哺乳類科学という雑誌の哺乳類進化研究の特集から、今回は3番目の分子系統学からの総説ー長谷川政美.哺乳類科学,60(2):269-278,2020「分子情報にもとづいた真獣類の系統と進化」ーを紹介します。著者の長谷川氏は、著名な分子系統進化学者で、最近は著書をいくつも出されています。本総説では、哺乳形類の中の哺乳類の中の真獣類に絞って論じています。
前回紹介した古生物学では、真獣類の中の真主齧類とローラシア獣類を分けて記載するようですが、分子系統学ではこれらをまとめて北方獣類として論じることも多いようです。近年のDNA塩基配列解析の第一の大きな成果として、真獣類はアフリカ獣類(下図左上の紫部分)、異節類(左下の黄色部分)、北方獣類(右の水色部分)という3大グループに分けられることの発見だとしています。第二の大きな成果は、分子進化の速度は一定ではなく変動することを考慮に入れることで、この3大グループの分岐は超大陸の分断だけによるのではなく、分断後も海を越えた漂着などによる生物相の交流は続き、その後に3大グループに分岐したと推定するようになったことです。第三の大きな成果は、現生生物のゲノム情報から祖先の生活史形質や形態形質を推定できることだとしています。系統樹には、矩形(長方形)と円形の表現法があるが、円形系統樹だと下図のように中心部で共通祖先から放射状に生物種が進化してきた様子を表現することで、まわりの広いスペースに多くの写真や絵を張り付けることができ、著者らが考案した「系統樹曼荼羅」が知られています。
(ちなみに、この長谷川氏を総監修者とした「系統樹マンダラポスター制作チーム」は日本進化学会の2020年度教育啓蒙賞を受賞しています。ポスターとして販売されていて、私も下図の真獣類ポスターを購入して部屋に貼っています。)
さて、従来の形態学による間違った分類を修正するのに、分子系統学は大きな貢献をしたとしています。クジラ(実はカバに近い)やコウモリ(従来は霊長類に近いと言われていた)など形態的に特殊化した動物の系統的な位置づけには、分子系統学が不可欠であったし、キンモグラとモグラ、ハリテンレックとハリネズミなどの間で見られる形態的な類似性は、分類群としては大きく異なるものの収斂進化によって似た形態になったことを明らかにしたということです。
3大グループと大陸の分断を見てみると、地球上の陸地はパンゲアという巨大大陸でまとまっていましたが、1億4500万年前の白亜紀が始まるころに北のローラシアと南のゴンドワナに分裂を始め、1億500万年前にはゴンドワナが分裂しアフリカと南アメリカに分かれました。そこからは、真獣類のなかで最初に北方獣類が他から分かれ、次にアフリカ獣類と異節類が分かれたことが予想されますが、分子系統学からはそのような結果にならないのだといいます。3大グループは同時に、9000万年前くらいに分かれたという推定が得られています。そのことから、大陸の分断後もしばらくの間はそれぞれの大陸の間の距離も近かったので、動物相の交流が可能だったのだろうと予想されています。
分子系統学では、その解析方法によって結果が違ってくることがあります。例えば、DNA配列データが長ければいいというものではなく、約2800個の遺伝子を一つながりの塩基配列として解析すると(連結モデル)、間違った結果が出てきてしまう。一方、それらの遺伝子の進化速度が異なることを考慮すると(独立モデル)、やや現実に近い結果が出るということです。さらにこうした問題を克服する方法として、解析に用いるサンプル数(種の数)を増やすことが有効だとしています。
最後に私の感想として、土地が分断されて生物間の交流がなくなることが種(や、もっと上位の分類群)の分岐を推し進めてきたことは確かなようで、それは現代の分子系統学も否定していないことであり、ダーウィンが160年前に「種の起源」に書いていたことが証明されつつあるのだなと感じました。ここまで、3編の日本語総説を読んできましたが、近年注目をあびている人類化石からのゲノム解析のような古生物学と分子系統学のコラボレーションはどのように行われているのかといったところの言及はなく、こうした新しい分野での研究は日本では遅れているのかなとも感じました。
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