音ではなくなっているはず。というわけで、それ以上のチューンナップは行わず、古くなったナットを新しく作り直してもらうだけにしました。
買った以上は元を取ろう、と貧乏根性丸出しで、購入後は毎日ストロークで鳴らしていました。娘と歌う時はほとんどこのギターで伴奏していました。
バナナムーンで新調してもらったナットのおかげで明るく輪郭のある音質にはなりましたが、ボディの鳴りは未発達のままでした。ですが、控え目に鳴るCJの音は娘との合唱を邪魔せず、ちょうど良かったんです。
そのまま弾き続けたおよそ1年後、ギターがものすごく良く鳴っているのに気が付きました。変化が徐々に表れたせいでしょう、意識するまで気が付かなかったんです。楽器店のポスターでよく見かけるフレーズ、激鳴り!というやつです。軽く爪弾いただけのはずなのに、大きなボディの中で反響した音がブワン! とサウンドホールから出てきます。だからといって決してブーミーな音ではなく、明るくて輪郭が際立つ音。なるほど、カントリー・ミュージックに似合う雰囲気のある音像です。
どのギターも長期間弾いていればそれなりに音が変化してくるものですが、こんなに育つギターは初めてです。ヤマハのギターは他にも所有しておりますが、これほどの変化は経験したことがありません。なので、これはサイド・バックの材質、メイプルがもつ特性ではないか、と考えています。
同じ材質を持つギターでは以前ご紹介したギブソンSJ-200があります。あれは店頭に置かれていながらもすごく良い音がしました。アメリカの楽器店はどんな高級ギターも試奏自由なので、冷やかしの客に毎日弾かれることで音が完成していたのだと思います。