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パソコン美人におんぶにだっこ

パソコン相撲 入門

早生まれは、良し悪しや

2025-05-29 00:00:00 | エッセイ
私なんか、昭和〇〇年の、3月26日という超早生まれです。
小学校に6歳になったばかりで入学、同級生の中には、もうすぐ7歳もいる。
まわりを見ると体が大きい、学び遊びにも差がついている。
学年が進むと、女友達と何やらしている。女性に慣れるのも早い。

私の結論、早生まれは、学業の損得で言えば、損でしょう。
だけど良し悪しとなると、一概には言えません。これは後になるとわかる。
義務教育の過程で、いろんな事を早く体験しているからです。
これは貴重と言えるかもと思うのです。背伸びを結果的にさせてもらっている。
それも学校からですよ。新しい世界が向こうからやって来る感じ。
よって、五分五分なのではと。

当時を振り返ると、生誕してから小学校2年の初めまで佐藤政権でした。
長期安定政治が続いていて、経済も高度成長期の真っただ中でした。
いい時代に生まれて、良かったと思います。
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福田和子、逃亡の果てに

2025-05-28 00:00:00 | エッセイ
ご存じの様に、この女性は時効の間際で、あと21日というところで捕まりました。
15年近くの逃亡のラストでしたが、自ら望んでいたかのような謎もあるのです。
きっと彼女にとっては謎ではなく、あきらめでもなく、開き直りなどとは違う何か。
そう、心の声にそっただけかも。自分に戻りたい、変わってしまった前に、と……

整形手術を何度か受けて顔を変え、髪型、服装、雰囲気までも変えての逃亡。
本人曰く、悪知恵が働くとのこと、偽名を20以上使いこなした。
彼女は街に逃げた。居場所を変えながらも、その街の人になろうとした。
孤独が怖い、息子はそう言う。寂しいから人に会いに街に出るとのこと。

あの福井駅前の、そう捕まったおでん屋では、もう観念していたのでは。
テレビは時効直前の私の事が流れ込んでいる。私はここにいる、ここに。
福田和子は自身を「租界」の出だと言う。この疎外感から生い立ちが始まっている。
人に左右され、いや振り回されての生きようだった。そんな中、人の弱さを知る。
また、こうも思う。よし人の心を利用しよう、男は女に弱い、利用しようと。
良くも悪くも、人の心にたけていった。カンも鋭くなっていった。

私は思う、逮捕の時、培って来たというべきか、このカンでわかっていたのでは。
彼女は言う、「戻りたかった、きっと、綺麗になりたかった」と。
こうなのでは、美が好きで憧れている女性が、その美から遠くなってしまった。
本当は違う、私はここにはいないはず、どうしてここに、どうして、もう……

彼女は、女性編集者にはこう言った。
「あなたみたいなサンロードを歩いて来た人には、到底わからない」と。
闇を知っている人でなければ、闇の心は見えない。私も、そう思う。

最後に、この女性の得た特性ですが、とろけるような女、とのことです。
これは身を守る為に掴んだすべでしょうか、あるいは生来の天性かもと思うのです。
花は傷んでも花、もし傷まなかったらどうだったでしょうか、思いをはせる。
ご冥福をお祈りいたします。
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退職記念、イタリア一周一ヶ月の旅に行って来ます

2025-05-27 00:00:00 | エッセイ
現在、第二の人生に入ったばかりであります。旅行三昧です。
3月下旬に和歌山1週間旅、4月に岡山2週間旅をして来ました。
今回は、イタリア時計回り一周旅を5月27日から6月26日までです。
イタリアは6年振りの6回目、文化財に圧倒されてのリピーターです。
ローマ、バチカン、ナポリ、ポンペイ、ミラノ、ボローニャ、サンマリノ
ヴェネツィア、ジェノバには行きました。素晴らしいです。

前はナポリ以南は、治安が良くないと思っていたので、注意してた。
ナポリでマフィアが出てきやしないかと、夜は警戒したけどОK。
下町スパッカ・ナポリの濃厚情趣、最高でした。みんな善人に思えた。
今度、マフィアの故郷のシチリアに行きます。航路でマルタにもです。

アッローラ、これは切り替えの言葉です。イタリア語って発音しやすい。
日本人お得意のローマ字発音でいい。私は現地語をなるべくしゃべりたい。
おじさんなのにバンビーノ(少年)と言われた事も。まあ、ベーネ(よし)。
ってな感じで、おもしろい。グラマーさんにグランデ(おっきい)と言ったり。

さあ、第二の人生が始まったと言う事は、童貞時代に戻ったも同じである。
新鮮な気分で、バンビーナ(少女)から聖母子へと、イタリア女性美を堪能。
マンジャーレ・カンターレ・アモーレ(人生は、食べて歌って愛して)だね。
真面目旅をやって来ます。おわり。

(海外にはスマホは持たないので、いいね返し、フォロー返しが遅れます)
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インドあるある

2025-05-26 00:00:00 | エッセイ
前回は、愛するインドのやや硬い話でしたね。
このブログでは、ライトにフラットにテンポよくが意気込みでした。
ああ、また、硬いぃぃぃ。さあ、インドあるあるいってみましょうーーーー!

ーー毎食カレーを食べるーー
一番安いのは豆カレーでしょうか。ビーフカレーはご法度ですかね、信仰ゆえです。
ポークカレーは、別の意味であまり食べないみたいですね。これは、生理的にか。
チキンカレーが次なる定番かな、店ごとに香辛料の配分が違う、家庭ごとの味。
私たちが毎食に味噌汁を頂くように、ごく普通にカレーを食べているのですね。
日によって味噌汁の具材を替えるように、香辛料や具材を替えての毎食です。

ーー映画大好きーー
日常のうっ憤を晴らすのもあってか、娯楽映画の超大国である。ゲラゲラ笑いです。
美男美女が必ず出て来て、男性客女性客をウキウキワクワクさせて、しばしの夢を。
インドの日常は過酷で厳しいのである。夢が必要、娯楽映画は必需品なのです。
やけにハチャメチャダンスを踊っていますよね。もう踊りまくり、突然に踊ったり。
ダンスが重要なのです、あのテンポで忘れるのです。何もかも飛んでけーってね。
インドの悠久な大地は、スローなテンポで流れています。非日常の世界がうける。

ーー男同士が手を繋いで歩いているーー
何も〇〇な訳ではありません、親友なのです。友達をもっともっといくと、これ?
この感覚は理解しづらいが、おそらくは空気の様にごく当たり前とでも言うか。
若き男性諸君は宗教の地なので、女性に接したいの代行行為が元かとも思いますが。
女性同士では、手を繋いで歩いてはいません。これも宗教かと思います。

ーー町中をヒジュラ(無性になった女装の男性)が何人もで行進しているーー
これは承認欲求の現われか、アイデンティティーの発露と思う。インドならではの。
インド社会の寛容さ、文化の厚みを感じられます。見ると歓声を浴びて満面の笑み。
それも綺麗な方がいますよ、日本のあの業界もびっくりするような、ね。

ーー男はしゃがんで、おしっこをするーー
これも宗教かと思われる。いかんせんこの国は宗教大国である、良くも悪くも。
不浄を隠すのが美徳なのか、いや、自尊心からではなくて、伝統による習慣か。
ちなみに、河川敷や原っぱは「大」の地雷原みたいになっている。足場に要注意。
中国式の小型地雷の通称「カエル」に似たのが碁盤の目の様に、そこらじゅうにと。

ーー食中毒に注意ーー
私は生焼けのタンドリーチキンで食中毒になり、帰国後カンピロバクターが検出。
名物料理であたった。当時は力が抜けて、よれよれでアグラのタージ・マハルへと。
下痢の数多し嘔吐もしかり、食べれず寝れずである。あの細菌は日本のより強いか。
あと、列車に乗り込んでくる自家製アイスキャンディー売りにも注意です。
おそらくは、汚い井戸水に砂糖をぶっこんで作ってくるのでしょう、もろに来ます。

ーー野犬がどかないーー
もう街中、野犬だらけ、宗教のお陰とでも言うのか、堂々と闊歩していますなあ。
お犬様になっている、人が通る道でどかないのである、人がよけて歩いています。
私なんか、犬を跨いで歩きましたぞ、犬は予想外の展開に、ワーンと一吠え。
今では、カンボジアで野犬に咬まれて、完璧に犬恐怖症になったので絶対出来ぬ。
犬が怖く無かった頃の、おふざけの芸当?かな。かなり危険でしたね。

ーージキジキなる隠語ありーー
これは南アジアから東南アジアまで通じる「共通語」であります。
現地では私はこの手を使いませんでしたが、オート三輪の運ちゃんにはツーカー。
まるでアメリカ人とイギリス人の間みたいにね、変なたとえですが100%ОK。
デリーの魔窟、GBロードからほうほうの体で抜け出て来ました。怖かったです。

まあ、こんな感じで書きましたが、摩訶不思議な大国ですね。
三大女神はシヴァ(破壊神)、ビシュヌ(維持神)、ブラフマー(創造神)です。
パルヴァティ(絶世の美女)、クリシュナ(美男子)、ガネーシャ(象)も人気。
そのクリシュナの中に、幼くて可愛らしいベイビークリシュナがあります。
子供の姿の神様です。インドの純なる原点か。子供こそ、神そのものでは、と。
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我が故郷の新潟は、微妙な立ち位置です

2025-05-25 00:00:00 | エッセイ
新潟出身で、上京41年になるので、新潟時代の割合が減ってってます。
個人的には、まあ嬉しいのですが、それはともかくとして進めます。

当時から私も含め、新潟は何地方と言うのかが、良くわかりませんでした。
東日本、中部地方まではいいとして、甲信越で括られてもピンとこない。
電気は東北電力でして、県民のほとんどは、何か腑に落ちないでいる。
気象庁は北陸地方として、まとめて扱っている。日本海側で気候が似てる。
日本第二の大河の信濃川は、その信濃とは長野県のことである。
律令時代からは越後、その前は越の国。越前、加賀、越中と同じ国。
その越と言う字は、高志とも書いた。コシのコが朝鮮半島と結びつくとか。
朝鮮の古代国家の、高句麗、高麗との繋がりを指摘する説もある。

思うに、昔の越後の人々は、ごく普通に北陸として生活していたのでは。
鎌倉時代になって、鎌倉道を作り坂東への南北の道が出来るまでは特に。
京から日本海側を東へと、越の国を通り、そして出羽へと繋がる東西の道。
昔の越後へは、この東西道で人、文物、宗教、文化が入って来た。

北陸。新潟県人は、郷愁めいたのを実は感じているのではないでしょうか。
でも、親不知の先の富山とは何か違う。西日本ではないか、アクセントが違う。
越後と越中、元々は越の国。だけど、やっぱり違う。これが大きいと思う。
たとえて言うと、越の国の末っ子が里子へ出て毛色が変わったとでも言うか。
私は思う、越の四人兄弟の先三つ、越前、加賀、越中が懐かしかろうて。
だけど、そんなこと言えない、坂東に一番近くなっているではないか。

そんな訳で、坂東の江戸、そして東京へと目は向くばかり。



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インドは、二つありや

2025-05-24 00:00:00 | エッセイ
インドは不思議な国である。つくづくそう思う。
色を白くすると、西洋人にかなりと似て来る。ペルシャ人がそうであるように。
アーリア人の東進組である。彼らは英語などの西洋諸語に強い。元はお仲間である。
ヒンディー語のいいえはナヒ―ン、ドイツ語はナイン、オランダ語はネーン。
デンマーク語はナイ、スウェーデン語はネイ、ノルウェー語はナイ。
ペルシャ語はナー、英語のノーは似ている、ブルガリア語はネ。
ポーランド語はニェ、ロシア語のニエットもなんか似ている。他にもあります。
お気づきの様に、「N」が付きます。大昔にはN音否定大集団だったりして。
これらの様に、人類の黎明期で大事な、はい、いいえなどは近親関係だと似るのか。

よって英語をマスターするのは、お茶の子さいさいである。
インド人に聞くと、ヒンディー語に比べて発音が少なく、簡単に話せるとのこと。
元は同じ語族だから文法も似ている、系列言語が多いので覚えやすいのである。
ですんで日本語のたった五十音なんて、もう屁の河童なのです、よ。
ただし、話すのは簡単なれど、読むのは大変、書くのは至極大変となります。

インド国内は多民族多言語国家ですが、大きく二つに分かれます。
北インドのアーリア組は、ヒンディー語、ベンガル語、パンジャービー語など。
南インドの先住組は、ドラヴィダ語系のタミル語やテルグ語などですね。
ちなみにスリランカ北部は南インドの仲間だから、タミル語を話している。
南部は侵攻してきたアーリア組のシンハラ人だから、ヒンディー語に近くなります。
あと、ネパール語は親戚みたいに近いと思われます。

インドの民族、そして言語は大きく二つになるとすると、どちらを見ているかです。
アーリア系と非アーリア、我々はインド・アーリアなるものをインドと見てるかも。
先住の非アーリアの事は、あまり目を向けていない様にも思えるのですが。
原インドとでも言うのか、南インドのドラヴィダ語族、特にタミル人にこそですよ。
私は、インドの中のインド、原色とでも言うのか、インドインドを感じるのです。
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東日本大震災を、1週間差でかわす

2025-05-23 00:00:00 | エッセイ
2011年3月11日(金)午後2:46分、私は東京の多摩にいた。
仕事で外回りをしていて、体験した事のない強烈な揺れに襲われる。
後で震度4だとわかったのだが、その時は、もっとだと思っていた。
どうしよう、その日の夕方から愛知へ旅行だったのである。さあ、困った。

とりあえず急いで帰宅する、駅では大勢の人が無言で家路へと向かっていた。
ある妙に生ぬるい空気が漂っていた。未曽有の災害のとき、吹く風なのか。
人々が同じ恐怖に包まれるとき、場の空気まで変えるのか、風に意思があるような。
そう、人智を越えた風やも。魔の様なこの風の正体を知りたい・・・・

家に着いてわかる、新幹線が停まっている、その日は向かえない。
それで翌朝、新幹線は動いているとのこと、早朝に東京駅へ向かう。
あの東京駅が、がらがら。車内はほんの数える程の乗客。急ぎ名古屋へと。

もう、旅行気分はふっ飛んでいる。家から持ってきた新聞は、惨禍の写真だらけ。
名古屋港で聞いたところ、ここでも1mの津波が来たとのこと。
そこに海外からの、イタリア人やトルコのグループがいた。彼らも驚いただろう。
私はトルコ人観光客に、「ツナミ、ワンメートル」と岸壁を指して言ったのみ。
海外旅行好きなのでコミュニケーションしたかったが、そんな余裕はなし。
その時の愛知の旅は、心ここにあらずだった。

私は、そして思った。来週は、福島の原発ある地域の旅行を組んでいたのである。
乗車券、宿も手配済み、行くことになっていた。すぐ、全部キャンセルした。
もし、旅行の順が逆になっていたら、福島で被災していただろう。
1週間差でかわすことが出来た。これは、運が良かっただけなのだろうか。
それ以外の何かも感じられる。この事も、思い出の一つである。




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パソコン入力は、右手中指一本でやっております

2025-05-22 18:22:32 | エッセイ
ブラインドタッチどころでは、ないのです。
ブログ歴17年ですが、布団で左側を下に寝ころびながらやっています。
それも右手中指一本だけですが、もう慣れましたわ。実に快適です。
ここに、私が会得した利点を上げます。

①小説やエッセイを、ゆっくりと考えながら、気長にうてる。
②手の指では中指が一番長いので、ここが基点になり安定する。
③一本だけでやっていると、ポコポコ感がいいリズムになる。

~~お酒はぬるめの~燗がいい~いいい~~ ♪
~~パソコン入力は~中指一本がいい~いいい~~ ♬
~~寝ころびながらが~楽チンでいい~いいい~~ (^^♪  
 
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観光客の事に関心がないと言われている、ある島のこと

2025-05-21 00:00:00 | エッセイ
私が若い頃に、聞いたことがあるのです。
そう言われている島があると知り、いつか行こうと思っていました。
南西諸島のある島のことです。島名は明かしませんが、10年前に行って来ました。

その前に、南西諸島とは種子島から与那国島までの広大な諸島を言います。
島の歴史も様々、人情も違うとのこと。大昔には北上の民と、南下の民が出会った。
奄美に旅行した時、宿の主がトカラから八重山までは島兄弟だと言ってた。
おそらくは、琉球が長男で、奄美が次男、末っ子が与那国かと想像する。
その時、種子島、屋久島は違うと言っていた。大隅諸島は別だと。

今まで行った島は、種子島2回、屋久島2回、奄美大島2回、加計呂麻島、
徳之島、沖永良部、沖縄本島9回、久高島、屋我地島2回、久米島2回、
奥武島2回、宮古島2回、池間島2回、伊良部島、下地島、石垣島3回、
竹富島2回、黒島、西表島2回、波照間島、与那国島です。

例の島は、この中にあります。
実際に観光してみて、島民が観光客に見向きもしないのです。
ほかの島では、なかったです。ちなみに北隣のワイワイ島では、見られっぱなし。
またまたちなみに、犯罪が多いとのこと。さあ、どこでしょう。
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波照間は、オーブの島か

2025-05-20 00:00:00 | エッセイ
ここは、日本最南端「果てのうるま」である。
波照間は当て字。昔からハティローマ、パチラーなどと言う。
下田原貝塚は3700年前で、南方系の遺跡とのこと。
次に辿れるのは、3~12世紀の無土器文化でフィリピン系文化らしい。
これらは黒潮の北流に乗って、人、食料、物が広がって来たのを意味するのか。
先の昔からの島の呼び名は、台湾原住民の言語が元との説もある。

琉球王府が島伝いに西に進出してくる15世紀までは、「琉球」では無かった。
異なった文化と歴史を辿って来た民がいた。肌は浅黒く骨格も違っていたのでは。
南方系の言語を使う人達が、平和に暮らしていたと想像する。

それが1500年、琉球の支配下に入るのだが、島の長の英雄伝説が生まれる。
琉球は300隻で押し寄せて来たと言う、多くの血が流されたのだろう。
島民にとって初めての大いくさである。顔や言葉の違う民が襲って来た。
逃げるにしても、小さな島である。森どころか林も無い、もう海である。
ご先祖様がやって来た西の海の彼方を拝み、ちって行ったのでは。
そしてオーブとなり漂い、島のあちこちにある拝所、御瀧で祭られている。

ここ八重山は、南方文化と琉球との出会いの場であろうか、二重構造では。
黒潮である。南西諸島どころか、薩摩、土佐、南紀、伊豆諸島、安房と繋がる。
南方文化の名残りが見られると言う。これらは、どこか似た匂いがするのでは。

ここに、波照間の伝説を載せます。
天変地異を生き延びた二人の男女から始まった・・・・
穀物は海からもたらされた・・・・

これは何を意味するのでしょうか。これも黒潮でしょう。
八重山の西、台湾から、大昔に家族で小舟に乗り島影目指して向かったのでしょう。
天変地異とは猛烈な荒海の事で、たった二人だけ生きて流れ着いた、そう波照間に。
穀物を送ってくれたのは台湾の同族からで、そのうち仲間で来るようになったのか。
ニライカナイの地は、海の彼方にある神の国とも言われています。
八重山の民の、お父さんお母さんの国、故郷と思えるのですが。そう、台湾が。

日本の底流にある、もう一つの流れのお話でした。


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インド人は、亜大陸のるつぼにハマった

2025-05-19 00:00:00 | エッセイ
インドを3回旅したが、ホントおもしろい。
大元の歴史からしておもしろい、彼らは大移動の結果黒くなってしまった。
インド・ヨーロッパ語族なので元は白いのに、灼熱の亜大陸のるつぼにハマった。
この西から来たアーリア人は、広大なタール砂漠をやっと越えて来た。
やけに熱い50度を超すエリアを抜けたら、デカン高原の山々である。
そこも何とか越えたら、今度はガンジスの大河が障壁として現れる。
民族大移動の頃は、越すに越せない行き止まりである。民は定住へとなる。

ここも熱すぎる、亜大陸を南下し海へ出よう。灼熱地獄からの逃れようと。
そこで先住のドラヴィダ語族と戦となり、なんとかして民族の勢力圏を広げた。
北へと目を向ければ、ヒマラヤの尾根が立ちふさがっている。
よって北は山脈、東は大河、南は先住民族、西は大砂漠で、るつぼの民へとなる。

このインド亜大陸はとんでもない地殻変動により、アフリカ大陸より分離する。
そして、どんどことアジア大陸に近づき、そして衝突し合体しヒマラヤ山脈を作る。
今も山脈は高くなり続けている。このアフリカの分家、怖ろしやである。
インド人の別名は、アジア黒ちゃんである。この亜大陸で焼けに焼かれた。


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年齢当てが、実はミニ得意です

2025-05-18 00:00:00 | エッセイ
テレビや新聞とかで、今は年齢が載ってる時が増えましたね。
昔は、伏せているのが多かったです。時代と共にオープンになったのかな。
個人情報の意識が高まった今時ですが、別な流れもあるのですね。

私は、そんなテレビや新聞で名前の後に、年齢が載ってる時は、当てようとします。
顔、仕草、雰囲気で当てようとします。面白半分どころか面白いです。
これが、けっこう当たるのです。ドンピシャリもありで、なんか嬉しい。

また、普段の生活で会ったりする人にも、ついつい当てようとします。
実際に会う人達だと、顔だけではなく、服装、持ち物、髪型に出ますね。
職場の人達だと、何も歳を聞かなくても、おおかた想像出来ますよね。
中には、とんだ大番狂わせも、えっ、何っ、もいますけど。

あの、私、年齢当てクイズに出れます。ホント、当てられないでしょう。
どうしてだかと言うと、別人生を歩んでいるからです。おっと、いけない。
このブログでは、ライトにフラットにテンポよく、がサブタイトルなのに。
別人格で書いてる筈なのに、もう、地が出る~~~

ここで宣伝、私のもう一個のやわらかいブログもよろしく。
よそでライト編と付けた、やわやわブログが出て来ます。
年齢当てがミニ得意という話をしてたのに、宣伝に辿り着きましたです。
こちらのブログでは硬くでしたね、巻戻します。はい、良く当てるってことです。

実は小説も書いていまして、ああ、いかんいかん、まじめタイトルなのに。
だめじゃい、筆がのってきました、ここらで終了、と。
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命名について

2025-05-17 00:00:00 | エッセイ
親御さんは、我が子に様々な思いで名前を付けます。
それは時代によっても変わりますね。その時代の空気を表してもいるのでしょう。
どうか幸せになってほしい。健やかに元気で過ごしてほしい。とかね。
その命名にこって、画数占い、別読み、無理な読み、難字などもあります。

名付けの親が良くても、子が困ったり、世間ではどう読むのか迷ったりもあります。
考えに考えて命名しても、一般にわかりにくいと、どうかと思いますが。
名前は誰にでも読みやすい、そして聞き取りやすいも大事なのでは。
大勢の中での個人を表すのです。個人個人の違いは、名前が大本です。
その個人を特定するのに、すぐに出来ないと、困る時があります。
たとえば、災害にあった時など、その人の名前の読み方がわからなかったら、
緊急時にすぐに対応出来なくなったら、などと思うのですが。
まあ、人それぞれです。

私の父はテレビの影響で、芸能人、政治家から取りました。安直ですね。
はい、私と妹は歌手からです。弟の二人は政治家と人気ドラマの主人公からです。
幸いかな、私の名前は別読みもなく、発音もしやすいです。また、覚えやすい。
良く言うと、世間の人に、ぱっと見て読める、発音明瞭で呼びやすい。
大げさに言うと名前の原点みたいに、思えなくもないみたいな感じ。

でも、あまり好きではないんですよね。
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じゃんけん必勝法

2025-05-16 00:00:00 | エッセイ
これは、祖母からなのですが、私が小学校に入った頃でした。
じゃんけんをやろうと言われて、何回もやっても、何故か勝てないのです。
当時は不思議でした。魔法めいていました。

たとえば二人でやるとき、最初はグー、その次に何を出しますか?
チョキです。このチョキを自分で出した方が、かなりの確率で勝てます。
人間の心理には思い込みが働きます。特に瞬時にはそうなのでは。
で早くやれば、ますます勝てるというのが、これです・・・・

このチョキを二人で出してアイコになった場合です、そしたらパアーです。
またまた、かなりの確率で勝てます。理由があるのです。
もし二人がパーを出したら、今度はグーを出せば勝てる確率が増えます。

これら、グー、チョキ、パーは、勝つ負ける引き分けの、三つだけです。
何かには強くて、何かには弱くて、何かとは同じ、とこうなります。
人は無意識で判断するのです。勝とうとして、そう手が動くのです。

つまり、グーはチョキには強いが、パーには弱い、同じグーとは引き分け。
二人の場合、相手が勝とう勝とうとして、これが強く働いたら、こうです。
この、上をいけばいいのです。

相手の勝とうという心理を使い、この上をいけばいいのですが。
もっと上をいかれたら、もっともっと上へとなるのですが。
まあ、じゃんけんですから直ぐ決まります。囲碁、将棋ではないです。

祖母とのじゃんけんでは、勝とう勝とうで見透かされていました。
グーに勝ってやろうとしてパーを出して、祖母のチョキに負けました。
祖母の手の内を読んで、グーを出せば勝て、また読まれてパーで負け。
これ切なし、適当が良しってか。


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中島みゆきが好きです

2025-05-15 00:00:00 | エッセイ
私が中学生の頃は、フォーク全盛期でした。
中島みゆき、松山千春、さだまさし、南こうせつ、イルカ・・・・
シンガーソングライターは凄いと思い聴いていました。
自分で作詞作曲して歌う、その人の作りだした世界に包まれていました。
なかでも、中島みゆきでした。

彼女は歌姫だと思います。
まるで言葉の世界、メロディーの世界から選ばれたようです。
詩、そのものです。光と影が交差するとき、かすかな音がする感じ。
そんな絶妙な間を捉えて、彼女は歌っているのではないでしょうか。

私は彼女に慰められ、癒されました。
同じ時代を生きられた事に、ただ感謝です。
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