5年くらい前に妻から読んでみたらと渡されてから、本棚にずっと積んだままだった。なんか、猫と人の間の愛情の交歓が描かれた涙なくして読めない物語だとしたら、ちょっと重いかなと思って放置していたのである。
著者の町田康は、パンクロッカー町田町蔵としてINUというバンドで「めし喰うな」を歌っていたのを覚えている。町田康はその後、作家として成功して芥川賞も受賞しているが、彼の本を読むのはこれが初めてである。
読み始めて最初は、独特の文体に慣れなくて読みにくい、という感想。小説じゃなくて、自分の家の猫たちのことを書いたエッセイだった。文体に慣れてくると、うほほ、こりゃ軽妙でばかばかしくておもしろい。著者は真剣に猫にかまけていて、もう完全にゲンゾーやココアという猫のわがままに振り回されっぱなしで、そんな自分についていろいろ言い訳をしたりするが、猫ダメぶりがおかしい。猫にやられっぱなしである。そういえば著者はトラ(布袋寅泰)にもぼこぼこにされた事件があったっけ。仕事や生活でいろんな問題に悩んでいる毎日においては、こういう文章を読むと脳みそをどっか軽くしてくれるところがあって最高の気晴らしになる。この抜け方はいいなあ、気持ちがいい。
と、思って読んでいると、シリアスな猫と人との愛情の交歓の物語も入っていた。身体が弱くて2歳まで生きられなかったヘッケや、22歳まで生きたココアが最後に死に向かう話である。もう死期が迫っているのであるが、奇跡が起きて元気を取り戻してほしいという思いにどうしたってすがってしまう気持ちは、私も経験者としてよくわかる。
あとがきで著者は、「仏に異論を唱えて申し訳ないのだけれども私には猫は人間より遥かに優れていて、神仏に近い存在であるようにみえてならないのだ」と書いている。そう、この人はただ猫にやられっぱなしになっているのではなく、猫を崇拝しているのだ。
ところで、わが家のサマンサは今回の旅行中、近くに住む息子に世話(水やり、エサやりなど)を頼んでおいたのですが、帰宅すると、とにかくべったりと奥様と私にくっついていました。寂しかったのでしょう?
猫は自分勝手なところも多いですが、なかなか愛らしいところもありますよねえ。4日前にはベランダで蝉を捕まえ、見せにきました。
猫はさびしがりやですよね。犬と違って、その表現の仕方が奥ゆかしいのですが、そこがまた猫の愛らしいところだと思います。