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僕の読書ノート「ザ・パターン・シーカー:自閉症がいかに人類の発明を促したか(サイモン・バロン=コーエン)」

2023-03-26 07:41:36 | 書評(自閉スペクトラム)

 

サイモン・バロン=コーエンという自閉症研究で非常に有名な心理学者による最新刊である。動物の中でも人間だけに進化した特有の2つの思考方法をシステム化メカニズムと共感回路と定義し、前者は自閉症とつながりがあるとしている。人間の精神構造に迫る大胆な仮説を科学的根拠に基づいて披露している。近年は、米国精神医学会の診断マニュアルDSM-5による分類で、自閉症とアスペルガー症候群などをまとめて自閉スペクトラム症と呼ぶようになっているが、本書では一貫して「自閉症」という言葉しか出てこない。原注に記載されているが、著者は「自閉スペクトラム症」という呼称に反対の立場らしい。しかし、本書に出てくる「自閉症」という呼び方は、実質的には範囲の広い「自閉スペクトラム症」を対象にしていると捉えていいのではないかと思われる。

共感性を、認知的共感性と感情的共感性に分け、それぞれの能力が自閉症とサイコパスでは鏡像の関係にあるという指摘も興味深かった。

 

第1章ー生まれながらのパターン・シーカー—アル(エジソン)の幼少時代 

・本書全体の要約になるような記述があるので、下記にそのまま引用する。

①唯一、ヒトは脳に特殊なエンジンを持つ。これは、システムの最小定義である、if-and-thenパターンを探索するものだ。私は、脳に存在するこのエンジンを「システム化メカニズム」と呼ぶ。

②システム化メカニズムは、7万年前から10万年前という人類の進化における特筆すべき時期に出来上がった。このとき、最初のヒトは、それまでの動物や現在のヒト以外の動物には成しえなかった方法で複雑な道具を作り始めた。

③システム化メカニズムの獲得によって、この惑星上でヒトだけが、科学、および技術を極めることができ、他のすべての種を凌駕することになった。

④システム化メカニズムは、発明者、STEM分野(科学、技術、工学、数学)の人びと、そしていかなるシステムであれ完璧を目指す人びと(ミュージシャン、職人、映画製作者、写真家、スポーツマン、ビジネスマン、弁護士など)のマインドのなかで、超高度なレベルに調整されている。こうした人びとは、正確さや細部にこだわらずにはいられない「高度にシステム化するマインド」を持ち、システムがどのように機能し、どのように構築され、そしてどのようにすれば改良されるのかを解明せずにはいられないのだ。

⑤システム化メカニズムは、自閉症マインドでも、非常に高く調整されている。

⑥最新の科学によれば、システム化能力は一部遺伝性を持つ。つまり、自然淘汰の影響を受けた可能性が高いのだ。自閉症の人たち、STEM分野の人たち、その他のハイパー・システマイザー(高度にシステム化するマインドを持つ人)たちは、その遺伝子を共有している、というとんでもないつながりを持つことになる。

 

第2章ーシステム化メカニズム

・if-and-thenは、if(入力、仮定、先行)-and(操作)-then(出力、結論、結果)の意味がある。if-and-thenパターンをテストする(探し出す)方法には、「観察」「実験」「モデリング」の3つがある。

・if-and-thenは、オペラント条件づけ(直前-行動-直後(結果))に似ていると思ったが、こうした連合学習とは違うという。「直後(結果)」が報酬や罰の性質を示す場合には、ヒト科の祖先が単純な道具を生み出した経緯ー例えば、岩をハンマーのように使って、殻を割って木の実を取り出したりーについては連合学習で説明できるだろうという。これはif-and-thenのパターンではないそうだ。

・ヒトの脳の劇的な変化は、認知革命、すなわち世界を理解し発明する能力を可能にする変革を起こしたシステム化メカニズムの進化だけではなかった。「共感回路」は第二のヒトに見られる特異的な脳メカニズムである。共感回路が存在すると、ダイナミックな社会的文脈の中で、リアルタイムで即座に1秒ごとに他人の思考や感情について考えたり、自分自身の思考や感情について考えたりすることが可能になる。また、相手の心の状態(思考、感情、意図、欲求)を、法則によるのではなく柔軟に推し量ることにより、相手が次に何を行いそうなのかを即座に予測し、私たち自身の適切な感情で相手の思考や感情に対し、迅速に反応することが期待される。

・現代人の脳の共感回路は、少なくとも二つのネットワークで構成されている。一つは、認知的共感をサポートする回路で、他人や動物の思考や感情を推し量る能力として定義される。二つ目は、感情的共感をサポートする回路で、他人の思考や感情に対して適切な感情で反応しようとする衝動として定義されている。認知的共感は認識的な要素であり、感情的共感は反応的な要素である。認知的共感は、霊長類学者デビッド・プレマックが「心の理論」と呼ぶもので、ヒト以外の霊長類はおそらく他の動物にも心の理論の要素は存在し、他の動物の目標や願望くらいは認識することができるかもしれない。しかし、私たちヒトとは異なり、他の動物の「信念」を想像できる確たる証拠は存在しない。

 

第3章ー5つの脳のタイプ

・システム化能力と共感力から、次の5つの異なる脳のタイプに分けられる。①共感力とシステム化能力の両方が同程度のレベルの人たち「B型(バランスのとれたタイプ)」、②共感力が高く、システム化することが苦手な人たち「E型」、③システム化を重視する一方で、共感力は低い人たち「S型」、④共感力は超高感度である一方で、システム化能力は平均以下「エクストリームE型」、⑤システム化能力は超高感度である一方で、共感力は平均以下を示す「エクストリームS型」。これら5つの脳のタイプは、ニューロ・ダイバーシティ(神経多様性)の実例である。

・ハイパー・システマイザーは、同時に自閉症である場合が多い。この両者の形質は、子宮内テストステロン(男性ホルモン)濃度が高ければ高いほど、生後に発現する傾向にある。そして、エストロゲン(女性ホルモン)も上昇している。これは体内でテストステロンからエストロゲンに変換されるからだとしている。(しかしこのことは、テストステロンでもエストロゲンでもどちらでもいいので、性ホルモンが高いとハイパー・システマイザー化/自閉症化しやすくなるということではないのだろうか?)

・自閉症の発症は遺伝的に、95%がコモンバリアント(頻度の比較的高い遺伝子変異)に、5%未満がまれな遺伝子変異に影響を受ける。コモンバリアントの特別な組み合わせが生じたときに自閉症を発症するが、ハイパー・システム化とも共通の遺伝的背景を共有している。

 

第4章ー発明家のマインド

・多くの自閉症の人たちは認知的共感性の欠如に苦悩する。一方で、彼らは思いやりがあり、感情的共感性は正常である。この文脈からすれば、自閉症の人びとはサイコパスの鏡像かもしれない。サイコパスの認知的共感性は、人の所有物を搾取するには熟練の域に達しているが、その一方、感情的共感性は鈍っている。サイコパスは、自閉症の人とは違い、他人がどう感じるかを気にも留めないのである。

・(原注)心理学者のデイヴィッド・グリーンバーグは、システマイザーと共感者で音楽の嗜好の違いがあるのかどうかを検証した。彼は、システマイザーは、より「強烈な」音楽(パンク、ヘビーメタル、ハードロックのジャンル)、覚醒をもたらす音楽(強く、緊張感漂い、スリリングな特性を持つもの)、正の感情的価値(アニメーション)、思慮深さ(複雑性)を好む一方で、共感者は、より「メロー」な音楽(R&B/ソウル、ソフトロック、アダルトコンテンポラリーのジャンル)、覚醒させるものではなく(穏やかで、温かく、感覚的な特徴を持つ)、負の感情的価値(憂鬱で悲しい)、感情的(詩的、リラックス、熟慮的)に嗜好性を示す。つまり、システム化と共感は、私たちが世界のあらゆる側面を見聞きする方法として、浸透している。(この見解は、音楽好きの私としては非常に興味深い)

 

第5章ーヒトの脳に起きた革命

・発明とは、新規の道具を1度だけでなく2度以上ひらめき作成すること、と定義するならば、どのヒト科の祖先も発明しなかった。著者はこの厳密な定義ー生成的発明と呼ぶーを採用する。なぜなら、動物が手にした新規の道具は、偶然(例えばナッツをたたき割る)と「連合学習」の結果の産物で、報酬(例えばナッツのおいしい中身を手に入れる)につながるので、一連の行動を繰り返すようになる可能性があるからだ。連合学習は一定の知能を必要とし動物界に広がっているが、生成的な発明とは同じでないと著者は考える。

・システム化メカニズムの進化に遺伝子の変化はどう寄与したのか?いくつかの重要な遺伝子変化が、システム化メカニズムの進化をもたらしたのかもしれないが、それよりも何百ものコモンバリアント(何千とはいはない)が進化を促した可能性の方がはるかに高いだろう。多遺伝子形質(多くの遺伝子が関与し、それぞれが小さな影響を持つ形質)は、典型的には急激な進化をもたらすものではなく、徐々に進化を起こすものである。

・発明の中には、音楽と楽器がある。4万年前の骨製フルートが見つかっている。これには、ペンタトニック・スケールを奏でられる5つの穴が、一定の規則で並んでいた。ペンタトニック・スケールは、1オクターブが5つの音からなるスケールだ。多くの古代文明で発達し、1600世代を経た今でも、多くの人びとが楽しんでいるブルースやジャズなど、多くの音楽ジャンルの基礎となっている音階だ。

 

第6章ーシステム・ブラインドネス―なぜサルはスケートボードをしないのか(内容略)

第7章ー巨人の戦い―言語vs.システム化メカニズム(内容略)

 

第8章ーシリコンバレーの遺伝子を探る

・「似た者同士が惹かれ合うこと」を、生物学者は「アソータティブ・メイティング(同類交配)」と呼んでいる。アソータティブ・メイティングは自然界に広く存在する。例えば、背の高い人は背の高い人に、外向的な人は外向的な人に、さらには、アルコール依存症の人はアルコール依存症の人に惹かれ、結婚する傾向がある。自閉症の子どもがいる家庭の両親の職業調査では、ハイパー・システマイザー同士が結婚する傾向があることが判明した。これは、自閉症の「アソータティブ・メイティング」理論に合致し、ハイパー・システマイザーの夫婦の子どもや孫は自閉症率が高まると予想される。このことは、遺伝子レベルでも確認された。

 

第9章ー未来の発明家を育てる

・わたしたちは、自閉症の人への支援を整備した雇用枠を拡大すべきだ。それは、社会に利益をもたらすだけではなく、雇用が自閉症者の精神衛生状態を大きく改善させるからだ。人間としての尊厳と社会の一員としての安心感を与える「雇用」は、どんな医学的治療よりも、はるかに効果的な介入となる可能性があるのだ。

 

付録1ーSRとEQでわかるあなたの脳タイプ

・システム化指数、共感指数、Dスコア(第3章の5つの脳タイプ)を自己評価できる簡易テスト。しかし、Dスコアを算出するグラフは縦軸と横軸が逆(作成ミス?)になっているように思われる。

付録2ーAQでわかる自閉特徴の値

・自閉スペクトラム指数を自己評価できる簡易テスト。



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