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僕の読書ノート「生物と無生物のあいだ(福岡伸一)」

2022-07-30 07:38:15 | 書評(生物医学、サイエンス)

 

生物系の本としてはトップレベルの発行部数である85万部以上を売り上げたという。なんでそんなに売れたのか?どこがそんなに魅力的なのか?トンデモ科学ではないのか?そんな憧憬と疑惑が入り混じった、ちょっとよこしまな気持ちで読んでみた。

帯に推薦文を書いているのが、蒼井優、よしもとばなな、高橋源一郎、最相葉月、茂木健一郎、内田樹、竹内薫、森達也である。みな、文化人とかクリエイターとかよばれるような人たちで、生物学者はおろか、科学者が一人もいない。茂木氏は元研究者かもしれないが、どちらかというと、思索家、評論家といったほうが近いだろう。つまり、生物学の本なのに、その道の専門家がどう評価しているのかがわからない。

「摩天楼が林立するマンハッタンは、ニューヨーク市のひとつの区(ボロー)であり、それ自体ひとつの島でもある。西をハドソンリバーが、東をイーストリバーが流れる。観光船サークルラインは・・・」と、まるで紀行文のようなはじまり方をする。①そして、彼が留学していた、マンハッタンにあるロックフェラー大学にゆかりのある研究者たちー野口英世、オズワルド・エイブリー、ジョージ・パラーディーの足跡の紹介にするっと入っていく。②一方、別のストーリーが立ち上がる。エイブリーのDNA遺伝子説から、シャルガフのA=T、C=Gの法則、フランクリンによるDNAのX線解析、ワトソンとクリックのDNA二重ラセン構造発見、という分子生物学勃興のメイン・ストリームを説明する。③さらに、ワトソンとクリックが影響を受けたというシュレーディンガーの本「生命とは何か」からエントロピーの増大に抵抗する動的な秩序を読み出し、ルドルフ・シェーンハイマーが明らかにした生体内でずっと続く元素の流れを根拠に、それまで自己複製するものとして定義されてきた生命について、「生命とは動的平衡にある流れである」と再定義するに至る。というように、物語はシームレスにつながっていく。④そして、ニューヨークでの自らのポスドク生活の話に戻り、パラーディーによるタンパク質の細胞外への分泌方法の発見、パラーディーの孫弟子としての著者の研究ー小胞体タンパク質GP2の発見と、そのノックアウトマウス実験で明らかになったGP2の無機能性という愕然とした結果ーから、生命の融通性、つまり動的平衡に再び思い至る。

このように、どこかでリンクしている複数のストーリー・ラインを同時に走らせることで、話に厚みが出てくる。また、登場人物はみなそれぞれの人間模様を映し出し、研究者たちの人間ドラマになっている。

p.23では、「あなたが研究者だったとしよう。・・・あなたはまず、万一、自分自身が感染することのないよう・・・」と、突然、読者を誘いこんで主人公にさせる。p.48では、DNA配列について「GGGTATATTGGAAといったうめき声か歯軋り程度の言葉しか発することができない」と、巧みな比喩を出してくる。こうした様々な文章作りの手法が、本の流れに起伏を付けてくれる。

「動的平衡」という概念はとりわけ目新しいものではないし、これからの生物学研究になんらかの影響を与えるものかどうかもわからない。しかし、生命の不思議をなんとなく分かったような気にさせてくれるのは確かだ。そして、本書はただの分子生物学の発展物語以上の、とてもおもしろい科学読み物であった。



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